戦場に残ったのは、砕けた岩と、まだ完全には静まりきらない大地の震えだった。俺は深く息を吐き、足元の地割れを見下ろす。勝った、とは言えない。ただ、追い返した。それだけだ。
「……なんだったんだ、あれ」
タケルの声が、妙に乾いて聞こえた。いつもの眼魔との戦いの後にある、あの後味とは違う。怒りも、悲しみも、達成感すらも薄い。ただ、説明のつかない違和感だけが残っている。
「眼魔じゃないな」
マコトが即座に断じる。その声には迷いがなかった。
「断言できるのか?」
俺が聞くと、マコトは崩れた地面を指差す。
「攻撃が感情に引っ張られていない。逃げ道を潰す角度、攻撃の間隔、全部が合理的すぎる。あれは怒ってない。ただ、最短手順を踏んでいただけだ」
アランも静かに頷いた。
「私も同意見だ。眼魔の戦いには、もっと無駄がある。誇示、威圧、恐怖……だが、あれにはそれがなかった。目的以外を切り捨てている」
俺は、その“目的”という言葉に引っかかりを覚えた。
「……目的、か」
脳裏に蘇るのは、戦闘の最初の瞬間だ。あいつは、俺を見た。正確に。迷いなく。タケルやマコトがいない状況で、門の前に立っていた俺を。
「なあ、みんな。あいつ、最初から俺を狙ってたと思わないか」
タケルが少し驚いた顔をする。
「確かに……僕たちが合流する前から、葉さんの位置を潰しに来てた」
「偶然じゃないな」
マコトが言葉を継ぐ。
「俺やタケルを待たずに仕掛けてきた。つまり、数を減らすより先に、あいつは“何かを止めに来た”」
アランが、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「門、だろう。あるいは……門を維持している存在」
視線が、自然と俺に集まる。
「……俺か」
そう呟いた瞬間、腹の奥が冷えた。眼魔なら、人を殺す。恐怖で縛る。だが、あいつは違った。俺を排除すれば、それで終わる。そういう動きだった。
「侵略じゃない」
俺は、はっきりと言った。
「人間界を欲しがってる感じがしなかった。あいつは、ただ“接続そのもの”を嫌ってる。門があること自体を」
タケルが眉をひそめる。
「じゃあ……眼魔世界を守るため?」
「違う」
アランが首を振った。
「眼魔世界の戦い方でもない。あれは……もっと外側の論理だ。世界と世界が繋がること自体を、異常として処理しに来ている」
“処理”。その言葉が、妙にしっくりきた。
俺は、地面に残った不自然な亀裂にしゃがみ込み、指でなぞる。崩れ方が綺麗すぎる。感情の爆発じゃない。設計図通りに壊されたみたいだ。
「つまりさ」
立ち上がりながら、俺は言う。
「眼魔とは別の勢力。門を通って来ただけで、眼魔の仲間じゃない。たぶん……俺たちが知らない、もっと厄介な“何か”だ」
沈黙が落ちる。
その沈黙は、恐怖よりも重かった。名前がない。正体も分からない。ただ、“次も来る”という確信だけがある。
その時、門が微かに鳴った。
ほんの一瞬。だが、さっきと同じ低い振動。短く、鋭い。
俺は無意識に拳を握りしめた。
(……次は、もっと正確に来るな)
守るだけじゃ足りない。門の前で迎え撃つのも、限界がある。
「準備しよう」
俺は、三人を見渡す。
「次は、守る戦いじゃなくなる。――あいつの土俵に、踏み込む覚悟が必要だ」
タケルが静かに頷き、マコトは短く息を吐き、アランは目を閉じてから開いた。
答えは、まだない。
けれど、確実に分かったことが一つある。
あれは、眼魔じゃない。