TS女剣士は刀を振る   作:砕け竹光

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TS女剣士は刀を振りたい その4

 

 一悶着解決して庭に出ると、すでに太陽は山から顔を上げ、気温が上がり始めている所だった。

 

「ふむ。すこし遅くなってしまったな。さっそく稽古を始めよう」

 

「それは……いいんですが……師匠はそれでよいので……?」

 

「うむ?」

 

 軽く柔軟体操をする某に、訝し気な視線を向けてくる千鶴どの。

 

 まあ、言いたい事は分かるが、気にしても仕方あるまい。

 

 今現在、某は刹那どのからお借りしている装束に袖を通している。どうも、最初から探索者装備として作ったのではなく、所謂コスプレ、というものらしい。

 

 何かのゲームのキャラクターを参考にしたらしいこの衣装は、背中が大胆に解放されており、背骨や肩甲骨が丸見えである。おかげで、某の背中に刻まれた呪いの文様を隠す事はなく、拒絶の影響を受けてはいない。

 

 とはいえ、そのような事情を知らぬ者からすれば、随分と奇矯な格好に見えるのは事実。

 

 平和な時分であれば痴女の謗りを受けても文句は言えない恰好ではある。

 

「そうはいうが、半身裸でうろつく訳にもいくまい?」

 

「それは……そうなんですが……っ」

 

「某としては胸の支えもあるし、非常に助かる。なんでこんな衣装があったのかは謎だが、まあ人に歴史ありだ。職人が、たまに変なものに手を染める事は多々ある事ゆえ」

 

 デザイン的にもともと普通のブラジャーをつけられないせいか、胸元の衣装の裏地に胸の支えがあるのは非常に助かった。最初はちょっとサイズが合わなくて難儀したが、流石本職、ぱぱっと直してくれた。

 

 少なくとも、雑巾判定を受けるような襤褸の着物を着ているよりはあらゆる意味でずっとましだ。

 

「うぅ……師匠、ちょっと割り切り方が男らしすぎません?」

 

「ははははは。それより、時間がもったいない。刹那どののご厚意に応える為にも、稽古を始めよう。まずは千鶴どの、何も考えずに素振りを見せてくれ。それを見て判断しよう」

 

「は、はいっ!」

 

 某の指示に、緊張気味に応える千鶴どの。彼女は訓練用の木刀を手に構えを取る。

 

 見た所、木刀はかなり使い込まれているのが伺える。彼女がどれだけ真剣に訓練に打ちこんできたかが伺える。だが……。

 

「せいっ! てやっ! せいっ!」

 

「…………むぅ」

 

 見事なまでの素人剣術。下半身も上半身も使っていないへっぴり腰。腕の力だけで木刀を振り回している。

 

 へにょん、へにょん、と振り回される木刀の切っ先からは、風切り音も聞こえてこない。これはなかなか……。

 

「ストップ。よくわかった」

 

「は、はい」

 

「一つ確認だ。最近の教習所は、刀の振り方を教えないのか?」

 

 基本的にダンジョン内では近接武器の類が主力となる。異界法則が支配するダンジョン内では、銃火器……というか火薬が使用できないからだ。

 

 故に、原始的な近接武器が戦いの主力となる。

 

「ええと。武器の扱いは軽く教わりましたね。手入れの方法とかも。何か変でした?」

 

「いや……」

 

 指導をうけてこれか。もしかしなくても教習員のレベルが果てしなく低いのか?

 

「どうでしょう? もしかして才能があったりします??」

 

「逆にどこからどう指導しようか頭を抱えているところだな」

 

「がぁーん!?」

 

 いやホントにね。基礎の基礎の基礎から教え込まないと駄目か?

 

 流石にそんな余裕はないだろう。とりあえず、まずはフォームの矯正か?

 

「よし。とりあえずそこに立ってくれ。文字通り、手取り足取り教えよう」

 

「え……きゃひん!?」

 

「む。胸が邪魔だな」

 

 千鶴どのの背後に立ち、両腕に手を伸ばす……が体格が小さくなった事に加え、無駄に大きな胸がどうしてもつっかえる。彼女の背中にぎゅうぎゅう胸を押し付けるようにする事で、ようやく彼女の両腕に指が届く。

 

「ぴ、ぴぇ……」

 

「おっと。もしかして、金具が何かが押し付けられて痛かったりするか? すまないな、不細工な胸で」

 

「ぜ、ぜんぜんだいじょうぶです! お、おかいまいなくぅ!!」

 

 それならいいのだが。

 

 やたらガチガチになってしまった千鶴どのに出来るだけ体を寄せて、某はまずフォームの矯正を始めた。

 

「足はこう。腰はこんな感じで、背筋はまっすぐ。顎は軽く引いて……そう、そんな感じ。よくできてる」

 

「はひぃ……」

 

「こら、すぐに戻ったら駄目だぞ。もうちょっと肩の力を抜いて」

 

 両腕でちょこちょこ押さえて、姿勢を正す。ぴしりと背中をのばさせると、某は木刀を握りしめたままの彼女の手の甲を優しく両手で包み込み、耳元に出来るだけ優しく語り掛けた。

 

「握りはもうちょっと浅く。強く握るんじゃない、しっかり握るんだ。そう、良い感じ。必要以上の力は要らない、分かるか?」

 

「ぴ、ぴゃい」

 

「いい子だ」

 

 やはり、なんだかんだ筋は良い。きちんと教えれば、真綿のように吸収してくれるのは、指導者としては喜ばしい。それはそれとして、なんだかちょっと反応がさっきから上の空だが……いう事はちゃんと聞こえているようなのでまあいいか。

