白い空から降りてくるガンマイザーの群れは、まるで眼魔世界そのものがこちらを拒んでいるようだった。現実世界で戦った時よりも光の密度が濃く、距離を取っているはずなのに、胸の奥へ直接圧が届く。整いすぎた街並みの中で、無機質な足音と発光だけが増えていき、人の声や生活の気配はさらに奥へ押し込められていくように感じられた。
「反応多数。こちらの世界では、ガンマイザーの出現速度が明らかに上がっています」
ココロワヒメの声と同時に、正面のガンマイザーが一斉に腕を上げた。白い光が束になり、こちらの足場を削りながら迫ってくる。タケルはムゲン魂の光を前へ押し出し、マコトはディープスペクターの刃で横から迫る圧を斬り伏せる。アランは眼魔世界の建造物の影を使い、直線ではなく反射するような射線を作って、ガンマイザーの動きを止めていた。
「ここはアデルの支配が強い。現実世界と同じ感覚で戦えば、押し切られる」
「なら、押し返すまでだ」
マコトの声は短いが、足元は揺れていない。俺は巡神極装の灯火を地面へ走らせ、アカリたちのいる後方へ薄い道を残す。ヒヌカヒメの光は瓦礫のない足場を選び、ココロワヒメの術式がガンマイザーの軌道を読み、サクナヒメの羽衣が背中で次の踏み込みを待っていた。
「ここにも声がある。消される前に、俺たちが届かせる」
「止まった世界に、道を通すぞ」
タケルが正面へ出る。ムゲン魂の拳が光を割り、俺はその開いた隙間へ風と雷を巡らせた。フロンティアガミ・ブレードの切っ先が白い地面を擦り、灯火の線がタケルの進路と重なる。ガンマイザーが左右から包囲を縮めようとした瞬間、俺は足元の灯火を跳ね上げ、風雷巡の加速で包囲の外へ回り込む。
「風雷巡」
風が身体を押し、雷が踏み込みを鋭くする。ガンマイザーの一体が振り向くより早く、ブレードの柄で腕を弾き、返す刃で胸部の光を斬る。背後から迫る別のガンマイザーの攻撃は、足元から伸びた氷と風の盾が軌道を逸らし、後方へ散った光がアカリたちに届く前に消えていく。
「氷風盾。後ろは任せろ」
「助かる、葉!」
アカリが機材を抱えながら声を返し、御成は数珠を握ったまま、カノンを庇うように半歩前へ出ていた。戦う力はなくても、ここまで来た以上、ただ震えているだけでは終われないという顔をしている。カノンはマコトの背中を見つめ、逃げる道ではなく、戻るための道を確かめていた。
俺たちがガンマイザーの包囲を一度押し返した、その時だった。白い街の上空に、さらに濃い光が降りる。ガンマイザーの動きが止まったわけではない。ただ、中心に現れた男を避けるように距離を取り、包囲だけを保ったまま、戦場の熱を冷たい輪で囲んだ。
アデルが、白い建造物の上からこちらを見下ろしていた。
「よく来た、天空寺タケル」
「アデル……!」
タケルの光が強まる。父の仇が目の前にいるのだから、その反応は当然だった。けれど、タケルはすぐに飛び出さず、握った拳を自分の胸元で一度止めた。俺はその横に並び、ブレードを構える。タケルを抑え込むためではなく、彼が自分の足で前へ出る時に、隣で道を失わせないためだった。
「わざわざ出迎えか。随分と余裕だな」
「ここは私の世界だ。お前たちがどれほど進もうと、その歩みは私の中にある」
「違う。ここはお前だけの世界ではない」
アランが前へ出ると、アデルの視線がゆっくりとそちらへ向いた。兄弟であるはずの二人の間には、血よりも深い断絶がある。アランはそれでも目を逸らさなかった。
「アラン。まだそのような不完全な言葉に縋るのか」
「不完全でも、人が生きる世界には必要な言葉だ。私はもう、お前の完全を正しいとは思わない」
アデルはアランの言葉を受けても表情を変えず、次に俺へ視線を移した。その目には、昨夜タケルへ父の死を告げた時と同じ冷たさがある。人の痛みを見ているのではなく、相手を動かすための手段を測っている目だった。
