グレートアイザーの光に押し返されたあと、白い広場には、しばらく誰の声も落ちなかった。
倒れたわけじゃない。けれど、立っているだけで精一杯だった。足元の石畳には蜘蛛の巣みたいな亀裂が走り、その隙間から白い光が漏れている。空も、地面も、建物も、全部が同じ色に染まりかけていて、まるでこの世界そのものが一枚の紙になり、そこに俺たちの名前だけが薄く残されているようだった。
タケルは膝をつきかけた姿勢から、ゆっくり立ち上がった。ムゲン魂の光は消えていないが、さっきよりも小さく、けれど芯だけは折れていない。あいつは胸に手を当てるようにして、グレートアイザーの方を見ていた。
「声は……まだある。小さいけど、消えてない」
その声に、俺も足元の灯火を見た。ヒヌカヒメの光は、さっきまで白い波に呑まれかけていたのに、今は細い糸みたいに残っている。頼りない。でも、頼りないからこそ見失えない光だった。
「あいつは願いを消してるんじゃない。勝手に一つの形へ押し込めてる」
俺が言うと、ココロワヒメの蒼い術式が足元に広がり、砕けた石畳の上を水面の波紋みたいに走った。
「ガンマイザーの制御が、グレートアイ本来の願いを覆っています。破壊ではなく、分離が必要です」
「つまり、グレートアイごと壊しちゃ駄目ってことね」
アカリが機材を抱え直しながら、唇を引き結ぶ。白い光に照らされた横顔には、恐れよりも先に、理解しようとする目があった。いつも通りだ。分からないものを前にしても、分からないままにしない。
「願いの核は、奥に残っています。でも、今のままでは道が届きません」
「ならば、道を作り直すまでじゃ。前の形が壊されたなら、新しく舞えばよい」
サクナヒメの声は、白い圧の中でもやけに通った。強がりじゃない。あれは田を荒らされても、また鍬を握る者の声だと思った。
タケルが俺を見る。俺もあいつを見る。言葉は少しだけ遅れて出た。
「一つの道にまとめたから、逆に呑まれたのかもしれない」
「じゃあ、別々のまま届けるんだ。みんなの声を、みんなの声のまま」
「ああ。違う声を、違うまま巡らせる」
グレートアイザーが腕を上げる。巨大な輪郭の向こうで、白い空がねじれ、世界の奥から光が引き寄せられていく。次の波が来る。さっきより大きい。願いも、声も、立っている理由さえ、まとめて塗り潰そうとする光だ。
「個の願いは乱れ。統合により完全化する」
「違う。願いは、一つにされるものじゃない」
タケルが言うと、俺はブレードを構え直した。
「願いは、誰かが自分の声で選ぶものだ」
光が弾けた。真っ先に揺れたのはマコトの足元だった。白い波の中に、カノンが呑まれる幻が浮かぶ。さっきと同じだ。マコトの刃が一瞬だけ止まり、肩がわずかに跳ねる。
「お兄ちゃん」
カノンの声が、幻の奥ではなく、俺たちの後ろから届いた。彼女はマコトの背中に隠れていなかった。足は震えているのに、ちゃんと前に出ていた。
「私は守られるだけじゃありません。私も一緒に生きています」
マコトは振り返らなかった。ただ、刃を握る手の力が変わった。閉じ込めるように固かった指が、今は誰かの手を取る時みたいに、少しだけしなやかになる。
「ああ。分かっている。俺は、お前を閉じ込めるために守るんじゃない」
ディープスペクターの刃が横へ走り、カノンを呑み込む幻を白い光ごと斬り裂いた。その斬撃は派手ではないのに、さっきより深く戦場へ食い込んだ。
次に揺れたのは、アランの前だった。白い玉座。そこに立つアランの幻。周囲には頭を垂れる眼魔世界の人々がいる。綺麗に整った世界で、誰も逆らわない。だからこそ、ぞっとするほど空っぽだった。
「アラン」
アリアがその隣に立つ。彼女は幻を見ても、目を逸らさなかった。
「あなたは支配者になるために戻ったのではありません」
