仮面ライダーシャーマン   作:ボルメテウスさん

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連携の踏み込み

 「単独じゃ無理だ」と口にした瞬間、俺の中で何かが切り替わった。焦りは残ってる。怖さもある。けど、怖さが“逃げたい”じゃなくて、“崩したくない”に変わる。四人がバラけたままだと、あの火は俺たちを一人ずつ丁寧に処理して終わる。だから――揃える。揃えて、相手の「最適」を壊す。

 

「役割を固定する」

 

 俺は息を吸い、声を落として言った。叫ぶ必要はない。倉庫の反響が余計な音を増やすし、何より、俺が叫ぶと心が暴れる。

 

「守りはアラン。縛りはマコト。押しはタケル。崩しは俺。火は止めるんじゃない、散らす」

 

 タケルが頷く。その頷きが、いつもより速い。迷いを飲み込む速度が上がってる。

 

「分かった。俺が前を押さえる」

 

 マコトは短く返す。言葉は少ないけど、視線で全部伝わる。俺の動きの先を読む目だ。

 

「射線を作れ。俺が縛る」

 

 アランは盾を握り直し、微かに肩を落とした。防御に入る前の、受け止めるための呼吸。

 

「守る。……そして返す」

 

 次の瞬間、火の圧がまた迫った。床の赤い脈動。熱波が唇を乾かし、呼吸のたびに喉が削られる。あれは攻撃というより環境だ。敵が火を振り回しているんじゃない。火が、場そのものを支配しようとしている。

 

 ――だったら、支配させない。

 

 アランが前へ出た。緑の水が盾として立ち上がる。今までみたいに大きく張らない。面で受ければ蒸発が早い。要所、角度、タイミング。盾は“壁”じゃなく、“刃を滑らせる受け皿”になっていた。

 

 火球がぶつかる。水が白く弾け、湯気が上がる。だが熱の勢いが明らかに落ちた。火が「貫けない」と判断して次の手に移ろうとする、その一拍が生まれる。

 

「今だ!」

 

 俺は盾の影から跳び出した。白虎の加速が、身体を軽くする。怖さを置き去りにしてくれる速度。敵が視線を向けてくる前に、俺は側面へ回り込む。火が追ってくる。追ってくるが、追わせるのが狙いだ。火を“集中”させるな。集中すれば威力が出る。集中させなければ、散って薄まる。

 

 敵の足元の床が赤く染まり、熱が壁のように立ち上がる。さっきなら止められていた。けど今回は違う。俺は止まらない。壁が立ち上がるより先に踏み込み、立ち上がりかけた熱を刃で切り裂くように捌いて、軌道をずらす。火は切れない。けれど流れは変えられる。火の“形”を崩す。

 

「いいぞ、葉!」

 

 タケルが正面から踏み込む。押すというより、支点になる。敵が俺へ狙いを寄せた瞬間、タケルの存在が正面を奪い返す。正面が崩れると、敵は立て直そうとして熱を集める。集めようとした、その瞬間。

 

 マコトの射撃が走った。

 

 狙いは装甲じゃない。関節の動き。火を生む起点の動作。撃ち抜くというより、割り込む。敵の腕がわずかに止まった。火球が生まれるテンポが狂う。たったそれだけなのに、敵の「最適解」が崩れるのが分かった。機械は計算が狂うと弱い。迷いがないぶん、やり直しに時間がかかる。

 

「タケル、押せ!」

 

「うん!」

 

 タケルが真正面に圧をかける。炎の推進力で距離を詰め、敵が後退しようとした瞬間に間合いを潰す。相手は後退で熱を溜めたい。でも後退できない。だから横へ逃げる。横へ逃げた先に俺がいる。逃げたくて逃げた場所が、罠になる。

 

 俺は敵の側面へ踏み込み、刃を振るう。決定打にはならない。分かってる。ここで必要なのはダメージじゃない。姿勢の崩し。視線の固定。火の集中を妨げるための“揺さぶり”だ。

 

「アラン、もう一枚!」

 

