TS女剣士は刀を振る 作:砕け竹光
さて。昼食をはさんだことで、千鶴どのの動きがどうなっていたか。
ただ考えもなしに振っていた場合、休憩をはさむと動きはリセットされてしまう事が多い。逆にちゃんと考えて振り、その上で難儀していたのなら、休憩を挟むことで余計な考えが消え、一気に進歩する事もある。
千鶴どのは後者だったようだ。
「1! 2! 3!」
彼女が木刀を振る度に、ぶん、ぶんっ、と景気の良い音がする。腰の入った重々しい音。たとえ木刀であっても、確かな威力を感じさせる。
フォームの乱れもない。しっかりと足を踏ん張り、有機的に肉体を連動させ、体全体で振っている。
「そうだ、いいぞ。その調子だ」
「えへへ、はい!!」
某の言葉に頬を緩めながらも、気を抜くことなく素振りを続ける千鶴どの。某はうむ、とうなずきつつも、そっと彼女に感づかれないように背後へと回り込んだ。地面に転がっていた木の破片……家を組んだ時の木材の欠片か何か……を手にして、彼女の真後ろに回る。
「12! 13! 14!」
「……よし。千鶴どの、防げ!」
「え?」
某の声に千鶴どのがしっかり反応したのを確認してから、木片をゆるく投げつける。
木刀を手にしたまま振り返った千鶴どの。彼女は振り返るや否や自分に向かって飛んでくる木片を目にし、それを教えた通りの太刀筋で迎撃した。
空中で、木片がぱかっと二つに分かれる。
二つに分かれて飛び散る木片の間で、木刀を振り切った千鶴どのが残心の構えを取っていた。
「よしよし。まずは及第点か」
「……もう! なんですか師匠、吃驚したじゃないですか!」
「はははは、すまんすまん」
某は平謝りしながら、砕けた木片を拾って千鶴どのに見せた。
「うむ、しかし見事な太刀筋だった。見てみろ、木刀なのに綺麗に真っ二つだ」
「あ、ほんとだ。すごーい。……これを私が?」
目を丸くする千鶴どの。ふふふ。
「すごいだろう、これが武というものだ」
「すごい、すごーい! この調子だったもしかして、私すぐ最強になっちゃうんじゃ!?」
ふふふ、若者は飲み込みも早いが増長も早いな。かわいらしい。
「よし、ただまっすぐ振り下ろすのはそこそこ出来たようだから、他の太刀筋も覚えよう。実戦ではただまっすぐ振り下ろすなんて通用しないからな、角度をつけて左右斜めから振り下ろす。そしてそれらができたら、縦振りを複数組み合わせて素振りだ」
「……はへ?」
「言っておくが、これらは技ですらないからな。シンプルに基礎の基礎だ、まだまだ覚えるところはたくさんあるぞ?」
覚えの早い弟子ににこにこしながら某が告げると、陽気に緩んでいた千鶴どのの頬がびしりと引きつった。
はははは、武の道は一日にしてならず、だ。
結局その日は、日が暮れるまで縦振りの練習となった。刹那どのが呼びに来るまでに、千鶴どのは三つの太刀筋を覚えた。やはり、筋がいい。
「明日からはほかの太刀筋も覚えながら、それぞれ100回ずつ素振りするのも忘れるなー。太刀筋を覚える度に、それを組み合わせて素振りだ。いいな?」
「ひ、ひぃーーん。お師匠さまの修行、厳しいですぅー」
半泣きで家に引き返していく千鶴どの。まあ、某の予想が正しければ、明日は修行どころじゃないだろうけど。
ちなみに夕餉は、魚の煮つけと、干し大根の煮物である。いやあ、刹那どのには頭が上がらぬ。
◆◆
その晩。
千鶴どののベッドで一緒に寝ていた某は、彼女が完全に寝入ったのを確認して目を開いた。
昼の修行の疲れでか、ぐっすり眠っている彼女を起こさないようにしがみついてくる手足を引きはがし、音を立てずにベッドから抜け出す。
そのまま階段を静かに降りた某は、傘立てから木刀を手にすると、そっと扉の鍵を開き、外へと出た。
時刻は真夜中。
黒い空には満月が輝き、遠くではダンジョンスフィアの虹色がネオンのように煌めいている。
人の気配はない。時折、何かの獣が嘶く遠吠えのようなものが聞こえてくるばかりだ。
夜風に靡く髪を軽く払い、某は木刀を手にする。両手でしっかりと構え、素振りを始める。
最初は、千鶴どのにも指導している基礎の太刀。それを無心で繰り返す。
刀を振ると、心が透明になっていくようだ。悩みも苦しみも、怒りも憎しみも、太刀筋の中に溶けていく。
だが、それはほんのわずかの間の事だった。
からん、ころん、という音で我に返る。
見れば、握っていたはずの木刀が地面に転がっていた。己の両手に目を向けると、それは月明かりでもわかるほどはっきり、赤く汚れていた。
血豆、というレベルではない。手のひらの皮がまるまるはがれてしまったような有様。べろりと向けた皮の下から、真っ赤な鮮血がじわじわと広がっていく。
ああ。まさか、この程度の素振りにすら耐えられないような体だったとは。
それでも、某は木刀を拾い上げようと手を伸ばす。
それを。
横から誰かの手が押しとどめた。
「やめなさい」
真剣な顔の刹那どのが、某の腕を握りしめていた。指先から伝わってくる力と熱が、彼女がテコでも譲らない事を暗に物語っている。
「本当に、それ以上は駄目よ。傷が残る」
「何故……」
「やんちゃ盛りの子供が家に居るからね。夜中に飛び出していかないかどうか、一応気にしているのよ」
刹那どのは、そういって木刀を拾い上げると、後ろ手に隠した。某は罰の悪さに、顔を逸らす。
「早く家に戻って手当しましょう。千鶴がびっくりしちゃうわよ」
「……気にはならないのですか?」
