淡い灯火が、崖道の上を走っていた。
さっきまでダークネクロムBの弾丸に削られていた道が、今は別の形で俺の前に伸びている。石の道じゃない。空中に浮かぶ、小さな精霊の光。踏み出せば消え、次の一歩の先にまた灯る。頼りなく見えるのに、不思議と足元は揺らがなかった。
「葉さん、次は右上です!」
ヒヌカヒメの声が、風の中を抜けて届く。
「ああ!」
俺は返事と同時に跳んだ。ダークネクロムBの銃弾が、さっきまで俺のいた場所を貫く。空中で灯った精霊の足場を踏み、さらに上へ抜ける。弾道が読めるわけじゃない。けれど、弾が来るより少し早く、足元の灯火が震える。そこに立つな、と精霊たちが教えてくれる。
「射線が定まらない……!」
Bの声に、初めて焦りが混じった。
「さっきまで好き勝手に潰してくれたな」
俺はガンガンタマフを構え、精霊の道を蹴って一気に距離を詰める。
「今度は、こっちが道を選ぶ番だ!」
Bが後退しながら銃を連射する。弾は正確だ。真正面から受ければ一瞬で足を止められる。けれど、ヒヌカヒメ魂は真正面から突っ込むための力じゃない。撃たれる前に道を変える。塞がれた場所を捨て、まだ残っている場所を繋ぎ直す。
その一方で、崖道の下ではゼロスペクターがダークネクロムRとぶつかっていた。
Rの大剣が振り下ろされるたび、地面が低く鳴る。ベンケイの重さを纏った一撃は、受けるだけで身体を地面へ縫いつけるようだった。ゼロスペクターはそれを正面から受ける。流し、踏み込み、押し返す。だが、一撃ごとに深海大悟の肩がわずかに沈んでいるのが見えた。
「大悟さん!」
「俺を見るな!」
仮面の奥から、短い声が返る。
「お前はBを崩せ。こいつは俺が止める」
強い声だった。けれど、余裕がある声じゃない。負担を隠すために、あえて強く出している。そう分かってしまうから、余計に胸の奥が熱くなる。
「葉様、長くは持ちません」
ココロワヒメの声が冷静に告げる。
「ゼロスペクターは強いですが、反動が大きすぎます。次で決める準備を」
「分かってる!」
俺はBへ斬りかかる。ガンガンタマフの刃が銃身を弾き、火花が散った。Bはそのまま身を引き、二丁の銃を構える。撃つ。だが、弾丸が来る前に俺の足元へ別の光が灯る。
「こっちです!」
ヒヌカヒメの声が道を指す。俺は迷わず踏んだ。弾丸は肩の横を抜け、背後の岩を砕く。砕けた岩片の間を潜りながら、俺はBの懐へ入る。
「くっ……!」
Bが銃を捨てるように後ろへ跳ぶ。そこへRが反応した。
「B、下がれ!」
Rの大剣が横薙ぎに振るわれる。俺とBの間を断つつもりだ。だが、その大剣をゼロスペクターが受け止めた。
金属音が崖道に響く。
「行け、葉!」
大悟の声に、俺は足を止めなかった。
「はい!」
だが、Bもただ逃げるだけじゃなかった。崖上へ跳び、銃口をこちらではなく、精霊の灯火へ向ける。
「ならば、足場ごと撃つ」
連射。
灯火がいくつも撃ち抜かれ、空中にあった道が途切れる。俺の足が空を踏む。身体が落ちる。
「葉さん!」
ヒヌカヒメが叫ぶ。
落下の一瞬、風の音が近くなった。下は岩場だ。落ちればただでは済まない。それでも、怖さより先に、不思議な確信があった。
まだ終わっていない。
胸の奥で、ヒヌカヒメ魂の光が温かく鳴った。途切れた灯火のさらに先に、細い光が生まれる。一つじゃない。二つ、三つ、弧を描くように連なっていく。
「精霊たちは、一つの道だけを知っているわけじゃありません!」
ヒヌカヒメの声が震えながらも、はっきり響いた。
「壊されても、また別の道があります!」
俺はその光を踏んだ。
落ちる身体が止まり、今度は横へ流れる。Bの射線が追いつかない。俺は灯火を蹴り、弧を描いてBの背後へ回り込む。
「射線の外に――」
「違う」
俺はガンガンタマフを振り抜く。
「射線そのものを、外したんだ!」
一撃がBの肩を裂く。黒い装甲にひびが走り、銃口が片方砕けた。Bが苦しげに後退する。
その時、Rが吠えた。
ゼロスペクターを押し潰すように大剣を振り上げる。今までで一番重い。受ければ大悟の身体が持たない。そう思った瞬間、俺の背中から精霊の灯火が飛び、ゼロスペクターの足元に輪を作った。
「大悟さん、足元!」
「……助かる」
