TS女剣士は刀を振る 作:砕け竹光
「ふぅ……」
「落ち着いてきました?」
「うむ……」
シャッターが降りたままの店先で、ようやく人心地ついた某は手にした湯飲みをぐいと煽った。
中を満たしているのは、この衛星都市ではなかなか手に入らぬ一番茶のようだ。ほどよく冷やした薫り高い緑茶を、ぐい、と一息で飲み干す。
「ぷはぁ……邪道ではあるが、よく冷えた緑茶というのも、なかなか……」
「師匠、言ってる事がなんか年寄りみたいですけど……」
「うぐ」
いや精神的には実際年寄りではあるのだが。真相に触れていないのもあって、思わぬ指摘に気まずさを覚える。
「き、気にするな……」
「はっはっは、概ね旦那の口癖がうつっちまったって所だろう。あの人、昔から時代劇みてーな言い回しだったからなあ……」
飲み干した湯飲みを受け取りながらそんな事を言う中沢。そうか、お前そんな事を考えていたのか。覚えておくぞ。
「それで、生前の旦那にこの店を紹介された、と。へへ、なんか嬉しいね。旦那にそんなに見込まれてたあっちゃあ、店を畳む訳にはいかないねぇ」
「そうか……」
いや、その。やる気を出してくれたのは有難いが、別に品質でこの店を選んだ訳ではないのだよな。今の某の成りで、説明せずともなんか勝手に納得しそうな、早い話がちょろい相手の店を選んだというのが……。
いや、仕方ないんだ。某のお眼鏡に適うような店は、全部一見さんお断り。全てのツテを断たれたに等しい某にはこの店しかなかったというか。
まあいい。知らない方がいい真実もある。
それよりも要件を進めてしまおう。
「盛り上がっている所悪いが、今日のメインはこちらの少女だ。千鶴どのに見合った刀を見繕ってほしい」
「はあん? まあ、別に構いませんが……」
「私が構いますよぉ!? 通りの店よりはマシですけど、どっちにしろ払えるお金じゃありませぇん!」
店の棚の前で、泣き言を上げる千鶴どの。彼女は、言葉通り外の店よりは幾分か0が少ない、それでも恐らく彼女の年収より多い値札をつけられた刀剣類を前にすっかり怯え切っていた。
「借金は嫌ですぅう!!」
「落ち着け落ち着け。某も千鶴どのにその辺りの刀を持たせようとは思っておらん。というか、宝の持ち腐れだ」
「ほえぇ?」
よっこらせ、と腰を上げる。そのまま傘立てに差してある中から適当に一本選んで、某は中沢に差し出した。
「これでいい。彼女に合わせて誂えてやってくれ」
「へいへいっと。ほら、嬢ちゃん。ちょっと指を見せてくんなしあ。持ち手を調整するんで」
「え、えと? はい……?」
言われた通り素直に右手を差し出す千鶴どの。連日の素振りによって硬くなりつつある彼女の指を触って感触を確かめる中沢、その視線は鋭い。しばし、マッサージするように指の形を確かめた中沢は「もういいですよ」と手を離した。
「いまので大体わかりやした。すぐ整えます」
「あ、でも、お金……」
「あそこに差してるのは失敗作なんで、格安でいいですよ」
大体このぐらい、と提示された金額に千鶴どのが目を丸くする。彼女の懐具合は大体把握している、あれぐらいなら払えなくもないだろう。
「失敗作と言ってもそれなりのものだ。千鶴どのが今帯びている剣よりはよっぽど出来がいい。ああそうだ、ついでにそれも買い取ってもらえ。もっていてもしょうがない」
武器は武器でも、千鶴どのが今使っている得物は教習所でただで配っているような、ぶっちゃけ鉄の棒をそれっぽく研磨した程度の代物だ。探索者を目指す人間は誰しも一度手にするが、二度目の探索までには買い替えているような代物である。
「いいですけどね別に。あ、それとお嬢さんが試し切りにした刀、あれもタダじゃないですからね。ちゃんと払ってくださいよ」
「げ。そ、それは……その、出世払いで……」
「そういうとこまで旦那に似ないでくださいよ……。まあ、旦那はなんだかんだいってちゃんと払うからいいんですが……」
凄く、駄目人間を見るような目で見られて、某は正直ショックを受けた。
そうか……そんな風に思われていたのか、某……。そして否定できない……。
「じゃ、少し待っててくださいね。すぐできますんで」
そう言って、中沢が刀を手に店の奥へと引っ込んでいく。
それを見送った千鶴どのが、ちょこちょこちょこ、と足早に某の元にやってきた。
「師匠、それで、大丈夫ですか?」
「? 何が」
「腕です。あんな技をやって、無事じゃないと思うんですが」
じっと見つめてくる真摯な視線から逃げるように目を逸らす。だが、真っすぐな視線に居たたまれなくなって、某はしぶしぶ、袖をまくって見せた。
当然だが、無事ではすまない。
