TS女剣士は刀を振る 作:砕け竹光
「こ、こちらへどうぞ……」
そういって千鶴どのが案内したのは、衛星街の外れの方にある住宅街だった。ある程度の距離を空けて家々が立ち並ぶ様は、実態以上に閑散として感じられる。
「ひなびた所で申し訳ないです……」
「何。人口の密集は危険なのだから仕方あるまい。して、あれが?」
「そうです、我が家です! 今はおばさんと二人暮らししています」
指さした先には、他と似たような賃貸住宅。中から灯る灯で、窓がオレンジ色に煌めいている。帰宅するものを迎え入れるかのように外灯が灯された門戸に、スキップするような足取りで千鶴殿は手をかけた。
「おばさーん、ただいまー!」
快活な呼び声が玄関に響いて数秒後。奥の方から、どたどたどた、と人の走る音が近づいてくる。
やがて玄関に通じる内戸をばあん、と開いて、40代半ばとみられる女性が顔を出した。
「千鶴! ああもう、この子ったら! 遅くなりそうなときは事前に言いなさいとあれだけいったのに!! おかえりなさい、けど何時だと思ってるの!!」
「えへへへ、ごめんなさい~」
姿を見せたのは、少し痩せ気味の黒髪の女性だ。毛糸のポンチョを羽織った彼女は、口では厳しく千鶴どのを注意しながらも、優しくしっかりと少女の細い肩を抱きしめた。
千鶴どのも、その抱擁を受けてて無邪気に頬を緩めている。
良い関係なのだな。おばさん、と聞いていたが、まだ若い母親と娘にしか見えない。
「……あら?」
「夜分遅くに失礼する。某、山田織姫と申す者です」
と、一しきり抱擁した所で、おばさんどのが某の存在に気が付いた。
訝し気な視線に、大仰に頭を下げる。……織姫というのは、ついさっき思いついた偽名だ。
“彦”三郎なのだから、その対になるなら織姫だろうという安直な発想だが。さて。
「そこの千鶴どのに誘われまして、夜分失礼する」
「まあ。まあまあまあまあ! 千鶴、遅いだけでは飽き足らず、お客様を連れてくるなんてなおさらちゃんと伝えておかないと駄目でしょう!? ああもう、すいませんね、この子、昔っからそそっかしくて! もてなすようなものもありませんが、ささ、どうぞ。上に上がってください」
「む、むぅ。かたじけない」
まさかの無警戒受け入れである。
え、大丈夫か? と困惑しつつも、玄関で長々と話をする訳にもいかないのもまた事実。千鶴どのが靴を脱ぎ散らかして上がっていく横で、履物をそろえて玄関に並べる。
ついでに転がっている靴もそろえておこう。
「し、失礼する」
「ええはい、どうぞ、いらっしゃいませ」
何がそんなに嬉しいのか、にこにこと笑うおばさんどのの歓迎を受けて、某は家の奥へと進んだ。
◆◆
案内されたのは、普段二人が過ごしているであろうリビングだった。黒く変色した古い木のテーブルを挟んで、千鶴どのとおばさんどの、そして某、二対一で向かい合う。
「ご紹介が遅れて申し訳ありません。私は柏木刹那、この子のおばです。千鶴の母親が私の姉になりますね」
「はい! そして私が柏木千鶴です、師匠!!」
「う、うむ。改めて、山田織姫だ。よろしく頼む」
他人の家に上がり込むなんて何十年ぶりだ、それもついさっき顔を合わせたばかりの相手に。うぅ、緊張する。
それに考えてみれば、それこそ某は人の家に上がるような恰好ではない。今は見すぼらしい女の姿で、装束だって汚らしい。
なんだか恥ずかしくなってきた、刹那どのに某は一体どのように見えているのだろう。
そわそわしていると、まず動いたのは刹那どのからだった。彼女は従妹に視線を向けると、まずこの状況の詰問を始めた。
「それで。色々聞きたい事はあるんだけど、まず師匠って何? 千鶴」
「師匠は師匠です! って、あいたたたた、おばさん、ぐりぐりはやめて、痛い、ちょ、師匠の前で……いだだだだだだだ?!」
「その、何事も、勢いで誤魔化そうとするのやめなさいって! いってるでしょう!?」
探索者の少女を抑え込んで折檻する刹那どの。
「仲がよろしくて結構、結構」
「っと、うう゛ん。ほほ、お恥ずかしい所を……。そ、それで、本日はどのようなご用事で? もしかしてうちのバカ娘が何かご迷惑を……?」
「そんなんじゃないですよぅ! 師匠は師匠になっていただいたのです!!」
頭を抱えながらも、元気よく右手を挙手してみせる千鶴どの。一方、そんな娘の姿を見る刹那どのは、感情の消えた白い視線だ。
「……千鶴?」
「まあ、まってください、刹那どの。千鶴どのが仰っている事は決して妄言ではなくてだな……」
多分このまま流れに任せていると彼女の頭蓋骨が粉砕されてしまう。
とりあえずは千鶴どのと出会ってからここまでの経緯を簡単に説明する。
勿論、某が呪いを受けて女体化したあたりは割愛。信じてもらえるか怪しい上に話がややこしくなりすぎる。
とりあえず、他所の衛星都市から流れてきた、という事にしておく。
それ以外はおおむね事実をそのまま。嘘というのは、真実と組み合わせてこそである。
「まあ、まあ、そんな事が……。この娘がどうもすいませんねえ……」
「いや。正直言うと某は嬉しかった。これまで鍛えてきた武芸、人に託す等という事を、考えた事など無かったのでな。むしろ、千鶴どのの見込みに適うかどうかという方が某としては心配である」
