エクストリーマーの背が、また開いた。
目玉のようなユニットが、黒い翼の内側で一斉に瞬く。さっきとは違う。正面から押し寄せる光だけじゃない。床の裂け目から槍のような光が伸び、空からは細い刃が雨になって落ちてくる。左右、背後、頭上。逃げ道を探す前に、視界が白で埋まった。
「一度届いた程度で、終わると思うな」
「思ってない」
俺はフロンティアガミ・ブレードを床へ突き立てた。
煙だけでは受けきれない。なら、速さを奪う。熱を冷まし、刃の勢いを鈍らせる。胸の核を巡る光が、淡い青白さへ変わった。
『ダイカイガン!氷風盾!オメガドライブ!』
刃の根元から、白い冷気が床を這った。
次に風が走る。青龍の息吹のような風が、塔の屋上を一周し、冷気を連れて広がっていく。黒い床に霜が走り、降ってくる光の刃が氷の粒をまとった。速度が落ちる。床から伸びる槍も、凍るように動きを鈍らせた。
最後に、四方へ盾が立つ。
玄武の甲羅めいた氷の壁。
それが俺だけを守るのではなく、屋上そのものを囲むように並んだ。
「凍らせるつもりか」
「止めるんじゃない」
息を落とし、ブレードの柄を握る。
「鈍らせる」
光が盾へぶつかった。氷が軋み、白い破片が空へ散る。破片は風に巻かれ、エクストリーマーの周囲を漂った。目玉型ユニットの照準が、わずかに乱れる。
ほんの一拍。
その一拍で十分だった。
「今です。声が、少しだけ外へ……」
ヒヌカヒメの声が、足元の灯火と重なる。
「分かった」
俺は走らなかった。
光と氷片の間を、歩く。
一歩目で灯火がともる。二歩目で、迫っていた光弾が肩の横を逸れた。三歩目で、床から伸びる刃が半拍遅れる。
『ダイカイガン!福巡!オメガドライブ!』
派手な光は出ない。
ただ、淡い灯火が足元に続いた。そこへ、エビスの福が混じる。幸運というには小さい。奇跡というには静かすぎる。けれど、確かに攻撃が外れていく。ほんの爪先ひとつ分、光の軌道がずれる。氷風盾で鈍った刃が、俺の影だけを裂く。
「……なぜ当たらない」
「運じゃない」
足元の灯火を踏む。
そのたび、胸の奥で小さな声が近づいた。泣いている声。怒っている声。まだ終わっていないと、押し込められた奥で爪を立てる声。
「道が、こっちに来てる」
エクストリーマーの装甲の奥で、百の眼魂の幻影が乱れた。同じ方向を向いていたはずの光が、少しずつ別々の向きへ揺れる。
「やめろ」
アルゴスの声が初めて荒れた。
「何を怖がってる」
「その声を、聞かせるな」
ヒヌカヒメが小さく息を吸う。
「やっぱり……聞こえているんです」
「百の眼魂の同期が乱れています。今なら、制御線を見つけられます」
ココロワヒメの声が細く鋭い。
「ならば、最後は斬るだけじゃ」
サクナヒメの声が、背中を押した。
灯火の道は、エクストリーマーの目前まで続いている。俺はそこで足を止めた。フロンティアガミ・ブレードを両手で構える。刃が細く、白く研ぎ澄まされていく。
胸の核が三色に光った。
赫。
蒼。
淡い灯火。
巡らせてきた力が、最後に三柱へ戻ってくる。
「一点だけです。そこを断てば、縛りは外れます」
「道は、開いています」
「振り抜け、葉」
エクストリーマーが最後の光を集める。
屋上の空気が張り詰めた。俺は息を吸い、刃の先を黒い核へ向ける。
「終わらせるんじゃない」
足元の灯火が、最後に一度だけ強く揺れた。
音声が、塔の屋上を裂いた。
『ダイカイガン!武機巡!オメガドライブ!』
胸の巡神核へ、三つの光が戻る。赫。蒼。淡い灯火。混ざらない。ひとつの色にならないまま、輪を描いて回った。
フロンティアガミ・ブレードの内部で歯車が噛み合う。刃が細く、白く研ぎ澄まされていく。狙う場所はもう見えていた。エクストリーマーの装甲じゃない。アルゴスの身体でもない。
百の眼魂を縛っている、黒い結び目。
「一点だけです。そこを断てば、縛りは外れます」
「道は、開いています」
「振り抜け、葉」
「ああ」
踏み込む。
目玉型ユニットが一斉に光を放った。けれど、福巡で開いた灯火の道が、ほんの少しだけ射線をずらす。光は肩を掠め、背後の床を砕いた。
俺は止まらない。
刃を振るう。
白銀の斬撃が、エクストリーマーの胸へ届いた。
