TS女剣士は刀を振る 作:砕け竹光
朝の柏木家。
朝食後、すっかり朝日が昇った下で、某は庭でゆっくりと体を動かしていた。両腕を渦を巻くように肩甲骨からぐるぐると動かし、ゆっくりと体を傾け、膝を深く折る。
早い話が柔軟体操というか、クンフーの真似事というか。
勿論、そういった準備運動は鍛錬において非常に重要だ。だが今の某の場合、肉体限界の確認が優先事項となる。
「ふぅ……」
つぅ、と額に汗が集う。本来、この程度の動きで汗が出るなどあり得ない。全く以って、貧弱極まりない体だ。
適度に筋肉に、骨格に、ゆっくりと負荷をかけるように動かす。内面に没入すると、血管の流れや関節の動きを認識する事ができる。
本当に、華奢な肉体だ。
おそらく、平均的な同年代の女性よりもはるかに下回るそれら。下手をすれば、それまで人生の大半をベッドの上で過ごしてきた病人にも劣るのではないか?
おそらくこれは鍛えてどうにかなる類のものではない。先天的なものというか、早い話が「これまで生きてこれたのが不思議」といっていいレベルだ。
だが、それはそれで、やりようが無い訳ではない。
限界さえ把握していれば、それなりに立ち回りようはある。そう思って肉体限界の確認にいそしんでいる某だが、正直、強がるにも限度というものがあった。
これではおそらく、千鶴殿が貸してくれた量産品の剣程度も、満足に振るえるのは1度や2度。全力で技を放てば、最悪負荷に耐えきれず骨が折れるか、筋が断裂する。
「むぅ……」
ゆっくりと直立に体勢を戻しながら息を吐く。
結論。やはり、もっと軽い得物が必要だ。
多少の切れ味の悪さや、強度の不足は技術である程度カバーできる。今はとにかく、この貧弱な体でも振れる、軽い刀が欲しい。
勿論、簡単に手に入るものではない。
刀は鉈の重さと剃刀の切れ味というが、薄く鋭い刃を鍛えるのはそれ相応の難易度になる。薄くすればするほど脆く、折れやすくなり、実用に耐えなくなっていく。そんなものに精魂かけて時間と手間を浪費するほど衛星都市の職人は暇ではない。
が。
蛇の道は蛇というか。某には、その手のつてに心当たりがあった。
「さて、そろそろ、時間だが……」
「ししょぉーーう! お待たせしました!!」
バタン! と音を立てて開かれる柏木家の扉。飛び出してきたのは、外行きの私服に着替えた千鶴どのだ。白いトレーナーと黒い短パン、シューズといった、ありふれた女子のような恰好だが、それが今の衛星都市でどれだけ貴重な衣服かは言うまでもない。
「うむ。時間ぴったりだな。では、参るとしようか」
「はい、師匠! ところで、今日はどこに行くんですか? 私服で、という事はダンジョンじゃないんでしょうけど……」
「うむ」
某は一つ頷き、本日の目的地を千鶴どのに明かした。
「今から向かうのは、職人街だ」
職人街。読んで字の通りである。
古くは伝統工芸などを教え伝えてきた職人たちの集う街。近代化に伴い、工場による大量生産が主軸となり、人々の価値観が変化した事によりそれら古き良き光景は廃れつつが、何の因果か、ダンジョンによって変貌した現代社会では職人、という概念が興隆した事により、職人街もまた盛況している。
何せ、ダンジョンから産出する希少資源の加工は、機械では困難。同じような物質でも性質が多少異なる、専門家によれば独自の“座標”を持つそれらの加工は、画一的な加工を得意とする工場では不可能。目で、耳で、指先で、素材の具合を確かめ一つ一つ加工する職人こそが、ダンジョンにまつわる産業の中心となっている。
そして衛星都市にも、そういった職人が集う職人街がある。表通りから裏に入って進んだ先、しばらく人気のない道を歩くと、にわかに騒がしい人の活気が聞こえてくる。
同時に視界が開け、天から降り注ぐ陽光に某は腕をかざした。
「わあ……」
駆け足で某の横に並んだ千鶴どのが、感嘆したような声で周囲を見渡す。
今日も職人街は、多くの人が行き交い活気にあふれていた。リヤカーに満載した素材を運搬する職人、通りで金属片を叩いて加工している職人、染色した皮を軒先に干している職人、様々な人がいるがここにいるのはほとんどが加工に携わるものだ。その中に、場違いな感じで武装した探索者が、軒先で話し込んでいるのが見えた。
「いくぞ」
「は、はいっ!」
千鶴どのを促して、通りを歩く。
場違いともいえる女二人、特に背中をむき出しにしている痴女に視線が集中するが、何、こんなものは堂々としていればすぐに慣れる。
事実、最初こそ奇異の視線を向けていた職人達だったが、そもそも彼らはそれどころではない。当然のような顔をして歩いている某にはすぐに興味を失い、各々の作業に戻っていく。
どちらかというと、隣できょろきょろとしている千鶴どのの方が、悪い意味で衆目を集めていそうだった。
「すこしは落ち着きなさい」
「は、はいっ。すいません……いろいろ物珍しくて……」
「こっちには来た事がないのか?」
駆け出し探索者である千鶴どのにはあまり縁がないかもしれないが、それでも興味ぐらいはなかったのだろうか?