刀を握りしめていた右手は、折れたり罅が入ったりはしていないものの、炎症を起こして赤く腫れ、一回りほど指が太くなっている。さらに左腕は、抜刀の加速に用いた肘から手首にかけての広い面積の皮膚が、変色して真っ赤だ。今晩あたり、水ぶくれが出来たり皮がむけたりしそうである。
「うわあ、痛そう……。あとでちゃんと薬塗りましょうね」
「う、うむ……」
咎めるような言葉に、苦々しい思いで頷く。
全く持って情けない。ほとほと、この体の貧弱さにはうんざりさせられる。
と。
不意に、ぺたり、と千鶴どのの小さな指が、傷ついた某の両手を握った。
「……いや、そうじゃ、ないですよね。私の……ため、なんですよね」
「別に、そんな事は」
「店長さんを納得させるために、やったんですよね。私の得物の調達のために……」
呟く千鶴どのの顔色は暗い。
どうやら、某が彼女の為に怪我をしたのだと解釈し、その事に深く責任を感じているらしい。
全く。
「馬鹿弟子め」
でこぴん一閃。ぱちーん! といい音がして、彼女の頭が後ろに弾かれた。一瞬体勢を崩して、目を白黒させる千鶴どの。
「い、いた……な、何をするんですか師匠!? というか痛い、本当に痛い!? ナニコレ、私のおでこに穴開いてませんよね!?」
「きゃあきゃあ姦しいわ、馬鹿弟子め。師匠の心配するなど千年早いわ」
「ひどーい!?」
いやしかし、いい音がした。弾き甲斐のあるオデコというのはあるものだな。
そんな感じで可愛い弟子で遊んでいると、早速中沢が店の奥から戻ってきた。
「出来たぞ。試しに握ってみるがいい」
「もう出来たんですか!?」
「ああ。店の裏にきな。巻藁がたててあるからな、どれぐらいマシなのか見せてみろ」
中沢に案内された先、店の裏はちょっとした空き地になっていた。黄土色の砂利が敷き詰められた四角い敷地の真ん中には、一本の巻藁が太い丸太の上に建てられている。
巻藁とは、古くから武術の訓練に使われてきた標的である。
主に弓で射るものと、刀で斬るためのものがあり、今回用意するのは当然後者になる。どちらの用途のものも藁を硬く巻いた標的であるのは変わらないが、刀剣用のものは中に竹を巻くようになっている。これは竹の硬さが骨のそれと近いから、というのが俗説ではあるが、実際の所どうなのかは某も知らぬ。
人なんて切った事ないしな。これでも模範的で善良な日本市民だったのだ。
まあとにかく、下手な腕前、下手な切れ味の刃物で一刀両断とはいかない、という事だけ知っていればよい。
そしてその巻藁の前に、千鶴どのの姿があった。
「むむむ……」
千鶴どのは先ほどから、あつらえてもらった刀の握りを何度も確かめている。
恐らく、ぴったり合わせた握り、というものが初体験で、違和感を覚えない事に違和感を感じる、といった所か。
普通、武器は大人の男が使うのを想定しているものだ。小柄な少女である千鶴どのには、量産品の剣はいまいち握りが合わなかっただろう。そしてそれに合わせようとして、ますます握りがおかしくなっていく。
それに比べ、今の刀は中沢が彼女に合わせて調整したものだ。彼の腕前は某も保証する。きっとぴったりなはずである。違和感も、すぐに馴染むはずだ。
そして彼女の腰には、鞘もついでにぶら下げられている。中沢のサービスだ。やはり抜き身の刀を持っているだけより、ちゃんと鞘もあったほうが武士、という感じがしていい。
ぶん、ぶん、と刀を振って怪訝そうな顔をしている千鶴どのを後方腕組みで見守っていると、某の横に中沢がやってきた。彼は座り込んで麦茶らしきものをあおっており、某にもコップを差し出してくる。
「飲むか?」
「ありがたく」
たかが麦茶、されど麦茶。衛星都市ではこんなものも手に入れるのはなかなか難しい。ましてやキンキンに冷えているときた。
美味、美味。
そうやって喉を潤していると、中沢がじっと千鶴どのを見つめていた。
「あれは……お前さんが扱いたのか?」
「そうだ。聞いて驚け、あれでなんとたった二週間だ。才能というのは恐ろしいな」
「あれで?」
流石に中沢も剣士の目利きはいっぱしのものだ。千鶴どのに才能がない、などとは口が裂けてもいえまい。
一体どれだけ無能だったのだ、教習所の教官とやらは。
「どうだ。入れ込んでいた剣士がいたようだが、なんだかんだで才覚のある者はいるだろう。店をたたむのは考え直したらどうだ?」
「むぅ、いや、まだまだ。本当に実力があるかはまた別の話だ」
やれやれ、頑固な事だ。
まあいい。後は千鶴どの次第という事だな。
当の千鶴どのはそんな会話を知る由もなく、指になじむのを確かめて満足そうにうなずき、改めて巻藁へと向き直った。
果たして、千鶴どのは中沢を納得させられるかな?
