白い広場に立つパーフェクト・ガンマイザーは、もうアデルの姿を借りた別のものだった。装甲の奥にあったはずの揺れは消え、声も、間合いも、視線の向け方さえ均されている。そこに人の迷いはなく、父を誤解していた痛みも、弟へ伸ばしかけた心も、償おうとした意志も、すべて白い光の内側へ押し込められていた。
「不完全を確認。消去を開始する」
パーフェクト・ガンマイザーが片腕を上げると、広場の周囲に浮かんでいたガンマイザーの光が一斉に反応した。無数の光線が地面へ降り、整いすぎた石畳を容赦なく砕いていく。タケルはムゲン魂の光を前面に広げ、俺はその後ろへヒヌカヒメの灯火を走らせる。アカリたちのいる後方には、マコトがディープスペクターの刃で壁を作り、アランがネクロムの射撃で降り注ぐ光を撃ち落としていた。
「アデル、聞こえるなら答えてくれ!」
「個の応答は不要。完全のみを実行する」
タケルの呼びかけにも、返ってきたのはガンマイザーの声だった。アランが一歩前へ出かけるが、マコトが横から腕を伸ばし、無理に飛び込ませないように止める。アランの目には怒りと後悔が浮かんでいたが、その奥にはまだ、兄の声を諦めきれない光が残っていた。
「アデル! 兄上!」
「駄目だ。声が奥に押し込められてる。表に出てるのは、もうアデルじゃない」
俺が言うと、ヒヌカヒメの灯火がパーフェクト・ガンマイザーの胸元へ細く伸びた。しかし、そこへ届く前に白い光が幾重にも重なり、灯火を押し返す。胸の巡神核が小さく軋むように回り、ココロワヒメの術式が外殻の上を何度も走った。
「小さな灯火が残っています。けれど、ガンマイザーの光に覆われています」
「外殻を壊すだけでは不十分です。内部接続を断たなければ、アデル様の魂ごと消されます」
「斬る場所は一つじゃないってことか」
「はい。外側の殻と、内側の接続線を同時に断つ必要があります」
その言葉を聞いて、タケルが俺の方を見る。ムゲン魂の光は揺れていない。父の仇を前にした怒りも、救いかけた相手を奪われた悔しさもあるはずなのに、今のタケルはその全部を抱えたまま前を見ている。
「葉、俺の光で奥まで届かせる。外側を頼める?」
「ああ。俺が道を開く。お前はアデルの声を掴め」
サクナヒメの羽衣が背中で張り、いつもより低い声が胸の奥へ落ちた。
「斬るのは命ではない。囚われた声を縛る鎖じゃ。迷うな、葉」
「分かってる。タケル、合わせるぞ」
「うん。アデルを終わらせるんじゃない。解放するんだ」
パーフェクト・ガンマイザーが再び腕を振る。白い刃が地面を削り、俺たちの足場を断とうとした。俺はフロンティアガミ・ブレードを地面へ突き立て、氷と風と盾の神気を巡らせる。氷が刃の勢いを鈍らせ、風が軌道を横へ逃がし、盾の神気が一拍だけ正面に空間を作った。
「氷風盾!」
その一拍に、タケルが光を剣の形へ収束させる。俺は風雷巡で自分とタケルの足元へ同じ道を敷き、踏み込みの瞬間を揃えた。マコトが横からガンマイザーの群れへ斬り込み、アランの射撃がパーフェクト・ガンマイザーの動きをわずかに止める。アランの光弾は弾かれたが、その一瞬だけ、白い装甲の胸元に灯火の通る隙間が開いた。
「今です、葉様!」
「タケル!」
俺たちは同時に踏み込んだ。ムゲン魂の光刃が右から、フロンティアガミ・ブレードの刃が左から走る。パーフェクト・ガンマイザーは防御を重ねようとしたが、ヒヌカヒメの灯火がその内側へ入り込み、ココロワヒメの術式が接続線を浮かび上がらせ、サクナヒメの武が俺の腕を押し込んだ。
「アデル! お前の声を、俺たちはまだ聞いてる!」
「押し込められたまま終わらせない。道を開く!」
二つの斬撃が胸元で交差した。硬い外殻を断つ手応えと、細く絡みついていた何かが切れる感触が同時に腕へ返ってくる。白い装甲に亀裂が走り、そこから眩しい光ではなく、微かな温度を持った魂の輝きが漏れた。
パーフェクト・ガンマイザーの身体が大きく揺れる。ガンマイザーの声が途切れ、白い広場全体に張り詰めていた圧が崩れた。装甲が砕け落ちる中、その奥からアデルの霊体が現れる。表情は穏やかとは言えないが、そこにはようやく、自分の声を取り戻した者の疲れと静けさがあった。
「アデル……!」
アランが駆け寄る。手を伸ばしても触れられないことは分かっていたはずだが、それでも伸ばさずにはいられなかったのだろう。アデルは弟を見て、かすかに目を細めた。
「アラン……私は、遠回りをしすぎた」
「兄上……まだ、まだ話すことがある。あなたには、戻って……」
「私は家族を失ったと思い込み、世界を閉じようとした。お前は、そうなるな」
アランの喉が震えた。アデルはゆっくりと視線を上げ、かつて自分が完全な世界と呼んだ白い空を見た後、もう一度弟へ向き直る。
「いつか新しい家族を作れ。お前は間違えるな」
「兄上……」
「迷ってもいい。だが、誰かの声を消して、正しさを作るな」
その言葉は、アランだけでなく、この場にいる全員へ向けられているようだった。タケルは黙って聞いている。父を殺した相手を目の前にしても、今は憎しみだけでその最期を見ていない。アデルが最後に自分の過ちを言葉にできたことを、タケルは受け止めようとしていた。
