TS女剣士は刀を振る 作:砕け竹光
緑色の空。
黄色い雲。
空に浮かぶ傾かない太陽。
ピクニック日和の晴天の下、二つの命が向かい合っている。
一つは茶色い獣。イノシシに似た姿、剣のような牙。額には鉄鋲のような棘を生やした猛獣が、鼻息も荒く地面をひっかいている。
一つは若い少女。オレンジ色の探索服に袖を通した彼女は、数打の剣を手にして獣に相対している。その表情に緊張はあるが、恐れは見受けられない。
まさに一触即発。
そして某は、そんな状況をなぜか、デジタルカメラらしき機材で撮影している。
ダンジョン内でも動くように共鳴石を組み込まれたそれ。開いたバリアングル液晶モニターには、今現在撮影されている映像と同時に、いくつかのコメントが表示されていた。
<センちゃん、今日はなんか気合が違うね>
<雰囲気が全然違う、お師匠様とやらの指導の成果かな?>
<頑張れセンちゃーん>
画面の中に踊る無責任なコメント。安全な場所から人の生き死にを娯楽にする吸血鬼どもめ。
某は小さくため息をついて、どうしてこんな事になったのかを思い返した。
そう。それは確か、二日ほど前の事だ。
◆◆
◆◆
本格的に、千鶴どのの師匠になってから数日。
それから某は、泊まり込みで彼女の指導を行った。
彼女の上達は目覚ましく、水を吸うようにどんどん某の教えを身に着けていく。それが楽しくもあり、少しだけ口惜しくもあった。
某の体の問題は、一向に解決の目途が立たない。
体を鍛えようにも、それがそのまま致命傷になりかねない。とにかく何をするにも胸が邪魔で、なおかつ鍛える以前に少し加減を間違えただけで折れそうな骨や、断裂しそうな筋肉との付き合いである。まずは、己の肉体の制御を完全にするのが某の課題である。
仮に完璧な制御においても、思ったような鍛錬ができるかどうかはまた別の話ではあるが……。
そんなある日。
千鶴どのが、唐突にこんな事を言い出した。
「ところで師匠。こう、ぱーーっと相手をやっつけられる技とか、ないんです?」
「なんだ、藪から棒に」
ちょうど素振りの小休憩。息を整えながら雑談に興じていた時の事だ。
じろり、と千鶴どのに視線を向けると、自分でも妙な事を言い出した自覚があるのか、彼女はえへへへ、とごまかすように笑った。
そして、おずおずと気まずそうに端末を差し出してくる。
「む。……探索者の配信か」
「はい! 人気チームの録画配信です。その、自分が探索する時の参考に見始めたんですが、やっぱりその格好いいなーって」
差し出された画面の中では、やたらと派手な虹色の髪をした女が、人間離れした機動力でモンスターの攻撃を回避しながら一撃を加えている。
大した身のこなしだ。が、それ以上に、身体能力が人間を越えている。さらに、手にした武器は電撃を纏い、あきらかに刃物の長さの外のモンスターにもダメージを与えていた。
「良い動きだ。実力も伴っているようだな」
「はい! それでですね、動画見てると、やっぱ上級の探索者ってすごい技を使うじゃないですか。ばばーーって! ぐおーーって! モンスターをやっつけちゃうわけです。私も、修行を続ければいつかこんな事ができるようになるんでしょうか?」
目をキラキラさせて問いかけてくる千鶴どの。未来に希望一杯だ。
「うーむ……」
そういったモチベーションは修行には大切だ。ここであえて否定する事のメリットとデメリットを考える。
結局、某はやむを得ず、現実を教える事にした。
「残念だが、彼らのこれは技でも修行の成果でもないぞ」
「えっ」
「おそらく、かなり上質の加護を身にまとっているのだろう。特殊な攻撃も、あくまで武器の性能によるものだ。技ではない。まあ、それを使いこなすための訓練は積んでいるのだろうが」
動画を停止して拡大する。画面の中で縦横無尽に暴れまわってる女の全ての指に、がちゃがちゃと金色の指輪が嵌められているのが確認できる。
ダンジョン攻略によって得られるアーティファクト。その中には、装備した人間の性能を向上させるものがある。それは筋力向上であったり、生体的な限界を超えた肉体の硬質化であったり、効果は様々だが、一つ言えるのはそれらがあってこそ、探索者は危険なダンジョンの探索ができるという事だ。
