下弦の鬼は困惑していた。
夜は鬼の時間。日が落ち、動き出そうとしていたところに『べべんっ』と音がしたかと思えば、上下左右すら不確かな歪な空間に移動させられていた。
間違いなく誰かの血鬼術。
再び響く弦楽器の音。音の発生源に目を向ければ壁からせり出た畳の上に一人、女の鬼が琵琶を抱えているのが見えた。
弦を弾く度に一人、また一人と下弦の鬼が現れる。下弦の肆だけナマモノ付きで現れる。
しかしいつまで経っても下弦の伍だけは姿を見せない。一体何が起こっているというのか。
最後にもう一度、弦を弾く音。下弦の伍……ではない。琵琶の鬼の前に下弦が集められ、畳の上にもう一人女の鬼が立っていた。
「頭を垂れて蹲え。平伏せよ」
脳髄から凍りついてしまいそうなほど冷たく、怒りと失望が込められた声だった。
弾かれたように誰もが膝を突いた。ナマモノは棒立ち。
鬼の始祖にして支配者、鬼舞辻無惨の声だ。
姿も気配も、下弦の知るものとは異なっていた。何一つ違和感を抱かせない、凄まじい精度の擬態。
「も、申し訳ございません……お姿も気配も異なっていらしたので……」
「誰が喋って良いと言った?」
「っ……」
「貴様共のくだらぬ意思で物を言うな。私に聞かれた事にのみ答えよ」
咄嗟に出た言い訳は無惨の神経を逆撫でるばかり。零余子は仁王立ちの泥管の隣でガタガタと震え始めた。
一つ置いて無惨の口から放たれたのは累……下弦の伍の鬼が殺されたという情報だった。
血管が浮き出るほどに怒りを滲ませ、次いで『何故下弦の鬼はそれ程までに弱いのか』と問いかける。
ここ百年ほどの間、上弦の鬼から欠員は出ていない。下弦が泣いて脅えて逃げ回る鬼狩りの柱でさえ殺してきたのが上弦の鬼だ。
対して下弦。その百年のうちに何度顔ぶれが変わったか分からない。鬼殺隊に功績を齎し、士気をあげさせるばかりだ。
「もはや十二鬼月は上弦のみで良い。下弦の鬼は解体する」
「「「「っ!!?」」」」
下弦の解体。事実上の処刑宣告。ただでさえ恐怖一色だった下弦達を絶望の底に叩き落とす言葉だった。
下弦が抗議の声を上げることも許さず、一人の鬼が触手に掴まれた。下弦を以てしても目に止まらぬ速度の肉体の変化、そして精密な動き。
殺される。誰もがそう思っていた。
「お、お待ちください!!私はまだお役に立てます!」
「……見苦しい。お前はどのような役に立てる?今のお前の力でどれ程の──」
「泥管殿の!泥管殿の肉を戴きます!」
泥管はビックリした。え?自分っスか?