「そ、その。職人街に顔を出すのは百年早い、みたいに言われまして……」
「別に素人が来ても問題はないだろうに。早い内から、本物を見ておく、というのも一つの修行だ」
「はあ……そ、それで、師匠。今日はどういう理由で、こちらに?」
ちらり、と千鶴どのが店の軒先に出ている武器に目を付けた。その隣には、小さな値札が転がっている。
「あ、もしかして、新しい武器を……買い……に……?」
呟く彼女の言葉がどんどんトーンダウンしていく。その視線は、値札に並んでいるゼロの数に向けられているのはもはや言うまでもない。
「むむむむ、無理です師匠ぉーーー!? こんなの買えません! 借金地獄になっちゃいますよぉ!!?」
「まあそういう訳でな。某の得物と、千鶴どのに見合った剣を買いに行こうかと」
「話聞いてます!? 私にそんな蓄えありませんよぉ!?」
わかっているとも。某にも、勿論そんな蓄えはない。貯金は使えなくなってしまったからな……。市役所で迂闊にコード番号の照合をするのではなかったな。
「そう慌てる事はない。某とて、あてがなければここまで来ぬわ。いいから黙ってついて来い」
「は、はい……」
さっきまでの物見遊山の気分はどこへやら、某の背中にぴったりくっついて怯えるように後をついてくる千鶴どの。なんだか親リスになった気分である。
そうこうするうちに、某は目的の店までやってきた。
「ついたぞ」
「へ? ここですか……?」
それは、一見すると何の変哲もない、灰色の小屋にみえた。外壁もコンクリートが打ちっぱなしで、看板もない。店先にはシャッターが半分ほど降ろされている。
……? 今日は営業日のはずだが、なんでシャッターが下りているのだ? まあいいか。
「たのもーう」
「え、ちょ、師匠!? シャッター降りてますけど?!」
閉じ切っていないシャッターの下に潜り込むようにして店に入る。
店の中は、記憶とほぼ同じ光景が広がっていた。入ってすぐの広い土間に、無造作に刀剣類が鞘に納めた状態で箱に山積みにされている。見上げると壁にはひときわ造りのよい刀が、値札と共に飾られていた。
なんだ、やってるじゃないか。
某が一週間ぶりに訪れた店内を懐かしんでいると、奥から不機嫌そうな声が響いてきた。
「おい。なんだてめえは、シャッター降りてるのが見えなかったのか」
出てきたのは、腰の曲がった偏屈そうな爺。丸眼鏡の奥の瞳は、片方が灰色に濁っている。
中沢源一。この、鍛冶屋“中沢”の店主だ。
そして、某……山田彦三郎の旧知の仲である。であった、といった方が正しいかもしれないが。
「今日は営業日だったと思ったが。定休日が変わったのか?」
「閉店だよ。今日も明日も、明後日もずーっと」
「何?」
訝しむ某に、よっこらせ、と中沢は帳場に腰を下ろしながら、疲れたように告げた。
「閉店だよ。店はもう畳んだ」
「……何故??」
「刀を売る相手が居なくなっちまった。これぞ、と惚れ込んだ刀馬鹿が、つい先日、遠いところにいっちまってな……。ここらが潮時だと思ったのよぉ」
すっかりやる気をなくしてしまった様子で、中沢はぼそぼそと続ける。
それを聞いて、ちょっと某は申し訳なくなった。
多分、彼の言う刀馬鹿は某の事である。
以前から彼は某の事を高く評価してくれており、色々と便宜してくれていた。それに感謝して、某も素材を優先して彼に降ろしたりと、互いに相互利益の関係を続けていた訳だった。
が、某は先日、緊急対応で出向いた先で、ダンジョンの主と相打ちになり、今のような姿になった。その際、山田彦三郎として認識されなかった為に、表向きは某は死んだ事になっている。その辺りの事情を把握していない中沢は、同好の士が死んだと思っているのだろう。
なんだかんだで、年老いての同じ趣味仲間の死は応える。手を引くに十分な理由だろう。まあ実際は死んでないのだが。
