アランを追って街を歩くうちに、胸の奥が落ち着かなくなっていた。
昨日の戦いで見えた揺らぎ――あれが気のせいじゃないなら、俺は確かめたかった。
そんな時、角を曲がる手前で、聞き覚えのある声が聞こえた。
「……アラン様は優しい人です。私は信じています」
カノンの声だ。思わず壁の影に身を寄せる。
覗いた先では、彼女が必死にアランへ想いを伝えていた。
アランはしばらく沈黙し、やがて小さくため息をついた。
その横顔は昨日の戦いの時よりも、ずっと弱々しかった。
「……お前は、私を信じているだろ」
その一言に、カノンは嬉しそうに頷いた。
俺は息を呑んだ。
アランの声は硬い。でも、その奥にある揺れ――迷い。
そして、カノンに向ける眼差しは、どう見ても冷酷な怪物のそれじゃない。
(……アラン。お前、本当は……心、あるじゃねぇか)
胸の奥がちくりと痛んだ。
眼魔は“心”を持たない存在だと言われてきた。
だが、今のアランには確かに、人間と同じ温度があった。
カノンに向ける想い。
マコトを仲間と呼んだ時の残滓。
そして昨日、俺の一撃を受け止めた時の、あの迷い。
(……お前は、どこへ進みたいんだ?)
俺は二人の会話を邪魔しないよう、静かに踵を返した。
けれどその足取りは重い。
アランが敵であるはずなのに、そう思えなくなりつつある自分がいた。
見てちゃいけないと思ったのに、気づけば体が動いていた。
「……アラン」
声をかけた瞬間、あいつの目が鋭く光った。
「……なんでお前がここにいる。まさかカノンが教えたのか?」
短く、刺すような疑い。息が詰まる。
でも俺はすぐ首を振った。
「違う。ただ……偶然通っただけだ。見ちまったのは、悪いけど」
嘘じゃない。でも、胸の奥が妙に重い。
アランは数秒、俺を睨むように見つめ、それから小さく舌を打った。
「……お前は嘘つくようなタマじゃないから信じよう。敵でも、そのくらいの信用はしてる」
荒っぽい言い方なのに、不思議と嫌じゃなかった。
むしろ、敵としての信頼――そんな歪んだ言葉が、妙に胸に残った。
アランが背を向けようとした瞬間、俺は思わず口を開いていた。
「……アラン。俺と、もう一度やり合わないか」
あいつの足が止まる。振り返った瞳は、さっきまでよりずっと鋭かった。
「……今のは、決闘の申し込みと受け取っていいのか?」
「ああ。正直、まだ胸に引っかかってる。途中で終わったからさ。マコトの件もあるけど……それ以上に、不完全燃焼なんだ」
言葉にしてみると、自分でも驚くほどすっきりしていた。
アランは数秒黙り込んだあと、ゆっくり一歩前へ出た。
「……私も同じだ。あの時の勝負は、戦士として納得できる終わりではなかった。だが――」
その瞳が鋼のように光る。
「私に挑む以上、覚悟はあるんだろうな、葉?」
「もちろん。手加減するつもりはねぇ」
アランは鼻で笑った。
「フン。当然だ。……私も、全力でお前を叩き伏せる」
その声音には敵意だけじゃなく、奇妙なほど澄んだ誇りがあった。
戦士同士としての、まっすぐな応答。
俺は息を吸い込み、まっすぐあいつの目を見返した。
「場所と時間は……お前が決めていい。逃げる気はないから」
「言ったな。では――近いうちに決めよう。私自身も、この決着にはけりをつけたい」
夕風の中、互いの視線が真っ直ぐぶつかった。
敵同士でありながら、それは奇妙に心地よい緊張だった。