難しい顔で巻藁と対面していた千鶴どの。その眉がひくり、と震えた。
動く。
「……てぇええい!!」
かわいらしい掛け声とともに千鶴どのが巻藁に駆け込む。印象とは裏腹に、腰の入った動き。教えがちゃんと体にしみ込んでいる。
そして一閃。
大の大人でも両断は難しい竹入りの巻藁を、銀の刃が一瞬ですり抜けた。
斜めに両断された巻藁が、ばらりとわかれて地に落ちる。
ころころ転がっていく巻藁の半分に視線をおくりつつ、教え通り刃を振りぬいた千鶴どのは数歩下がって刀を鞘に戻す。
うむ、残心も良し。満点だ。
「お見事!」
「……えへへへへ!」
某の評価に、千鶴どのは照れ臭そうに嬉しそうに、顔をくしゃくしゃにして笑う。
うむうむ。彼女ぐらいの年の娘は、ひねくれているより素直な方が絶対に可愛い。褒められたら素直に喜びまくるぐらいがちょうどいいのだ。
それで、だ。
某はちらり、と傍らに立つ中沢に、意味ありげな流し目を向けた。それを受けて、むぐぐ、と彼は悔しそうに歯噛みした。
「……お見事」
「そうだろうそうだろう。んふふふ」
あくまで素人の範疇での話だが、どうやら千鶴どのはお眼鏡に適ったようだ。
とててて、と走ってきて某の横に並ぶ千鶴どの。キラキラと期待に輝く視線が、中沢をじっと見つめている。うっ、と彼はその視線の圧力に呻く。
「あー……うん。どうやら、それなりにまあ、やれるみたいだな。いいだろう、格安で刀を売ってやる」
「本当ですか!?」
やっと折れたか。そして、刀とはメンテナンスがかかせないもの。刀を売ってはい御仕舞、ではなく、その後の手入れも含めて商売だ。これで刀だけ売って店じまい、なんていういい加減な真似をする男ではないのはよく知っている。
店じまいするとか言い出した時はどうなる事かと思ったが、これで何とかなりそうだ。あとはそのうち頃合いを見て、軽い刀の製作を依頼すれば、某も……。
「ただし条件がある。柏木お嬢ちゃんのやってる配信、あれにうちの店をスポンサーにさせてくれ」
「え?」
「は?」
何だか予想外の方向に話が転がって行って二人そろって目を丸くする。
え、お前、配信とか興味があった口なの?
「実はな。そもそも店畳む前から、客が少なすぎて経営が厳しくてな……。このまま店を続けるなら、何かしら対策を考えなきゃならん。なんか顔に見覚えがあるような気がしていたが、柏木お嬢ちゃん、配信者なんだろ? うちの店をスポンサーという事で宣伝してくれれば、そっちは割引で武器が変える、こっちは商品の宣伝も出来る、お互いいいとこどりだ。悪い考えじゃないと思うが」
「え、えと、それは有難い話なんですが、え、私の顔を知ってる? 私の配信なんて常連たった7人の超零細チャンネルですよ!?」
「その口ぶりだと、その七人の一人……という訳でもないようだな。どこで知った?」
正直いって、千鶴どのの配信は人気が無い。見向きもされていないと言った方が正しい。何故、そんな配信にスポンサーになる事が、中沢の利益になるのか。というか、そもそもどこで千鶴どのが配信をやっているという事を知ったのか?
