タケルたちが小声で相談しているのを、俺は少し離れた場所で眺めていた。
「えっと……葉さんには、どう説明しようか……」
「急に眼魔って言っても、警戒されるだろうし……」
御成とアカリが頭を抱えている。
まあ、無理もない。ここまで来て、眼魔と聞いて身構えない人間の方が少ない。
そんな時だった。
「……あ」
間の抜けた、小さな声。
視線を向けると、建物の陰から――ひょっこりと何かが顔を出していた。
四角い頭部。
絵の具のような色彩。
筆を持った、あからさまに“眼魔”な存在。
「……こんにちは?」
一瞬、空気が凍った。
『葉様! 眼魔でございます!』
『うわーっ!? 出たのじゃ! 敵じゃろ!?』
サクナヒメとココロワヒメの声が、同時に頭の中で弾ける。
俺も反射的に一歩前に出かけた――が。
「待って! 葉さん、違う!!」
タケルが慌てて両手を広げ、俺とキュビちゃんの間に割って入った。
「その子、敵じゃないんだ!」
「う、うん! 戦わない眼魔なんです!」
御成とアカリも必死にフォローに回る。
突然の展開に、キュビちゃん自身も戸惑った様子で、筆を胸元に抱えた。
「……えっと……」
警戒していないわけじゃない。
でも、殺気も敵意も、まるで感じられない。
(……確かに、これは)
俺は構えかけた手を、ゆっくり下ろした。
「大丈夫だ。今のところ、戦う気はなさそうだな」
『ほ、本当でございますか……?』
『むぅ……変な形じゃが、悪い感じはせんのう……』
神二人の声も、少し落ち着いた。
キュビちゃんは、恐る恐る俺を見る。
「……えっと……ぼく、キュビ……ちゃん」
その言い方が、妙にぎこちなくて。
眼魔らしくないほど、弱々しい。
タケルがほっとしたように笑った。
「紹介するよ、葉さん。この子が……画材眼魔のキュビちゃん」
「なるほどな……」
俺は小さく息を吐いた。
(また、随分と変わった出会い方だな)
でも――
この眼魔が、これまで会ってきた連中とは“何かが違う”ことだけは、直感で分かった。
サクナヒメが、ぽつりと呟く。
『……のう葉。世の中、ほんとに一筋縄じゃいかんのう』
まったくだ。
俺は苦笑しながら、キュビちゃんを見つめ直した。
正直に言えば、最初は戸惑った。
眼魔と聞くだけで、身体が無意識に身構えてしまう。それはこれまでの戦いで、嫌というほど刻み込まれてきた感覚だった。
けれど、キュビちゃんからは敵意も、殺気も感じられない。ただ怯えながら、筆を握りしめているだけだ。その姿は、守られる側の存在にしか見えなかった。
(……眼魔にも、こんな奴がいるのか)
そう思った瞬間、胸の奥がわずかに熱くなる。
アランの迷い、マコトの苦悩、そして今、目の前にいるキュビちゃん。点だった出来事が、線で繋がっていく感覚があった。
もし、分かり合えない相手ばかりじゃないのなら。
もし、恐れ合うだけじゃなく、手を取り合える道があるのなら。
俺はまだ、その答えを知らない。
それでも――希望を抱くには、十分すぎる光景だった。