 俺が叫ぶと、アランの盾が今度は角度を変えて投げられた。水の盾が円盤みたいに滑り、火球の進路へ割り込む。ぶつかった火が散る。散った火が、倉庫の空気に溶ける。熱が薄まる。俺の肺が、ほんの少しだけ楽になる。

 

「……散らせ」

 

 アランが小さく呟いた。その声が、昨日の“守りたい”と繋がっているのが分かった。守るために受ける。受けるために散らす。散らすために返す。守りが攻めになる瞬間だ。

 

 敵が動く。火を集めようとする。だが集まりきらない。集める前に俺が横を取る。横を取る前にマコトの射線が刺さる。射線の一拍でタケルが正面を押す。押される一拍でアランの盾が要所を消す。連携は順番じゃない。噛み合いだ。歯車が回り始めると、止めたくても止まらない。

 

「すごいな……!」

 

 タケルが息を吐きながら笑った。戦いの最中なのに、嬉しそうだった。俺も同じだ。怖いのに、少し笑える。こういう感覚は久しぶりだった。勝てるかもしれない、じゃない。勝ち筋が見えるという感覚。

 

「余計なこと言うな、集中しろ」

 

 マコトの声は厳しい。でも、その厳しさがありがたい。浮ついたら死ぬ。浮つかないための言葉だ。

 

「マコト、次の動作に入る。左肩、起点だ!」

 

 俺が言った瞬間、マコトの射撃が左肩の動作に割り込む。火が生まれきらず、熱が漏れる。漏れた熱は、アランの盾が受け流す。受け流した瞬間にタケルが踏み込む。踏み込んだ瞬間に俺が側面を裂く。敵の体勢が、目に見えて崩れた。

 

 眼魔たちのざわめきが増える。あいつらの顔が引き攣っていくのが分かった。さっきまで観客みたいに笑っていたのに、今は笑えない。中心の敵が、思った通りに動けていないからだ。眼魔の論理じゃ測れない敵を呼んだのに、その敵が俺たちの連携で“狂わされている”。理解できないものが二つ並ぶと、人は怖くなる。

 

 敵の視線が、四人を順番になぞる。観測。再計算。けれど再計算が終わる前に、俺たちは次の手を重ねる。計算する暇を与えない。火を集中させない。空間を焼かせない。

 

 俺は息を吸った。まだ喉は乾いている。熱は消えていない。けれど、さっきより確実に“生きている空気”が戻ってきていた。四人が揃っている。心が揃っている。その実感が、体の芯を支える。

 

「……いける」

 

 俺が漏らすと、アランが短く返した。

 

「いける。守ると決めたからだ」

 

 その言葉に、胸の奥が熱くなる。悲しみの熱じゃない。怒りの熱でもない。生きているからこそ持てる熱だ。俺たちは今、火に焼かれているんじゃない。火を散らして、道を作っている。

 

 次の一手で、もっと深く崩す。そう確信できるところまで、やっと来た。

 連携が噛み合い始めた瞬間、俺はほんの少しだけ油断しかけた。勝ち筋が見えたという感覚は、足元を軽くする。軽くなるのは悪くない。けれど、軽くなった分だけ、見落とすものが増える。俺はそのことを、次の一拍で思い知らされた。

 

 未知の敵が、不意に動きを止めた。止めたというより、“止まったように見えた”。肩が上下するわけでもなく、息を整えるわけでもない。ただ視線が、俺たち四人を一つずつなぞる。その目は、怒りじゃない。悔しさでもない。観測と更新の目だ。まるで「次の手順へ移行する」と言わんばかりの無機質さ。

 

 眼魔たちのざわめきが、逆に引っ込んだ。笑いも消える。あいつらでさえ、これから何かが起きると察したんだろう。倉庫の空気が、さっきまでの熱よりもさらに乾く。皮膚がぱりぱりする。唇が、もう一度割れそうになる。

 

「……来る」

 

