TS女剣士は刀を振る 作:砕け竹光
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特異点湧出現象、通称ダンジョンの発生によって、現代文明は一度崩壊した。
その中で、とある島国は特殊な装置によって、一定範囲におけるダンジョンの出現確率を極限まで抑え込む事に成功する。
しかし、妨害装置はその範囲に含まれないため、装置を守る為の拠点が作られた。
人口密集地帯に引き寄せられるというダンジョンの特性を利用する事で妨害装置を守る衛星都市。逆説的に、そこに住まう者達はダンジョンと隣り合わせで生きる事となる。
ある日、マンションの隣の部屋がダンジョンになっているかもしれない。
ある日、商店街の真ん中がダンジョンになるかもしれない。
そんな極限状況を強いられる生活に、しかし人々は名誉を、栄光を、成功を求めてやってくる。
そこは衛星都市。
平和からは程遠い、人類防衛の最果てである。
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「そ、その。すいません、いきなりこんな事言われて訳わかめだと思うんですけども……その、つい、これだーって感情が高ぶっちゃって……」
唐突な出会い、唐突な土下座。
混乱に硬直した場において、先に動いたのは某の方だった。
見ず知らずの相手に頭を下げられては逆に気持ちが悪い。
なんとかとりなして女子を立ち上がらせると、某はぱたぱたと手で袖や、額についた汚れを落としてやる。ああもう、こんなに汚れてしまって。
「全く。何なんだいきなり。びっくりしたではないか」
「えへへへ……」
誤魔化すように愛想笑いをする少女。
某は一つ溜息を吐いて、話を仕切りなおす事とした。
思えば、これも彼女の話術の一環だったのかもしれない。少なくとも、ここで彼女から話も聞かずほっぽりだしてどこかへ行く気は、某からはすっかり消え失せていた。
「まずは自己紹介と行こう。某は山田……山田……とりあえず山田と呼んでくれ。君は?」
「柏木千鶴と申します!! 師匠!!」
しまった。少なくとも役所に山田彦三郎である事を認められなかったのだから、このまま名乗る訳にはいかない。
咄嗟に良い考えが思いつかなかった某は、無理やり苗字だけで押し通す事にしたが、少女はそこに何の不信も抱かなかったようだ。呑気にフルネームを名乗り返すその警戒心の無さ、かえって心配になるというものだ。
あと気が早い。
「柏木千鶴どのだな。あと某はまだ君の師匠になった覚えはない、気が早い」
「はい、すいませんでした、師匠!!」
「…………(深いため息)。で、それで、なんだ? 師匠というのは。某と君にはこれまで面識がなかったはずだが」
そもそも面識も何も某がこの姿になってから一日も経っていない。そんな短い時間で、このような少女に懐かれるような事をした覚えはないのだが。
しかし某の戸惑いをよそに、千鶴どのはキラキラとした視線を某に向けてきた。強い憧憬と感心の視線、背中に犬の尻尾があれば千切れんばかりに振り回されていたのは違いない。
「はい! その、実は、師匠が怖いおじさん達に後をつけられているのに気が付いて、助けようと思って様子をうかがっていたんです! そしたら、師匠とおじさん達が争い始めて、怖くなって物陰から様子をうかがっていたのですが……」
「ふむ」
なんと。そんな前からつけられていたのか、気が付かなかった。
どうやら感覚そのものも大分衰えていると再評価した方がよさそうだ。彼女に敵意が無かったから良いものの、ダンジョン内部でもこれでは命にかかわる。
「それで?」
「わ、私、感動しちゃました! どう見たって体格的に劣っているのに、鉄パイプ一本で、おじさん達をいなして放り投げたり、地面に叩きつけられたり! 最後に後ろから組み付かれた時は駄目かと思って助けに入ろうとしたんですけど、その前になんか脱出しておじさんを打ちのめしてましたよね!? あれ、どうやったんですか!?」
「たいした事はしてない。肘を打って手放させただけだ」
「すごーーーーいい!!!」
歓声を上げて顔を寄せてくる千鶴どの。その目には感嘆と好奇心が煌めいていて、まるで満天の星空のようだ。
