夕方の空は鈍い色をしていて、いつもより静かに感じられた。
街の中を歩きながら、俺は妙な違和感を覚えていた。
戦いが終わった後の静けさとは少し違う、どこか息を潜めたような空気が漂っている。
「……なんか変だな」
思わず口からこぼれた言葉に、内側からサクナヒメが反応する。
「うむ、わしも同じことを思うておった。
なんじゃこの静けさは、腹の底がざわつくような嫌な気配じゃ」
ただの直感のようでいて、サクナヒメの感覚はこういう時よく当たる。
俺も辺りを見回したが、人の気配が妙に少ない。
建物の壁にはまだ戦闘の傷跡が残り、割れた舗装の隙間には粉塵が溜まっていた。
その様子を見ながら、ココロワヒメが静かな声で分析を挟む。
「この周辺には、戦闘の残留反応が確認できます。
それも比較的、つい先ほどまで続いていたような反応です」
「つまり……誰かが戦ってたってことか」
胸の奥で、嫌な予感が膨らんでいく。
俺は無意識に歩く速度を上げていた。
この先にいるはずの連中の顔を思い浮かべながら、足取りだけが少しずつ速くなる。
やがて曲がり角を抜けた先で、見慣れた姿が目に入った。
そこにいたのは、アカリと御成だった。
だが、いつもと様子が違う。
御成は肩を落としたまま顔を上げようとせず、アカリは何かを考え込むように視線を落としている。
「……どうしたんだ?」
声をかけた瞬間、二人の視線がゆっくりとこちらへ向く。
御成の目は赤く、アカリの表情は強張っていた。
「葉……来てくれたのね」
アカリの声は落ち着いているようでいて、ほんの少しだけ震えていた。
その様子を見ただけで、胸の奥が妙に重くなる。
「戦闘の跡は見た。
……何があったんだ」
俺の問いかけに、御成が一歩前へ出た。
だが言葉は続かず、唇を強く噛み締めるだけだった。
サクナヒメが小さく呟く。
「……様子がおかしいのう。
何か、言いにくいことでもあるのか」
ココロワヒメの声が、いつもより慎重な響きを帯びる。
「葉様、ここは急かさず待つべきでしょう。
今は言葉を整える時間が必要なのだと思われます」
俺はそれ以上、問いを重ねなかった。
御成の呼吸は乱れ、アカリは何度も言葉を飲み込んでいる。
それだけで、何かが起きたことだけは十分すぎるほど伝わってきた。
しばらくの沈黙の後、アカリがようやく口を開く。
「……タケルが」
短い言葉が、やけに重く聞こえた。
「ガンマイザーとの戦いで……倒れたの」
頭の中で言葉の意味を理解するのに、少しだけ時間がかかった。
倒れたという表現が、どうしても現実と結びつかない。
「……倒れたって」
思わず聞き返した声は、自分でも驚くほど低かった。
御成が、耐えきれないように叫ぶ。
「タケル殿は……戻られなかったのです!」
その声が空気を震わせ、周囲の静けさを一瞬だけ破った。
だがすぐにまた、重たい沈黙が戻ってくる。
胸の奥がじわりと締め付けられる。
呼吸が少し浅くなり、言葉がうまく出てこない。
サクナヒメが低く言う。
「……そうか。
あやつは、戦いの中で命を落としたのじゃな」
ココロワヒメは少し間を置いてから、静かに続けた。
「しかし、ガンマイザーの活動は止まっていません。
むしろ戦闘の痕跡から見て、状況はさらに悪化している可能性があります」
アカリが頷きながら補足する。
「タケルが倒されたあとも、ガンマイザーの反応は消えていない。
それどころか、数が増えている可能性すらあるの」
御成が拳を握り締めた。
「こんなことになるなんて……
タケル殿は、皆を守るために戦っていたのに」
俺はしばらく何も言えなかった。
言葉を探しても、うまく形にならない。
タケルの顔が頭に浮かぶ。
あいつなら、こういう時どうするかを考えてしまう。
やがて、ゆっくり息を吐いた。
「……そうか」
それだけ言うのが、やっとだった。
空を見上げると、夕焼けが少しだけ暗くなっていた。
時間は止まらない。
誰かがいなくなっても、世界は勝手に動き続ける。
「……でもさ」
俺は視線を戻す。
「戦いは終わってないんだろ」
アカリが小さく頷いた。
「ええ。
ガンマイザーは、まだこの世界を狙っている」
御成が顔を上げる。
「タケル殿が守ろうとした世界を……
我々が守らなければなりません」
俺は拳を軽く握った。
胸の奥の重さは消えない。
それでも、立ち止まるわけにはいかない。
「なら、やることは一つだな」
サクナヒメが短く言う。
「うむ。
悲しんでおる暇はないということじゃ」
ココロワヒメが周囲の気配を探りながら続ける。
「葉様、ガンマイザーの反応が近づいています。
どうやら敵は、こちらを探しているようです」
その言葉とほぼ同時に、空気がわずかに震えた。
遠くから不気味な気配が広がり、戦いの予兆が街を覆い始める。
俺は静かにドライバーへ手を伸ばした。
「……来たか」
タケルがいない世界でも、戦いは止まらない。
だから俺は、前を向くしかなかった。