ゼロスペクターが踏み込む。灯火が衝撃を逃がすように広がり、Rの重撃を真正面から受けても膝が沈まない。
「何……!」
「重さだけでは、もう止められん」
大悟の声が低く響く。
ゼロスペクターが剣を押し返し、Rの体勢を崩す。
「葉!」
「ああ!」
俺はBを睨み、ゼロスペクターはRを押し込む。
二体の連携は、もうさっきまでの精度を失っていた。Rが前へ出てもBの射線が合わない。Bが撃とうとしても、Rの位置が邪魔になる。俺たちの動きが速くなったんじゃない。ヒヌカヒメ魂が作る道が、敵の計算を半歩ずつずらしている。
「葉様、今です」
ココロワヒメの声が、戦場を一点へ束ねた。
「敵の連携は完全に切れています。次で決着を」
サクナヒメが笑う。
「行け、葉。道は開いた。あとは蹴り抜くだけじゃ!」
ヒヌカヒメも前へ出た。
怖さはまだ残っているはずだ。けれど、その目は逃げていない。
「わたしが、二人の道を繋ぎます」
淡い灯火が、俺とゼロスペクターの足元から同時に伸びた。崖道の上に、光の軌道が二本走る。一本は俺からBへ。もう一本はゼロスペクターからRへ。途中で絡み、ほどけ、最後には同じ呼吸で空へ向かう道になっていた。
大悟がこちらを見る。
「合わせられるか」
「合わせます」
俺は短く答えた。
「ここで倒す」
「ああ。子供たちの未来を、あいつらに渡すわけにはいかん」
ダークネクロムRとBが同時に構える。
Rは大剣を盾のように掲げ、Bは残った銃口をこちらへ向ける。最後の迎撃。そのつもりだろう。だが、もう遅い。
俺とゼロスペクターは、同時にドライバーへ手をかけた。
『ダイカイガン!ゼロスペクター!オメガドライブ!』
『ダイカイガン!ヒヌカヒメ!オメガドライブ!』
音声が重なる。
精霊の灯火が一斉に燃え上がった。熱い炎じゃない。道を照らす光だ。俺の足元を支え、ゼロスペクターの踏み込みを導き、崖道の上に一瞬だけ確かな軌道を描く。
「精霊たちが、道を開きます!」
ヒヌカヒメの声が響く。
俺たちは跳んだ。
ゼロスペクターの蹴りは重く、真っ直ぐだった。
父として、守る者として、退かない意志がそのまま形になったような一撃。
俺の蹴りは、灯火の道を走るようにBへ伸びる。
射線はもう意味を持たない。Bの銃弾は俺の足元を追うが、精霊の道が半拍ずつ軌道を変え、全て外へ流していく。
「重さを……越えるだと!」
Rの叫び。
「射線が、読めない……!」
Bの声。
次の瞬間、二つの蹴りが同時に届いた。
ゼロスペクターの一撃がRの大剣ごと装甲を貫く。
俺の蹴りがBの銃口を越え、胸の中心を撃ち抜く。
光が爆ぜた。
黒い装甲が砕け、赤と青の残光が空へ散る。RとBの姿が大きく揺らぎ、同時に崩れていった。
「……道を、繋がれたか」
Bの声が、風に溶ける。
Rは最後まで大剣を握ろうとしていたが、その手も光になって消えた。
崖道に、静けさが戻る。
俺は着地し、膝を少しだけ沈めた。
息が荒い。ヒヌカヒメ魂の光がまだ足元で揺れている。隣ではゼロスペクターがゆっくりと立ち上がり、肩で息をしていた。
「大悟さん、大丈夫ですか」
「……ああ。まだ、倒れるわけにはいかん」
声は疲れていた。だが、折れてはいない。
ヒヌカヒメが駆け寄ってくる。
「二人とも、無事でよかった……」
その言葉に、俺は小さく頷いた。
「ヒヌカヒメのおかげだ。道がなかったら、届かなかった」
「わたしだけじゃありません。精霊たちも、皆さんも、一緒に……」
言いかけて、ヒヌカヒメは少し照れたように目を伏せた。
サクナヒメが満足げに腕を組む。
「ふふん、なかなかよい戦いであったぞ」
ココロワヒメは、塔の方角を見ていた。
「ですが、ここで終わりではありません。道は開きましたが、塔はまだ先です」
その言葉で、俺も顔を上げる。
遠くに塔が見える。
雲を突くように立つそれは、さっきよりも近く、そしてずっと重く見えた。
ダークネクロムRとBは倒した。
でも、まだ終わっていない。アルゴスも、ダークゴーストも、この先にいる。
俺はヒヌカヒメ魂の灯火が消えないうちに、塔へ続く道を見た。
「行こう」
大悟が頷く。
「ああ。ここからが本番だ」
精霊の灯火が、もう一度だけ淡く揺れた。
まるで、先へ進めと言うみたいに。