仮面ライダーシャーマン   作:ボルメテウスさん

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戻るべき場所

 塔の屋上には、さっきまで世界を押し潰していた黒い光の残り香だけが漂っていた。

 

 エクストリーマーの装甲は砕け、百の眼魂を縛っていた核も消えている。けれど、勝ったという実感はすぐには来なかった。床は割れ、焼けた紋様の端から薄い煙が上がり、空には解き放たれた眼魂の光がゆっくり昇っていく。それぞれ違う速さで、それぞれ違う方角へ散っていく光を見ていると、喉の奥に残っていた熱が少しずつ抜けていった。

 

「……終わった、のか」

 

 声にすると、足元が急に遠くなる。巡神極装の光はまだ身体の内側を巡っていたが、戦いを支えていた張りが緩んだ途端、膝が崩れそうになった。フロンティアガミ・ブレードを床へ突き立て、柄に体重を預けると、刃の奥で蒼い歯車が小さく鳴った。

 

「塔の制御反応が落ちています。百の眼魂を押し込める機能は停止しました」

 

 ココロワヒメの声は落ち着いていたが、言葉の端に細い疲れが混じっている。サクナヒメは空へ帰る光を睨みつけるように見上げ、深く息を吐いた。

 

「ふん。ようやく黙ったか、この忌々しい塔も」

 

 その言い方に、少しだけ肩の力が抜けた。けれど、まだ倒れている男がいる。変身を解除されたアルゴスは、砕けた床の上で動けずにいた。大悟さん――ゼロスペクターは装甲に無数の傷を刻んだまま、ゆっくりとその前へ歩いていく。

 

「まだだ。あの男に、言葉を残す必要がある」

 

 アルゴスは空へ昇る眼魂を見ていた。怒りとも諦めとも違う、もっと形にならないものが顔に浮かんでいる。自分が集め、自分の世界へ押し込めようとした光が、自分の方を振り返りもせず離れていく。その光景が、何より答えになっていた。

 

「私の……世界が……」

 

「違う。それは、お前一人の世界だ」

 

 俺が言うと、アルゴスの視線がこちらへ向く。言い返す力は残っているはずなのに、喉の奥で言葉が引っかかっているようだった。

 

 大悟さんが、その間に立つように一歩前へ出た。

 

「お前は、救おうとしたのではない。自分の見た結末へ、すべてを閉じ込めようとしただけだ」

 

「肉体がある限り、苦しみは消えない。迷いも、争いも、必ず生まれる」

 

「苦しみがあるから、誰かへ手を伸ばす。迷いがあるから、次へ繋げようとする」

 

 大悟さんの声は強く張っているわけではない。傷だらけの装甲から漏れる呼吸も荒く、立っているだけで限界に近いのが分かる。それでも、その一言ずつは床へ打ち込まれる杭のように重かった。

 

 アルゴスは唇を噛み、再び空を見上げる。眼魂の光は一つにまとまらず、細い流星のように散っていった。沈黙が屋上に降りる。さっきまで轟いていた戦いの音が嘘のように、風だけが砕けた塔の縁を撫でていた。

 

 その時、掌の中で巡神眼魂が淡く震えた。

 

「ヒヌカヒメ……聞こえるか」

 

 呼びかけても、すぐに返事はない。胸の奥が少しだけ冷える。眼魂へ入り込んだあの光が、戦いの中で燃え尽きてしまったのではないかという考えが、一瞬だけ指先を固くした。

 

 けれど、巡神眼魂の奥で小さな灯火が揺れた。

 

「……はい。聞こえています、葉さん」

 

 その声が届いた瞬間、息が深く入った。

 

「よかった……」

 

 言葉がこぼれると、サクナヒメが腕を組んで目を細めた。怒っているようで、口元にはわずかな緩みがある。

 

「まったく、肝を冷やさせおって。戻れぬかと思ったではないか」

 

「すみません。でも、あの声を置いていけませんでした」

 

「謝るなら、次はもう少し先に言うてから行け。急に飛び込まれる身にもなれ」

 

 サクナヒメの小言に、ヒヌカヒメの灯火が小さく瞬く。ココロワヒメは巡神眼魂へ目を向け、指先で空中に蒼い術式線を描いた。

 

「眼魂の中に、ヒヌカヒメ様の神気が安定しています。消失ではありません。ただ、存在の位置が変わっています」

 

「難しい言い方をするでない。つまり、まだそこにおるのじゃろう」

 

 サクナヒメが横目で促すと、ココロワヒメは一度だけまぶたを伏せてから頷いた。

 

「……はい。そこにいます」

 

 俺は眼魂を握り締めなかった。壊れものを包むように、掌の上へ置く。そこにいる。姿は見えなくても、声は届いている。繋がり方が変わっただけで、消えたわけではない。

 

「なら、これからも一緒だな」

 

「はい。道が必要な時は呼んでください」

 

