仮面ライダーシャーマン   作:ボルメテウスさん

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居場所を失った王子と、身体を失った戦士

 夜は便利だ。昼間に言えなかったことを言わなくて済むし、昼間に決められなかったことを決めなくて済む。決めない、というのも決断の一種だと分かってはいるけれど、分かっているからといって決められるわけでもない。戦いが終わった直後の拠点は、いつも妙に静かになる。勝ったから静か、負けたから静か、じゃない。勝っても負けても、静かになる。人間は騒ぐために喋っているんじゃなくて、喋らないために喋っているのだと、そんな意地の悪い結論に落ち着きたくなるくらいには。

 

 タケルたちは奥で何かを話し合っていた。次にどうするか、今どうするか、つまり「いつか」の話と「いま」の話を同じテーブルに載せて、どちらも決められずにいる感じだ。正しい。正しいのは、決められないことだ。だって材料が足りない。材料が足りないのに料理だけは出さなきゃいけないみたいな状況で、最初に切られるのはいつも自分の指だ。

 

 俺は輪から外れて外気に当たった。冬の夜気は、身体より先に思考を冷やす。冷えた思考は、鋭くなるんじゃなくて、ただ余計なことを言わなくなる。余計なことを言わない俺は、普段より少しだけ善人に見えるかもしれない。見えるだけだけど。

 

 外に出ると、すぐにアランがいた。壁際。誰とも近くならない位置。逃げるためでも攻めるためでもない、ただそこにいるための座標。さっきまで並んで戦っていた相手が、こうして静止画みたいに立っていると、勝手にフレームを付けたくなる。孤独、という題名の額縁だ。本人が望んでいないとしても。

 

「……静かだな」

 

 俺が言うと、アランは返事をしなかった。返事をしない、という返事は、普段は冷たいのに、今は逆に優しく見えた。返事をしないことで、余計な嘘をつかずに済む。嘘をつかないことは、必ずしも誠実じゃない。嘘をつかないために黙っているだけなら、それはただの逃避だ。でも、逃避が必要な夜もある。

 

 アランは空を見上げたまま、指先を固く握っていた。王族の握り拳って、もっと堂々としているものだと思っていた。堂々と握った拳で殴るのが王族の特権、みたいな。けれど今の拳は、殴るためじゃない。落ちていかないためだ。手を開いたら、心がこぼれるから、こぼれないように握る。そういう握り拳だ。

 

「信じられないんだ」

 

 ぽつりと落ちた声は、夜に吸われそうなくらい弱かった。

 

「兄は……アデルは、常に正しかった。少なくとも、私はそう信じていた。父を導き、眼魔の世界を守る存在だと」

 

 言葉を区切るたび、間が入る。間の中に、言い訳が隠れている。言い訳は、相手にするものじゃなくて、自分にするものだ。自分が自分を責めないように、自分が自分に言い聞かせる。責めるべきは兄か自分か、まだ決められないから、とりあえず言葉を置いておく。

 

「だが、その兄が……父を殺した罪を、私に着せる。理屈では理解できても……心が、ついてこない」

 

 理屈が追いついて心が追いつかないんじゃない。理屈は追いついていないふりをして、心だけが先に傷ついたのだ。理屈が追いつく前に心が折れると、人は理屈を盾にする。「理解できる」と言えば、自分はまだ崩れていないと誤魔化せる。誤魔化しの上手い奴ほど、崩れた時に派手に音を立てる。

 

「家族ってのはさ」

 

 俺は空から視線を外して、アランを見る。言葉は選ぶ。慰めはしない。慰めは甘やかしと紙一重だし、俺は今、甘やかせる立場じゃない。好敵手に甘えたら、甘えた側だけじゃなく、甘やかした側も弱くなる。

 

「一番、疑わなくて済む存在だと思い込んじまうもんだ。だからこそ、裏切られた時に、頭より先に心が止まる」

 

 アランが僅かにこちらを見る。視線は鋭いのに、焦点が合っていない。見ているのは俺じゃなくて、自分の中の何かだ。

 

「君にも……そういう経験が?」

 

「形は違うけどな。信じてたものが音を立てて崩れる感覚は、似てる」

 

 俺がそう言った瞬間、足音が近づいた。軽くもなく重くもない、均された土を踏む音。感情の乱れが歩幅に出ないタイプの人間の足音だ。マコトが現れた。

 

 俺は一瞬だけ身構えた。戦闘の名残じゃない。会話の準備だ。マコトは洗脳が解けたとはいえ、まだ「戻っていない」。身体の話をする時の彼は、怒りよりも先に責任が出る。自分のせいじゃないのに、自分の責任として抱え込む男の顔になる。

 

「……二人とも、ここにいたのか」

 

「話し合いの輪が息苦しくてな」

 

 俺が軽く言うと、マコトは頷いただけで、表情を変えなかった。視線がどこか遠い。遠いのは未来じゃない。眼魔界だ。身体がそこにあるという事実は、体温よりも確かな異物として彼の中に居座っている。

