仮面ライダーシャーマン   作:ボルメテウスさん

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葬儀

 フミ婆が亡くなって、翌日。

 天空寺は、いつもより音が多かった。声、足音、布が擦れる音、すすり泣き。どれも小さいのに、胸の奥にだけはやけに大きく響く。昨日まで、屋台の鉄板が鳴っていた人が、今日はもういない。たったそれだけの事実が、世界の輪郭を少しずつ歪ませていくみたいだった。

 

 葬儀場に集まった人々は、思っていた以上に多かった。俺は入口の少し脇、流れの邪魔にならない場所に立って、ただその光景を見ていた。泣いている人がいる。顔をくしゃくしゃにして、言葉にならない声を漏らす人もいる。けれど、笑っている人もいた。声を上げて笑うんじゃない。思い出話の途中で、ふっと口元がほどけるような笑いだ。あれを最初に見た時、胸がざわついた。こんな場で笑うのか、って一瞬だけ思ってしまった自分が恥ずかしくなるくらい、あの笑いは優しかった。馬鹿にしているんじゃない。嘘をついているんでもない。泣くのと同じくらい、思い出すことが自然なんだ、と教えてくれる笑いだった。

 その時だった。人の流れが少し割れた。

 見覚えのある背丈と、背中の緊張。視線の置き方に、どこか「慣れていない」感じがある。

 

 アランもまた来ていた。

 

 俺は息を一つ飲んでから、名前を呼ぶ。

 

「・・・アラン」

 

 アランは俺の方を見た。目が合った瞬間、彼の顔に浮かんだのは怒りでも敵意でもなく、ただ困惑だった。戦場で見たことのない表情。戦う理由を失った時の空白に似た顔。

 

「・・・葉、これは一体何なんだ」

 

 言葉が硬い。けれど声は、どこか脆い。

 これまで眼魔世界という、死が、感情がない世界にいた彼からしたら、この光景は困惑が多いだろう。死んだのに、場が終わらない。悲しみなのに、笑いが混ざる。矛盾に見えるものが、矛盾のまま同居している。それは眼魔の秩序じゃ処理できない。

 

 俺は、人々を見渡してから、もう一度アランへ視線を戻した。

 

「ここには多くの者が泣いている。だが、笑っている者もいる。けれど、それは決して馬鹿にするようなのではない」

 

 アランは、あの笑いを見つめる。小さく頷きかけて、しかし首の動きが止まる。納得できるのに、理解が追いつかない。そんな動きだ。

 

「あぁ、きっとここに多くの人の中には今でもフミ婆は生きているんだよ」

 

 口にした瞬間、自分の言葉が少し浮ついて聞こえた。慰めとして言ったのか、真実として言ったのか、その境界が曖昧だったからだ。言いながら俺自身も、確信が持てなかった。

 

 アランの眉が寄る。

 

「生きているだと?死んでいるのに、生きているとは、どういう事なのだ」

 

 俺の言葉に対して、アランは疑問で思わず問いかけてしまった。

 その疑問は正しい。俺だって、同じ問いを昨日の夜に何度も自分へ投げた。答えが出ないまま、朝になった。

 

「俺も、正直に言えば分からない。きっと神様にも分からないかもしれない」

 

 そう言った瞬間、胸の奥が少し痛んだ。サクナヒメの顔が脳裏をよぎる。強がって、怒って、でも何より人よりも早く“生気がない”ことを悟ってしまった神様の顔。分からないのに分かってしまうっていうのは、ある意味で一番残酷だ。

 

「なぜ、分からないのにそのような答えが出るんだ」

 

 アランは食い下がる。理屈を求めているんじゃない。救いを探している。眼魔の世界で培った論理を使って、今見ている不思議な現象を理解しようとしている。理解できれば、心が少し楽になると知っているからだ。

 

 俺は少しだけ黙った。言葉を探すための沈黙じゃない。自分の中で、どこから話せばいいか順番を探すための沈黙だった。

 