某も理由がわからず首をかしげる。
と、中沢は千鶴どのの様子を見て、何か納得したようにうなずいた。
「ああ……そういう事か。帰ったら登録者数とか確認するといい。それで、どうだ? この話、受け入れるか?」
「なんだかわかりませんが、勿論です! これからもよろしくお願いします!」
ぴょん、と跳ねるようにして近づき、中沢と握手を交わす千鶴どの。妙な事になったが、まあ、千鶴どのの為になるのならそれでよかろう。
そして、その日の夜。
晩御飯のご相伴にあずかり、せめてもの例として食器を洗っていると、二階から階段を駆け下りてくる騒々しい音が家に響いた。
途中で足を踏み外したのかと思うような猛烈な勢いの足音に、別の部屋で洗濯物をたたんでいる刹那どのが怒鳴り声をあげる。
「千鶴、やかましいわよ!」
「ご、ごめんなさいおばさーん! し、しし、師匠! これを見てください!!」
「んー?」
ただいま某は手が泡塗れである。それを見てか、千鶴どのが差し出していた端末の画面を首を伸ばして確認する。
それは千鶴どのの動画配信のプロフィール画面。7つほど並んでいる動画の一覧がこれまでの彼女のけなげな努力を象徴しているように見える。
某の記憶だと、それぞれの再生数は30ちょいあれば多い方。お気に入り登録者数も、10人より多い程度、という有様だったはずだ。
だが……。
「……登録者数、500人以上!? 動画再生数も三桁をこえている、だと?」
「は、はい! それも師匠が撮ってくださった最新の録画配信、そろそろ四桁に届きそうです! な、何が起きてるんでしょう、これ! 怖いですぅ!!」
饅頭怖い、ではなく本気でビビってる様子の千鶴どの。実際某も目が点である。
一体何が起きているのか。中沢が言っていたのはこの事だったのか。
「しかし何が理由で……そうだ、メッセージとか送られていないか? きっかけがあるならそれでわかるかもしれん」
「はっ、そうです! メッセージ、メッセージ!!」
そして、20だの30だのと見たことのない数字が点灯するメッセージボックスを開くと、そこには……。
<ゲロラップから来ました>
<ゲロMADを見てきました。ここが本場ですよね?>
<げらっぷげらっぷ>
<モンスターのレアドロップについてもっと詳しく>
とまあ、そんな感じの文言が並んでいた。
いくつか、まともな動機も並んでいるが、八割ぐらいはあれだ。もはや千鶴どののトラウマになっている、あの動画がきっかけらしい。
動画自体は、運営に問い合わせて消したんだがな……。ネット上で無限増殖してるようである。
いたたまれない気持ちで、千鶴どのの方を見る。
彼女は、感情が完全に消えうせた顔で、端末の画面を見下ろしていた。いつも好奇心と感情にきらめいている黒真珠のような瞳が、今はそこらに転がる石ころのようだ。
「…………」
「その、千鶴どの? あまり、気にしない方が」
「……します」
小さなつぶやき。聞き損ねて首をかしげる某の前で、千鶴どのが画面を操作する。
プロフィール、設定から一番下……。
退会処理。
「ちょ、千鶴どの!?」
「消しますぅ!!! ぜんぶ、ぜんぶけしますぅううう! そして私もきえますぅうううう!!」
自分の動画を消すのみに終わらず、そのまま腹を切りそうな千鶴どのを慌てて取り押さえにかかる。だが悲しいかな、素の力では某では千鶴どのを抑えられぬ。
それでも本来これだけの実力差があれば、合気でもって抑え込む事は簡単なハズなのだが某も動揺しているのかうまく決まらぬ。
単純に筋力さで押し切られそうになった某は、大慌てで刹那どのの救援を希う事になった。
「ちょ、お、落ち着け! 気を確かに……せ、刹那どのぉおお! 千鶴どの、千鶴どのが錯乱した!! 取り押さえるのを手伝ってくれぇええ!!」
もみ合っている最中、からんころん、と端末が我らの手から離れて床に転がる。
画面にまた一つ、ぴこん、とメッセージが送られてきた。
<虹色動画から来ました>
「うわあああんーーー! 私、このまま一生レインボーネタで擦られるの、嫌ですぅうううう!!」
「案外ずうずうしいなおぬし……」
こんなもん、数週間もたてば忘れられるとは思うが。
刹那どのが走ってくる足音に、某はやれやれ、と深いため息をついた。
先が思いやられる。全く。