「いえいえ。この娘ったら、まともに喧嘩もしたことないのに探索者になんかなって、心配していたんですよ。その筋に覚えのある方にご指導いただけるなら、幸いですわあ」
どうやら、刹那どのは某の話に一定の理解を示してくれたご様子。勿論、傍目からは歓迎しているようで実は……という事もあり得るが、普通に考えてそちらの方がありがたい。
あまり初対面で信用されるのもそれはそれで心配だ。
一方、千鶴どのは某と刹那どのの話を横で聞いてニコニコしている。
「これで名実共に師匠は師匠ですね! じゃあ早速ご指導ご鞭撻のほどを……」
「馬鹿おっしゃい、今何時だと思ってるの。明日にしなさい、明日に」
「えーー」
やる気が満ち溢れているところを掣肘されて不満げな千鶴どの。
しかし、正直もう外も暗い。某としても、これから一夜を過ごす場所を探さねばならないし、申し訳ないが今日はここまでである。
「いや、刹那どのの仰る通りである。こう暗くては、目の届かぬ所も出てこよう。また明日、早朝にまた訪問させていただく。それでは、某はこれで」
「あらまあ、ちょっとお待ちくださいな山田さん。こんな時間におひとりで帰らせるなんてできません、今日は是非うちに泊まっていってください」
思わぬ申し出に某は目を丸くする。
正直有難くはあるが、しかし、いくらなんでもそれは甘えすぎというか……。
「! それがいいです師匠! 一緒のベッドで寝ましょう!!」
「い、いや、それには及ばぬというか……あ、ちょっと、その」
「お風呂はこっちですー!」
有無を言わさず手を引っ張る千鶴どのに連れられて風呂場に連行される某。困ったように振り返る某を、刹那どのがにこやかな笑みで送り出していた。
◆◆
かぽーん。
風呂桶を置く音が、狭い浴室に響いている。
体を丸めるようにして湯舟にゆっくりと使った某は、じんわりと骨身に沁みる湯の暖かさに目を細めた。
ちらり、と横を見ると、千鶴どのがわしわしと体を洗っている。そっと視線を逸らし天井を見やる。
いや、一人で入るつもりだったのだが、千鶴どのの勢いに押し負けた。これで正体を言い出せぬ理由がまた一つ増えてしまった。うぬぅ。
しかし、やはり湯は良い。
「ふぅ……極楽、極楽」
「はははは、師匠、なんかおじいちゃんみたいですよー」
何がおかしいのかけらけら笑う千鶴どのだが、実際の所真実お爺さんなのだから仕方あるまい。
しかし、今日は色々あった。
思い返せば、緊急要請を受けて出撃し、急性ダンジョンスフィアに突入、そこで主の悪魔と遭遇して相打ち、気が付けば女体に。そこからさらに役所で詰められたりと、まあ本当に目まぐるしい一日だった。
挙句、その日の終わりに見知らぬ人の家で風呂に入っている。昨日の某に、お前の明日はこうなるぞ、と教えた所で鼻で笑い飛ばすであろうに違いない。
一日あれば人生は変えられるというが、それを悪い意味で身をもって思い知る日が来ようとは。
ちゃぷ、と両手でお湯を弄ぶ。白い肌の上を滑るように湯が流れていき、最後には弾くようにして湯が切れる。がさがさに乾き朽ちた、じっとりとぬめる老体の肌とはまるで違う。
本当に、若返ってしまったのか。
「…………。……どうした?」
「あ、いえ」
じっと自分の手を見つめていると、横から視線を感じる。振り返ると、千鶴どのが何やらじっと某を見つめていた。何でもない、といいつつ、吸いつくような視線が注がれている。その視線を辿って、某は自分の胸元を見下ろした。
そこには、水面にぷかぷか浮かぶ脂肪の塊が二つ。
「おぉ」
「そ、その、ほんとごめんなさい。噂には聞いてたんだけど、本当に浮くんだって……」
「そのようだな」
無駄に大きく肥え太った乳房を、下から救い上げるように持ち上げてみる。
ぼよよん、と弾む胸を見下ろしていると、そっと横で千鶴どのが視線を逸らすのを感じた。
「うっ……」
何やら自分の胸元を見下ろして考え込むような仕草。ふむ。
「……こう言われても納得はできんかもしれんが、人それぞれ、体格に見合った適切なサイズがあるものだと、某は考える」
「あ、いや、その……」
「大事なのは大きさではない、形だ。某のように胸ばかり大きくても、バランスはおかしくなるし弾んで痛いし、シルエットは不細工だし……。とはいえ、隣の芝は青いものだ。こう言っても皮肉に聞こえるやもしれんな」
人には人の美点というものがある。
千鶴どのも、小さい訳ではないし体格に見合った美乳という奴だが、それを直接言うのはハラスメントという奴であろうしなあ。
それはそれとして、邪魔なのは本当だ。
上半身を振り回されてバランスが取れないし、腕を構えるのに邪魔だし、それでいて感覚だけは鋭敏だし。
先ほどの悪漢との悶着も、ここまで胸がデカくなければもうちょっと立ち回りも楽だったのだが。
「某としてはいっそ切り落としてしまいたいが……」
「ちょちょちょちょ、ちょっとそれは駄目です!! わかりました、ちっぱいで納得しますから、師匠は無茶な事を言わないでくださいぃ~~!?」
顔を真っ青にして静止してくる千鶴どの。軽い冗談だったが、うん、そうとは取られなかったようだ。ジョークというのは難しい。
「心配するな、ほんのジョークだ」
「冗談にはちょっと聞こえなかったんですけど……?」
「はははは」
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