アランの指が震えた。けれど、震えた指は拳にならなかった。開かれたまま、誰かの声を受け止めるように下りる。
「ああ。私は兄と同じ道へは行かない。眼魔世界は、共に作る場所だ」
ネクロムの光弾が玉座の幻を撃ち抜く。白い椅子は砕け、代わりにアランの足元へ緑の灯火が灯った。
アカリが機材を地面へ置き、ココロワヒメの術式と重ねる。科学の線と神の術式が絡まり、グレートアイザーの外側に走る制御の光を浮かび上がらせた。
「タケル、葉、制御核の位置が見えた! グレートアイの中心じゃなくて、その外側に絡みついてる!」
「ガンマイザーの制御線が、核を覆うように走っています。葉様、その線を断てれば内部へ届きます」
「タケル殿! 葉殿! 皆の声はここにありますぞ! 一人で背負う必要などございません!」
御成の声は、いつもより少し掠れていた。怖くないわけがない。けれど、両手で数珠を握りしめながら、それでも前を向いている。その金色の灯火は揺れ方まで御成らしくて、俺はこんな場面なのに、少しだけ口元が緩みそうになった。
「うん。聞こえてる。みんなの声が、ちゃんと別々に聞こえる」
タケルが一歩前へ出る。ムゲン魂の光が広がりかけたが、今度は膨らみすぎない。全部を自分の中へ入れようとしない。届いた声を、届いた場所のまま抱えている。
「ヒヌカヒメ、灯火を一つに重ねない。できるか」
「はい。別々のまま、巡らせます」
「それぞれの波長を保持します。混ぜるのではなく、干渉しない距離で繋ぎます」
「神楽の輪じゃな。全員が同じ舞をする必要はない。違う足取りでも、輪は作れる」
サクナヒメの言葉と一緒に、俺の胸の巡神核が静かに回る。赤、青、淡い光。そこへ、タケルの白、マコトの深い青紫、アランの緑、アカリの赤みを帯びた小さな光、御成の金、カノンの柔らかな桃色、アリアの白銀が、別々の灯火として戦場に浮かんだ。
どれも同じ色じゃない。明るさも、揺れ方も、伸びる方向も違う。けれど、違うから乱れるわけじゃなかった。田に流れる水路みたいに、それぞれの場所を通りながら、ひとつの広い巡りを作っていく。
「分かった。まとめない。押し込めない。ただ、巡る道を作る」
俺はブレードを構え、グレートアイザーを見上げる。
「聞け、グレートアイザー。願いは一つの答えじゃない。迷って、選んで、誰かとぶつかって、それでも進むための声だ」
「個別の願いは矛盾を生む」
「矛盾していいんだよ。生きてる声は、いつだって綺麗に揃わない」
グレートアイザーの光が乱れた。ほんのわずかだが、たしかに乱れた。別々の灯火を、一つの波形にまとめられない。統合できないものを前に、ガンマイザーの制御線が表面へ浮かび上がる。
「右は俺が開ける。タケル、葉、進め」
マコトが走る。カノンの声を背に受けた刃は、さっきより重く、けれど前より自由だった。右側の防御光が割れ、そこに道ができる。
「左の制御は私が撃ち抜く。眼魔世界を、これ以上奪わせはしない」
アランの射撃が左側の制御光を撃ち抜く。アリアの白銀の灯火が、その足元で静かに揺れていた。兄の遺言を背負った背中は、もう玉座の影に引かれていない。
「葉、そこ! 光が交差してるところが制御線!」
「今です。葉様、切断できます」
「サクナヒメ、力を貸せ」
「言われずとも!」
俺は風雷巡で踏み込む。風が身体を押し、雷が足に火花を走らせる。ココロワヒメの術式が制御線を固定し、ヒヌカヒメの灯火が切るべき場所を示す。サクナヒメの武が腕へ宿り、ブレードが白い光の束へ食い込んだ。
「風雷巡――からの、武機巡!」
刃が制御線を断つ。硬い手応えではなかった。むしろ、絡まった糸を切るような、ぞっとするほど柔らかな感触だった。グレートアイザーの内部で、小さな声が一斉に息を吹き返す。