「ん?」
とぼけたような顔をする刹那どのは、きっとそれをわかっていて訪ねてこない。それでも、某は敢えてその話題に踏み込んだ。
「自分では素振りが100もできない小娘が、先導者面して千鶴どのに指導する、この滑稽さ。刹那どのはおかしいと考えないのか」
「別に、人にはいろいろ事情があるでしょう? 自分では上手くできなくても、指導が上手な人はいるわ。事実、千鶴はこの一日で見違えるほど強く武器をふるうようになったわ。これまでの数か月間、いろんな教習場に通って、才能無し、の烙印を押されてきたあの子がよ? それだけで、山田さんを信用する理由になるわ」
「……それは、いくらなんでも世の中の人を見る目が無さ過ぎるというものだ」
千鶴どのには間違いなく才能がある。それを見出せない、世の中がおかしいのだ。
決して、某が指導者として優れているとか、そういう話ではない。
ぎゅ、と手のひらを握りしめる。血に塗れた左の拳を、刹那どのは右手でそっと優しく労わるように包み込んだ。
「ほら。手当するから、家に入りましょう」
「……あいわかった」
おとなしく刹那どののあとに続く。
その間も、ずきずきと手のひらが痛む。
「……ああ」
刀を振れぬ某の人生に、何の意味があるのか。
じわり、と視界が涙で揺らぐ。それを意思の力で押しとどめる。
家に戻ると、一階のリビングの椅子に座らせられた。
キッチンの奥から、刹那どのが医療道具と、小さな鉢植えの草を持ってくる。
「治療アロエ、ですか」
「ええ。千鶴が持って帰ってきたのよ」
その言葉は、誇らしそうでもあり、同時にどこか悲しそうな響きも秘めていた。
慣れた手つきで刻んだ治療アロエの葉を傷口にあてがう刹那どの。包帯を一通り巻き終えて、あとは縛るだけ、そのタイミングで刹那どのの手が止まった。
少しだけ躊躇うような沈黙の後、彼女は口を開いた。
「……あの娘は。元は、中央で何の危険もなく、平和に暮らしていたの」
「ふむ」
中央。ダンジョン妨害装置に囲まれた安全地帯だな。
そこでは、ダンジョン災害以前の生活が問題なく行われているという。学校があり、会社があり、工場があり。
少なくとも、理不尽な命の危険は、外に比べれば百分の一ぐらいの世界だ。
「何かトラブルがあったのか」
「そうみたいね。姉さんが……両親が死んで、借金を背負わされて、困り果てた千鶴はわざわざ衛星都市に住む変わり者の叔母を訪ねてきた」
ふむ。
きな臭い話だな。千鶴どのの両親と面識はないが、彼女を見ればどのような親だったかはわかる。残された子供が中央を追い出されるような借金をするものだろうか?
「私はね。別に千鶴に何かを求めていた訳じゃないわ。子供なんだから。時間をかけて心を癒したら、また前を向いてくれればいいと思っていたの」
「でも本人がそれをよしとしなかった?」
「ええ。ここにきて数日後には探索者向けの無料講習を受けに行くようになってね……。注意して禁止したら、夜中にこっそり抜け出して酒場とかに行くような事までするから、消極的に受け入れるしかなかったわ」
つまり、そういう事情で夜中に家を出ていく気配には敏感になっていた、という事か。
それはいらぬ心配をかけてしまったな。
「なるほど。彼女のそれが単なる自立心ならいいが、そうではない、と」
「そうね。希死念慮という訳ではないけど、ただ前向きなだけではないわ。最近は初心者向けの比較的安全なダンジョンで稼いでるみたいだけど、やっぱり心配でね」
比較的安全、ね。
おそらく、主を倒されても消失しなかった、いわゆる稼ぎダンジョンというやつだろう。そういったダンジョンはインフラ維持のために人の手が入ってるし、探索者も多いから孤立して命を落とす危険性も低いが、言うまでもなく普通に働くのとは比較にならないレベルで命の危険が伴う。
確かに、衛星都市では一番安定した稼ぎ口ではあるのだが……。
「だから、ちゃんとした戦い方を教えてくれる貴方には、とても感謝しているの」
「それが、身元の怪しげな某を手元に置く理由、か?」
「そうとって構わないわ」
言葉と共に、きゅ、と包帯が結ばれる。話はこれでおしまい、という事か。
「でも、どうしましょうかね。千鶴、貴方の手を見たらびっくりするわ」
「なあに、問題はない。千鶴どのは明日、それどころじゃないからな」
「?」
いぶかし気に首をかしげる刹那どのに、某は苦笑しつつ肩をすくめた。
「普段と違う体の使い方をすると堪える、という事だな」
◆◆
翌朝。
柏木家に、千鶴どのの悲痛な絶叫が響いていた。
「い、いたたたたた……! ぜ、全身がぁ! びきびきするですぅうう!!」
ベッドの上で身動きが取れず、ビクンビクンと死にかけの魚みたいに蠢いている千鶴どの。そうやって動くから、反動でまた痛い訳なのだが。
「そりゃあ、普段使わない全身の筋肉を酷使したからな。まあ、今日は流石に休息としよう」
予想通りだ。当然の結果ではある。
「師匠……後光が差して見えます……」
「ああでも、明後日からはどんなに筋肉痛がひどくても強行するからな。初日だけは筋断裂の恐れがあるから休ませるが、次からは休ません」
「ひぃいい! 仏かと思ったら鬼だったですぅう!!」
失敬な。
ここでちょっと脅しとかないと怠け癖がつくから極端な事を言っただけである。
読んで頂きありがとうございました。
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