無惨様もすんごい微妙な顔してるじゃん。零余子の時すらあれだったのに、命乞いの為にあれを食うと言い出すなんて思わないじゃん。
しかし零余子という前例がある。
泥管同様に陽光を克服し、無惨でさえも砕く事ができない強度の肉体を得た。そんな鬼をこれ以上増やしてたまるかという話で。
「そんな事許可できるか!」
「そんなっ……!?」
「これ以上あんなナマモノを増やしてたまるか!!?」
一理ある。下弦達も同意してしまった。
怒りすぎた無惨はそのまま下弦の陸を食い殺してしまった。自分達もああなる、と恐れるべきなのだがどうにもグダグダになっていてそんな気になれない。
陸が死んで血が落ちた後、恐る恐る零余子が手を挙げた。
「質問、よろしいでしょうか……?」
「……なんだ」
「下弦を解体する、ということは私達も……その……下弦の陸のようにされると思うのですが」
「私はどうなるんです……?」
無惨は大層困った。さっきまで見ないように、見ないようにと必死に目を背けていた現実の方から尋ねられてしまった。
先程も述べた通り、零余子は泥管と同じく無惨ではどうやっても殺せない。負けはしないが勝てもしないという頑張るだけ無駄な存在になっている。
しかし下弦の解体は決定済。残しておいても鬼狩りを勢いづかせるだけなので処分したいのだが、処分する方法がない。
本当に、本っ当に物凄く嫌そうな顔をしながら、無惨はため息をついた後にこう言った。
「…………お前は数字を剥奪して終いだ」
零余子大勝利。無惨が諦めたとも言える。
しかしそうなると納得できないのが他の下弦。零余子のようになれば助かるのなら自分達だって助かりたい。
死から逃れたい一心で下弦の弐が泥管に飛びかかった。
「ならば私も……!」
「待て!」
まさか泥管に飛びかかるとは思っていなかったのか、思考が読めたはずの無惨でさえ反応が遅れた。止めるよりも早く泥管の顔をむしり取ろうとして──
──ビックリした泥管にぶっ飛ばされた。
「───」
「…………まあ、いいか」
(いいんだ)
(泥管殿に襲いかかるとか……愚かにも程がある)
(何あの化け物……?)
満場一致で弐が阿呆だった事になった。それはそう。
ちなみにぶっ飛ばされた下弦の弐は琵琶の鬼、鳴女によってしっかり回収済。無惨が美味しく頂きました。
残った鬼の中で唯一泥管の事をよく分かっていない下弦の参は困惑しっぱなし。なんかあれ無惨様より強くね?
「それで、貴様は何か言い残すことはあるか?」
「えっ、あっ、その」
「無いな。よし死ね」
その不敬な思考を読み取られて参もパックンチョ。そらあんなのと比較したら無惨も怒るよ。
最後に残った下弦の壱。彼にも最期に言い残すことはないかと尋ねる。どんな命乞いが飛び出すのか、と無惨は冷めた目で見下ろしていた。
「そうですね……私は、夢見心地で御座います」
「……ほう?」
しかし彼から出てきたのは命乞いでもなければ反抗の言葉でもなかった。
曰く、無惨直々に手を下して戴けることが。自分は人の不幸や苦しみを見るのが好きなので、他の鬼の断末魔を聞けるよう最後まで残してくれた事に感謝していると。
思考を読んでも何一つ嘘はない。彼は心の底から下弦の断末魔を楽しみ、今この瞬間も無惨への感謝を嘘偽りなく述べていた。
「気に入った」
触手が伸びる。食われる──ことはなく、針が打ち込まれた。
脈打つ肉から何かが流れ込み、肺を握りつぶされたような悲鳴があがった。血を吐き、白目を剥いてその場に蹲っている。
「私の血をふんだんに分けてやった」
「ガハッ……!?」
「ただし、お前は血の量に耐えきれず死ぬかもしれない。だが順応できたならば、さらなる強さを手に入れるだろう」
死にかけている鬼を微塵も心配せず、喜色を滲ませて指令を与えた。
鬼狩りの柱を、耳に花札のような飾りをつけた鬼狩りを殺せと。そうすればより多くの血を分けてやろうと。
それだけ伝えると、鳴女が琵琶を一つ弾いた。下弦の壱がどこかに放り出されると、無限城は再び静寂だけが残った。
「……お前は引き続き”青い彼岸花“を探せ」
「アッハイ」
「──」
いやまだコイツらがいたわ。鳴女さんもう一回よろ。
【大正コソコソ話】
零余子の変化については上弦の鬼も把握している。なんならそれぞれと一回ずつ会ったことがあり、若干トラウマになっている。
壱からはなんかガッカリされ、弐は揶揄われただけ。参は腕試しをしようと思ったら女じゃねーか!と見逃され、肆と伍からはなんかごちゃごちゃ言われた。陸は妹からブスと言われ、兄からは「頑張れよぉ」と励ましの言葉を頂いた。陸のお兄ちゃんは優しくてよかった。
ほぼ原作沿い部分は大幅カットしてもいい?
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ええんやで
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駄目、全部書け