タケルのムゲン魂の光が、その隙間へ届いた。
「聞こえる……みんな、違うことを願ってる。帰りたい人、守りたい人、やり直したい人、ただ生きたい人……」
「それでいい。一つじゃなくていい」
タケルの声は、白い空へまっすぐ伸びた。叫びというより、手を伸ばすような声だった。
「願いは、誰かに一つにされるものじゃない。みんなが自分の声で選ぶものだ!」
「統合不能。完全化、失敗」
グレートアイザーの巨大な身体が軋む。無数の灯火がその周囲を巡り、白一色だった空に色が戻り始めた。まだ薄い。まだ弱い。それでも、誰かが初めて朝焼けを見つけた時みたいに、眼魔世界の輪郭が少しだけ温度を取り戻していく。
「巡れ、願い。止まった完全じゃなく、生きてる声として!」
俺は巡神極装の神気を最大まで巡らせる。タケルが隣へ並び、ムゲン魂の光を拳へ集める。マコトとアランが左右の防御を押さえ、アカリが制御核の最後の位置を叫ぶ。御成、カノン、アリアの声が灯火となって、俺たちの足元を支えた。
『ダイカイガン!武機巡!オメガドライブ!』
フロンティアガミ・ブレードに赤と青と淡い光が重なる。タケルのムゲン魂は、無数の声を一つに潰さず、ただ奥へ届く光になっていた。
「みんなの命、みんなの願い、絶対に消させない!」
「終わらせるんじゃない。願いを、もう一度巡らせる!」
俺たちは同時に踏み込んだ。タケルの光と俺の刃が、グレートアイザーの核へ届く。マコトの斬撃が右の防御を砕き、アランの射撃が左の制御を断つ。最後に、別々の灯火が一斉に揺れた。混ざらない。消えない。互いの色を保ったまま、同じ瞬間に前へ進む。
白い巨体に亀裂が走る。
「完全……不能……個の願い……統合……不可……」
グレートアイザーの声が途切れ、巨大な影が白い光へ崩れていく。ガンマイザーの制御は砕け、絡みついていた光がほどけ、その奥からグレートアイ本来の輝きが戻ってくる。眩しさはあるのに、もう冷たくない。誰かの願いを聞くために開かれた、大きな瞳のような光だった。
無数の小さな声が空へ解放される。帰りたい声、守りたい声、謝りたい声、笑いたい声、ただ明日を迎えたい声。それぞれが違う色の光になり、眼魔世界の空へ、人間界へ、ゆっくり巡っていく。
ヒヌカヒメの灯火がそれを見送っていた。サクナヒメは小さく息を吐き、ココロワヒメは術式を静かに閉じる。俺はブレードを下ろし、白かった空に滲む色を見上げた。
長い沈黙のあと、眼魔世界に音が戻り始めた。遠くの街で、誰かの足音がした。風が建物の間を抜け、どこかで戸が開く音がした。たったそれだけの音なのに、胸の奥に残っていた硬いものが少しずつほどけていく。
「兄上……私は、間違えない。いや、間違えても、誰かの声を聞いて進む」
アランが空を見上げたまま言う。隣でアリアが、そっと頷いた。
「それでいいのです。これからは、共に作っていきましょう」
タケルは変身を解かずに、しばらくグレートアイの光を見ていた。やがて、肩の力を抜くように息を吐く。
「終わった……のかな」
「大きな戦いはな。でも、声はこれからも巡る」
「それ、終わったって言わないんじゃない?」
アカリが少しだけ笑う。御成がその横で大きく頷き、数珠を高く掲げた。
「しかし、それこそ生きているということでございます!」
「うん。みんな、帰りましょう」
カノンの声に、マコトが短く頷く。俺は足元に残る灯火を見る。戦いが終わっても、その光は消えていなかった。サクナヒメ、ココロワヒメ、ヒヌカヒメの気配も、まだ胸の奥にある。
道は閉じていない。
たぶん、終わったのは戦いだけだ。ここから先、俺たちがどう生きるのかは、まだ何も決まっていない。白かった世界に色が戻っていくのを見ながら、俺はそれを少しだけ悪くないと思った。