そして不思議な力の加護は、装備品に限らない。こちらは装飾品に比べればレアだが、特殊な力を秘めた武器が手に入る事もあるし、あるいは技術の進歩で人工的にそういった武器を作り出す事もできる。
「え、そ、そうなんですか……?」
「うぉほん。だからといって、体を鍛えるのが無駄ではないし、技を磨くのもちゃんと意味はある。適当に振り回して強い武器なら、きちんとした構えで振ればより強い。それは千鶴どのもよくわかっているだろう?」
「は、それはそうですね!」
ちょっとだけ気落ちしていたのが、某の言葉で簡単に立ち直る。
物分かりがいいのは良いが、こうまで素直だとちょっと心配になるな。
「それに、装飾品を手に入れられるかは運だ、とにかく場数をこなすしかない。それまでの間に、鍛えた技は必ず役に立つ」
「そうですね! ……ところで、その、師匠はそういうの使ったことあるんですか?」
「無い。興味がなかった。身体能力強化には興味が無い訳ではなかったが、微細な感覚が狂う方が嫌だったしな」
さらにいえば、装備品の効果で強くなってもな。某はあくまで自分の心技のみで刀を振るうのが好きだったのだ。
それでC級とやらまで登れたのだから、人間だってまだまだ捨てたものではないはずである。
それを告げると、しかし千鶴どのは目に見えて萎れてしまった。あからさまにがっかりした様子。
しまった、対応を間違えたか。
「……え、えと。じゃあ私も、使わない方がいいのかな……?」
「うぉほん。……いや、実は、最近はちょっと興味が湧いてな。皮膚を固くするようなのがあれば、ちょっと使ってみたい……とは思う。ちょっとだけだぞ」
「! そ、そうですか、師匠も! じゃ、じゃあ、私もちょっと使ってみたいかな……?」
むぅ。別に某がそうだからと千鶴どのも従う理由はないのだが。まあ、仮初とはいえ某と彼女は師弟関係だから、そのように考えても仕方ないか。
「それに、確かに見た目は地味だが、技も良いものだぞ。某もありとあらゆる状況、敵を想定し、型の開発に明け暮れたものだ」
「え、えと。……型、ですか?」
「うむ。そもそも、剣術における技とは、何であると思う?」
某の問いかけに、千鶴どのは露骨に面食らった顔をした。
「う、うーん? えと、その、鉄を切る、とか?」
「それも技である事は否定しないが、どうして技であったら鉄が切れると思う?」
「え? えーと、その……なんかすごいパワーが、こう!」
しゃきーん、と木刀を振りかざしてポーズをとる千鶴どの。失礼ながら、思わず某は笑ってしまった。
「なんだ、そのすごいパワーって。ふふふ」
「うう……」
「そもそも、技といえど振るのは人間だ。本質的には、普段剣を振るのとそうは変わらぬ。違うのは、技は明確にどうするか、が定められているという点だ」
某の解説に、ぴんと来ないのか、千鶴どのは頭を抱えて首をひねった。
むう。某も、口上手なほうではないし、そもそもこれが一般的な概念であるかも自信がない。
師がいれば話は違うのだが……むぅ。
やはりここは、教えるだけでなくやってみせるべきか。
「よし。いい機会だ、一つ、面白い物を見せてやろう」
「えっ、師匠?」
そこらに転がっている、ちょうどいいサイズの木の枝を拾い上げる。そのまま千鶴どのから距離を取り、某は木の枝を刀に見立て、正眼に構えた。
「千鶴どの、遠慮はいらない。某に向かってきて切りつけるがいい」
「え。で、でも、師匠にもし当たったら大けがしちゃいますよ!?」
「問題ない。弟子が師匠の心配するではないわ。ほら、早く」
木の枝をちょいちょい、と振って最速すると、千鶴どのは躊躇いながらも木刀を構えた。
その瞬間、顔つきが一転する。木刀を両手で握りしめた瞬間、彼女は未熟ながらも確かに剣客の気風を帯びた。
「さあ、こい!」
「……てやぁーーー!」
多少ぎこちないながらも、勢いよく駆け込んでくる千鶴どの。鍛えた太刀筋が、まっすぐに某へと振り下ろされる。
及第点だ。正眼に構える某に、ただ愚直にまっすぐ振り下ろすのではなく、相手の得物をかいくぐって一撃を入れようとする太刀筋。優秀な弟子で師匠として誉れ高い。
であるならば。
