鬼と人が戦えばまず人に勝ち目はない。
鬼は身体能力も再生力も何もかもが段違い。台所に置いてある出刃包丁を持ち出そうが致命傷を与えることすらできない。
生物としての圧倒的な強能力差を覆すべく、鬼殺隊は呼吸だったり鍛錬だったりに精を出している。
尋常ならざる差を覆すのだから当然、それ相応に過酷な鍛錬をせねばならない。
それでも。血反吐を吐くような鍛錬を重ねても結果が伴わない事なんていくらでもある。人間には腕が二つしかないのだから、時には手が届く範囲を守ることすら叶わない事もある。
胡蝶しのぶは特にその例が顕著に現れていると言える。
彼女は鬼殺隊の中でも特に非力。何せ鬼の弱点である頸を切れないほどだ。
それでも鬼殺隊としてやっていけているのは鬼を殺す毒を作り出したからであり、それだけの功績を挙げたからこそ柱になれたとも言える。
無才にして優秀なしのぶだが、最近の彼女にはとある悩みがあった。
「ま、また太くなってる……!」
他人の視線だとか身体の重みだとか、そんな不確かなものよりも雄弁に確実に真実を映し出すベルトの穴。取り替えてからも二度穴の位置を変えてしまっている。
胡蝶しのぶ、痛恨の食べ過ぎ。
元々が五尺*1に対して十貫しかなかった体重*2が四貫も増えてしまっていた。これは鬼殺隊どうこう以前に女として受け入れ難い事実であった。
これまでこんなに体重が増えた事はなかった。元々食は細いし柱だから忙しいしで消費に供給が追いついていないほどで、体重が増える要素なんてどこにもなかった。
……そう、あくまで過去形。これまでは太る要素なんてなかったけれど、今は明確に太る原因になるものがある。
「しのぶ〜?また泥管さんからお土産が来たって不死川君が……し、しのぶ?」
「ふ、ふふふ……そうですかまたですか……」
「ど、どうしたの?大丈夫?」
「ええ、ええ。大丈夫ですよ全っっっ然!!」
「大丈夫じゃない時の反応よね!?ソレ!」
何度も柱合会議の議題に上がるあの鬼、泥管からの土産物だ。今回の土産は三段重ねのお弁当である。あら美味しそう。
あの鬼、どういう訳かやたら人に物を食わせたがる上に料理の腕がすんごい。藤の花の家紋の家で食事を作る人達すら手放しで絶賛して唸るほど。
それが仕事で疲れた後の心身ど真ん中に直撃するものだから、太るとわかっていても口に運んでしまう。炊き込みご飯うっま。
何が腹立つって、どうやら一人一人の好みを把握しつつあるらしいところ。鬼より鬼の形相と有名な不死川が泥管お手製のおはぎを微塵も躊躇せずに四つも食べたりするくらいに把握されている。
「……私としてはしのぶはそれくらいの方が健康的に見えるかなあ」
「んぐっ……」
「ちょっと前のしのぶは細すぎてねえ……何かの拍子にポッキリ折れちゃいそうだったもの」
「ぐ……」
姉の言いたいことは分かる。以前の自分が健康的かと言われるとそんな事はなかったし、目眩や貧血を起こすことも珍しくなかった。
今や肉体労働の男衆ですら腹を抱えてひっくり返りそうな量の弁当を食べ尽くし、それでも茶を啜って平然としていられるくらいに体調が安定している。
「……この調子で頸も切れるようになったら良かったんだけどね」
「そればっかりは鍛錬次第よ。食べた分だけ動いたら筋肉もつくわ」
「だといいけど……」
それでも未だに鬼の頸は切れない。毒を打ち込む為に特殊な作りになっていた物とは別にもう一つ、普通の日輪刀を使って鬼と戦ってみたのだ。
結果は頸切りに至らず。頸の半ばまでは食い込ませられたものの、そこから振り抜いて刎ねるまでには届かなかった。
下弦どころか名も無き鬼でこれだ。上弦の鬼ともなればそもそも刃が食い込む事さえ叶わないだろう。