 ヒヌカヒメの声と一緒に、淡い灯火が眼魂から一筋落ちた。光は砕けた床を滑り、塔の下へ続く階段の方へ伸びていく。帰る道を示すようなその光に従って、俺たちは屋上を後にした。

 

 塔の内部は静まり返っていた。さっきまで脈打っていた壁の紋様は薄くなり、通路の奥で鳴っていた機械音も途切れている。大悟さんは足を引きずりながらも先へ進み、俺が何度か支えようとすると、軽く手で制した。

 

「まだ歩ける」

 

「無理しないでください」

 

「お前に言われるとはな」

 

 その返しに、サクナヒメが鼻で笑う。ココロワヒメはどちらも大差ありません、と言いかけて口を閉じた。たぶん、言えば二人まとめて反論されると判断したのだろう。

 

 塔の外へ出ると、島の空気が変わっていた。

 

 海から吹く風に、重たい濁りがない。英雄たちの村へ戻る道の途中、空へ昇る光がいくつも見えた。村では、英雄たちが誰に言われるでもなく空を見上げている。騒ぎはない。勝利を叫ぶ声もない。ただ、帰っていく光を見送るための静けさがあった。

 

「……光が、帰っていく」

 

「閉じ込められていた者たちも、それぞれの場所へ向かうのだろう」

 

 村の英雄たちの声が、風に混じる。俺はその横で立ち止まり、空を見上げた。アルゴスは苦しみを消そうとしていた。けれど、そのために声の違いまで消そうとした。光が別々の方角へ散っていくのを見ていると、その違いこそが帰る場所なのだと分かる。

 

「それぞれの場所へ、か」

 

「ああ。誰かにまとめられるためではなく、自分の道へ戻るために」

 

 大悟さんは村の外れで足を止め、遠い空を見た。装甲の傷は深く、立っているだけでも苦しいはずなのに、その横顔には張り詰めたものが少しだけ解けていた。

 

「俺は、倒しただけじゃないんだな」

 

「お前は閉じなかった。それだけで十分だ」

 

 その言葉に、胸の奥が少し熱くなる。サクナヒメが横から俺の肩を軽く叩くように羽衣を揺らした。

 

「倒すより難しいことをしたのじゃ。少しは胸を張れ」

 

「葉様らしい結末です」

 

 ココロワヒメも、静かに続ける。巡神眼魂の灯火が淡く光り、ヒヌカヒメの声が足元から届いた。

 

「みんな、違う声のまま帰っていきました」

 

 村の小さな神社にも光が戻っていた。ヒヌカヒメと再会したあの場所に、柔らかな明かりが差し込んでいる。もうそこに彼女の姿はない。けれど、気配は薄く残っている。形が変わっても、道は途切れていない。

 

「苦しみをなくすために、声まで消すのは違う」

 

 口にした言葉は、誰かに向けたものというより、自分の中へ置くためのものだった。大悟さんはその隣で頷き、少し遅れて返す。

 

「苦しみをなくせなくても、隣に立つことはできる」

 

 その言葉が、島の風に混じって遠くへ流れていった。

 

 しばらくして、ココロワヒメがこちらへ向き直った。彼女の表情は柔らかかったが、瞳の奥には次の戦いを見据える冷たさが戻っている。

 

「葉様、無理は禁物です。巡神極装の反動は、まだ残っています」

 

「とはいえ、寝ておる暇もなさそうじゃな」

 

 サクナヒメの言葉に、俺は頷く。身体は重い。足の奥には、ライダーキックの衝撃がまだ残っている。それでも、人間界でタケルたちの戦いが続いているなら、ここで立ち止まるわけにはいかない。

 

「ああ。タケルたちの戦いも、まだ終わってない」

 

 大悟さんがこちらを見る。父親の目というものを俺は詳しく知らない。けれど、今の視線には、戦士としての厳しさと、次へ向かう者を送り出す静かな温度があった。

 

「行くのか」

 

「行きます。あっちにも、閉じようとしている奴がいる」

 

「なら、伝えてくれ。命は閉じ込めるものではないと」

 

「大悟さんが言った方が重いですよ」

 

「俺には、まだここで見届けるものがある」

 

 その答えに、俺は何も返さず頷いた。大悟さんはこの島で見届けるべきものを持っている。俺には戻るべき場所がある。それぞれの道が違うなら、無理に同じ場所へ向かう必要はない。

 

 巡神眼魂が淡く光る。

 

「葉さん。道はまだ続いています」

 

「分かってる」

 

 フロンティアガミ・ブレードを背に収め、俺は島の空をもう一度見上げた。最後の光が、遠い雲の向こうへ消えていく。それは終わりの光ではなかった。別々の場所へ帰るための、静かな明かりだった。

 

「行こう。次の戦いへ」

 

 サクナヒメとココロワヒメの気配が、背中で寄り添う。ヒヌカヒメの灯火が足元に道を描く。俺はその光を踏みしめ、人間界に戻る道へ歩き出した。

 

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