石段の途中で、葉は一度足を止めた。
遠くで瓦礫が崩れる低い音が響く。タケル達が別の戦線で動いている合図だ。乾いた風が頬を撫で、陽は高いのに影だけが重く沈んでいた。
「……あやつら、無茶しておらぬじゃろうな」
サクナの声が、少しだけ低い。
「進行を止めるって言ったのは向こうだろ。俺は新しい力を探す役……だ」
葉は息を整え、ベルトに触れる。
胸の奥で、小さな気配が揺れた。
「門の維持負荷、安定域です。葉様、変身は可能です」
ココロワが静かに告げる。
石段の先、鏡片が埋め込まれた壁が光を跳ね返す。足元の影だけ、わずかに遅れて揺れた。
「……来るぞ」
葉は短く言い、ドライバーへ眼魂を装填する。
『カイガン!』
空気が震え、衣のような光が背後へ広がる。
「頼む、サクナ」
小さく呟く。
『カイガン!サクナヒメ!晴々咲かそう!米は力!』
羽衣のような光が身体へ巻き付き、装甲が形を成す。足元の砂がふわりと浮き、着地の瞬間、影が一拍遅れて戻った。
仮面ライダーシャーマン――サクナヒメ魂。
肩の力を抜き、呼吸を合わせる。
空気が軽い。重心が少し高い。踏み出す前から、次の足場が見える感覚。
「よいか、突っ込みすぎるでないぞ!」
サクナの声が弾む。
「分かってる」
短く返す。
高い音。矢羽が震えるような響きが走る。
背後に倒れていた眼魔の身体が引き上げられ、腕が弓の形に歪んだ。光の線が葉を指す。
「……操ってる」
ブレードを構える。
『シャッキン!』
刃が光を裂き、羽衣の軌道で身体を横へ流す。影が先に動き、本体が後から追いつく。
「影を見よ!」
サクナが叫ぶ。
頷き、影へ斬撃を滑らせる。
だが手応えが薄い。位置が合わない。
「屈折しています。二歩左へ」
ココロワの声が落ちる。
動く。
次の瞬間、操られた眼魔が弾丸のように飛び、石柱が砕けた。粉塵が喉を刺す。焦げた匂いが鼻を焼く。
敵は姿を見せない。光の線だけが意思を持つ。操られた身体が武器となり、距離を固定してくる。
「面倒じゃの……!」
サクナが唸る。
葉は羽衣を引き、空中で一瞬だけ止まる。
踏み込みを遅らせ、刃で軌道を逸らす。瓦礫の上を滑り、着地と同時にガンガンタマフをガンモードへ。
光線が一閃。
操りの糸が焼け、数体の眼魔が崩れ落ちる。
だが、敵は退かない。
足元の影が伸び、矢の形に収束する。
「……来るぞ」
呼吸が短くなる。
その時、ポケットの奥で赤い眼魂が微かに震えた。
熱い。だが、まだ掴めない重さ。
――燃やすな。照らせ。
耳元で誰でもない声が落ちる。
視界の端で、光がほどけた。
「今の……」
葉が呟く。
「聞こえたか。じゃが、まだ早い」
サクナが低く言う。
敵が腕を振り下ろす。
光の束が迫る。羽衣を翻し、横へ跳ぶ。空気が裂け、熱風が頬を撫でた。
着地。
息が白く漏れる。
操られていた眼魔の糸が途切れ、敵の気配が遠のいた。
影だけが最後に揺れ、静寂が戻る。
「……逃げた、か」
葉が肩を落とす。
「観察目的だった可能性が高いかと。こちらの戦力を測った……のでしょう」
ココロワの声が続く。
装甲の熱がゆっくり引いていく。羽衣の光がほどけ、変身が解けた。石段の上に、ただの影が戻る。
赤い眼魂を見下ろす。
表面がわずかに揺れていた。
「……次だな」
短く呟く。
遠くで爆音が響く。タケル達の戦いはまだ続いている。
葉は振り返り、再び石段を下り始めた。光の聖域に残ったのは、焼けた匂いと、少しだけ遅れて動く影だけだった。