TS女剣士は刀を振る   作:砕け竹光

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画面の向こうの悪鬼羅刹 その2

 

 

「ならん。許さん」

 

「そこをなんとか……」

 

「ダメだ、許さぬ」

 

 千鶴どのがお願いしますー、と手を合わせてくるが、某の答えは変わらない。

 

 絶対にノウ、だ。

 

「もう一度、もう一度確認するぞ、千鶴どの。録画配信、ではなく。生配信だというのだな?」

 

「は、はい……な、生配信です……」

 

「だったら某の考えが変わる事はない!」

 

 そんなー、と嘆く千鶴どのだが、嘆きたいのはこちらである。

 

 まさか、千鶴どののような女子が、探索の生配信に手を染めていたとは!

 

「わかっているのか、自分がやっているのがどういう事か! 生配信がどういう扱いをされているのか!」

 

 ダンジョン配信。

 

 それは、探索者の副業として広く行われている事は某も知っている。そしてその、血塗られた経歴もまた。

 

 もともと、ダンジョン内では記録の類は基本筆記で行われていた。その有用性がわかっていても、ダンジョン内では精密機器が動作しないのでどうしようもなかったからだ。

 

 それが変化したのは、ある探索者の発見によるもの。

 

 彼はダンジョンで発見した特殊な鉱石が、ダンジョン内外で共鳴している事に気が付いた。そして共鳴しあう対の鉱石をそれぞれ組み込んだ同じ構造の精密機器を、片方を現実に、片方をダンジョンに持ち込むと、ダンジョン内でも問題なく稼働する事を確認する。

 

 のちに共鳴石と呼ばれる鉱石の発見である。

 

 人類の苦境を覆しうる大きな発見……しかし発見者である探索者は、きわめて個人的な欲望のためにその発見を活用した。

 

 ダンジョン内の、リアルタイム配信である。

 

 これまで口伝で語るしかなかった、ダンジョンという異世界の映像。それは人々の関心を強くひきつける事となった。

 

 共鳴石の運用についても瞬く間に広まり、政府側が認識したときには、すでにダンジョン配信はアンダーグラウンドで手のつけようがないほどに広がり、大きな市場を形成していた。

 

 ここまで大きくなってしまった以上、むやみに潰すのも効率が悪い。

 

 政府側は清濁を合わせ飲み、ダンジョン配信を認可する事となった。

 

 ……だが。

 

 結局の所、それは人の生き死にを娯楽にしているに過ぎない。

 

 持ち帰った映像を編集する録画配信ならいざ知らず、生配信は突発的な事態に対応できない。無数に行われている配信を管理者側で全て管理する事など不可能であり、しばしば、探索者の末路といえる者が垂れ流されてしまう事になる。

 

 某のような者でも知っている。そういった、不幸な末路こそが、最も再生数が多く、望まれているのだと。

 

「画面の向こうに居る者達など、人の皮を被っただけの最低最悪の獣どもだ! 自分達だけは安全な場所にいながら、血を、死を娯楽にする! 生き血を啜る吸血鬼どもめ!!」

 

「そ、そこまで言う事は、ないんじゃないです、かね?」

 

「あるのだ!!」

 

 2000年以上前、ローマ時代のコロッセオから一歩も前身していない恥知らずども!

 

 千鶴どのが血に塗れる様を、そのような連中が娯楽にしているなど、考えるだけで身の毛がよだつ!!

 

「いいか、某は絶対に認めん! どうしてもというのなら、破門も考える!」

 

「そ、そんなあ! 考え直してください師匠、どうか私の話を聞いてください!」

 

 某の厳しい態度にも、千鶴どのはしつこく食い下がってくる。

 

 正直意外である。ここまで言ったら、諦めて手を引くかと思ったのだが。

 

「何か言い分があるのなら、理論的に某を説き伏せて見せよ。情でほだせるなどと思うな」

 

「そ、そのですね、師匠。私の実力だと、探索者だけじゃ収入にならないんです。そして、録画配信よりも、生配信の方が断然、人気もあるし収入がいいんです! 私みたいなへぼ探索者が録画配信しても誰も見てくれないんですけど、生配信だったら何人か……。そ、それに皆さん、そんな師匠の言うような悪い人じゃです」

 