 マコトが低く言った。その声が、俺の背中を刺す。背中を刺すのに、逃げろじゃない。構えろだ。俺は頷き、タケルとアランの位置を目の端で確認した。アランの盾はまだ健在だ。タケルの踏ん張りも残ってる。俺の脚も動く。まだ大丈夫――そう思った瞬間、倉庫そのものが息を吐いた。

 

 床が、赤く脈打った。

 

 さっきまでの「床が焼ける」なんてもんじゃない。鉄骨の下から熱が湧き上がり、倉庫の骨組みが一斉に軋む。壁の金属が熱で膨張し、みしり、と音を立てて形を変える。逃げ道が“塞がれる”んじゃない。逃げ道という概念そのものが、熱で書き換えられていく。

 

「うわっ……!」

 

 タケルが踏み込もうとした足が滑った。床が、薄い膜みたいに溶けかけている。踏める場所と踏めない場所の境界が曖昧だ。踏ん張る力を奪うのは、敵の火球よりもずっと厄介だった。人間は地面がある前提で戦う。地面が裏切ると、心臓が先に跳ねる。

 

 次に来たのは、火球じゃなかった。火球の“散弾”だった。小さな火の塊が、無数に、倉庫の四方から同時に降ってくる。狙い撃ちじゃない。逃げ場を消すための面制圧。熱が降るという現象そのものが、攻撃になっている。

 

 アランが盾を広げた。だが、面で張れば張るほど、蒸発が加速する。緑の水が白い煙に変わり、視界が途切れる。息を吸えば喉が焼ける。咳き込むと、その一拍で火の粒が飛び込んでくる。

 

「くっ……!」

 

 俺は反射で身を捻り、熱の粒を避ける――避けたつもりだった。紙一重で避けたはずなのに、頬が熱に撫でられた感覚だけが残る。痛い、より先に乾く。皮膚の水分が奪われる感覚が、ぞっとするほど生々しい。

 

 マコトが射線を通そうとした瞬間、空気が揺らいだ。熱で空気が歪み、距離感が狂う。狙いが正確なやつほど、この揺らぎは毒になる。マコトの舌打ちが聞こえた。短い。だが、焦りの混じらない舌打ちだった。

 

「……空間ごと焼いてやがる」

 

 タケルが歯を食いしばる。正面から押す役のはずなのに、正面が消えていく。押す場所がない。進むほど熱が濃くなる。進めば進むほど、呼吸が重くなる。肺が縮む感覚がする。倉庫の中の酸素が、熱に食われているみたいだ。

 

 未知の敵は、動かない。いや、動く必要がないんだ。倉庫を燃料にして、空間そのものを武器にしている。俺たちがどんなに強い動きをしても、戦う舞台が“敵側”に書き換えられていく。これが、切り札。さっきまでの連携が「火を散らす」ことに成功していたのに、今は「火が散っていること自体」が地獄になっている。

 

 天井の梁が赤くなる。金属が飴みたいにたわみ、次の瞬間に落ちる気配がした。落下物が来れば、回避に意識を割く。その一拍で、火の粒が当たる。火の粒を避ければ、足元の溶けた床に取られる。床に意識を割けば、熱波で呼吸が止まる。

 

(……詰んでる)

 

 頭の中で、嫌な言葉が浮かぶ。詰み。ゲームみたいな言葉なのに、現実で浮かぶと笑えない。全滅寸前――その言葉が、今の状況に一番正確だった。誰か一人が倒れたら、隊列は崩れる。崩れたら、俺たちは“処理”される。

 

 アランの盾が、目に見えて薄くなる。蒸発の速度が上がっている。アランの肩がわずかに揺れる。耐えている。耐えているのに、削られていく。守りが強いほど、相手は守りを“維持させない戦い”に持ち込む。まさにそれだ。

 

「アラン……!」

 

 俺が呼ぶ。呼ぶだけで喉が痛い。

 

「……大丈夫だ」

 

 大丈夫じゃない声だった。それが余計に怖い。強がりを言う余裕すら、熱に奪われている。

 