かといって、それを証明する手段がない。
見知らぬ市役所の役人ではなく旧知の間柄なら、互いしか知らない話が証拠になるやもしれない。だが、あくまで可能性だ。確実ではない。
もし。もし彼にまで、某が山田彦三郎である事を否定されたら、正直耐えられない。
なので、ここは別の手を取る事にする。
何、結局某達は同じ穴のムジナ。何を望むか、なんて分かりきっているのだ。
「ふんむ……」
某は部屋を見渡し、入口のシャッター裏に振り返った。
シャッターの降りた入り口側、入ってすぐの所に、傘立てとそこに無造作に、抜身のままの刀身が柄もつけず茎尻もむき出しのままに、傘立てに突き立ててある。
打ち損ねとか、失敗作をこうして、“試し切り”のために転がしてあるのが、ここのやり方である。
ならば、それに倣うとしよう。
「? 師匠?」
「おい嬢ちゃん、そいつは失敗作だぜ」
訝しむ二人をよそに、某は傘立てから無作為に二つの刀を引き抜いた。どちらも、一見すると失敗作にはとても見えない。
実際、千鶴どのが腰に差している数打ちの刀よりはよっぽど上等だろう。結果的に中沢が失敗作、とみなしただけで、どれも魂を込めて打った業物であるのは変わりない。
その一振りを手にし、もう片方を宙に投げる。天井スレスレまで舞い上がった刀が、くるくると回転しながら落ちてくる。
抜き身の刀を片手に、某は宙に舞った。
腕を交差させて引き絞る。踏み込みの代わりに、蓄えたバネの力で腕を加速させ、左腕をレールにして右手を打ち出す。
デコピンと同じ原理だ。踏ん張りが効かない空中で鋭い太刀筋を生み出す為に某が編み出した技の一つ。
我流。攻めの太刀。
打羽衣。
空中で回転する刃と交差し、某はすたり、と地面に舞い降りた。背後で、ぱきんと二つに断たれた刃が、それぞれトスリと床に突き立つ音がする。
佇まいを直し、某は中沢へと振り返った。
「す、すごーい……」
「い、今の……旦那の……?」
帳場の上に座ったまま、中沢は目を見開いていた。まだ光の残る黒い瞳が、驚愕に爛々と輝いている。
狙い通りだ。ちょっと悪い気はするが、別にだましている訳ではないし、いいか。あくまで、彼のお眼鏡にかなうだけの技量はあるぞ、と示しただけであるからして。
地面に突き立つ刃に目を向ける。品質は全く同等の刃二振り。片方は真っ二つに寸断され、逆に今某の手の中にある一振りは欠け一つない。
技量の証明には十分といえよう。
「して、どうかな? 御仁には刀の腕前を見せれば取引して貰えると伺ったのだが」
「お前……まさか、旦那の知り合いだったのか!?」
「そんな所かな。ああ、名乗りが遅れた。某の名は山田織姫。これで事情は察してもらえると助かる」
よたよたと帳場から立ち上がると、中沢は降りてきて某の背中をばしばしと叩いた。
うぉ、力強っ。
「なんでぇ、旦那の奴、こんなかわいい娘っこがいるなら教えとけって言うんだ。旦那の娘……はねえな、従妹か、遠縁の親戚か? 何にせよ良く来てくれた! 歓迎するぜぇ。しかしなんでこんな背中剥き出しの服着てるんだ、流行ってんのか?」
「ちょ、まて、そんな、背中、叩く……っ!?」
「ちょちょちょ、ストップ! 師匠が平たくなってしまいます!!」
慌てて千鶴どのが割って入った事で、なんとか某は叩き潰されずに済んだ。
げほげほと咳き込んでいると、千鶴どのが優しく背中を撫でてくれる。
「だ、大丈夫ですか、師匠!?」
「うぇほ、げぇほ、ら、らいりょうふ……」
「あー……す、すまん」
べしべしやっていた自分の右の掌に目を向けて、中沢は気まずそうに謝ってくる。
いや、まあ。別に彼は悪くない。某の体が度を越して虚弱だっただけだ。
「べ、べつにぃ、げほっ、気にしてな……えほっ」
「す、少し座って休みましょう、ね? ここ、ちょっとお借りしていいですか?」
「あ、ああ。それとちょっと待ってな、お茶を淹れてこよう」