「そんなもの画面の向こうではわからんではないか!」

 

 コメントなど、只の文字列。その程度で人間性など、推しはかれるものではない。

 

 そもそも実績の無い、実力のない初心者の生配信の需要など、未熟者の無惨な末路を見に来ているに決まっているではないか。

 

「そ、それに、探索者からみても生配信は価値があるんです!」

 

「そんなもの……」

 

「探索中に、初見殺しのモンスターに遭遇して全滅したとしても、情報を後に残す事ができるし! それに、たとえ娯楽にされてるのだとしても……誰にも看取られず、ひとりぼっちで死ぬよりは、ずっと……」

 

 む。

 

 思っていなかった方向からの反論に、某も眉を顰める。

 

 確かに、情報を残せるかどうか、というのは、続く探索者の生存率に大きくかかわる。外ならぬ、某がこのような姿になり果てる原因であった悪魔との闘い。某の一撃で悪魔は斃れたからよかったものの、もし倒せずに奴の跳梁跋扈を許していれば、その特殊能力によって被害が天井知らずに拡大していただろう。

 

 もし、あの場に誰か配信機材を持ち込んでいれば、そうなったとしても防ぐ事ができた。

 

 そう言われれば、それは恐らく否定できない事実である。

 

「わ、私だって……刹那おばさんにいつまでも負担をかける訳にはいかないし……少しでも、少しでも稼ぐためには……」

 

「…………はぁ」

 

「師匠……」

 

 全く。理論的に説き伏せよ、といったのに、最終的には泣き落としか。

 

 目をうるうるさせて某を見つめてくる千鶴どのに、某は深いため息をついた。

 

「一つ訂正させてもらう。少なくとも、千鶴どのが一人で死ぬ事はないし、そのための配信は必要ない」

 

「え……、じゃ、じゃあ、それじゃあ」

 

「カメラマンはしてやる。ただし、某のスタンスは変えない。某自身は配信に身をさらす事もないし、視聴者どもへの配慮もしない。それでいいなら……」

 

 言葉を言い切るよりも早く、千鶴どのがぶつかるように抱き着いてくる。危うく押し倒されそうになる某の手を取って、彼女は至近距離で輝くような笑みを見せた。

 

「師匠!! ありがとうございます!!」

 

「う、うむ……」

 

 まっすぐ見つめてくる潤んだ瞳に、どうにも気恥ずかしくなって某は顔を逸らした。

 

 これは……孫に甘い爺の気持ちが、わかってしまった気がする……。

 

「た、ただし! もし不適切な態度をとる視聴者がいたり、妙なトラブルがあったら配信は途中で打ち切るからな!」

 

「はいっ! わかっています!!」

 

 

 

◆◆

 

 

 

「はーい、視聴者の皆さん、こんにちは! 『センのダンジョン配信』のお時間ですよー!」

 

 

 

 そうして迎えた探索当日。

 

 妨害装置の近くに発生している、稼ぎ用ダンジョンの一つを某達は訪れていた。

 

 小さな一戸建てほどの大きさの、虹色に輝く球体に触れればあら不思議、一瞬光に包まれた後に、某達はこの世のものとは思えない風景を目の当たりにする。

 

 緑色の空。黄色い雲。空に輝く太陽は、その場を寸毫とも動かない。

 

 どうやらこの安定化ダンジョンは、長閑な森の一角、というシチュエーションらしい。

 

 始めてくるダンジョンだ。ここが発生し主を討伐され安定化した頃には、某達はもうちょっと危険度が上のダンジョンを探索していたので、来る必要が無かったのだ。

 

 入口近くの座標は、いくつもの機材が持ち込まれ、同じように探索に来た探索者でごった返している。

 

 そこから離れ、人気のない森の小道、といった場所で、配信の撮影は始まった。

 

 カメラマンは某。ダンジョン適応改造を施したデジタルカメラを手に、ポーズを決める千鶴どのを撮影する。

 

 

 

<おっ、はじまった>

 

<よろ>

 

<今日もいつものメンツか>

 

 

 

 デジカメの液晶に、コメントがツラツラと流れてくる。ほぅ。こういう仕組みになっているのか。

 

 某は千鶴どのを画面の中央に収めつつ、コメントの内容に目を光らせた。

 

 お前たちがどのような人間か、見極めさせてもらう!