「はっ、そうじゃない。それで、それでですね! 私、探索者初めて数か月なんですけど、いろんな講習を受けても、いまいち成果が上がらなくて……。同期からは、「お前は荒事に向いてない」なんて言われちゃって……そうなのか、と思ってたんですけど……。その、師匠が戦う姿を見て、凄いな、と思って! 私もあんなふうに、体格差をものともせず戦えるようになれたら、って思って!!」
「それで師匠、と」
「はい!!!」
こくこくこく、と頷き返してくる千鶴どの。
成程、事情は分かった。外からはそんな風に見えていたのか……。
某からすると、あの程度の男相手に息を切らすなど恥でしかないが、確かに、客観的に見れば枯れ枝のような女子と屈強な男子。本来であれば、どちらに軍配が上がるかなど考えるまでもない。
つまり、千鶴どのは、某の鍛えた武芸に惚れ込んで、弟子入りを志願してきた、という事になる。
「……ふむ」
その事を理解した某の胸に、何か、暖かな感慨がよぎる。
こんな体になって、まともに刀を振る事も出来ず、もう御先真っ暗かと思っていたが……そうか。そのような言葉をかけられる事があるとは、想像だにしていなかった。
ちらり、と千鶴どのの肢体に目を向ける。
骨も肉も軽く貧弱な今の某と違い、千鶴どのはいかにも運動に適した、発展途上の女子の肢体をしている。
友人の娘が育つ過程を見てきたからこそ言える、この娘は伸びる余地がある。適切な訓練、適切な指導があれば、平和な時分であれば陸上分野で大きな大会を狙えたかもしれぬ。
その才覚を、某の思うように伸ばしてよい。
それは、どうにも蠱惑的な誘いのように感じられた。
おかしな事だ、老境に差し掛かっても後継者を作ろうとか、武芸を引き継ごうだとか、微塵も思わなかった某が、今更師匠だなどと。
こうしてまともに刀も振るえぬ躰になった事で、改めてそう思うようになるだなど、なんというか現金な話ではある。
そこまで考えて、某ははっとして頭を振った。
気持ちが先走りすぎである。
「よかろう。某程度の技術であれば、千鶴どのに教授する事に聊かの躊躇いもない。しかしいいのか? 某は師匠も持たぬ我流故、師として教え導くに値するかも断言しかねる。弟子を募っている探索者など、いくらでもいるのでは?」
「いいえ! 確かに、道場を開いている探索者はたくさんいますが、それと比べても師匠は段違いに凄かったです! 間違いないです!」
そっと千鶴どのが某の指を取る。
密かに某は驚愕した。別に彼女を警戒していた訳ではないが、そこまで気を許した訳でもない。
にもかかわらず容易く某の手を取るとは。やはり、一角の才能を彼女からは感じられる。
同期というのはよほどに見る目が無いようだ。
「こんな、握ったら折れそうなマッチ棒みたいな指で、倍以上のある体格の大人を軽々と投げ飛ばし、叩き伏せる師匠の姿に、私は感激したんです! 私、ちょっと事情があって衛星都市にやってきて探索者やってまして。それで探索者やってると、女なんかに、ってなめられる事も多いんですけど! だから、貴方みたいになりたいって……あ、あれ? 師匠? 私、何か失礼なことを……?」
「い、い、いや、なんでも、なんでもない……」
ま、マッチ棒。マッチ棒と来たか。
いくらなんでもそこまでは……そこまでは、無い、よね??
い、いや、それは今気にする事ではない。千鶴どのの気持ちは十分、伝わった。
「よかろう、千鶴どのの気概、某に十二分に伝わった! むしろ是非とも、某の技術、貴殿に教授させて頂きたい! だが、まあ、その前に……」
「やったぁ! って、え?」
「場所を、かえよう。入り組んだ話をするには、ここはちょっと……」
そう。
ここは裏道の一角で、なおかつ足元には今だ男達が倒れている。彼らがいつ意識を取り戻すか分からないし、何なら周囲には聞き耳を立てているものもいるだろう。
とりあえずは安全な場所へ。細かい話は、そこからでも遅くない。
自分の気持ちが走りすぎていた事をあらためて自覚したのか、千鶴どのが耳まで真っ赤に茹で上がる。ま、まあ、某も似たようなものだが……。
「は、はい……。その、私の家まで、案内します……どうぞ……」
「う、うむ。痛み入る……よろしく……」
そのまま某と千鶴どので、こそこそとその場を後にするのであった。
しまらないなぁ。
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