「葉。お前もまた、ここへ辿り着いたか」
「来るなって言われても来たけどな。こっちにも止まれない理由がある」
「お前は、アルゴスと戦った」
その名前が出た瞬間、胸の巡神核が一度だけ乱れた。眼魂島の空、百の眼魂、塔の屋上、仮面ライダーエクストリーマーとなったアルゴスの姿が、白い眼魔世界の光と重なって蘇る。タケルも反応し、アランは息を止めたようにアデルを見上げていた。
「……なんで、お前がアルゴスのことを知ってる」
「知らぬはずがない。アルゴスは、私の兄だ」
「兄上……?」
アランの声が揺れる。タケルも目を見開き、マコトは警戒を強めるように刃を構え直した。後方のアカリと御成も言葉を失っている。俺はアデルを見たまま、握るブレードの柄に力を込めた。
「アルゴスが……アデルとアランの兄……?」
「待てよ。あいつは眼魂島で、百の眼魂を集めて、すべての魂を一つにしようとしていた。お前たちの……兄だったのか」
「大帝アドニスの長男。死してなお、完全へ至る道を求めた者。それがアルゴスだ」
アデルの声は淡々としていた。兄の名を語っているはずなのに、そこには懐かしさも悲しみもない。まるで過去に存在した一つの事例を説明しているだけのようで、その冷たさがかえって事実の重さを際立たせていた。
「私は……兄上の戦いを知らなかった。眼魂島で何が起きたのかも、葉が何を見たのかも……」
アランの表情に苦さが浮かぶ。眼魔世界の歪みが、自分の知らない場所で、自分の知らない兄を通して広がっていた。その事実は、アランが背負ってきた罪の輪郭をさらに広げるものだった。
「俺も知らなかった。あいつが、アランたちの兄だったなんて」
胸の奥でサクナヒメの気配が強くなる。アルゴスと戦った意味が揺らぎそうになった瞬間、彼女の声が鋭く差し込んだ。
「葉、足を止めるでない。相手の名を知ったからといって、そなたが見たものまで変わるわけではない」
「……分かってる」
俺は息を整えた。アルゴスが誰の兄であろうと、あの塔で見たものは変わらない。苦しみを消すと言いながら、違う声を一つに押し込めようとした世界。そこに抗った者たちの声。解放された百の眼魂の光。ヒヌカヒメが巡神眼魂へ宿り、俺がここへ帰ってくる道になった戦い。
それは、今ここでアデルが語る完全な世界と同じ根を持っている。
「アルゴスは、全ての人間をゴーストとし、死も苦しみも越えようとした。方法は違えど、彼もまた完全を求めた」
「違う。そんなもの、完全じゃない」
タケルの声が、アデルの言葉を遮るように響く。父の仇を前にした怒りはある。それでも、タケルの言葉は怒鳴り散らすものではなかった。胸に刺さった痛みを抱えたまま、それでも届かせようとする声だった。
「アルゴスは、苦しみを消すために声の違いまで消そうとした。お前も同じだ、アデル」
「同じではない。アルゴスは未熟だった。私は、完全へ至る」
「その言い方がもう同じなんだよ。自分だけが正しい場所にいて、他の声は乱れだって決めつけてる」
アデルの目が少しだけ細くなる。白い空の下でガンマイザーの光がざわめき、包囲がわずかに狭まった。タケルは俺の隣で一歩前へ出る。俺もその動きに合わせて、ブレードの切っ先を下げたまま歩を進めた。
「天空寺タケル。お前の父は、人の可能性などという不確かなものを信じて消えた」
「父さんは消えたんじゃない。俺の中に、みんなの中に残ってる」
「死者の声に縋ることを、残るとは言わない」
「縋ってるんじゃない。受け取ってるんだ。父さんが俺にくれたものも、父さんが信じたものも、今の俺を動かしてる」
タケルの光が静かに強くなる。怒りを燃料にした荒い光ではなく、人々の声を受け止めるムゲン魂の輝きだった。アデルは今度は俺を見て、アルゴスの名を刃のように差し出してくる。
