荒れ地に立つアラン――ネクロム。
その仮面の奥から向けられる視線は、氷みたいに冷たかった。
俺を敵としか見ていない……いや、それ以上に、存在そのものを否定しようとしている感じ。
胸が少しざわつく。でも、逃げる気はない。
「ここで終わらせるぞ、人間。お前の力は、我ら眼魔世界の秩序を乱す」
「終わらせる、か……まぁ、やるしかないよね」
俺はサクナヒメ眼魂を取り出す。
掌の中で金色の光が揺れて、なんだか心が少しあったかくなる。
未来で――いや、過去のあの島で過ごした日々が、自然とよみがえる。
「行くよ、二人とも」
カイガン! サクナヒメ!
――晴々咲かそう! 米は力!
光が弾け、羽衣が背中に広がる。
身体の重さがふっと軽くなって、風に乗れるような感覚が全身に広がる。
『よし! やっちまえ葉!』
サクナヒメの明るい声が、意気揚々と響く。
『気をつけてください。あの者は今、心を閉ざしています』
ココロワヒメの静かな声がそれに続く。
二人の声が耳の奥で重なり、胸の奥のざわつきがすっと消えていった。
ネクロムが緑の紋章を広げ、猛然と突っ込んでくる。
そのスピードは予想より速くて、目の前に影が迫った瞬間、反射的に羽衣を伸ばして跳んだ。
空中で体がくるっと旋回し、落下の瞬間に地面へ軽く着地。
『ほれ見ろ!いきなり本気だぞあいつ!』
『葉、反撃は慎重に。打撃が強力です』
二人の声に、俺は小さく息を吸って、呼吸を整えた。
その時、ネクロムが動いた。
背中から黄金の輪――ゴコウリンが浮かび上がり、円形刃を展開して高速で回転しながら飛んでくる。
「うわっ、これ追尾するタイプか……!」
『来るぞ葉!』
羽衣を地面へ突き刺すように伸ばし、その反動を利用して横へ滑る。
風を切る音が耳元を過ぎ、ゴコウリンがわずか数センチ横を通り抜けた。
でも――すぐに方向転換して、俺を追ってくる。
嫌らしいぐらいしつこいなぁ。
けど、こういうの、嫌いじゃない。
「なら……ちょっと試してみようかな」
フロンティアガミ・ブレードのスイッチに指をかける。
『シャッキン!』
手に伝わる振動。
モードが変わった瞬間、刀身が鋭く研ぎ澄まされた。
「よっと!」
光輪が追ってきた瞬間、俺はすれ違いざまに一閃する。
手応えは軽いけど、確かな感触。光輪は軌道を乱し、バラバラに散った。
ネクロムがわずかに目を見開く。
「何……!」
俺は羽衣を振って再び空中へ跳び、そこから斜めに落ちるように斬り込む。
ソードの一撃がネクロムに直撃し、アランの体が大きく後退した。
土煙が上がり、その中でアランの声が震える。
「なぜだ……! お前は……どうしてそんな力を!」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が少し締めつけられた。
力が理由じゃないって、分かってるはずなのに。
でも、この人は何も見えていない。
俺は軽く息を吐きながら答えた。
「理由なら、簡単だよ」
サクナヒメとココロワヒメが、静かに寄り添うように俺の背で気配を揺らす。
『ふふん! そうだろうとも!』
『葉、私たちはそばにいます』
「俺は……一人じゃない。それだけだよ」
その言葉は、戦いの中で自然とこぼれた。
あの島で育まれた、温かい記憶が支えてくれる感覚が胸いっぱいに広がる。
そんな俺の気持ちなんて、アランには届いていない。
けど――それでも前に進まなきゃならないんだ。
斬撃がぶつかり、火花が散った。
ネクロムの腕を通して衝撃が跳ね返ってくる――その瞬間、俺は妙な違和感を覚えた。
アランの動きが、ほんの一瞬だけ鈍った。
迷い、というより……戸惑い?
「どうしたの、ネクロム?さっきまでの勢いがないよ」
「黙れ!私は……私は、ただ“排除する”だけだ!」
声は怒っているはずなのに、どこか震えているようにも聞こえた。
もう一度、斬り合いになる。
刀身が擦れる感触の奥に、何かが伝わってくる。
――この力は何だ……?