その代わりに突きの威力は跳ね上がった。
頸を切れるか試して諦めた後、いつも通りに毒を打ち込んでやろうと蟲の呼吸の型を使用。斜め上から蝶のようにふわりと接近し、複数回の突きを放ったのだが……。
「私としては突きで鬼の頭を弾けさせるだけでも凄いと思うんだけどなあ」
「……まあ、うん」
「いや本当に何であんな事になったの?腕力とか筋力とかそういう問題じゃないよね??」
何と突きの威力が高すぎて鬼の身体が爆ぜた。
頭の半分を消し飛ばし、肩や胸に大穴を空けていた。もはや毒針というか毒の大槍のような威力となっていた。
そんだけの威力が出せて何故頸が切れないのか不思議で仕方がないが、無理やりそれらしい理屈を絞り出せなくもない。
恐らくしのぶの肉体は切る技よりも突く技に特化しているのだ。
彼女は太……血色がよくなる前から攻撃の速度に秀でていた。
頸を切れないから毒を、突き技を磨くしか無かったと本人は口にしているが、だからといって突き技なら筋力も要らず簡単かと言うとそうでもない。
では何故突き技を主軸とした蟲の呼吸の型を編み出せたのか?それは恐らくだが、彼女の身体が頭のてっぺんからつま先まで突き技への適性を持っていたからだろう。
”切る“と”突く“では求められる技術も素養も異なる。もっと言えば刀に武器として求められている役割は”切る事“であって”突き技”を選ぶのならば槍でも持ち出した方がよっぽど扱いやすい。
むしろ特注品とはいえ刀で突き技を連発して実戦で使いこなせているしのぶは最上位の技量を持っていると言ってもいい。
「それよりも姉さん、少しいい?」
「うん?どうした、の……」
「私、ちょーっと太っちゃったからさぁ……太った分だけ痩せなきゃいけないと思うんだ……」
「そ、そう?」
「うん、そうなの」
おっと、しのぶさんの空気が何かマズイ方向にいった気がするぞ?
揺らりと立ち上がり、幽鬼の如き威圧感を醸し出しながらもその表情は笑顔。もう文句の付けようもないくらいに満面の笑みだ。
……ところで笑うという行為は云々、という話を聞いたことはないだろうか?その理論が真実かどうかはさておき、今の彼女の背後にはメラメラと燃え盛る炎のようなものが見える気がする。炎柱に鞍替えか?
「鍛錬付き合ってくれるよね?」
「アッハイ」
こうして胡蝶しのぶは一週間、柱としての仕事と並行して贅肉を落とす為の鍛錬を増やした。
そして一週間が経ち、彼女の身体は───
「あれ?しのぶちゃん、隊服変えたの?」
「……変えましたよ」
「また何かあったの?」
「…………何が、あったんでしょうね」
「へ?」
乳と尻がより丸みを帯びた。筋肉も増えた。
でも体重は落ちなかったし、なんならほんの少しまた増えた。クソわよ。
【大正コソコソ話】
蟲柱の姉は五体満足の上に後遺症も無いまま上弦の弐との戦いから生還している。
ただ、本人は『舐められた上にわざと見逃された』と思っており、不甲斐なさ過ぎて柱を辞めようとしていたくらいに落ち込んでいた。
何とか蟲柱を中心とした他の柱からの説得で残ってくれたが、現在は後進の育成に力を入れているので半隠居状態。それでも任務を与えられたら普通に最前戦に飛び込める実力持ち。
鬼殺隊の実力を底上げしつつ、本人も現役という鬼側にとって滅茶苦茶都合が悪い存在になった模様。
ほぼ原作沿い部分は大幅カットしてもいい?
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ええんやで
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駄目、全部書け