「葉。お前が倒したアルゴスもまた、消えた。お前の言う巡りは、救えぬものを救えない」
「違う。消したんじゃない。あいつが押し込めようとした声を、解いたんだ」
「不完全な慰めだ」
「不完全でもいい。誰かが泣いて、怒って、迷って、そのまま誰かと繋がるなら、それは止まった完全よりずっと生きてる」
タケルが俺の言葉に頷く。俺たちは同じ傷を持っているわけではない。タケルには父を奪われた怒りがあり、俺にはアルゴスとの戦いで見た、声を一つにする世界への拒絶がある。それでも、アデルの前で選ぶ答えは同じ場所へ向かっていた。
「人は迷うし、間違えるし、傷つく。でも、そこから誰かと繋がれる」
「止まった世界じゃ、それができない。アルゴスの世界も、お前の世界も、声を一つにするって言いながら、誰の声も聞いてない」
アランが前へ出る。兄アルゴス、兄アデル、そして父アドニス。眼魔世界の王族として背負うものは重いはずだが、その声はもう過去に縛られたものではなかった。
「兄上も、アデルも、父上が守ろうとしたものを見失った。私はもう、その世界を完璧とは呼ばない」
アデルの表情に、わずかな不快感が浮かんだ。怒りと呼ぶには冷たく、動揺と呼ぶには小さい。だが、それまで相手を要素として扱っていた目に、初めて拒絶されたことへの引っかかりが生まれていた。
「お前たちは不完全だ。痛みを抱え、迷いを捨てられず、死者の声に縋る」
「それでも、俺は聞く。父さんの声も、みんなの声も」
「俺は繋ぐ。アルゴスに奪われかけた声も、お前が消そうとしてる声も」
「ならば、その不完全さごと消えるがいい」
アデルが手を上げる。距離を取っていたガンマイザーが一斉に動き出し、白い空と地上の両方から光が降ってきた。戦場の冷たい輪が砕け、再び衝突音が世界を満たす。タケルが正面へ飛び出し、俺は足元の灯火を伸ばしてその進路を支える。マコトは後方へ迫るガンマイザーを斬り伏せ、アランはアデルへ向けて射撃を放つが、白い壁のような光に弾かれた。
「タケル、葉、前へ行け。ここは俺が抑える」
「アデルは奥へ向かう。奴の中枢へ行かせるつもりだ」
アランの言葉通り、アデルは直接こちらへ降りてこない。白い光の奥へゆっくりと退きながら、ガンマイザーの群れで道を塞いでいく。誘われているのは明らかだった。それでも、ここで立ち止まれば、アデルの世界はさらに声を呑み込む。
「誘われてるな」
「それでも行く。アデルを止めるために」
「ならば迷うな。驚きも怒りも抱えたまま、前へ出よ」
サクナヒメの声が背中を押す。ヒヌカヒメの灯火は奥へ続く道を示しているが、その上にはガンマイザーの光が幾重にも重なっていた。ココロワヒメの術式が展開され、タケルのムゲン魂の光と俺の巡神核の波長を重ねていく。
「道は奥へ続いています。けれど、ガンマイザーが塞いでいます」
「突破には連携が必要です。葉様、タケル様の光に巡神の道を重ねます」
「ああ。タケル、合わせるぞ」
「うん。葉、行こう!」
タケルが前へ踏み込む。俺はその半歩横でフロンティアガミ・ブレードを構え、足元の灯火をムゲン魂の光へ重ねた。白く冷たい眼魔世界の地面に、二つの光が一本の道を刻む。ガンマイザーの群れがそれを潰そうと押し寄せるが、マコトの刃が横から道を守り、アランの射撃が空から降りる光を撃ち落とす。
「父さんが信じた可能性を、俺は消させない!」
「アルゴスが奪おうとした声も、アデルが閉じようとする世界も、ここで繋ぎ直す!」
ムゲン魂の拳と巡神極装の刃が並び、ガンマイザーの包囲へ突き刺さる。砕けた光が白い空へ舞い上がり、その奥にアデルが消えていった中枢への道が一瞬だけ開いた。完全という名で止まった世界に、迷いと痛みを抱えたまま進むための道が刻まれる。
最終決戦は、まだ始まったばかりだった。