夕焼けに染まる街を歩きながら、俺はポケットの中の眼魂を軽く指で弾いた。ここまで集めてきた数を思い返すと、長い戦いだった気もするし、まだ途中のような気もする。小さく息を吐き、空を見上げながら言葉をこぼした。
「さて、残る眼魂も残り僅かだけど、果たして残りはどんなのがあるのか」
しばらくして、内側からココロワヒメの落ち着いた声が響く。考えを整理しながら話している時の、あの独特の静けさだ。
「・・・どうやら、今度の眼魂は少し複雑のようですね」
俺は歩きながら眉を寄せる。複雑という言葉は、だいたい厄介な状況の前触れだ。
「複雑って、どういう事なんだココロワヒメ?」
間を置いて、彼女が説明を続ける。
「私達のような神に近く、それでいて人間である英雄です」
思わず足が止まった。神に近い存在で、しかも人間でもある英雄。そんな存在が簡単に思い浮かぶわけがない。
「それは一体」
ココロワヒメは短く答える。
「ヘラクレス」
一瞬、言葉の意味を理解するのに時間がかかった。
「えっ、ヘラクレスだって?!」
驚く俺の声に、サクナヒメがすぐ反応する。どうやら聞き慣れない名前らしい。
「へらくれすとは一体なんじゃ?」
ココロワヒメは少しだけ声を整えてから説明を始める。
「サクナ様はあまり詳しくないですね。ヘラクレスとは簡単に言えば、人間と神の間に生まれた存在です。全知全能である神々の王・ゼウスと、人間の女性・アルクメネーとの間に生まれた英雄なのです」
サクナヒメが小さく感心したような声を上げる。
「ほぇ、西洋の英雄か」
俺は腕を組みながら考え込む。神と人間、その両方の血を引く英雄。確かにそれなら、眼魂として存在してもおかしくはない。
「同時に神でもあるという事はそれは確かにって」
その瞬間だった。遠くから地面を叩くような衝撃音が響く。空気が震え、街の窓ガラスが小さく揺れた。
「なっ、なんじゃぁ!?」
サクナヒメの声が鋭く跳ねる。俺はすぐに気配の方向へ視線を向けた。あの独特の歪みは嫌でも分かる。眼魔だ。それも、ただの眼魔じゃない。
「これはもしや、眼魔!それにこの感じは、神と英雄の気配っまさか」
胸の奥がざわつく。
「ヘラクレス眼魂なのかっ」
答え合わせのように、巨大な影が路地の奥から飛び出してきた。瓦礫を持ち上げ、まるで紙くずみたいに放り投げる眼魔。その動きは荒々しく、力が制御できていないように見える。
俺は迷わずドライバーに手を掛けた。
「とにかくっ変身!」
光が弾け、シャーマンの装甲が身体を包む。ガンガンタマフを構えて、暴れている眼魔へ踏み込む。だが次の瞬間、目の前が一瞬揺れた。
拳がぶつかる。
重い。
その一撃だけで、身体が数メートル吹き飛んだ。地面に着地した瞬間、アスファルトが砕ける。
「うわっと!?なんだっこいつは」
体勢を立て直す間もなく、眼魔が再び突っ込んでくる。拳を受け止めると、腕の装甲がきしんだ。まるで岩をぶつけられているみたいな重さだ。
「馬鹿げた怪力過ぎるだろ!しかも、制御が全然出来ていないぞ!」
ココロワヒメの声が冷静に続く。
「・・・ヘラクレス眼魂の力が強すぎて、暴走しているのでしょう。このままでは、被害が」
眼魔は車を持ち上げて投げる。周囲の建物が揺れ、ガラスが割れる。完全に暴走状態だ。
俺は距離を取って呼吸を整える。
「どうにかしないとって」
その時、視界の端に小さな神社が映った。街の外れにひっそりと建つ鳥居。屋根の上に猫の像が並んでいる。
ココロワヒメがその反応に気付く。
「これは、まさか偶然とは言え、新たな眼魂の」
俺はすぐ理解する。今のままじゃ、この怪力は止められない。でも新しい力があるなら話は変わる。
拳を握り直し、俺は小さく笑った。
「逆転の手はこれしかないな!」