裂けた空間の向こう側から這い出してきた存在は、俺の視界に入った瞬間、その異質さを宣告した。岩石が“意思を持って動いている”かのような異様な挙動。重力が局所的に変わっているように見える足元の地盤。そして、何よりも「俺の存在そのものを奪うかのような圧」が、襲い掛かってきた。
俺はその気配を感じ取り、儀礼のようにサクナヒメ眼魂を手に取った。シャーマンドライバーに装填する間にも、地面が脈打つように隆起と凹みを繰り返し、まるで獲物を絞り込む巨大な網のように戦場を形作っていく。
『カイガン!サクナヒメ!晴々咲かそう!米は力!』
光が迸る。神気が膨れ上がる。白い羽衣がふわりと舞い、羽衣の端に刻まれた米の文様が薄く輝く。
変身――
それは単なる外装の変化ではなかった。身体の芯にある重心が、戦う意思と直結する瞬間だった。
奴はすぐに反応した。隆起した岩盤が急に進路を変え、俺に向かって突き刺さる。
普通なら避けられない速度と角度だ。
だが――
俺は羽衣の裾を翻し、空中へ跳んだ。
風切り音が重なる。岩が俺の足元に刺さった瞬間、その衝撃で地面が大きく割れた。衝撃波が周囲を飲み込もうとするが、俺はその先へ飛ぶ。
岩の棘が避けられた瞬間、背後で次の岩塊が噴出する。まるで意思を持った地形そのものが、俺を追い立ててくる。
(こいつ……普通じゃない)
その直感は正確だった。岩が単に飛び出してくるのではない。地表そのものが意志を持ったかのように、俺の動きを読んで形を変える。誘導してくる。包囲してくる。
「……これは戦いじゃない。戦場そのものが敵だ!」
叫びながら、俺は白い羽衣を大きく広げ、前方に跳躍した。
羽衣の裾が風になびき、まるで舞うように見えるが、その脚運びは確実に戦術に則っていた。サクナヒメ魂――神気の躯は、普通の身体では捉えきれない速度と柔軟さを持つ。
地面が割れ、その隙間から炎のような裂け目が現れる。それは単なる岩の攻撃ではない。地割れごとに襲い来る“質量の塊”の奔流だ。
俺はそれを軽々と躱す。羽衣が空気を切り裂き、残像が複数発生する。まるで分身しているかのような動きだが、全ては俺自身の軌跡だ。
しかし――
決定打を与えるチャンスは、微塵も訪れない。
岩塊の動きは、常に一点での破壊力を重視していない。複数の方向へ分岐し、俺の視界を何重にも分断する。飛び道具ではない。地面そのものが、敵の延長線上にある。
俺は一瞬、体勢を乱される。
躱しても、躱しても、追撃が消えない。
次の瞬間、足元が大きく割れて、俺は意図せず前方へ弾かれた。
土煙が舞う。視界が白くなる。
「……まずい」
俺は膝を地に着け、そこから跳び起きる。サクナヒメ魂の神気を全身に巡らせる。羽衣が膨れ上がり、眩い光を放つ。
それでも、決定的な一撃には繋がらない。
岩が追い縋り、断続的に突き刺さる。まるで地形そのものが、肉眼で見えない刃を振るっているかのようだ。
岩の塊が、俺を包囲しようとする。
その塊は岩の集合体ではなく、意思を持って形を変え、隙間を埋め、進路を塞ぐ。
「……来るな!」
俺は羽衣の裾を翻し、咄嗟に横へ飛び退く。
その瞬間、背後で大きな轟音が響いた。
門の方向からだ。
振り返ると、空間の裂け目が再び大きく揺れ、光が迸る。
門が不安定になっている。
「タケル達――来たのか?」
その瞬間だった。視界の端で、砂煙が立ち上る。
次元の狭間を割って、誰かが走ってくる気配。
足音は重く、確かな意思を伴っている。
俺は岩塊の攻撃を避けながら、そちらへ視線を向ける。
その背中を見た瞬間、胸の奥が熱くなる。
タケル。
マコト。
アラン。
三人が、駆けてきた。
羽衣の裾を翻し、俺は更に岩塊をよけながら叫んだ。
「ここは任せたぞ!」
タケル達の姿がさらに近くなる。
その足取りは迷いがない。
俺との距離を縮めながら、彼らは未知の敵へ向かっていく。
逃げている場合じゃない。
ここからだ。
戦いの本当の幕が、ようやく開いた。