門が、急に泣いた。
音じゃない。唸りじゃない。骨の奥に直接触れてくるような、低く濁った圧が、空間ごと震わせたのだ。
その瞬間、俺はひらめいた。
「来る」
言い終わらないうちに、門の裂け目が隆起するように変形し――周囲の空気が濡れた土のニオイを漂わせた。
次の瞬間、地面が爆ぜた。
岩が、足元から突き出す。
ただ突き出すだけじゃない。鋭い柱になったり、棘のように飛び出したり、俺の周囲を「囲い」に変えていく。
「避けろ!!」
俺は叫んだ。
咄嗟の判断だった。門の近くにいたサクナヒメとココロワヒメ、キュビちゃん――全員、びっくりするほど素早く退避した。
だが俺の視線は、足元の地割れに釘付けになった。
岩が離れ、地面が裂け、まるで意思を持って這いずるようにこっちへ迫ってくる。
普通じゃない。生き物でも、眼魔でも、神でもない。
――未知の存在だ。
わずかに旋律の成分を含んだような、耳鳴りじみた低い唸りが聞こえる。
音じゃない。感覚だ。身体の芯が、揺らぐ。
そして、姿が見えた。
岩と土が融合した“人型”だ。
いや、岩でも土でもない。地の力が“形”になった何か。
全身が岩のように硬質で、しかし途切れ途切れに青白いエネルギーが蠢く。まるで、世界そのものが意思を帯びて動いているような――存在感だった。
俺はそれを、「敵」と認識した。
敵はゆっくりと、俺の方へ一歩を踏み出した。
その動きは重いはずなのに、地面の動きはまるで反応しているかのように彼の背後で波打つ。
あまりにも異質で、理解が追いつかない。
異変としか説明できない。
岩塊が、ときどき振動して俺を見据える。その“眼”はないはずなのに、視線だけは確かにこっちを追ってくる。
「……貴様、何者だ」
問いかける前に、俺の身体が勝手に踏み込んでいた。
未知の敵が、俺を認識した証拠だ。
次の瞬間だった。
岩の腕が、空気を割った。
ただの“振り下ろし”じゃない。俺の生命ごと切り裂こうとする力そのものが、地面を震わせる。
俺は反射的に踏み込み、横へ転がった。
岩の一撃は後方の地盤を抉り、巨大な砕石の塊を撒き散らした。ひび割れた地面が、まだ動いている。
どう触れればいいのか、戦い方が分からない瞬間が一番危ない。
だが、逃げるわけにはいかない。
この門を失えば、タケルたちは帰って来られなくなる。
俺は意識を集中させ、次の瞬間、敵の懐へ向かうように足を踏み出した。
「地……を、操るのか?」
岩の塊が突然、空中でぐらりと傾いた。
敵が――地面そのものを、腕のように扱ったのだ。
攻撃を避けながら、俺は思考を迸らせる。
重力の変更。
地形制御。
動きを封じる棘。
それは単なる攻撃じゃない。戦場そのものを“武器”として使っている。
正面から殴り合える相手じゃない。
戦闘の質が違う。
と同時に、戦いの幕は開いた。
岩の塊が、音もなく高速で接近して来る。
地表が隆起して足元を狙い、棘が迸るように飛びかかる。
何度もギリギリで避ける。
だが、避けても避けても地形が追いかけてくる。
敵は、戦いながら地面を変貌させ、俺の行動エリアを狭くしていく。
「くっ……!」
振り返る暇もない。
触れれば吹き飛ばされるほどの岩塊が、俺を押し返す。
何かが違う。今までの敵の反応と明らかに質が違う。
躯体が重いというだけじゃない。世界そのものが意志を持って俺を潰しに来る。
俺は背後の安全地帯を一瞬で計算して飛び込み、次の踏み込みで相手の懐へ斜めに接近した。
岩の拳が再び振り下ろされる。
だが今度は遮るものが違った。
俺の身体の奥底から、生き残るための叫びとも呼べない衝動が滲み出る。
岩と土が干渉するような重圧が、拳と一体化しようとする瞬間、俺はその外側を斬り裂いた。
圧力が、裂けた。
しかしそれでも、敵は崩れない。
圧倒的な力が、その場を支配している。
「……これは、戦いじゃない。戦場そのものが敵だ」
俺はそう思った瞬間、再び岩の棘が迫った。
だが、逃げるわけにはいかない。
この門を護るため――俺は立ち続ける。
未知は恐ろしい。
だが、それを超えた先にしか、答えはない。