波が引いた。
足元の浅瀬に、俺の影が揺れている。さっきまで押し寄せていた水圧が嘘みたいに静まり、代わりに、あいつのリングが不規則な音を立てていた。
笑っている。
正確には、笑わされている。
機械みたいな顔が歪み、途切れ途切れの音が漏れる。最初に感じた不気味さとは別の、制御を失った揺らぎだ。
俺は釣竿モードを握り直す。
タイライトの光が水面に反射し、エビスフィールドがまだ広がっているのを確認する。砂浜が、水辺に変わっている。この範囲に触れたものは、ほんの少しだけ“ずれる”。
それが、あいつにも効いている。
「……効いてるな」
小さく呟くと、サクナが鼻を鳴らした。
「当然じゃ。笑わぬ神などおらぬからのう」
ココロワの声は冷静だ。
「敵体の制御系が乱れています。今なら、再構築が追いつきません」
あいつは最後の抵抗に出た。
海面が持ち上がる。巨大な波が弧を描き、俺ごと浜辺を飲み込もうとする。水の壁が迫る。正面から受ければ、さすがに立っていられない。
けど、逃げる気はなかった。
「……釣り時だな」
俺は釣竿を振り上げる。
足元の水面が渦を巻き、エビスフィールドの中心から光が立ち上る。鯛の形をした光が、次々と水の中から“釣り上がって”くる。
一匹。二匹。十、二十。
数えるのをやめる。
静かになる。
俺は深く息を吸い込んだ。
『ダイカイガン!エビス!オメガメテオ!』
振り下ろす。
鯛型の光弾が一斉に射出される。
水の壁に穴が開き、さらに奥へ突き進む。笑い声のノイズが掻き消され、光が一点へ集束する。
あいつの中心を、貫いた。
一瞬、世界が止まった。
リングが砕ける。
水の身体が崩れ、重力を思い出したように浜辺へ落ちる。砂に吸われるように溶け、波が静かに寄せては引く。
俺はその場に立ったまま、釣竿を下ろした。
エビスフィールドがゆっくり消えていく。
足元が再び砂へ戻る。潮の匂いが戻ってくる。
「……釣れたな」
肩で息をしながら、そう呟く。
サクナが小さく笑う。
「腹が減ったのう」
ココロワは淡々としている。
「敵反応、消失。完全停止を確認しました」
俺は海を見た。
穏やかだ。さっきまで戦場だったなんて思えない。だけど、あのリングの回転、あの観測する目は、消えたわけじゃない気がする。
測られていたのは、俺たちの力だけじゃない。
俺は握った眼魂を見下ろす。
福の神。笑わせる力。
あいつみたいな存在に、これが通じると分かった。
「……次も来るな」
波だけが返事をした。
胸の奥で、静かな確信が灯る。
俺は、まだ終わっていない戦いの中にいる。