 マコトが周囲を見回し、落下しそうな梁と、膨張して歪む壁を一瞬で把握する。その視線が、俺へ飛ぶ。

 

「葉! このままだと崩落で終わる!」

 

「分かってる!」

 

 分かってる。分かってるけど、打ち手が思いつかない。敵を殴って終わる戦いじゃない。倉庫を殴っても終わらない。空間を変えられたら、こっちの強さは全部“条件不足”になる。

 

 タケルが一歩踏み込もうとして、足を止めた。踏み込んだ先が赤く脈打つ。足を置いた瞬間、靴底が焼ける未来が見える。見えるのに、止まらないと守れない。守れないと意味がない。

 

「くそ……!」

 

 タケルの声が、悔しさで割れる。その悔しさが、俺の胸を締める。タケルはいつだって、守りたいと思って前に出る。だから前に出られない状況が、一番きつい。

 

 その時、床の一部が爆ぜた。熱が集中した場所が、破裂する。衝撃で身体が浮く。俺は反射で羽衣のように身を翻し、ギリギリで着地する。着地した先が安全かどうか確信が持てない。足裏に伝わる温度が、怖い。怖いのに、考える時間がない。

 

 視界が煙で白む。蒸気、熱気、埃。音も歪む。仲間の声が遠い。自分の心臓の音だけがやたら近い。

 

(……やばい)

 

 このままじゃ、誰かが倒れる。倒れたら終わり。終わったら、フミ婆の言葉も、青空も、宝物も、全部ただの思い出になる。守りたいと願う心があるのに、守れない。

 

 ――守れない、のか?

 

 俺は歯を食いしばった。ここで諦めたら、さっきアランが握り直した「守る」は、ただの綺麗事になる。綺麗事にしたくない。だから、頭を回せ。力じゃなくて、状況を変えろ。

 

 俺は息を吸おうとして、咳き込んだ。肺が拒否している。熱で、酸素が足りない。俺は瞬間的に悟る。敵は俺たちを燃やしてるんじゃない。呼吸を奪っている。身体の根本を奪っている。

 

「アラン! 盾を……面じゃなくて、要所だけに!」

 

 俺は叫んだ。叫ぶ声が掠れる。でも、言わないと終わる。アランが一瞬だけこちらを見る。理解した目だ。盾を広げるのをやめ、熱の粒が集中する場所、タケルの足元、マコトの射線、俺の着地点――必要なところだけに水を差し込むように盾を出し始める。蒸発が、少しだけ遅くなる。

 

 同時に俺は、熱の粒を“避ける”のをやめた。避けるだけじゃ追いつかない。俺は刃を振るい、熱の粒の流れを裂く。切れない。でも、散る方向は変えられる。散る方向が変われば、味方の呼吸が一拍だけ戻る。

 

「マコト! 敵じゃない! 赤くなってる梁の支点を撃て! 落ちる方向を変えろ!」

 

 俺が叫ぶと、マコトは即座に理解して射撃を切り替えた。狙いは敵本体じゃない。倉庫の“燃料化”の支点だ。撃ち抜かれた梁がずれる。落下方向が変わる。完全に止められなくても、即死を避けられる。

 

 タケルが、その隙に一歩踏み込んだ。まだ熱い。危険だ。けれど踏み込める“点”が生まれた。点が生まれれば、線にできる。線ができれば、道になる。

 

 俺の視界の端で、未知の敵が初めてわずかに頭を動かした。計算外が生まれた反応だ。ほんの僅か。でも、確かに“揺れた”。俺たちの全滅は、まだ確定じゃない。

 

 それでも――今はまだ、全滅寸前であることに変わりはない。呼吸は苦しい。熱は止まらない。倉庫は燃料になり続ける。俺たちが立っている場所は、秒ごとに敵のものへ変わっていく。

 

 けれど、俺は思った。

 今の一手で、俺たちは“死ぬだけの駒”じゃなくなった。

 この地獄の盤面で、ようやく反撃の手番を掴みかけた。

 

 次の瞬間が、勝負の分かれ目になる。

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