正月の夜は、昼間の賑やかさが嘘のように静まり返っていた。遠くの街から聞こえる音も柔らかく、冷えた空気が澄み切っている。俺とサクナヒメ、ココロワヒメは、いつの間にか定位置になりつつある家の屋根の上に腰を下ろし、毛布を分け合いながら空を見上げていた。特別な理由があったわけじゃない。ただ、初日の出を迎える前のこの時間が、なんとなく好きで、三人とも言い出さずに集まっただけだ。
「……星が多いのう。米粒みたいに散らばっておる」
サクナヒメはそんなことを言いながら、毛布の端を指でつまむ。昼間は餅だの酒だのと騒いでいたくせに、今はすっかり静かだ。
「また食い物の話か」
「正月じゃぞ? 米の話をせずに何をするのじゃ」
堂々と言い切られて、思わず笑ってしまう。隣ではココロワヒメが、風の流れを感じ取るように視線を巡らせていた。
「本日の夜気は穏やかでございます。屋根の上は冷えやすいですが、毛布を重ねれば問題ありません。葉様、もう少しこちらへ」
「助かる」
言われるままに肩を寄せると、風の冷たさが和らいだ。こういう細かい気遣いが、いかにもココロワヒメらしい。
「葉、来年はどうするのじゃ?」
唐突な問いに、俺は少し考えた。初日の出を待つ時間はあるのに、答えはすぐには出てこない。
「どうするも何も……多分、また走り回るんだろうな。面倒事に首突っ込んでさ」
「それはもう、葉の性じゃな」
サクナヒメがくすっと笑う。その笑い声が、冷えた夜に柔らかく溶ける。
「しかし、米はちゃんと食え。戦うにも走るにも、腹が減っては話にならん」
「結局そこに戻るんだな」
「戻るも何も、始まりじゃ。米は力じゃぞ」
横で聞いていたココロワヒメが、静かに頷く。
「人にとって、正月とは一区切りでございます。振り返り、そして新たに整えるための時間。今夜は、その“間”にあたります」
「間、か……」
去年を思い返すと、立ち止まる余裕なんてなかった気がする。戦って、考えて、選んで、その繰り返しだ。それでも、今こうして屋根の上で空を見ていると、少しだけ肩の力が抜ける。
「難しい顔をするでない」
サクナヒメが、俺の肩を軽く叩いた。
「今夜は戦いの話は禁止じゃ。これは三人だけの正月じゃからな」
「秘密会議ってやつか」
「うむ。米と空と静けさを楽しむ会じゃ」
妙な会だと思いながらも、悪くない。ココロワヒメも小さく微笑んでいる。
「この時間は、確かに特別でございますね。記録する必要も、分析する必要もありません」
空を見上げる。星は変わらず、黙ってそこにある。遠くで鐘の音がひとつ、低く響いた。
「……来年も、こんな夜があるといいな」
ぽつりと零した俺の言葉に、二人はすぐには返事をしなかった。
「あるに決まっておろう」
少し間を置いて、サクナヒメが言う。
「米があり、空があり、お主がおる。なら、また集まれる」
「ええ。条件は十分に満たされております」
三人で毛布を引き寄せ、夜風をやり過ごす。大きな願いも誓いもない。ただ、この静かな正月の夜が、確かにここにある。その事実だけで、今は十分だった。