硬い。いや、違う。外側が硬いんじゃない。内側で百の力が絡まり合い、刃を押し返してくる。押し込められた声が、黒い核の奥で軋んでいた。
「届かせる……!」
刃が沈む。黒い核に、細いひびが入った。
だが、次の瞬間、エクストリーマーの腕が動いた。重い衝撃が横から来る。俺は弾き飛ばされ、屋上を転がった。フロンティアガミ・ブレードが床を削り、火花を散らす。
「まだだ」
アルゴスの声が、上から降った。
エクストリーマーが翼を広げる。空へ浮かぶ黒い巨体の背後で、百の眼魂の幻影が一斉に脚へ吸い込まれていった。黒い光が膨れ、空が沈む。
「魂は、私の世界へ至る。死も、迷いも、苦しみもない。そこに不完全な声などいらない」
「いらない声なんて、ありません」
ヒヌカヒメの声が、細くても折れずに響く。
「核が再結合します。次で止めなければ、もう一度閉じられます」
「なら、今度こそ叩き割る」
サクナヒメの声に頷き、俺は立つ。
その時、屋上の扉が砕けるように開いた。
振り向くと、傷だらけのゼロスペクターが立っていた。装甲には無数の傷が走り、肩で息をしている。それでも、深海大悟は倒れなかった。
「大悟さん……!」
「遅くなった」
「よう生きておったのう」
「子供たちの未来へ続く道だ。途中で倒れているわけにはいかん」
声は掠れていた。けれど、その言葉は真っ直ぐだった。
俺はフロンティアガミ・ブレードを下げる。斬って届かないなら、今度は全身で踏み込む。
ブレードが光になり、胸の巡神核へ戻った。そこから脚へ流れる。サクナヒメの赫い武。ココロワヒメの蒼い機構。ヒヌカヒメの淡い巡り。三つの神気が脚部を走り、足先へ白銀の紋様を刻む。
「斬って届かないなら、俺ごと行く」
「よい。その足で踏み込め」
「出力を一点集中。軌道補正、入れます」
「道は、真っ直ぐです」
大悟が、崩れた床に片膝をついたまま俺を見上げる。
「命は、閉じ込めるものじゃない。誰かへ繋いでいくものだ」
「ああ!」
腰を沈める。羽衣が背中で輪を描き、歯車が脚の軌道を整え、灯火が空へ一本の道を作る。
エクストリーマーが落ちてくる。
黒い光を脚に集め、塔ごと押し潰すようなライダーキック。
ゼロスペクターの声が飛んだ。
「飛べ、葉!」
息を吸う。
「その足で、閉じた世界を蹴り開け!」
俺は地を蹴った。
上から黒い光が来る。下から白銀の光が昇る。衝突の瞬間、音が消えた。エクストリーマーの蹴りは重い。百の眼魂を一つに押し固めた塊が、脚ごと俺を潰そうとしてくる。
押し返される。膝が軋む。胸の核が熱を持つ。
「なぜだ……! なぜ、まとまらない力で私に届く!」
「まとまってないからだ!」
黒い光の奥で、アルゴスの声が揺れた。
「違うまま、繋がってる。だから、届く!」
灯火が黒い光の奥へ伸びる。蒼い歯車が蹴りの軌道を固定する。赫い神気が、最後の一押しを足先へ乗せた。
「今じゃ、葉!」
「核、開きます!」
「声が、外へ!」
「これで――!」
俺の蹴りが、黒い光を突き破った。
足先がエクストリーマーの胸へ届く。装甲を砕く感触ではない。もっと奥。百の眼魂を縛る黒い核に、白銀のひびが走った。
赫い光が裂く。
蒼い歯車が縛りを外す。
淡い灯火が奥へ抜ける。
次の瞬間、エクストリーマーの背後から、百の眼魂の幻影が空へ舞った。
「私の……世界が……」
アルゴスの声がほどける。
「違う」
「何が……違う……」
「それは、お前一人の世界だ」
黒い装甲が砕けた。エクストリーマーの姿が崩れ、アルゴスが塔の屋上へ落ちる。俺も着地し、膝をついた。巡神極装の光が、まだ弱く巡っている。
空には、無数の光が昇っていた。
ヒヌカヒメの灯火が、それぞれの行き先を照らす。サクナヒメの赫い光が乱れを支え、ココロワヒメの蒼い歯車が塔の暴走を止めていく。
「みんな、違うところへ帰っていきます」
「塔の制御も停止しました。もう、押し込められることはありません」
「ふん。ようやく静かになったのう」
大悟が、ゆっくりと息を吐いた。
「……止まったな。あの男が閉じようとした未来は」
「大悟さん……」
「だが、終わりではない。ここから先を、生きて繋ぐ者がいる」
足元に、小さな灯火が戻ってくる。
「葉さん、道は……繋がりました」
俺はフロンティアガミ・ブレードを杖にして立ち上がる。
「ああ」
空へ帰っていく光を見上げた。
「繋ぎ直せた」