 

「いいか。腕の力だけで武器を振ってもたかが知れている。下半身の動き、上半身の動き、骨と筋肉の連動、重心の移動。武器を振る、というのは全身運動なんだ。そうでなければ、脆弱な人間の体では大した威力は出ない」

 

「は、はい」

 

「大事なのは、きちんとしたフォームで、正しく武器を振るう事だ。今から某の言う通りに、ゆっくり、ゆっくりでいい、武器を振るんだ」

 

 彼女の体に指を這わせて指示しながら、たっぷり30秒ほどかけて一つ、素振りをする。それを、数回繰り返す。

 

「ふ、ふぅ……」

 

 それだけで、忽ち千鶴どのの額に汗が浮いてくる。

 

 それは決して、彼女の体力がない事を示す訳ではない。むしろその逆、きちんと言われた通りに全身を使って武器を振っている証拠だ。

 

 俄かに上昇を始めた彼女の体温を感じながら、適宜彼女のフォームを矯正する。

 

「いいぞ。大事なのは、筋肉と骨の連動を、身体にしっかり覚え込ませる事だ。実戦では考えて振っている猶予はない。普段からしっかり、確実に出来るよう練習しておくのが肝要だ。いいか、素振りの数やかけた時間が大事なのではない、正しいフォームをしっかり覚えるのが大事だ」

 

「正しい、フォームを……」

 

 少しずつ、千鶴どのの素振りが正確さを増していく。先ほどまでふらついていた木刀の切っ先が、今は時計の振り子のようだ。

 

 たっぷり10秒ほどかけて振り下ろし、そして戻す。

 

 文字通り手取り足取りフォームを正す必要はもうなさそうだ。某は彼女の背中から離れ、横から全身を観察する。

 

「いいぞ。勢いで誤魔化してはいけない。このままのペースで、100回ほど振ってみよう。正しいフォームを崩さないように」

 

「はい、師匠!」

 

 それからもう、ひたすら素振りだ。適宜フォームが崩れたところを指摘しながら、その度に最初からやり直させる。

 

「はい、そこ、肩甲骨からちゃんと動いていない。また最初から!」

 

「はいぃ……!」

 

 結構厳しい事を言っていると思うが、千鶴どのはへこたれずにちゃんと支持に従う。

 

 そんなこんなで、彼女の素振りが100を数えた時、ちょうど太陽は天頂に差し掛かる一歩手前だった。

 

「99……100! 師匠、100回素振り、できました!!」

 

「うむ」

 

 やはり筋がいい。が、それを素直に顔に出さないようにして、某はいかめしく頷いた。

 

「よろしい。少し休憩にしよう……む?」

 

 と、そこで人の気配を感じ取って某は振り返る。そこにはちょうど、家の玄関から顔を出す刹那どのの姿があった。

 

「あ、おばさん!」

 

「うふふ、練習ご苦労様。お昼の時間ですよ、山田さんもどうぞ」

 

「わぁい! そういえばおなかペコペコです!」

 

 木刀をその場に投げ捨てて、ぴゅいん、と家に戻っていく千鶴どの。正直修行者としてなってないが、彼女は別に某の門下生という訳でもない。あまり厳しく言うのは筋が違うだろう。

 

 苦笑しつつ木刀を拾い上げる。

 

 だが何気なく拾い上げた木刀のその重さに、指が軋む感覚に、某は思わず動きを止めた。

 

 重く。固く。太い。

 

「……」

 

「山田さん?」

 

「ああ、いえ。なんでもない。ご相伴にあずかるとしよう」

 

 某は木刀を玄関の傘立てに放り込むと、一礼して柏木邸にお邪魔した。

 

 

 

 本日の昼食は、たくさんの握り飯とみそ汁であった。

 

 朝、分量を間違えたというのは事実であったようで、昼の味噌汁はちょっと薄目だ。

 

 汗を流した千鶴どのには、これぐらいの薄さで量を取った方が水分と塩分補給になるだろう。

 

 彼女は口いっぱいに握り飯をほおばり、それを味噌汁でガンガン流し込んでいる。若いというのはいい、良い食べっぷりだ。

 

 その傍らで、某も少しずつ握り飯をほおばっている。あむあむ。

 

「ふふふ、たくさん食べてねー。まだまだあるから!」

 

「かたじけない」

 

 ご馳走になるからには、米一粒残さず、丁重に頂くのが礼儀だ。

 

「この代金は、必ずお返しいたす」

 

「いいのよ、千鶴に修行つけてくれたお礼だと思って! ちょっと見てたけど、本格的なのねえ。素人でも素振りが力強いのがわかっちゃった」

 

「そうなんですよ!! 師匠の教えに従ったら、木刀がぶんっ、て!」

 

 こらこら、口に米を詰め込んだまましゃべるな。米粒が飛び散る、もったいない。

 

 指先で飛び散った米つぶを受け止めて、手のひらでまとめる。全く、食べ物を粗末にするんじゃない。

 

「え、あれ? 今……」

 

「千鶴どのに教えているのは、基礎の基礎、ただまっすぐ刀を振り上げて振り下ろす、それだけだ。それだけでも、知っていると知らないとでは攻撃力に雲泥の差が生じるが、武芸者としてはようやくハイハイが始まるどころか、産声を上げた程度の事。あまり図に乗らないように」

 

「は、はい……」

 

 ? なんか妙におとなしいな。さっきまでのはしゃぎようはどうしたのだ?

 

 まあいい、物分かりが良いに越したことはない。

 

「昼からは、さっきの続きだ。引き続き素振りの修行をする」

 

「了解しました、師匠!!」

 

 

 

 

 




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