仮面ライダーシャーマン   作:ボルメテウスさん

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復讐への心

 大天空寺へ戻ってからも、戦場の空気は誰の肩からも離れなかった。ガンマイザーを退け、アデルを見送ったはずなのに、境内を渡る風の中にはまだ白い残光が混じっているようで、誰もすぐには普段の声を取り戻せずにいた。タケルは変身を解き、いつもの姿に戻っていたが、その背中だけはムゲン魂の光を纏っていた時よりも遠く見える。

 

「タケル、本当に大丈夫なの?」

 

 アカリが声をかけると、タケルは振り返って小さく頷いた。顔には無理に作った笑みがあったが、目の奥はまだ戦場の一点を見つめているように揺れている。

 

「大丈夫。今は、やらなきゃいけないことがあるから」

 

「大丈夫な顔ではありませんぞ、タケル殿。龍殿の仇がアデルであるなど、そのようなことを聞かされて平気でいられるはずが……」

 

「御成、今それ以上言うな」

 

 マコトの声が低く落ち、御成は口を閉じた。責められたわけではないと分かっているのだろうが、御成の拳は袈裟の前で固く握られ、行き場のない怒りと悲しみが指先にまで滲んでいた。カノンはその隣でそっと目を伏せ、アカリはタケルから視線を外せずにいる。

 

 アランは一歩前へ出たが、その足取りには迷いがあった。兄の名がこの場に落としたものは重く、アラン自身の過去までも掘り返しているようだった。

 

「すまない、タケル。アデルは……私の兄だ」

 

「アランのせいじゃない。分かってる」

 

 タケルはすぐに答えた。けれど、その「分かってる」は、誰かを安心させるために出した言葉に聞こえた。理屈では分かっていても、胸の奥に押し寄せるものは別にある。父を殺した相手が目の前にいて、それが仲間の兄であり、これまで救おうとしていた相手でもあるのなら、簡単に言葉で整理できるはずがない。

 

 俺は何か言おうとして、すぐには口を開かなかった。慰めるには早すぎるし、怒るなと告げるにはあまりに軽い。フロンティアガミ・ブレードを収めた右手には、まだアデルの冷たい視線の感触が残っている。胸の奥ではサクナヒメが黙り、ココロワヒメも術式を広げることなく静かにしていた。ヒヌカヒメの灯火だけが、タケルの足元に細く残っている。

 

「少し、外の空気を吸ってくる」

 

 タケルはそう言って、本堂から出ていった。アカリが追いかけようとしたが、俺が軽く手を上げると、彼女は足を止める。心配そうな目がこちらへ向けられたため、俺は頷いてからタケルの後を追った。

 

 夜の境内は静かだった。昼間の戦闘で荒れた空気が嘘のように、木々の葉が擦れる音だけが軒下を渡っている。タケルは縁側の端に座らず、龍の墓へ続く道の手前で立ち止まっていた。背中はまっすぐだが、その肩には言葉にならない重さが乗っている。

 

「一人にしてほしいなら、少し離れる。でも、見えない所までは行かない」

 

 俺がそう言うと、タケルは振り返らずに息を吐いた。笑ったようにも聞こえたが、いつもの軽さはない。

 

「葉って、そういうところあるよね」

 

「戻ってきて早々、倒れられても困るからな」

 

「……俺、アデルを救いたいって思ってた。アランのためにも、アデル自身のためにも。アデルにも何かあったんだって、そう信じたかった」

 

 タケルの声は、夜の空気に溶けるには少し硬かった。俺は隣まで行き、同じ方向を見る。墓へ続く道は暗く、石畳の一つ一つが月の光を薄く返している。

 

「でも、父さんを殺したのがアデルだって知ったら、同じようには言えなくなった。止めたいって気持ちはあるのに、救いたいって言葉が喉に引っかかるんだ」

 

「同じように言えなくて当然だろ」

 

「でも、そう思う自分が嫌なんだ。父さんなら、きっと人を憎むために戦うなって言う。父さんが信じたものを、俺が壊してる気がする」

 

「憎まないことと、傷ついてないふりをすることは違う」

 

 タケルは返事をしなかった。目を閉じ、拳を握りしめる。怒りを押し込めようとしているのではなく、怒りがあることそのものを責めているように見えた。人の声を聞き、誰かの命を救おうとしてきたタケルだからこそ、自分の中に生まれた暗い熱を許せずにいる。

 

 その時、胸の奥でサクナヒメの気配が動いた。いつもなら勢いよく言葉を投げてくる彼女が、今だけは慎重に沈黙を解いていく。父と母の仇を前にした時の痛みを知っているからこそ、軽く踏み込めないのだろう。

 

「仇を前にして揺れぬ者などおらん。怒りで足が震えることも、憎しみで目が曇ることもある」

 

 タケルが目を開き、こちらを見た。声は俺の内側から響いたはずだが、灯火を伝って届いたのか、タケルにも聞こえているようだった。

 

「サクナヒメ……?」

 

「じゃが、刃を振るう理由まで奪われるな。仇が憎いから立つのか、守りたいものがあるから立つのか、その違いだけは見失うでない」

 

