仮面ライダーシャーマン   作:ボルメテウスさん

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願いを呑む者

 グレートアイザーが腕を広げた瞬間、眼魔世界の空が、音もなくひび割れた。

 

 それは爆発でも、衝撃波でもなかった。もっと静かで、もっと質が悪い。空気そのものが白い膜に変わり、こちらの呼吸や鼓動まで測られているような感覚が、胸の奥へ沈んでくる。アデルを見送った灯火は、まだ俺たちの足元にかすかに残っていたが、その温度を押し潰すように、巨大な光の影が眼魔世界全体を覆っていた。

 

「グレートアイザー……あれが、ガンマイザーの次の姿なのか」

 

 タケルの声は揺れていなかったが、ムゲン魂の光はわずかに強くなっていた。アデルの魂を救えた直後だ。悲しむ暇も、息を整える暇も与えず、次の敵は願いそのものを怪物にして立ちはだかっている。

 

「アルゴスの時と似てる。でも、あれより奥が深い。願いそのものが、声を聞かないまま怪物になったみたいだ」

 

 俺はフロンティアガミ・ブレードを握り直す。眼魂島で見た塔の頂、百の眼魂、すべての魂を一つにしようとしたアルゴスの姿が、目の前の白い巨体に薄く重なる。けれど、あの時よりも大きい。重い。個人の願いの歪みではなく、無数の願いが行き場を失い、ガンマイザーに形を奪われたものだと、肌で分かった。

 

「グレートアイを器にしたなら、眼魔世界そのものが危険だ」

 

「なら、ここで止めるしかない」

 

 アランの言葉に、マコトが刃を構えて応じる。後方ではアカリが機材を抱え、御成が数珠を握り、カノンとアリアが互いの近くで身構えていた。誰も安全な場所にいない。それでも、誰も背を向けていなかった。

 

「反応規模、測定不能。ですが、中心にガンマイザーの制御核があります」

 

「声が……遠いです。呑まれているけれど、消えてはいません」

 

 ココロワヒメとヒヌカヒメの声が重なる。ヒヌカヒメの灯火はグレートアイザーへ伸びようとしているが、巨大な光の圧に押され、細い線のまま震えていた。

 

「迷う暇はないぞ、葉。まずは奴の力を見極める」

 

「ああ。タケル、真ん中は任せた」

 

「うん。葉、道を頼む!」

 

 タケルが前へ走る。俺はその隣に灯火を走らせ、足元に氷と風の道を作る。グレートアイザーが腕を振ると、白い光の波が押し寄せ、地面も空も同じ方向へ流されるように歪んだ。タケルはムゲン魂の光で正面から受け止め、俺は氷風盾を広げて後方へ届く余波を逸らす。マコトとアランは左右へ展開し、ディープスペクターの斬撃とネクロムの射撃で光の波を切り分けた。

 

「みんな、下がらないで! ここで押し返す!」

 

「道は俺が作る。タケル、真ん中を抜け!」

 

「左右は俺とアランで抑える」

 

「ああ。眼魔世界を、これ以上奴に渡しはしない」

 

 四人の動きが噛み合う。タケルの光が正面を開き、俺の風雷巡が全員の足元を繋ぎ、マコトの重い刃が右側の光を割り、アランの射撃が左側の制御光を撃ち抜く。これまで何度も繋いできた連携だ。声を合わせる前に身体が動き、誰かの一歩に、別の誰かの攻撃が自然と重なる。

 

「中心部に一瞬だけ開口反応。葉様、タケル様の光を通せます」

 

「道は細いです。でも、今なら届きます」

 

「タケル、合わせろ。お前の光を奥まで通す」

 

「うん。みんなの声を、絶対に取り戻す!」

 

 俺はブレードへ武機巡の神気を乗せる。サクナヒメの武が刃を押し、ココロワヒメの機がグレートアイザーの中心を読み、ヒヌカヒメの巡がタケルの光へ細い道を繋ぐ。白い世界の中に、俺たちの光だけが確かに色を持っていた。いける、と身体が思った瞬間、グレートアイザーの巨大な眼が、こちらを見た。

 

「願いを確認。救済、接続、守護、再生。すべて、完全へ統合可能」

 

 その声が響いた途端、こちらの連携が内側からほどけた。

 

「みんなの声が……重い……!」

 

 タケルのムゲン魂の光が膨らむ。救いたいという願いが、そのまま無数の声の重さへ変えられ、彼の肩へ降りかかっているようだった。タケルは膝を落とさないよう踏み締めているが、光が大きくなりすぎて、逆に身体を押し潰している。

 

「違う……俺は、みんなを一つにしたいんじゃない……!」

 

「タケル!」

 

 駆け寄ろうとした俺の足元で、ヒヌカヒメの灯火が乱れた。繋ぎたいと願った声が、無数の雑音として押し返される。泣き声、叫び、祈り、怒り、助けを求める声が、互いを打ち消しながら耳の奥で暴れ、俺の胸の巡神核が不規則に回り始めた。

 

「声が多すぎます。道が、ほどけています」

 

「押し込むな……これは、繋ぐ声じゃない!」

 

 グレートアイザーは俺たちの願いを折っているのではない。もっと悪い。願いをそのまま逆手に取り、持ち主の喉へ押し返している。救いたいと思うほど重くなり、繋ぎたいと思うほど混線する。願いが叶う前に、願った心そのものが潰されていく。

