赫い羽衣が、塔の屋上に弧を描いた。
足元へ戻るより早く、黒い刃が迫ってくる。ナポレオン魂となったダークゴーストは、さっきまでの一休魂とはまるで違った。迷わせる気配がない。問いも、罠も、見せかけの道もない。ただ、真正面から押し潰すための圧がある。
アルゴスの手にあるサングラスラッシャーが、黒い光をまとって振り抜かれた。
「っ!」
俺はガンガンタマフを両手で構え、刃を受けた。
衝撃が腕を伝い、肩から背中まで抜ける。足元の床にひびが走った。重い。単純な腕力じゃない。武器そのものが、一番強く当たる状態へ勝手に整えられているような嫌な重さだった。
「これが制圧だ」
アルゴスの声は、近い。
「道を選ぶ必要も、声を聞く必要もない。圧倒すれば、すべて沈黙する」
「黙らない奴がいるって、言っただろ……!」
歯を食いしばり、ガンガンタマフを押し返す。
真正面では勝てない。なら、ずらす。サクナヒメ魂の羽衣が腰から伸び、塔の割れた柱へ絡みつく。引き戻す反動で、身体を横へ滑らせた。
サングラスラッシャーの刃が、俺のいた場所を削る。
床石が砕け、破片が空へ舞った。
「葉、止まるでない!」
サクナヒメの声が腹に響く。
「分かってる!」
羽衣をさらに伸ばす。
屋上の突起に絡め、引き、離す。身体が空中を跳ねるように動いた。地面を走るのとは違う。足の下に道はない。けれど、羽衣が支点を作り、身体の向きを変えてくれる。
俺は上からガンガンタマフを振り下ろした。
アルゴスはサングラスラッシャーで受ける。
火花が散る。
押し込めない。だが、今度は押し込まれもしない。
「避けながら斬るか」
「武ってのは、力任せだけじゃないんでね!」
刃を滑らせる。鍔迫り合いを切り、すぐに横へ回る。
アルゴスが銃撃へ切り替えた。サングラスラッシャーの銃口が光り、足元を狙う。俺は羽衣で身体を浮かせ、弾丸の上を越えた。
空中で回る。
赤い羽衣が視界の端でしなる。
そのまま落下の勢いを乗せ、ガンガンタマフをもう一度叩き込む。
今度は、アルゴスの肩口に火花が走った。
「よし!」
思わず声が出る。
けれど、アルゴスは退きながら笑った。
「いい出力だ。豊穣の神の武、その活性化は予想以上だ」
背中に冷たいものが走った。
「……何?」
戦闘中の評価じゃない。
今の言葉には、別の目的が混じっていた。
「葉様、警戒を」
ココロワヒメの声が鋭くなる。
「塔の中央装置が反応しています。サクナ様の神気だけではありません。先ほどの私の術式、ヒヌカヒメ様の精霊光も、微量ながら吸われています」
「そんな……」
ヒヌカヒメの声が揺れた。
「精霊たちが、床の下へ引かれていきます」
アルゴスがサングラスラッシャーを構える。
俺もガンガンタマフを構え直した。
「戦えば戦うほど、神の力は高まる」
「まさか……」
「怒り、信頼、決意。肉体に縛られた者の感情は、神気を活性化させる。実に扱いやすい」
「お前……最初からこれを狙って……!」
「すべては、新たな世界のために」
ふざけるな、という声が喉まで来た。
だが、今は叫ぶより先に止めるしかない。
「次で押し切るぞ!」
「うむ。半端な刃では届かぬ。ならば、こちらも全力じゃ!」
サクナヒメの神気が、俺の内側で燃え上がった。
羽衣が大きく広がる。赫い光がガンガンタマフへ集まり、刃に稲穂のような輝きが宿った。
アルゴスのサングラスラッシャーにも、黒い光が集まっていく。
武器の輪郭が太くなり、空気そのものを斬り裂くような圧が生まれる。
『ダイカイガン!サクナヒメ!オメガドライブ!』
『ダイカイガン!ナポレオン!オメガドライブ!』
音声が重なった。
俺は羽衣を引き、空中へ舞い上がる。
下からアルゴスの黒い斬撃が迫る。革命の号令みたいに、正面を全部塗り潰す一撃だった。逃げる場所なんてない。だから、逃げない。
「うおおおおっ!」
落下する勢いを乗せ、ガンガンタマフを叩き込む。
赫い神気と黒い武器光がぶつかった。
屋上が揺れる。
床の円形紋様が砕け、塔の上空に渦巻いていた霊的な光が乱れた。押し返せそうだった。ほんの一瞬、アルゴスの刃が軋むのが見えた。
その瞬間だった。
「その神気、もらい受ける」
黒い光の奥で、アルゴスが言った。
「何じゃと!?」
サクナヒメの声が跳ねる。
赫い神気が、刃の衝突点から引き抜かれる。
蒼い残滓も、淡い精霊光も、床の下へ吸われていく。
「葉様、出力を吸われています!」
「止められないのか!」
「今の衝突で経路が開かれました。塔の装置が、私たちの力を活性化因子として取り込んでいます!」
衝撃が爆ぜた。
俺の身体は屋上の端へ吹き飛ばされ、背中から床へ叩きつけられる。肺の中の空気が一気に抜けた。アルゴスも数歩下がっていたが、倒れていない。
むしろ、塔の中央装置が強く輝いていた。
蒼。
淡い緋色。
赫。
三つの神気が黒い光に混ざり、祭壇の中心で一つの形を取っていく。
眼魂だ。けれど、普通の眼魂じゃない。百の英雄眼魂の幻影が重なり、その内側で神の力が黒く脈打っている。
「まさか……究極の眼魂……」
ヒヌカヒメが息を呑む。
アルゴスは、それを手に取った。
「素晴らしい。神の力すら、世界の完成へ至る糧となる」
「アルゴス……!」
「怒れ。抗え。その感情すら、力になる」
サクナヒメが低く唸った。
「おぬし……どこまでも!」
アルゴスは答えない。
究極の眼魂をドライバーへ装填する。
「今こそ、すべての魂を解放する」
黒い光が屋上全体を飲み込んだ。
ダークゴーストの姿が崩れる。
次に現れたのは、これまでとは比べものにならない圧をまとった姿だった。百の眼魂の気配が重なり、塔そのものが膝をついたように軋む。
仮面ライダーエクストリーマー。
「素晴らしい世界の誕生だ」
その声に、背筋が冷えた。
俺は震える膝を押さえ、ガンガンタマフを握り直す。
まだ立てる。まだ終わっていない。終わらせてたまるか。
「……まだ終わってない」
赫い羽衣が、破れかけながらも小さく揺れた。
エクストリーマーは、ただ静かに俺を見下ろしていた。