町の中央図書館は俺にとって馴染み深い場所だけど、サクナヒメとココロワヒメにとっては別世界だったらしい。
自動ドアが開くと、二人は凍りついたように立ち尽くした。
「……すごい」
最初に口を開いたのはサクナヒメだ。彼女の視線は壁一面に埋め尽くされた本棚へ釘付けになっている。
「サクナ様の本殿よりも広いかもしれませんね……」
ココロワヒメがため息交じりにつぶやく。たしかに戦国の城に比べれば見劣りするかもしれないけど、蔵書数では圧倒的に勝っていると思う。
「おい葉、あれ全部文字が書いてあるのか?」
「ああ。歴史も料理も恋愛小説も何でも揃ってるよ」
「恋愛小説とは?」
「……あとで教えるよ」
案内板を見て児童書コーナーへ向かう途中も二人はキョロキョロしっぱなしだった。ココロワヒメなんて手を伸ばせば届く高さにある本棚を不思議そうに触っている。
「こんな風に隙間なく整列されて……」
そう、実体化されていない事もあり、直接触る事は出来ない。
だが、本来は触れられない筈の状態になってもいるのだ。
「紙の匂いも薄いですね。戦国の時は墨や糊の香りが強かったのですが」
「機械で大量印刷できるようになったからな。もちろん手書きの写本もあるけど、貴重品扱いさ」
ふと足を止めたココロワヒメの指先が、一冊の文庫本の背表紙をなぞるように動く。実際には触れられないけれど、動作は明らかに"読みたくてしょうがない"と訴えている。
「お探しの本はありますか?」
背後から優しい声がして振り返ると、三十代くらいの女性司書が立っていた。紺色の制服にネームプレートが光っている田中さんというらしい。
「あ、いや……ちょっとブラブラしてただけで」
慌てて答えると、彼女はグリム童話コーナーに視線を移した。
「グリム童話に興味があるんですね!」
司書さんの目が急に輝きだす。さっきまでの静かな佇まいが嘘のように饒舌になった。
「私はもう二十年以上グリムコレクターなんです!最新翻訳版から初版復刻まで五十種類以上集めてます。特に『灰かぶり姫』の結末が各国で異なるのはすごく興味深くて……あっ!この絵本版の挿絵は知り合いの画家に依頼したものなんですけど、王子の馬車がキラキラすぎて—」
眼を丸くして俺を見上げる。
「あの……すごい情熱ですね」
「熱烈だな」
「熱心ですね」
「うひゃあっ!?」
突然聞こえた第三者の声に司書さんが飛び退いた。いや正確には"俺の横を通り過ぎた男が独り言を言って去った"んだけど……
「あっ……お客様?ごめんなさい!つい熱くなってしまって」
ペコペコ謝る司書さんに苦笑いで頭を下げて逃げるように児童書コーナーを後にした。
「今の男……何者じゃ?」
サクナヒメが低い声で言う。フードを目深に被り黒い帽子をかぶった男は妙に陰鬱な雰囲気を漂わせていた。
「グリムの本が気になるのかな」
「あるいは別の何かかもしれませんが……」
ココロワヒメが不安げに囁く。確かにただの客にしてはあまりにもタイミングが良すぎる。
そうしていると。
「葉っ!あれ!」
「えっ」
サクナヒメの言葉と共に見つめた先。
そこには、ゴーストが使っているパーカーと似た何かが飛んでいた。
けれど、すぐにどこかに吸い込まれるように姿を消した。
「何かが起きている!」
俺達はそうしながら、向かった先。
そこには、先程の男と倒れた職員さんがいた。
「お前っ」
「・・・ふむ、見られたのならば、仕方ないですね、まぁ目的の物は手に入れましたし」
そう、その男は、手の中にある物を見せる。
「私はここで失礼しますね」
「あっ待っ」
そう言おうとした時、男を守るように次々と黒い何かが現れた。
「葉っ」
「分かっている!」
それらの正体が眼魔だと理解すると共に、俺はすぐに変身し、構える。