 

 

 

<あれ、今日はボディカメラ目線じゃないの?>

 

<撮影? え、これ、誰か撮影してるの?>

 

<センちゃんの顔を見るの久しぶりー>

 

 

 

「ええー、皆さん! 今回はまず、とっても大切なご報告があります。えへへ……実は、私に師匠ができました!!」

 

 

 

<え、師匠?>

 

<センちゃん、確か独学だったよね>

 

<信用できる人間なのか?>

 

 

 

 現状はコメントに不審な発言は見受けられない。いたって普通の反応だ。同じ人間ばかりが発言しているのが気になるが、いわゆる固定客、というものだろうか。

 

 見たところ、この配信を見ているのは七人。配信直後に入ってきた所を見ると、これが千鶴どのの固定ファン、という事か。

 

 それはそれとしてどの口で信用云々言っているのだ、こいつら。

 

「師匠の指導のおかげで、自慢じゃないですが私、バリバリ強くなったと思っております! 今回はその成果をお披露目できたらなー、と考えていまーす。それと、もう気が付いてると思うんですが、今回からボディカメラじゃなくて師匠に撮影してもらう、第三者視点映像でお送りさせていただこうと思います!! よろしくお願いしますね!」

 

 

 

<ボディカメラ卒業かー>

 

<助かる、一人称視点はちょっと酔いやすい>

 

<師匠どのは映像に映らないの?>

 

 

 

「某は映像には入らない。残念だったな吸血鬼ども」

 

「ちょ、師匠!?」

 

 

 

<え、今の女の声誰??>

 

<師匠ってまさか女?>

 

<なんか酷い事言われた気がする>

 

 

 

「自分達は安全地帯から人の生き死にを娯楽にしているような貴様らなど、吸血鬼で十分だ。それともグールとでも呼べばいいか? 生き血を啜る魑魅魍魎どもめ」

 

「ちょ、師匠、言い過ぎですよぅ!? 炎上しちゃいますぅ!!」

 

「ふん」

 

 千鶴どのが慌てたように両手を振り回して抗議してくるが、某が配信には反対の立場なのは譲らないといったはずだ。

 

 それにこの手の奴らにはこれぐらい強く言っておいた方がいい。

 

 そう思っての発言だったが……コメントの反応はなんだか妙だった。

 

 

 

<流れるような罵倒、滅茶苦茶毛嫌いされてる。まあ言ってることはその通りだな>

 

<悔しい! でも何だか興奮しちゃう>

 

<センちゃんの事それだけ大事にしてるんだね。いいことだ>

 

 

 

 なんだか好意的な反応が返ってきて困惑する。

 

 え、何。女であったら罵倒されても嬉しいような連中なのか?

 

 ちょっと想定していたのと違う方向で変な奴らが集まっているのか?

 

「そ、その、どうです、師匠? 皆さん、怒ってない?」

 

「……よくわからんが、気にしてないようだ。ふん」

 

「そ、それならよかったんですけど……お願いですから、あんまり視聴者の皆さん悪く言わないでくださいね?」

 

 それはあいつらの態度次第だ。

 

「それじゃあ、探索を開始しますね! 皆さん、応援よろしくお願いしますー!」

 

 

 

<よろしく~>

 

<えー、お師匠様の顔がみたいー。俺の直観では間違いなく美人>

 

<やめとけやめとけ。しつこいと配信打ち切られかねないぞ>

 

 

 

 ちっ。勘の鋭い奴がいる。

 

 某は今にもデジカメの電源を切ってしまいたい誘惑に抗いながらも、しぶしぶ、千鶴どのの後を追うようにして配信を続行した。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 しばらくはモンスターの出現もなく、平穏な時間が流れた。

 

 空と雲の色がおかしなところを除けば、優雅な森林浴の配信動画といっても過言ではないだろう。

 

 しかし、視聴者の連中にはそうでもないらしく、さっきからひっきりなしにコメントが流れている。

 

 

 

<うーん、フィトンチッドフィトンチッド>

 

<映像を見ても効果は無い定期>

 

<やっぱ変な空の色だなあ、いつまでたっても慣れない。ゲームみたいだ>

 

 

 

