塔へ続く道は、思っていたよりも細かった。
海沿いの崖を削って作ったような道で、片側には岩肌、もう片側には白く泡立つ海が広がっている。潮風は強い。普通なら気持ちよく感じるはずなのに、今は肌の上を削るみたいに冷たかった。
俺の少し前を、深海大悟が歩いている。
背中は大きく見える。けれど、どこか無理をしている気配もあった。戦いを避けたいわけじゃない。むしろ、ここで自分が前に出ると最初から決めている背中だ。
「この先は、塔へ向かうには避けて通れない」
大悟が足を止めずに言った。
「奴らも分かっている。来るなら、この辺りだ」
「つまり、待ち伏せにはちょうどいいってことか」
「ああ」
返事は短い。
けれど、その短さだけで十分だった。大悟はこの島を知っている。塔も、敵のやり方も、ただ地図で知っているわけじゃない。もっと肌に残る形で知っているのだろう。
ヒヌカヒメは俺の横を歩いていた。
さっきまでより口数は少ない。だが、怖がって足が遅れているわけじゃない。何かを聞こうとしているみたいに、海風や岩の隙間へ意識を向けていた。
「……精霊たちが、ざわついています」
ヒヌカヒメが小さく言う。
「この先、空気が尖っているみたいで……」
ココロワヒメが目を細めた。
「感知としては正しいと思います。敵が仕掛けるなら、そろそろです」
サクナヒメは、肩をすくめながらも口元だけ笑っていた。
「ならば来た奴から叩けばよい。ぐずぐず待つより分かりやすいわ」
「サクナヒメらしいな」
「当然じゃ」
少しだけ軽口を挟んだ、その直後だった。
岩肌の上から、青白い光が走る。
「下がれ!」
大悟の声と同時に、俺はヒヌカヒメの腕を引いた。光弾が足元を抉り、乾いた道が大きく裂ける。逃げ場を削る撃ち方だ。狙いは俺たちの身体じゃない。進路と退路を潰すための射撃。
崖上に、青いダークネクロムが立っていた。
「塔へは行かせない」
その声は、波の音より冷たかった。
次の瞬間、正面の岩陰から赤い影が落ちてくる。
ダークネクロムR。重い。降り立っただけで、足元の砂利が弾けた。大剣を構える動きに無駄がない。前回より、ずっと役割がはっきりしている。
「Yの損失分は、ここで回収する」
「……やっぱり来たか」
俺はガンガンタマフへ手を伸ばす。
けれど、動くより先にBの射撃が横から飛んできた。ヒヌカヒメの退路へ当て、俺をそちらへ動かそうとしてくる。そこへRが踏み込む。正面の重さと、横の射線。二体になった分、雑さが消えている。
「役を濃くしてきおったな」
サクナヒメが低く言う。
「前衛と支援に完全分業しています。葉様、無理に両方を見ると崩されます」
ココロワヒメの声が硬い。
分かっている。けれど、分かっているからといって楽になるわけじゃない。
Rの大剣が振り下ろされる。
受けた瞬間、腕が痺れた。重いだけじゃない。受け止めた側の足を地面に縫いつけるような圧がある。そこへBの射撃が、俺の肩越しにヒヌカヒメへ向かう。
「くそっ!」
身体を捻って弾く。
その隙に、Rの二撃目が腹へ迫った。
「葉!」
ヒヌカヒメの声が聞こえた瞬間、大悟が前へ出た。
俺の前に、黒い背中が入る。
大悟はRの攻撃を受け止め、足元を深く沈ませた。人間のまま受けるには重すぎる一撃だったはずだ。だが、倒れない。
「ここから先は、俺が受ける」
「大悟さん……!」
大悟はゴーストドライバーを構えた。
その手つきに迷いはない。けれど、覚悟だけでなく、負担を知っている者の静けさもあった。
「変身」
『カイガン!スペクター!レディゴー!覚悟!ド・キ・ド・キ!ゴースト!』
音声が崖道に響く。
光が大悟の身体を包み、仮面ライダーゼロスペクターがそこに立った。
通常のスペクターに似ている。だが、雰囲気が違う。若さや勢いで前に出る姿じゃない。長く背負ってきたものごと、前へ出る姿だった。
ゼロスペクターは、Rの大剣を真正面から押し返した。
「っ……!」
Rがわずかに後退する。
初めて、正面の圧が止まった。
「すごい……」
ヒヌカヒメが息を呑む。
けれど、ココロワヒメは表情を緩めなかった。
「強いです。ですが、負担が大きい。長引かせるべきではありません」
大悟自身も、それは分かっているのだろう。
ゼロスペクターの動きは無駄がない。力任せではなく、重い攻撃を受け、流し、最小限の踏み込みで返している。それでも一撃ごとに、身体の奥へ響くものがあるのが見えた。
「葉、Bを止めろ」
大悟の声が飛ぶ。
「あいつの射線がある限り、こちらは前に出られない」
「分かった!」
俺は走る。
Bはすぐに銃口をこちらへ向ける。精密射撃。弾が道を塞ぎ、足場を削り、俺の踏み込みを一つずつ潰してくる。避けた先に次の弾がある。こいつは俺を倒すより、俺を“届かない位置”に置き続けるつもりだ。
「右ではなく、左上です!」
ヒヌカヒメの声が響いた。
驚きながらも、俺は反射で左の岩肌を蹴った。直後、右側の足場が青い弾に砕かれる。助かった。ヒヌカヒメは、射線を見たんじゃない。風か、精霊か、この場の何かに聞いたのだろう。
「ヒヌカヒメ!」
「ごめんなさい、まだ上手く言えません。でも、そこは危ないって分かったんです!」
「十分だ!」
俺は岩肌を駆け、Bへ距離を詰める。
だが、あと数歩のところでBがゴーストチェンジへ移る。
『ローディング!!』
銃撃の密度が、一気に上がった。
正確無比な連続射撃。
弾の数が増えただけじゃない。こちらの回避先を読み切って、次の弾を置いてくる。足が止まる。その一瞬が致命的だった。
背後でRも変化する。
『ローディング!』
Rの圧がさらに増す。ゼロスペクターが受け止めるが、さっきより踏み込みが深くなった。大悟の肩がわずかに揺れる。
「大悟さん!」
「見るな。自分の相手をしろ」
低い声が返る。
無理をしている。だが、その無理を悟らせないようにしている。
俺は歯を噛んだ。
このままじゃ、押し込まれる。ゼロスペクターがRを止めてくれているのに、俺がBへ届かなければ意味がない。
サクナヒメが吠える。
「葉、迷うな。押し込まれる前に前へ出よ!」
「分かってる!」
俺はシャーマンドライバーへ手を伸ばした。
同時に、ヒヌカヒメが一歩前へ出る。顔色は少し青い。それでも目は逸らしていない。
「わたしにも、何かできるはずです」
その声に、胸の奥が小さく揺れた。
まだ、今は決め手が足りない。
だが、次の何かは確かにここにある。
俺は眼魂を握り、Bの射線を睨んだ。
隣ではゼロスペクターがRを正面から受け止め、ヒヌカヒメが風の声に耳を澄ませている。
戦いは、ここから本格的に始まる。
俺は深く息を吸い、ドライバーへ手をかけた。