その時、白い広場の奥からアリアが歩いてきた。戦いの気配に怯むことなく、ただ消えかける弟を見届けるために、静かに近づいてくる。アデルは彼女へ視線を向け、ほんのわずかに表情を緩めた。
「姉上……ありがとう。あなたは、最後まで眼魔世界に温度を残そうとしてくれた」
「アデル……」
「私はそれを見ようとしなかった。だが、今なら分かる」
アリアは涙をこらえるように唇を結び、アランの隣に立つ。アデルの霊体はさらに薄くなり、白い光の中へ溶けかけていた。俺の足元で、ヒヌカヒメの灯火が自然に伸びる。裁くための火ではない。迷った魂が次へ進むための、細く温かな道だった。
「ヒヌカヒメ……これは」
「迷った魂が、進むための灯火です。裁きではありません」
「よくも悪くも、こやつはようやく自分の声に戻った。ならば、送り出してやるのも神の務めじゃ」
「魂の流れ、安定しています。もう、ガンマイザーには捕まらないはずです」
サクナヒメの赤い神気、ココロワヒメの蒼い術式、ヒヌカヒメの淡い灯火が、アデルの足元を包む。アデルはその光を見下ろし、驚いたように目を細めた。
「これは……温かいな」
「アデル……」
タケルが名を呼ぶと、アデルはゆっくりと彼を見る。父の仇としてではなく、最後に残った言葉を交わす相手として。
「天空寺タケル。お前の父は、確かに正しかった。人の可能性は、不確かだからこそ消してはならない」
「……うん」
「アラン、姉上……すまなかった。そして、ありがとう」
アデルの魂が灯火に導かれるように上へ昇る。アランは声を出せないまま、最後に小さく頷いた。アリアは手を胸に当て、弟の光が消えるまで目を逸らさない。神の灯火は一筋の道となって白い空へ伸び、アデルの魂はその先で静かに溶けていった。
その余韻は、長くは続かなかった。
胸の巡神核が不意に強く乱れ、ヒヌカヒメの灯火が別方向へ激しく揺れる。温かな送り火とは違う、冷たく巨大な流れが眼魔世界の奥で動き出していた。
「待て……何か動いてる」
「ガンマイザー反応が移動しています。アデル様から離れた後、別の中枢へ向かっています」
「別の中枢……まさか、グレートアイか!」
アランの声に、タケルがすぐに顔を上げる。アデルを見送ったばかりの空気が、再び戦いの緊張へ引き戻された。
「急ごう!」
俺たちは走り出した。白い広場を抜け、眼魔世界のさらに奥へ向かう。ガンマイザーの残滓は空を裂くように飛び、巨大な光の中枢へ吸い込まれていく。その先にあったのは、かつて人々の願いと繋がっていたはずのグレートアイだった。
だが、その光はもう穏やかではない。無数のガンマイザーの残光が絡みつき、願いを叶える力そのものを器にしようとしている。アカリが息を呑み、御成が数珠を握る手に力を込めた。
「何あれ……グレートアイに、ガンマイザーが取り込まれてる?」
「逆です。ガンマイザーが、グレートアイを器にしています」
「そんな……アデル殿を失って、今度はグレートアイを!」
ココロワヒメの声は鋭く、ヒヌカヒメの灯火は今にも吹き消されそうに揺れている。
「大きすぎる力です。声も、願いも、すべて呑まれています」
グレートアイの光が歪む。神々しいはずの輝きが、願いを聞くものではなく、願いそのものを押し潰して形を変えていく。巨大な異形が光の中から現れ、眼魔世界全体がその誕生に合わせて震えた。
俺はその輪郭を見た瞬間、息を止めた。白い巨大な姿。すべてを一つにしようとする圧。願いの力を使いながら、誰の声も聞いていない空虚な眼差し。その奥に、眼魂島で見た塔の頂と、仮面ライダーエクストリーマーとなったアルゴスの最期の姿が重なった。
「……似てる」
「葉?」
タケルがこちらを見る。俺はグレートアイザーへ変じていく巨大な影から目を離せなかった。
「アルゴスの最後の姿に似てる。あいつも、願いを叶える力を使って、全部を一つにしようとした。これは、そのもっと奥にあるものだ」
「願いを叶える力が、声を聞かぬまま形を持てば、ああなるということか」
サクナヒメの声が低く響く。グレートアイザーは完全に姿を現し、巨大な光の腕を広げた。アデルの魂を導いた灯火は、まだ俺たちの足元にかすかに残っている。けれど、その温かさを押し潰すように、グレートアイザーの圧が眼魔世界全体を覆っていく。
「グレートアイザー……」
タケルの声に、ムゲン魂の光が強くなる。アデルを救えた余韻は消えていない。だが、その余韻ごと世界を呑もうとするものが、今目の前に立っていた。
「アデルの声も、みんなの声も、ここで終わらせない」
「ああ。アルゴスの時と同じにはさせない。今度こそ、願いまで怪物にさせる前に止める」
タケルと俺は並んで前へ出る。アランは兄の遺言を胸に、アリアは消えた弟の光を背に、それぞれの場所で顔を上げた。マコトが後方を固め、アカリ、御成、カノンも震えを呑み込んで前を見る。
アデルの魂を導いた灯火は、まだ消えていない。その光が残っている限り、完全という名で声を押し潰すものに、こちらの道を渡すわけにはいかなかった。