門は開いているというより、耐えていた。
空間が裂けているという表現は正しくない。正確には、こちら側と向こう側が、互いに譲らず押し合っている。その均衡点に、俺が立たされている。そんな感覚だった。
モノリスの前に立つと、空気の密度が違う。音が遠く、近い。匂いは薄いのに、喉の奥がひりつく。眼魔世界に繋がる門は、ただの通路じゃない。意思の集合体だ。入ろうとする者、拒もうとする世界、その間で引き裂かれそうになりながら、ぎりぎり形を保っている。
その“ぎりぎり”を、今は俺が支えている。
今度は、アランも含めたメンバーで眼魔世界に行く為に。
「……維持、できそう?」
タケルが少しだけ距離を取った位置から聞いてくる。声は落ち着いているが、無理をしているのが分かる。無理をして落ち着いている声だ。
「ああ。少なくとも、お前らが向こうに渡り切るまではな」
自信があったわけじゃない。ただ、ここで曖昧なことを言う理由がなかった。門の安定は、信頼の問題でもある。俺が揺らげば、門も揺らぐ。
マコトは無言で門を見つめていた。視線の先は、空間の裂け目のさらに奥だ。そこに、自分の身体がある。その事実が、彼の背中を静かに押している。
アランは少し離れたところに立っていた。誰とも近づかない距離。けれど、前よりはわずかにこちらに寄っている。あれは無意識だ。自分が今、どちら側に立っているのかを、身体の位置で確かめている。
「……私も行く」
アランが言った。短く、言い切る声。決意というより、確認に近い。
誰も反対しなかった。反対できる理由がない。彼が行く理由は、もう説明しなくても分かる段階に来ている。
その流れの中で、タケルが一瞬だけこちらを見た。視線が交わる。言葉にならない問いが、そこにあった。――一緒に行くよな? という問いだ。
俺は、首を横に振った。
「俺は残る」
空気が一瞬だけ張り詰める。タケルが何か言いかけて、口を閉じた。
「俺が離れたら、門は閉じる。全員まとめて行く余裕はない」
事実だけを並べる。感情を足すと、決断が鈍る。
「……葉さん」
「大丈夫だ。残るのも戦いだろ」
そう言った瞬間、自分で思った以上に、その言葉がしっくりきた。そうだ。これは待機じゃない。防衛でもない。門番だ。帰る場所を残す役目だ。
門の縁に、手をかける。触れているのに、触れていない感覚。力を入れれば壊れそうで、力を抜けば消えそうな、不安定な存在感。集中を少しでも欠けば、空間が軋むのが分かる。
風が逆流する。向こう側へ引かれる感覚が、足元から這い上がってくる。重力の向きが狂うような、嫌な感触だ。
「先に行け」
俺が言うと、タケルが一歩踏み出した。
背中が、真っ直ぐだった。迷いはあるはずなのに、それを振り切る速度が速い。ああいう背中を見送るのは、嫌いじゃない。心配にはなるが、後悔はしない。
次にマコトが続く。背中が重い。背負っているものが多すぎる背中だ。けれど、その重さを理由に立ち止まらないところが、あいつらしい。
最後にアランが門の前に立った。一瞬だけ、こちらを振り返る。
「……戻る」
約束じゃない。宣言だ。自分に言い聞かせるための言葉。
「ああ。待ってる」
それだけで十分だった。
三人が門の中へ消えた瞬間、空間が大きく揺らいだ。裂け目が縮みかける。意識を集中させる。呼吸を整え、身体の芯から力を通す。筋肉じゃない。神気でもない。今まで積み重ねてきた“繋いできた感覚”を、一本の糸にする。
門は、再び形を保った。
向こう側の様子は、見えない。音も、ほとんど聞こえない。ただ、圧だけが断続的に伝わってくる。衝撃。怒気。何かがぶつかる気配。断片だけが、皮膚を通して伝わる。
(……始まったな)
俺は歯を食いしばる。見えない戦いほど、性質の悪いものはない。応援も、助言も、割り込むこともできない。ただ、ここを維持する。それだけが、俺に許された役割だ。
門の向こうで何が起きているのか、俺には分からない。タケルがどんな力を掴もうとしているのかも、マコトがどんな覚悟を迫られているのかも、想像するしかない。
それでも、分かっていることが一つだけある。
ここが崩れたら、あいつらの戦いは“帰れない戦い”になる。
だから俺は、ここに立ち続ける。
戦場は向こう側でも、戦いはここでも続いている。