青空が、やけに広く見えた。門の緊張が解けたあと、俺とアランは少し離れた場所まで歩き、瓦礫も建物もない、ただ空が開けた場所に腰を下ろしていた。雲がゆっくり流れていくのを眺めていると、さっきまでの騒ぎが嘘みたいだ。けれど、隣に座るアランの背中だけは、まだ強張ったままだった。
「……静かなものだな」
俺がそう言うと、アランは返事をしない。ただ空を見上げたまま、指先を固く握りしめている。
「信じられないんだ」
しばらくして、ぽつりと零れた声は、驚くほど弱々しかった。
「兄は……アデルは、常に正しかった。少なくとも、私はそう信じていた。父を導き、眼魔の世界を守る存在だと」
言葉を区切るたび、何かを確かめるような間が入る。
「だが、その兄が……父を殺した罪を、私に着せる。理屈では理解できても……心が、ついてこない」
俺は空から視線を外し、アランを見る。怒りよりも、困惑が先に立っている表情だった。裏切られたという事実を、まだ現実として受け止めきれていない。そんな顔だ。
「家族ってのはさ」
俺は言葉を選びながら、ゆっくり続けた。
「一番、疑わなくて済む存在だと思い込んじまうもんだ。だからこそ、裏切られた時に、頭より先に心が止まる」
アランが、僅かにこちらを見る。
「君にも……そういう経験が?」
「形は違うけどな。信じてたものが、音を立てて崩れる感覚は……似てる」
空気が、少しだけ和らいだ。アランは再び空を見上げる。
「眼魔の世界では、血縁も力も、秩序の一部だ。だが……今は、その秩序そのものが、私を拒んでいる」
「追い出されたって気分か」
「……そう表現すると、妙に現実味があるな」
自嘲気味に言って、アランは小さく息を吐いた。
「それに、この身体だ。生身でいると、些細なことで疲れる。痛みも、寒さも、誤魔化しが利かない。今まで当たり前だったものが、何一つ当たり前じゃなくなった」
愚痴に聞こえる言葉の裏に、行き場のなさが滲んでいる。王族としての立場も、眼魔としての身体も、一度に失った。その喪失感は、簡単に埋まるものじゃない。
「……全部、一気に来たな」
俺がそう言うと、アランは黙って頷いた。
「君と戦っていた時は、まだ単純だった。敵がいて、倒す理由があった。だが今は……何を信じればいいのか分からない」
その言葉に、俺は少し考えてから口を開く。
「分からないなら、今は無理に決めなくていい。空見て、愚痴言って……それくらいで十分だろ」
「好敵手に、そんな事を言われるとはな」
「だからだよ。敵同士だったから、変に気を遣わなくて済む」
アランは一瞬きょとんとした顔をしてから、ほんのわずかに笑った。
「……妙な慰め方だが、不思議と悪くない」
青空は変わらず、俺たちの上に広がっている。答えはまだ出ない。それでも、信じられないという感情を口にできただけで、アランの肩の力は少し抜けたように見えた。今は、それで十分だと、俺は思っていた。