屋台の鉄板が鳴っていた。じゅう、じゅう、って腹の虫に直接話しかけてくるみたいな音だ。ソースの甘い匂いが夜気に混ざって、頭の中の戦闘モードを強引に解除してくる。俺は足を止めた。止めさせられた、が正しい。
「なんじゃこの匂いは! 米ではないのに、妙に強いぞ!」
横でサクナヒメが騒ぐ。もちろん周りの人には見えていないから、俺が匂いに感動して固まってる変な奴に見えているだけだ。
「油脂、糖、出汁。高い満足度を生む配合です、葉様」
ココロワヒメが淡々と分析する。食い物を数式で語るな。
「いらっしゃい。兄ちゃん、一舟いくかい」
屋台の向こうでフミ婆が笑った。俺を一目見て、目を細める。
「……にぎやかな連れがいる顔だね」
一瞬、心臓が止まりかけた。
「見えてる……わけじゃないよ。ただ、そういう顔ってあるのさ」
助かった。観察眼の化け物だった。
「三人分、いや四人分くらい焼いとくよ」
「そんなに食えます!?」
「食える食える。腹は正直だからね」
鉄板の上で丸い生地が転がされていく。手際が芸術的だ。サクナヒメが身を乗り出す。
「丸い……だが米ではない……」
「分類にこだわりすぎです」
「うるさい!」
渡されたたこ焼きを、俺は勢いで一個まるごと口に入れた。
三秒後、後悔した。
「――っっっ!!」
「愚か者! 湯気が見えておったであろうが!」
「冷却を推奨します」
熱い。痛い。うまい。なんだこれ。感情が渋滞している。
フミ婆が腹を抱えて笑う。
「だから言ったろ。丸いもんは、焦るとやけどするんだよ」
「人生訓がたこ焼き経由なの、強すぎません?」
サクナヒメが恐る恐る一個つまむ。
「……米ではないからな。参考記録としてじゃ」
一口。沈黙。二口目。
「どうだよ」
「……判定は保留じゃ」
手が止まっていない。
「更新を確認しました」
「記録するでない!」
ソースが口元についているのを指摘したら本気で怒られた。神様は忙しい。
ココロワヒメが焼き方を観察してぶつぶつ言う内容を、俺がそのまま口に出してしまう。
「温度帯が二層制御で――」
「兄ちゃん、理屈で食うタイプかい」
「いや、今の俺じゃないです」
「理屈でも腹でも、食えりゃ上等だよ」
その言葉が、妙に残った。
熱い。柔らかい。うまい。笑い声がある。湯気が上がる。誰も戦ってない。誰も怯えてない。
サクナヒメがぽつりと言った。
「腹が満ちると、ちと機嫌が良くなるのう」
「生理反応です」
「情緒と言え!」
俺は小さく笑った。そうか、これだ。守るってのは、たぶんこれだ。勝つことでも倒すことでもなくて、こういう時間が普通に続くことだ。
「ほら、追加だ。連れの分もな」
「見えないのに優しいですね」
「見えなくても、いるもんはいる」
包みを受け取りながら、俺は頷いた。
――生きるってのは、案外、丸くて熱い。