 人数が少ない割にコメントの流れが速いような気がするが、もう常連だから雑談混じり、という事なのだろう。

 

 ちらちらコメントに目を通しながら、先をいく千鶴どのの背中を追う。

 

 気分よさそうに進む彼女の背中では、肩まで伸ばした茶色の髪が歩幅に合わせて揺れている。どことなく、揺れる犬のしっぽを某は連想した。

 

 

 

<しかし、気持ち悪いぐらい画面が揺れないな。手振れ補正機能か?>

 

<いや、センちゃんが使ってるデジカメ、数世代前の廉価品だ。そんな手振れ補正機能が優秀とは思えない>

 

<って事は、師匠どのが揺らさないように構えてるって事か。まじですごい人なんじゃね?>

 

 

 

 ふん。少しは見る目がある奴がいたか。

 

 それで評価が変わる訳ではないが、まあ、千鶴どのの言う通り、ろくでもない人間ばかりという訳でもなさそ……。

 

「うぉっと!?」

 

「し、師匠!? 大丈夫ですか?!」

 

「す、すまん。木の根に足を引っかけた……」

 

 うぬう、弟子の前でこのような醜態、一生の不覚。ましてや今は配信中だ、なんという体たらくを。

 

 羞恥で顔が熱くなってくる。

 

「師匠らしくないですね? やっぱり、配信しながら歩くのは難しいですか?」

 

「い、いや。その、足元が見えなくて……」

 

「……あ、ああ。そういう……」

 

 そんな白い目をしないでくれ千鶴どの!? ええい、この百害あって一利もない、ただぶくぶく肥え太っただけの醜い乳房め、いっそ本当に切り落としてくれようか。

 

 

 

<あら、お師匠さんも可愛いところがあるじゃないか>

 

<意外とデジカメで撮影しながら歩くの、割と難しいからな。撮影対象が外れないようにしなきゃならないし>

 

<いや、待て……今、胸がどうとかいってなかったか? 足元が見えなかったとか、なんとか>

 

<え、それって……>

 

<師匠、毒舌クーデレデカパイなの!? 足元が見えないレベル!?>

 

 

 

 にわかにコメント欄が盛り上がる。ええい、やはり下衆は下衆か、人の身体的特徴で盛り上がりおって!!

 

 だいたい胸がでかくていい事なんぞ何一つないわ当事者としては!

 

 ぎりぃ、と歯を食いしばりつつも、実況を再開する。ここで弱みや動揺を見せては連中のよい玩具だ、ここは徹底して冷静に対応する。

 

 とにかく何事もなかったかのように撮影を続ける、それが一番だ。

 

 と、そこで、某の感覚が違和感をとらえた。

 

 こいつは……。

 

「構えろ、千鶴どの。敵がくるぞ」

 

「え……えっ!?」

 

「某から見て左方向、茂みの奥。獣がこちらに向かってきている」

 

 某の忠告とほぼ同時に、左の茂みがガサガサと揺れる。慌てて後退して武器を構える千鶴どのの目の前に、藪からのっそりと茶色い毛皮の獣が姿を現す。

 

 イノシシに似た、鋭い牙と角をもった獣。

 

 ダンジョンに潜む怪物、モンスター。その一種だ。

 

「で、出た……出ましたよ師匠! モンスターです!」

 

「うむ、そうだな」

 

「ど、どうしましょう……」

 

 心構えができていなかったのか、へっぴり腰で剣を構えてこちらに振り返る千鶴どの。その彼女の目の前で、モンスターは戦意も高く、ふんす、ふんすと鼻を鳴らしながら、前足の爪で地面をひっかいている。やる気は十分らしい。

 

 全く、何を気後れしているのか。某は小さくため息をついて、弟子に指示を飛ばした。

 

「何をそんなに恐れている。修行の成果を見せる時だろう。それともあれか、厳しい修行に耐えたのは無駄だったのか?」

 

「! い、いえ! そんな事はありません。見ててください師匠! 千鶴はやって見せますよ!!」

 

 某の指摘にはっとして、剣を構え直す千鶴どの。へっぴり腰から、最低限芯の通った構えを見せる。

 

 いい心構えだ。

 

 さあ、修行の成果を、画面の向こうに見せつけてやるがいい!

 

 

 

◆◆




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