アランの気配が、そう言っている気がした。
サクナヒメ魂の力は、生命の息吹そのもの。
稲の匂い、土の温もり、呼吸するように自然が巡る感じ。
俺の中に流れているのは、“生きている世界そのものの力”。
そして、ネクロム――眼魔世界にはそれがない。
彼らの世界は静かで、冷えていて、生が流れていない。
その違いが、アランの手を通して直に伝わったのだろう。
斬り結びながら、俺の胸にある不思議な直感が確信へ変わっていく。
……あ、迷ってる。
強い。けど、強さの根が違う。
「ネクロム……君、今……迷ってるだろ?」
「……っ! 何を、馬鹿な……!」
言葉では否定している。
でも、刃が交わった瞬間、アランの腕から微細な震えが伝わった。
『葉、今の……相手の心が揺れています』
ココロワヒメの声が優しく告げる。
『だろうな! 生きる力なんて、眼魔の連中には無ぇからな!』
サクナヒメが荒々しいけど、核心を突いた声で続ける。
確かに――そうだ。
アランは“生きる”という感覚を知らない。
その中で俺の“生命の力”がぶつかったら、そりゃ戸惑う。
斬撃が何度も交わるたびに、アランの動きから力が抜けていく。
迷いは戦場じゃ致命的だ。
でも俺は、追い詰めようとは思えなかった。
――だって、この揺らぎは、たぶん大事な気づきへ繋がる。
「ねぇ、ネクロム。君は……“生きたい”って思ったことはある?」
「……生きる? ……私が……?」
アランの声が、これまでに聞いたことのないほどかすれた。
刀身を押し返しながら、その問いを反芻しているように見える。
胸の奥がぎゅっと締まる。
戦っているのに、どうしてこんな気持ちになるんだろう。
俺は、目の前の敵を傷つけたいんじゃない。
力を見せつけたいわけでもない。
ただ、――気づいてほしい。
「強さってね、誰かを排除するためだけのものじゃないよ」
アランの体がビクリと震えた。
「それは……何を……意味して……」
言葉の続きが掠れて聞こえなくなる。
けれど――
その声には、もう最初の冷たさはなかった。
俺は、確かに感じた。
この戦いで初めて、アランの心に“ひび”が入った。
そのひびの奥に、
彼自身が気づいていない“感情”が眠っている気がした。
アランが、怒りを押し殺すように低く呟いた。
「……もういい。貴様の“不可解な力”には辟易した。終わりにするぞ、葉」
その声には、さっきまでの余裕はない。
――揺らいでいる。
俺の刃を受け続けながら、アランの中に何かが引っかかっているのを、はっきり感じた。
(生きる力……?)
サクナヒメが言うように、この眼魂には「命」がある。
ココロワヒメが言うように、目に見えない「想い」も宿っている。
眼魔の世界には存在しないもの――それが、アランの心をざわつかせているのだろう。
『葉、油断しないで! まだ来るよ!』
『アランの気持ちが揺れているの……でも、追い詰められた今は逆に危ないわ!』
俺の胸元で、二つの声が重なる。
小さな声なのに、不思議と背中を押されるような強さがあった。
「行くぞ、葉ァァァァァッ!!」
ネクロムの胸部アイコンが激しく発光し、アランがメガウルオウダーを押す。
『ネクロムデストロイ!』
重く、圧のある破壊光。
空気が震え、足元の地面が粉塵を巻き上げる。
俺は深く息を吸った。
(負けられない……この力が、誰かの命から生まれたものなら――絶対に。)
「サクナヒメ! ココロワヒメ! 行くぞ!!」
『『はいっ!!』』
フロンティアガミ・ブレードを構え、二つの眼魂を装填する。
ガチャン、と音がして……。
『メガコメジカー! メガコメジカー!』
刃が稲光のように輝きを帯びた。
手が痺れるほどの力――生きる力、というのはこういうものなのか。
『豊穣! ダイカイガン!』
力が、溢れる。
胸の奥まで熱くなる。
『メガ! オメガイナバシリ!!』
「おおおおおおッ!!」
俺とアラン、二人の必殺技が放たれ――
瞬間、世界が白く染まった。
衝撃。耳鳴り。
何が起きたかわからないまま、身体が宙を舞い、背中から地面に叩きつけられた。
「ぐっ……!」
視界が揺れる。立ち上がろうとしたが、膝が震えた。
『葉、大丈夫!?』
『無茶しすぎよ……!』
「だ、大丈夫だ……ありがとう。二人とも」
一方、アランのほうも、膝をついて呼吸が荒かった。
その顔には怒りと――そして、やはり“迷い”があった。
彼は歯を食いしばり、振り返る。
「スペクター……! 退くぞ!」
攻撃の理由づけではなく、限界を認めた撤退命令――
アランがこんな声を出すのを、初めて聞いた。
ネクロムは煙の向こうへ消えていく。
その背中を見つめながら、俺は胸の奥に渦巻く感情を押さえきれなかった。
(アラン……。お前は、本当に……ただの敵なのか?)
問いは、煙の中へ消えていった。