 

「カノン……!」

 

 マコトの声が横で跳ねた。視線の先で、カノンが光に呑まれる幻が揺れている。実際のカノンは後方にいるのに、マコトの足は一瞬止まった。守りたいという願いを、失う恐怖に変えられている。

 

「お兄ちゃん、私はここにいるよ!」

 

 カノンの声が後方から届き、マコトは歯を食いしばって幻を斬り払う。だが、その一拍で右側の支えが遅れ、グレートアイザーの光が連携の隙間へ入り込んだ。

 

「違う……私は、兄上と同じことを繰り返すために戻ったのではない」

 

 アランもまた動きを乱していた。彼の前には、眼魔世界の玉座に立つ自分の幻が揺れている。兄アデルの遺言を受け取ったばかりの心へ、再生の願いを支配の欲望として突き返されているのだ。

 

「アラン、アデルの言葉を忘れないで」

 

 アリアの声が届き、アランはかすかに息を吸う。その目に光が戻るが、もう四人の連携は崩されていた。タケルの光は押し返され、俺の灯火は消えかけ、マコトとアランの支援は一拍ずつずれていく。グレートアイザーはただそこにいるだけで、俺たちが積み上げてきた関係の糸を、願いという名で引き裂いていた。

 

 足元の灯火が、白い光に呑まれていく。

 

 俺の視界に、眼魂島の塔が重なった。百の眼魂が空へ浮かび、アルゴスがすべての魂を一つにしようとしていた時の、冷たい静けさ。あれも救いの形をしていた。苦しみを消すと言いながら、声の違いを消そうとしていた。けれど、目の前のグレートアイザーはさらに深い。願いが言葉になる前に呑み込み、誰が何を願ったのかさえ分からない形へ変えてしまう。

 

「アルゴスは、魂を一つにしようとした。でも、こいつは……願いそのものを聞かずに呑み込んでる」

 

「願いは個の乱れ。統合により完全化する」

 

「違う。願いは、誰かが自分の声で選ぶものだ」

 

 言い返しても、白い圧は消えない。巡神核の光が不規則に揺れ、ヒヌカヒメの灯火が細くなっていく。俺が奥歯を噛んだ時、サクナヒメの声が胸の奥で強く響いた。

 

「葉、呑まれるな。そなたはもう、あの塔で答えを出したはずじゃ」

 

「分かってる。でも、こいつはアルゴスより深い」

 

「深かろうが同じじゃ。声を聞かぬ願いなど、ただの空っぽの器よ」

 

 その言葉と共に、赤い武の神気が巡神核を支えた。ココロワヒメの蒼い術式が乱れた流れを整え、ヒヌカヒメの灯火が消える寸前で、かすかな光を取り戻す。完全には戻らない。それでも、消えてはいない。

 

「消えていません。まだ、奥に声があります」

 

 ヒヌカヒメの声は細いが、確かだった。俺はタケルを見る。彼もまた、無数の声に押し潰されかけながら、ムゲン魂の光の奥で何かを聞いていた。

 

「タケル、聞こえるか。あいつの奥に、何か残ってる」

 

「うん……声がある。小さいけど、確かに聞こえる」

 

「声って……グレートアイの中に?」

 

 アカリの問いに、ココロワヒメが即座に答える。

 

「ガンマイザーの制御に呑まれているだけで、願いの核そのものはまだ壊れていません」

 

「細い道なら、まだ作れます。ただし、今のままでは届きません」

 

 グレートアイザーが再び腕を上げる。今度の光はさっきよりも大きく、眼魔世界の空そのものが落ちてくるようだった。俺たちは押し返され、足元の石畳が砕ける。完全に負けたわけじゃない。けれど、今の連携のままでは届かないという現実だけが、白い光よりも重く胸へ落ちた。

 

「不完全な願いを確認。統合を開始する」

 

「くっ……まだ、終わってない……!」

 

 タケルが膝をつきかけながらも立ち上がる。俺もブレードを杖のように地面へ突き立て、消えかけの灯火を足元へ引き戻した。マコトはカノンの声を背に再び構え、アランはアデルの遺言を胸に、白い幻を振り払う。

 

「ならば、次はその声を基準にして戦う」

 

「連携を崩されたなら、組み直せばいい」

 

 マコトの言葉に、俺は短く頷いた。今までの連携を壊されたのなら、もう一度作ればいい。願いを一人で抱え込んで反転されるのなら、次は分け合って進めばいい。違う声を違うまま繋ぐという答えは、まだ折れていない。

 

「みんなの願いを、一つにされる前に取り戻す」

 

「次は、こっちが願いの道を作る。違う声を、違うまま届かせる」

 

 グレートアイザーの光が広場を呑み込む。俺たちはその圧に押し返されながらも、完全には倒れなかった。足元には消えかけた灯火が細く残り、タケルのムゲン魂も、巨大な白の奥にある小さな声を掴んでいる。

 

 ラスボスは強い。願いさえ武器に変え、俺たちの関係さえ分断する。けれど、声がまだ残っているなら、道もまだ閉じていない。白い光の中で、俺はその細い灯火を見失わないよう、ブレードの柄を強く握った。

 

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