弾丸が、道を削っていく。
ダークネクロムBの射撃は、ただ速いだけじゃなかった。俺が踏み込もうとする場所を先に撃つ。避けた先の岩を砕き、足を置くはずだった砂利を吹き飛ばす。まるで、俺の進む道そのものを消していくような撃ち方だった。
その正面では、ゼロスペクターがダークネクロムRの大剣を受け止めている。
「ぐっ……!」
深海大悟の声が、仮面の奥から漏れた。
Rの一撃は重い。ベンケイの力を纏ったその攻撃は、受け止めるたびに地面へ沈み込むような圧を生む。ゼロスペクターは倒れない。けれど、倒れないだけで済む攻撃でもない。
「大悟さん!」
「見るな。お前は前へ進め」
声は低い。
苦しさを押し殺しているのが、かえって分かった。
俺は歯を噛み、Bへ向かって走る。
だが、また射線が重なる。右へ行けば光弾。左へ跳べば足場が崩れる。正面へ出れば、弾が三つ、胸と膝と肩を同時に狙ってくる。攻撃じゃない。拘束だ。こいつは俺を倒すより、届かない場所へ閉じ込めることを優先している。
「葉様、直線では無理です」
ココロワヒメの声も硬い。
「分かってる……!」
「分かっておっても、どうにもならぬ時はあるのう」
サクナヒメが低く唸る。
「なら、道を作るしかありません」
その声は、ヒヌカヒメだった。
振り返る余裕はない。けれど、その声が震えているのは分かった。怖いのだろう。怖いに決まっている。だが、逃げるための震えじゃなかった。
「精霊たちが、言っています。そこはもう踏めない。でも……まだ、踏める場所は残っているって」
次の瞬間、崖道の端で小さな光が揺れた。
火種みたいな、蛍みたいな、頼りないほど小さな灯り。けれど、その光が浮いた場所を見て、俺の中で何かが噛み合った。
あそこなら、踏める。
「葉様!」
「見えた!」
俺は足場のない空間へ跳んだ。
普通ならそのまま落ちる。だが、足裏が淡い光を捉えた。一瞬だけ、何かが俺の体重を受け止める。精霊の足場。言葉にすれば頼りないが、今の俺には何より確かな道だった。
Bの銃口がこっちへ向く。
「何だ、それは」
「俺にも分からない」
俺は空中でもう一歩踏む。
灯火が弾け、身体がさらに前へ滑った。
「けど、今は分かる。これは、進むための道だ!」
その時、胸の奥で眼魂が震えた。
サクナヒメの熱とも、ココロワヒメの冷たい理とも違う。もっと柔らかい。潮風と、草の匂いと、誰かが小さく祈った時の温度が混じったような力だった。
ヒヌカヒメが両手を胸の前で重ねる。
目は閉じている。だが、ただ祈っているのではない。聞いている。風の中に、岩の隙間に、波の砕ける音の奥にいるものたちの声を拾っている。
「葉さん」
「ああ」
「わたしの声が届くなら……精霊たちも、あなたの力になれます」
ココロワヒメが息を呑む。
「接続反応……葉様の眼魂が、ヒヌカヒメ様の精霊同調を受け取っています」
サクナヒメが笑った。
「よいではないか。道がないなら、作ればよい」
俺はドライバーへ手を伸ばした。
掌の中に、新しい眼魂が生まれている。淡い緋色と橙。そこに白緑の光が巡っていた。強く燃える火じゃない。誰かの帰り道を照らす灯りみたいな色だった。
「借りるぞ、ヒヌカヒメ」
「はい!」
眼魂を装填する。
「変身!」
『カイガン!ヒヌカヒメ!スピリット!リンク!巡る灯火!導け精霊!』
音声が崖道に響いた瞬間、淡い光が俺の周囲を巡った。
パーカーゴーストが重なる。
緋色と橙を基調にした装甲は、サクナヒメ魂ほど猛々しくない。ココロワヒメ魂ほど機械的でもない。肩や腕には木の葉と小さな羽根を思わせる意匠が浮かび、胸には小さな社と巡礼札のような紋様が刻まれている。足元では、火種のような精霊光が輪になって回り、背中には半透明の灯りがふわりと浮かんだ。
身体は軽い。
けれど、軽さの質が違う。速くなったというより、進むべき場所を教えられている。どこに足を置けば落ちないか。どこへ跳べば弾が逸れるか。どの風に乗れば次の一歩が届くか。それが、肌で分かる。
「これが……ヒヌカヒメ魂」
ヒヌカヒメが目を開ける。
「わたしの声……届いたんですね」
「届いた。ちゃんと」
Bが銃を構える。
弾丸が来る。前より多い。精密で、冷たい。だが、今度は怖さが違った。弾が来る前に、足元の灯火がわずかに揺れる。精霊たちが道を教える。
「そこではありません、葉さん!」
「分かってる!」
俺は斜め上へ跳んだ。
足場のない空中に灯火が生まれる。一歩。もう一歩。弾丸は俺の影を撃ち抜くだけで、身体には届かない。Bの射線が初めて乱れた。
「射線が……ずれる?」
「ずらしてるんじゃない」
俺はBへ向かって加速する。
「お前が潰したはずの道を、もう一度繋いでるんだ!」
一方、Rの重撃がゼロスペクターへ振り下ろされる。
今度は受けきれない。そう思った瞬間、俺の背中の灯火が一つ飛んだ。精霊の光がゼロスペクターの足元に落ちる。
ゼロスペクターの踏み込みが、半歩だけ深くなった。
Rの剣を、今度は押し返す。
「これは……」
大悟が低く呟く。
「大悟さん、今なら押せる!」
「ああ。道があるなら、踏み込むだけだ」
ゼロスペクターがRを押し戻す。
Bは俺を狙い直そうとするが、もう遅い。射線の間に、精霊の灯りが道を描いている。俺はその上を走る。崖道ではない。空中でもない。敵が計算していない、第三の道だ。
サクナヒメが楽しげに声を上げる。
「ははっ、よいぞ葉! あやつら、目を白黒させておる!」
「敵の連携が崩れました」
ココロワヒメの声にも、わずかに熱があった。
「葉様、この形態なら届きます」
俺はBの目前へ降り立った。
向こうの銃口が、ようやくこちらを捉える。だが、その手元に迷いがある。初めて、Bの処理が間に合っていない。
「見えた」
俺はガンガンタマフを構える。
「次は、こっちの番だ」
背後では、ゼロスペクターがRを押し返していた。
ヒヌカヒメはまだ祈るように立っている。けれど、もうただ守られるだけの場所にはいない。あの声が、この道を作っている。
淡い精霊光が崖道に灯る。
俺とゼロスペクターは、同時に前へ踏み出した。