雷と灯火が、塔の屋上で弾けた。
最初に見えたのは黒い影だった。ダークゴーストは踏み込んだというより、空気の隙間を抜けてきたように俺の前へ現れた。足元にはまだヒヌカヒメ魂の灯火が残っている。けれど、その光が道になるより早く、黒い装甲から走った雷が床を裂いた。
精霊の灯火が、一つ、二つと消える。
「その道ごと、消してやろう」
アルゴスの声は静かだった。
怒鳴っているわけでも、勝ち誇っているわけでもない。ただ、不要なものを処理するみたいに言った。
「消せるもんなら、やってみろ!」
俺はガンガンタマフを構え、灯火の残った場所へ足を置く。
だが、踏んだ瞬間に足場が揺らいだ。塔そのものの圧が、精霊の声を押し潰している。普段なら次の道が見えるはずなのに、光が濁って見えた。
「葉さん、足元の灯火が……!」
ヒヌカヒメの声が焦る。
「塔の霊的圧が強すぎます。ヒヌカヒメ魂の道が安定しません」
ココロワヒメの分析が、冷たい事実として刺さった。
次の瞬間、ダークゴーストが消えた。
いや、消えたように見えただけだ。黒い影が視界の端で雷を散らし、背後へ回る。振り返るより早く、ガンガンセイバーの刃が俺の肩を狙って落ちてきた。
「っ!」
ガンガンタマフで受ける。
重い。速さだけじゃない。刃に雷が絡みつき、受け止めた腕の奥へ痛みが走った。歯を食いしばる間もなく、アルゴスは距離を取る。サングラスラッシャーが光り、中距離からの一撃が床を撃ち抜いた。
屋上の紋様が砕け、足元の灯火がまた消える。
「繋ぎ直す力か」
ダークゴーストが、黒い仮面の奥で俺を見た。
「だが、繋ぐ前に断てばよい」
「こいつ……」
俺は次の灯火を探す。
見える。けれど遅い。作るより先に壊される。踏み込むより先に削られる。ヒヌカヒメ魂の“道を作る力”を、アルゴスは初手から潰しに来ていた。
「ぬぅ、速いだけではない。道を潰すのが上手いのう」
サクナヒメの声にも苛立ちが混じる。
「葉、正面から追うな! 後手に回るぞ!」
「分かってる!」
分かっているのに、身体が追いつかない。
黒い影がまた消える。今度は右。そう思った瞬間、左から雷撃が走った。見せかけの軌道。俺は半歩遅れて回避し、床を転がる。肩に熱い痺れが残った。
ダークゴーストが、また距離を詰める。
「肉体に縛られた反応では、魂の速さには届かない」
「勝手に……決めるな!」
俺は灯火を蹴って跳ぶ。
空中に道を作ろうとした瞬間、雷がその先を貫いた。足場になるはずだった光が散り、身体が落ちる。着地は乱れ、そこへガンガンセイバーの斬撃が迫る。
受ける。
火花が散る。
膝が沈む。
「葉様」
ココロワヒメの声が、そこで鋭く入った。
「追うのではありません」
「追うなって、じゃあどうする!」
「速度を読むのではなく、速度が生まれる起点を読みます」
その言葉が、雷の音の向こうで妙にはっきり聞こえた。
「起点……?」
ヒヌカヒメが呟く。
「はい。どれほど速くとも、動く前には必ず重心と出力が変化します。雷撃も同じです。発生の前に、空気と床の反応が変わる」
サクナヒメが短く笑う。
「つまり、動いた後を追うのではなく、動く前を叩くわけじゃな」
俺は息を吐く。
速さに速さで追いつく必要はない。道が作れないなら、敵が走り出す場所を読む。そういう戦い方なら、この場で一番頼れるのは――。
「ココロワヒメ、頼む!」
「はい、葉様」
俺はドライバーへ指をかける。
『蒼装転換!智、起動!』
淡い緋色の灯火が引き、蒼い光が身体を包んだ。
背中に歯車状の装飾が浮かび、装甲の隙間を青白い線が走る。ガンガンタマフの柄に術式が刻まれ、屋上の床へ円形の解析フィールドが広がっていく。塔の紋様とぶつかり、火花のような蒼い粒が散った。
視界が変わる。
雷の残光。
床の歪み。
アルゴスが踏む前に沈む空気。
全部が細い線になって見えた。
「動きが変わったか」
ダークゴーストが低く言う。
「追いつけないなら、先に待てばいい」
俺はガンガンタマフを構えた。
黒い影がまた消える。
けれど、今度は完全には見失わない。右後方、雷撃出力上昇。次に来るのは斬撃。ココロワヒメの声が、俺の思考より少し早く戦場を読む。
「葉様、右後方。雷撃出力上昇。次は斬撃です」
「了解!」
振り返るより先に、タマフを斜めへ差し込む。
そこへダークゴーストのガンガンセイバーが来た。刃と刃がぶつかり、雷が弾ける。だが、今度は腕の奥へ痛みが入り切る前に、蒼い術式壁が雷を横へ逃がした。
床の端で雷が爆ぜる。
「……なるほど」
アルゴスの声が、少しだけ変わった。
「神の理を使い、私の動きを読むか」
「読むだけじゃない」
俺は受け止めた刃を押し返す。
「止める!」
ガンガンタマフを滑らせ、ガンガンセイバーの軌道を外す。
アルゴスの身体が、ほんのわずかに開いた。そこへ踏み込む。ココロワヒメ魂はサクナヒメ魂ほど速くない。けれど、今はそれでいい。必要なのは速さではなく、正しい一歩だ。
「左肩、装甲反応低下。今です」
ココロワヒメの声。
「そこか!」
横薙ぎの一撃を放つ。
ダークゴーストは後退したが、完全には避けきれなかった。黒い肩装甲に火花が散り、雷の残光が裂ける。
「届いた!」
ヒヌカヒメの声が弾む。
サクナヒメも満足げに吠えた。
「よし、止めたではないか!」
だが、俺は追撃に出られなかった。
アルゴスが退いたからじゃない。あいつの姿勢に、焦りがなかったからだ。肩へ一撃を受けたというのに、ダークゴーストは静かに俺を見ている。
「……神の理は、英雄の力とは異なる」
「俺たちは、お前の実験材料じゃない」
「材料でないと言うなら、どこまで抗えるか見せてみろ」
塔の中央装置が、ほんの一瞬だけ脈を打った。
蒼い術式の光が、床の紋様に触れた瞬間、細く吸われるように消える。俺は気づききれなかった。だが、ココロワヒメが小さく息を呑む。
「今の反応は……」
言い切る前に、アルゴスが次の眼魂を取り出した。
その動きで、全員の意識がそちらへ向く。
「理を読む神。面白い」
黒い手の中で、別の眼魂が光る。
「では、次は閉じた理を見せよう」
「閉じた理……?」
俺が構え直す。
アルゴスは静かに眼魂を装填した。
『カイガン!ピタゴラス!三角の定理!俺の言う通り!』
屋上の床に、三角形の光が走った。
蒼い解析フィールドの上から、鋭角の線が刻まれていく。精霊の灯火はその光に押し込められるように揺れ、ココロワヒメの表情が硬くなった。
「葉様」
声が、いつもより低い。
「次は、解析だけでは足りないかもしれません」
「なら、足りるまでやるだけだ」
俺はガンガンタマフを握り直した。
ダークゴーストの姿が、三角の光の奥で変わっていく。
黒い雷の次は、閉じた理。
戦いは、まだ始まったばかりだった。