「・・・それは、いつも自分の心の中にある光景があるからだ」

 

 そう言うと、アランの目がわずかに揺れた。

 

「心の中にある光景」

 

 言いながら、俺は思い出していた。

 かつて、サクナヒメと共に暮らした島。あの島にはサクナヒメだけではない。多くの仲間達と共に米を育てた記憶があった。泥だらけの手、夕焼けの匂い、笑い声。喧嘩して、仲直りして、また田に入って。そんな当たり前が確かに積み重なっていた。

 

 あの時代から長い時が経ち、人間として生きただろう彼らは、この時代では死んでいるだろう。

 それでも、俺の中に今でも彼らが生きている。

 

 人は、過去を“消す”ことができない。

 消えないから苦しい。

 消えないから救われる。

 

 俺はアランを見た。敵だった頃の鋭さじゃなく、今の“迷子の顔”を見た。

 

「アラン。お前の中にはフミ婆だけじゃない。アランにとって、死んでしまった大切な人が今でもいるんじゃないのか」

 

 アランは一瞬だけ目を見開いた。否定しようとしたのか、言葉が喉で止まる。次の瞬間、彼の口が震えた。

 

「・・・私の中に、フミ婆が、父上が」

 

 その言葉が出た瞬間、俺は少しだけ胸が軽くなった。軽くなったことに罪悪感も覚えた。だってそれは、アランが自分の痛みを認めたということだからだ。痛みを認めるのは、痛みがあるという証明になる。生きている証明になる。

 

 そうして、アランは何か思い出すように空を見る。

 天空寺の上の空は、昨日と同じ青だった。昨日、フミ婆が見上げた空。アランが初めて宝物だと思いかけた空。

 

「見てみたかったのかもしれない」

 

 まるで、空の向こうにある何かを見つめるように。

 俺は黙っていた。ここで余計な言葉を足したら、アランの“心の声”を邪魔してしまう。

 

「私は、父上と、兄上と姉上と共に、この青い空を見たかった。それが、この心の中にはあった」

 

 その声は、悲しみというより願いだった。叶わないと分かっているのに、願ってしまう願い。だからこそ、胸の奥に残ってしまう願い。

 

「・・・」

 

 俺は何も言えなかった。言える言葉がなかったんじゃない。言った瞬間に薄くなる気がしたからだ。人の願いは、見守るしかない時がある。

 

 アランは、ふっと息を吐き、視線を戻した。葬儀場に集まる人々を見る。泣き顔も、笑い顔も、同じ一つの場所にある現実を、改めて受け止めたようだった。

 

「人間界の宝物を守りたい。もしもこのまま眼魔の侵略が進めば、それは崩れるだろう」

 

 まるで、決意を再び固めるように歩き出す。

 それは、誰かに見せる決意じゃない。自分の中で揺れていたものを、自分の足で踏み固めるための歩き方だ。

 

 フミ婆にそれを言う為に葬儀場へと向かう。

 亡くなっているのに、言う。

 矛盾しているのに、自然に見える。

 さっきの「生きている」って言葉が、少しだけ現実味を帯びた気がした。

 

「そして、そんな宝物を眼魔世界にも美しさをもたらす。その為に、この世界を守る」

 

 その言葉を現実にする為に。

 

 俺はアランの背中を見送った。背中が小さく見えるのは、彼が弱くなったからじゃない。やっと“自分の心のサイズ”を知ったからだ。心ってのは、強さじゃ測れない。大きさでも測れない。たぶん、空みたいなもんだ。見上げた時に、初めて気づく。

 

 葬儀場の中で、誰かがすすり泣き、誰かが小さく笑った。

 そのどちらもが、フミ婆の“今でも”を作っている。

 

 俺はたこ焼きの熱さを思い出した。熱いのに、食べる。

 泣くのに、笑う。

 死んだのに、生きている。

 

 分からないまま、でも確かに、俺たちは前へ進むんだと思った。

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