エクストリーマーが一歩を踏み出しただけで、屋上の空気が沈んだ。
重い。ナポレオン魂の刃とは違う。あれは武器の重さだった。今、目の前にいるアルゴスは、百の眼魂を背負ったまま、塔そのものを鎧にしたような圧を放っている。
「素晴らしい世界の誕生だ」
その声に、俺はガンガンタマフを握り直した。
「勝手に終わらせるな……!」
踏み込もうとした瞬間、エクストリーマーの腕が軽く振られた。たったそれだけで、見えない塊に殴られたように身体が浮く。サクナヒメ魂の羽衣が広がり、どうにか体勢を戻したが、足が床を削った。
「葉!」
「まだ、いける!」
歯を食いしばって立ち上がる。
けれど、分かってしまった。サクナヒメ魂だけでは届かない。武だけで押し通せる相手ではない。
俺は双神眼魂を取り出した。
「なら、こっちも全力で行く」
「ようやくじゃな」
サクナヒメの声が熱を帯びる。だが、ココロワヒメはすぐに釘を刺した。
「葉様、神気を不用意に高めれば、また吸収される危険があります」
「分かってる。でも、出し惜しみしてたら止められない」
双神眼魂を起動する。
赫と蒼の光が絡み合い、歯車と羽衣の意匠が回転した。
『カイガン!ソウシン!集え神々!回れ理!紅と蒼!反転装填!双神極装!』
装甲が重なり、身体の内側へ二つの神気が流れ込む。
まずは紅。武の側。
『紅装転換!武、解放!』
俺は床を蹴った。
サクナヒメの力が足を押し上げ、羽衣が空を裂く。ガンガンタマフを振り下ろす。だが、エクストリーマーの背中から目玉のようなユニットが飛び、羽衣の軌道へ割り込んだ。
「っ、読まれてる!」
「速い。重い。だが、足りない」
アルゴスの声が冷たく落ちる。
次の瞬間、複数の光が同時に走り、俺は屋上へ叩き落とされた。
「なら、理で見る!」
『蒼装転換!智、起動!』
装甲が反転し、蒼い歯車が背中で回る。
術式を広げ、エクストリーマーの流れを探る。百の眼魂。いや、百の力が、一つの意思に押し込められている。炎、風、雷、武器、幻影。切り替えが速すぎて、解析線が次々と引き千切られた。
「制御中枢があるはずです。ですが、反応が多すぎます……!」
「個々の声など不要だ」
エクストリーマーの翼が広がった。
黒い圧が降り、視界に無数の眼魂の幻影が重なる。怒りが胸の奥で膨らむ。悔しさが喉を焼く。焦れば焦るほど、アルゴスの装甲が濃く光った。
「怒れ。抗え。その感情は、私をさらに強くする」
「ぐっ……!」
「葉、呑まれるな!」
サクナヒメの声が遠い。
その時、ヒヌカヒメが小さく息を呑んだ。
「……聞こえます」
「ヒヌカヒメ?」
「あの中に、声があります。全部が同じ声じゃありません。泣いている声、怒っている声、まだ抗っている声……閉じ込められているだけです」
エクストリーマーの翼が、ぴくりと揺れた。
「無駄だ。全ての魂は私の意思に従う」
「違います」
ヒヌカヒメは一歩前へ出た。
声は震えていた。それでも、足は止まらない。
「従っているんじゃありません。聞かれないまま、押し込められているだけです」
双神眼魂が、彼女の言葉に反応して震えた。赫と蒼の光の隙間に、小さな灯火が生まれる。
「ヒヌカ……?」
サクナヒメの声が揺れる。
「双神眼魂が、ヒヌカヒメ様の導きに反応しています」
ココロワヒメが驚きを隠せないまま呟いた。
ヒヌカヒメは俺を見た。
「葉さん。双神だけでは、あの人を止められません。武と智に、導きを繋げてください」
「待て、危険すぎる!」
「怖いです」
ヒヌカヒメは、ちゃんとそう言った。
その正直さが、かえって強く聞こえた。
「でも、聞こえた声を置いていけません」
淡い精霊光が彼女の周囲へ集まる。
小さな火のように、波の反射のように、いくつもの光が巡り出す。
「サクナヒメ様に教わりました。怖くても、立つことを」
「無茶を覚えるところまで似んでよいわ……!」
「ココロワヒメ様にも教わりました。分からないものを、分からないまま放っておかないことを」
「戻れる保証はありませんよ」
「それでも、わたしにしか聞こえない声があります」
ヒヌカヒメの身体が光になった。
手を伸ばしても、届かなかった。彼女の光は双神眼魂へ吸い込まれ、赫と蒼の間へ淡い緋色と白緑の灯火を巡らせる。
眼魂が震える。
歯車が回り、羽衣がほどけ、その間を精霊の光が巡った。混ざるのではない。押し込められるのでもない。三つの光が、それぞれの色を残したまま輪を描く。
「何をした」
アルゴスの声に、初めて硬さが混じった。
ダーウィンが静かに言う。
「閉じた進化に、巡る道が生まれた」
俺は新たな眼魂を握った。
胸の奥に、三つの声がある。
サクナヒメの熱。
ココロワヒメの理。
ヒヌカヒメの灯火。
「三つの神を……繋ぐ」
眼魂の表面に、新たな名が浮かぶ。
巡神極装。
エクストリーマーが、初めて構えを変えた。
俺は震える手で、その眼魂をシャーマンドライバーへ向ける。
まだ終わっていない。
ここから、繋ぎ直す。