 サクナヒメの声は厳しいが、突き放してはいなかった。自分の痛みを知る者だけが言える重さがあり、タケルはその言葉を受け止めるように、ゆっくりと視線を落とす。

 

「俺も、そう思う。怒りをなかったことにしなくていい。でも、アデルにお前の進む理由まで決めさせるな」

 

「進む理由……」

 

「龍さんが守ろうとしたものは、アデルへの憎しみじゃないはずだ」

 

 タケルの指が少しだけ緩んだ。月明かりの下で、その横顔に幼い頃の記憶を探すような色が浮かぶ。父の声、父の手、父が見せた背中。アデルの言葉で傷つけられた記憶が、タケルの中で少しずつ元の温度を取り戻していくのが分かった。

 

「父さんは、人の可能性を信じてた。俺にも、そう教えてくれた」

 

「ああ」

 

「だったら俺は、父さんを殺したアデルを憎むだけじゃなくて、父さんが信じたものを守らなきゃいけないんだよな」

 

「それがお前の声なら、俺はそれを聞く」

 

 タケルは俯いたまま、しばらく黙っていた。泣いているわけではない。ただ、胸の中で暴れていた怒りと悲しみを、一つずつ名前のあるものへ戻しているようだった。夜風が通り過ぎ、ヒヌカヒメの灯火が石畳の上に淡い線を描く。

 

「俺はアデルを許せない。父さんを殺したことも、みんなの声を一つにしようとすることも、絶対に許せない」

 

「うん」

 

「でも、アデルを憎むためだけには戦わない。父さんが信じたものを守るために、これ以上誰かの声を奪わせないために、俺はアデルを止める」

 

 その言葉は、まだ完全に澄んではいなかった。怒りも痛みも残っている。けれど、アデルに突きつけられて揺れていた声ではなく、タケル自身が選び直した声だった。

 

 背後から足音が近づいてくる。アカリ、御成、マコト、カノン、アランが、少し距離を置いて立っていた。盗み聞きというより、タケルが戻ってくるのを待ち切れなかったのだろう。アカリは何か言いかけて、タケルの顔を見て言葉を変えた。

 

「タケル……」

 

「大丈夫、じゃない。悔しいし、怒ってる。でも、今はちゃんと前を見られる」

 

 その言葉に、アカリの目元がわずかに緩む。御成は両手を胸の前で握りしめ、声を震わせながらも深く頷いた。

 

「それでこそ、タケル殿です。龍殿も、きっと……」

 

「御成、ありがとう。でも、父さんのためだけじゃない。みんなのためにも、俺は止まらない」

 

 マコトは何も言わずにタケルの肩へ手を置いた。短い沈黙の中に、それで十分だという意思がある。アランは少し離れた位置で立ち尽くしていたが、やがて静かに口を開いた。

 

「タケル。私はアデルを止める。兄としてではなく、眼魔世界を歪めた者として」

 

「アラン、一緒に止めよう。アデルを、このまま終わらせないためにも」

 

 アランの目が揺れ、すぐに静かな決意へ変わる。タケルの言葉は、アデルを許すという意味ではない。父の仇を前にしてもなお、憎しみだけで相手を切り捨てる道を選ばないという、苦しい覚悟だった。

 

 ふいに、遠くの空が白く瞬いた。アデルそのものではないが、あの完全な世界へ繋がる気配が薄く滲み、境内の空気が一度だけ冷える。タケルの肩に力が入ったが、今度は感情のまま駆け出さなかった。息を吸い、足元の灯火を見て、自分の足で一歩前へ出る。

 

「俺はアデルを止める。父さんの仇だからじゃない。これ以上、誰かの声を奪わせないために」

 

「なら、俺も隣で戦う。止まった世界なんかに、お前の声は渡さない」

 

「その怒りを抱えたまま立てるなら、そなたは折れておらん」

 

 サクナヒメの声が届くと、タケルは小さく頷いた。痛みが消えたわけではない。父の名を聞けば、これから何度でも胸は乱れるだろう。それでも、タケルは怒りをアデルに預けなかった。自分の中にあるものとして抱え、そのうえで何を守るかを選んだ。

 

「ありがとう。葉、サクナヒメ」

 

「礼は後でいい。次に会った時、アデルはもっと踏み込んでくる」

 

「それでも、俺は聞く。父さんの声も、みんなの声も」

 

 ヒヌカヒメの灯火が、タケルの足元からまっすぐではなく、少し曲がりながら先へ伸びる。それは迷いのない道ではなく、迷いを抱えたまま進むための道だった。俺はその光を見下ろし、サクナヒメが静かに息を吐く気配を胸の奥で聞いた。

 

 アデルの世界は、声を一つに押し込める。痛みも怒りも迷いも消えると言いながら、人が自分で選ぶための揺れまで奪おうとする。けれど、タケルはその揺れを抱えたまま立った。父の仇を知ってなお、父が信じたものを守るために進むと決めた。

 

 夜の境内に、もうガンマイザーの光は残っていない。代わりに、タケルの足元には細い灯火があり、その隣には俺たちの影が並んでいた。道はまだ閉じていない。痛みがあるからこそ、そこから先へ進む意味がある。俺はそう確かめるようにブレードの柄へ触れ、次に来る戦いへ向けて静かに息を整えた。

 

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