 

「身体は、まだ戻っていない」

 

 マコトが言った。断定。報告。自分への宣告。

 

「分かってる」

 

 俺は短く返した。分かっている、という言葉は便利だ。理解と同意を同じ音で片付けられる。今の俺が言ったのは理解だけだ。同意はまだできない。できないけど、否定もしない。

 

「取り戻さなければならない。あれがなければ……俺は、完全じゃない」

 

 完全じゃない、という言葉に、アランの指がわずかに動いた。反応が遅いのは、反応したくないからだろう。欠けた存在、という言葉は、今のアランにも刺さる。王族の立場も、眼魔としての居場所も欠けた。欠けたものが多すぎて、どれが痛いのか分からない状態だ。

 

「完全じゃないと戦えないのか?」

 

 俺はわざと意地の悪い問いを投げた。優しい問いを投げたら、優しい答えしか返ってこない。俺は今、優しい答えが欲しいんじゃない。現実に耐える答えが欲しい。

 

「戦える。だけど――」

 

 マコトは言い淀んだ。言い淀みは弱さじゃない。言い淀みは、正直の前兆だ。

 

「取り戻すことを諦めたら、俺は俺じゃなくなる」

 

 その言葉を聞いて、俺は内心で頷いた。結局それだ。戦えるかどうかじゃない。自分でいられるかどうかだ。戦いというのは、勝つためにするんじゃなく、自分を失わないためにすることがある。勝った瞬間に自分が消えるなら、その勝利は誰のものだ。

 

「……そうか」

 

 俺はそれ以上、突っ込まなかった。突っ込めば、マコトはもっと自分を追い詰める。追い詰めるのはジャベルだけで十分だ。俺が追い詰める必要はない。

 

 代わりに、俺はアランに視線を向けた。アランは黙っていた。黙っているのに、会話の中にいる。こういう黙り方ができる奴は、信用できる。喋らないのに場を壊さないのは、場を見ている証拠だからだ。

 

「なあ、アラン」

 

 俺が呼ぶと、アランはゆっくりと視線を寄越した。

 

「君は、今どこにいる」

 

 質問は曖昧で、答えは難しい。場所の話じゃない。所属の話だ。居場所の話だ。アランは少しだけ目を細めた。怒ったんじゃない。考えている。考えることができるのは、生きている証拠だ。

 

「……ここにいる」

 

 短い答え。それで十分だった。ここにいる、というのは、ここを選んだ、という意味だ。選ぶことは責任を生む。責任は痛い。でも、痛みは生きている証拠でもある。

 

「敵だった頃のお前は、もうここにはいない」

 

 俺は続けた。慰めではない。事実の提示だ。

 

「今のお前は、俺たちと同じ側で迷ってる。迷ってるから、仲間になれる」

 

 仲間、という言葉は重い。軽々しく言うと安っぽい。だから俺は、重く言わない。重く言わないことで、重さを残す。

 

 アランは一拍置いて、息を吐いた。

 

「……妙な言い方だな」

 

「俺は妙なんだよ」

 

 マコトが小さく鼻で笑った。笑う余裕があるなら大丈夫だ。余裕がない時、人は笑えない。笑えない時、人は壊れる。

 

「俺は、身体を取り戻す」

 

 マコトが言う。宣言というより、確認だ。

 

「だがそのために、今ここで倒れるわけにはいかない」

 

「その通りだ」

 

 俺は頷いた。アランも頷いた。三人の頷きが重なったからといって、答えが出るわけじゃない。答えなんて、戦いの最中には出ない。出るのは、選択だけだ。選択は正解を保証しない。でも、選択しないよりは前に進む。

 

 夜が少しだけ薄くなっていた。空の色が変わる瞬間は、いつも曖昧だ。青に変わったのか、黒が薄くなったのか、どっちでもいい。俺たちはその曖昧さの中で、同じ方向を見失っている。見失っているからこそ、互いの存在が目印になる。仲間とは、灯台みたいに立っている人間じゃない。迷子同士で肩をぶつけ合って、「まだいるな」と確かめ合う関係だ。

 

「戻るか」

 

 俺が言うと、二人は黙って頷いた。言葉はいらない。いらない夜もある。いらない夜の終わりに、いらない言葉を足してしまうのは野暮だ。

 

 俺は歩き出しながら、心の中でだけ付け加えた。アランもマコトも、守る対象じゃない。導く対象でもない。並ぶ相手だ。好敵手だった相手が、並ぶ相手になる。それは物語としては都合が良すぎるかもしれない。でも、現実ってやつは、都合がいい時ほど残酷だ。都合よく並んだ分、次に奪われるものが増える。だからこそ、今は並んでおく。並べるうちに、並ぶ覚悟を育てておく。

 

 夜明け前の冷たい空気が、頬に刺さった。刺さる痛みがあるうちは、まだ歩ける。

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