たとえ、見せ稽古といえど、手を抜くわけにはいかぬ。全力とはいかぬとも、すこしばかり本気を見せよう。
『アーラヤ式接続。感覚制限、鼻識、舌識』
『限定制限、眼識。色覚をオフセット、流視に切り替え』
戦いに使わぬ己の認識のいくつかを閉ざし、戦闘に使う認識へと先鋭化させる。
色は不要。世界がモノクロへと染まり、代わりに見えてくるようになるものがある。
千鶴どのの周囲に渦巻く、黒い墨のような流れ。彼女を取り巻く、彼女自身の、力の流れだ。
太く力強く流れるその渦は、千鶴どのが若輩ながらも剣士として成長している事を示す者。その成長、ほほえましい。
その木刀の太刀筋に、そっと某は触れさせるように木の枝を振る。絡みついてくる、黒い力の渦……それを切っ先で絡めとるように、己の持つ棒へと手繰り寄せる。
力の剥奪。吸い付くように、某と千鶴どのの得物が絡み合う。途端、脆弱なる今の肉体の骨が、筋が軋みを上げる。
気吐。肉体で受けきれなかった力の流れを、呼気にのせて排出する。脱力。過剰な負荷を、地へと逃す。
さらにそこで踏み込み、体をひねる。歯車のように回転しながら勢いを受け流し、千鶴どのの脇を潜り抜ける。その刹那、振りぬいた木の枝で彼女の背中を軽く打った。
我流。受けの秘剣。
枯葉舞。
「あだっ!?」
「……ふぅ、んっ……ふぅ……はぁ……」
すっと残心として木の枝を払う。この一瞬の動きで早くも上がってしまった息を深呼吸で整えると振り返る。背後では、千鶴殿が勢い余ってつんのめり、地面にうつぶせになっていた。
「ほれ、大丈夫か」
「は、はひ……。え、今、何が起きたんです? 師匠と打ち合ったと思ったら、そのまま通り過ぎた……???」
目を白黒させながら、某の手を取って身を起こす千鶴どの。
「今のは、師匠の、技?」
「うむ。相手の攻撃を受け止め、それを受け流しつつ相手の側面に回り込み、すれ違いざまに一撃を加える、というものだ。そしてその一つ一つの動きは、日々千鶴どのに教え込んでいる素振りの派生でしかない。大事なのは、その組み合わせ……型だ」
「型……」
いまいちピンときてなさそうな顔をする千鶴どの。某は実際に、動きの基本となる太刀筋を素振りしてみせる。
「技を構成する動きは大きく分けて三つ。相手の攻撃を受ける正眼の太刀、それを受け流す横なぎの太刀、そして相手の背をすれ違いざまに切るもう一つの横なぎの太刀。それらは全てバラバラの動きだが、その間をつなぐ動きを加える事で一つとなる。これが型……技、という事だ」
「バラバラをつなぐ、ですか?」
「うむ。簡単な話、走ってる時にいきなりしゃがむ動きをしても勢いを殺せずつんのめるだろう? だがそこに一つ、勢いを殺す、あるいはスライディングなりの動きを挟めば問題なくしゃがむ事ができる。ベクトル、筋肉の動き、骨格の動き、そういったものを順次つないでいく事が肝要だ」
わかるか? と問いかけるが、千鶴どのは「ほえー?」とちんぷんかんぷんの様子。
まあ仕方ない。彼女はまだ剣の道に踏み込んで数日、急に応用を語られてもちんぷんかんぷんだろう。
なので、少し飴を与えておくとしようか。
「ちなみに、自分で考えた技にはぜひとも名前を付ける事をお勧めするぞ」
「そうなんですか!?」
「うむ。技に名前をつけるとイメージがはっきりするし、運用しやすくなる。気分も上がっていい事しかない。ばんばん名づけるべきだ」
おっと、この話は流石に食いついたか。目に見えて千鶴どのの士気があがる。
「いいなあ! 私もオリジナルの技に格好いい名前をつけますぅ!」
「はははは。では、そのためにも修行を頑張らなくてはな!」
「はいです!! あ、でもその、師匠。実は、その事でちょっとご相談が……」
おや。なんだろう、千鶴どのからそういう事を言い出すのは……別に珍しくはないか。
よほど言い出しにくいのか、ちらちらと目を逸らしながら、彼女は割と大変な事を口にした。
「そのですね。二日後に探索に行くので、よろしかったら、配信手伝っていただけないでしょうか……」
握りしめた拳の骨が、みきぃ、と嫌な音を立てた。
読んで頂きありがとうございました。
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