あの日から五日が経った。
せいぜいこの世から一つの命が消えただけだというのに、多くの人々がいまの幸福を奇跡と呼んで噛み締めている。
そんな奇跡の一端に童磨達は加われた。鬼舞辻無惨の死は鬼全ての死と同義であったが、陽の下で人間のように生きていられる。
ご都合主義にも程がある奇跡を起こした張本人、泥管はどうなってどこで何をしているのかというと。
「〜♪」
なんてことはない。鬼殺隊と会う前のように畑を耕し、鼻歌混じりに季節の野菜を楽しんでいる。尚速度は音より速いものとする。
鬼舞辻無惨の死は彼にどんな影響を与えたのかは知らないけれど、彼の素顔が隠れたままである事に変わりはない。オシャレでも楽しむように一日毎に見た目を変えていた。
あの日の戦いが終わった後、泥管は一日経ってから皆の前から姿を消した。
これまでの後ろめたさや罪悪感から姿を消したわけではなく、ただ単に疲れたから自宅へと戻ってきただけである。喋ると疲れるのよ。
お陰で鬼殺隊は『泥管さんいなくね?』とややパニックになりかけていたが安心して欲しい、ちゃんとこうして生きている。
まあ無限にも等しかった寿命に終わりも見えたし、そのうち歴史の片隅に珍妙な都市伝説的な扱いをされて消えていくだろう。
今の季節は秋。実り多くして美味に囲まれる素晴らしい日々だ。
「思ったより、キツイ、です、ね……!」
「山道ですから。そちらは大丈夫です?」
「だい、じょう、ぶっ……だ……!」
「───?」
と、感傷に耽っていると聞き馴染みのある声が聞こえた。女性が二人と男性が一人。余裕綽々な女性に対して残る二人は青息吐息といった様子。
声のした方に振り返ってみると、そこにいたのは汗だくの珠世と愈史郎。そしてこちらに気づいて手をブンブンと振っている零余子の三人だった。
ひとまず家の中に案内し、井戸から汲んだ冷たい水を飲ませてやる。疲れきった身体にはちょうどよかったのか、大きめのコップに注いだ水を三杯も飲んでいた。
一頻り落ち着いたのか、ようやく水を飲む手が止まった珠世が話を切り出した。
「改めて……鬼舞辻無惨の討伐、ありがとうございました」
「───」
「貴方のお陰で私も愈史郎も人間へと戻り、人間として死ねるようになりました……!」
「───?」
「あ、そっか。泥管さんすぐ帰っちゃったから知らないんだっけ」
何ぞそれ。と思ったら無惨を討伐した後に人間に戻す薬を使ったらしい。知らんところで功績が増えた。
とは言ってもそっちの方面で泥管がしたことはそう多くはない。ちょっと無惨の両腕を引きちぎってちょっと自分の腕も引きちぎっただけだし。
薬も毒も泥管はただ素材を提供しただけ。それを完璧な形で調合できたのは偏に珠世と胡蝶しのぶの知識と腕によるもの。そんなに礼を言われても反応に困ってしまう。
というか人間に戻れてよかったー!で終わっていいんじゃないか。ぶっちゃけ誰も彼も鬼舞辻無惨の被害者だったわけだし。
「……実は、その話をしに来たのです」
「──?」
「泥管さん…………貴方も人間に戻りませんか?」
「────」
珠世達は一目見て悟った。泥管はまだ人間に戻っていないのだと。
首から下は確かに人間のように見える。しかし頭部はやはり今までと何ら変わらない異形のもの。被りものというわけでもなく、彼の首に繋がるれっきとした肉体だ。
自分の身体の肉を他人に分け与えただけで陽光を克服させるほどの特異体質。無惨が死んでも彼だけが鬼のままであったとしても何らおかしくはない。
今の珠世には……鬼殺隊達には泥管を人間に戻せる確実な手段を持たない。珠世達に使われた人間戻しの薬の素材は泥管の肉が含まれているのだ。泥管本人には大した効果を発揮しないだろう。
だから、これが彼女達なりの恩返し。何年、何十年かかってもいい。いつか必ず泥管を人間に戻す薬を作る。
珠世達が来たのはその事を伝える為。これからは私達が貴方を助けたいのだと示す為。
強くて真っ直ぐな意思を前に泥管はこう答えた。
──もう鬼じゃなくなってますと。
「………………………………はい?」
「ええ…………?」
「そ、それはどういう……こと、で……?」
ちょっと理解が追いつかない。え?鬼じゃなくなった?じゃあその見た目は何?その頭は何?お前ナチュラルボーンでその頭なの?
次から次へと湧いてくる疑問。想定外どころかあるはずがない回答に三人全員が困惑と動揺を隠せずに問いかける。
泥管は少し困ったような素振りを見せると、何かを思いついたのか部屋を出て何かを探しに行ってしまった。
それから数分後。戻ってきた彼の手にあったのは大量の書物。表紙には『備忘録』と数字だけが書かれている。
促されるままにぱらりと捲ってみると、そこに書かれていたのは珠世も産屋敷さえも知ることのなかった過去が載っていた。
二、三行毎に『ちょっと待てい!』とツッコミを入れたくなる内容が書かれていたが、今一番知りたいのはそこではないのでグッと堪えた。
ちょいちょい出てくる戦国武将やら幕府の偉人やらに目眩を起こしつつ、それでも泥管のことを知るのに無関係だからグッと堪えた。
答えらしい文章を見つけたのは大正になってすぐあたりのことが書かれていた箇所だった。
どうも自分は他の鬼とは違うらしい。
特異な存在であるのは一目瞭然だが、そういう話ではない。鬼になる前から違っていたような気がする。
好奇心が祟って多くのものを漢方のように口にしていたが、一体どれが原因なのか。今となってはそれもわからん。
仙人の豆、
思えば自分は鬼であるという感覚が薄い。血を流し込まれたのは確かだが、変わったのは見てくれと身体能力くらい。
ひょっとしたら漢方として口にしていた物と食い合わせが悪かったりしたのだろうか。ならばこの歪さも納得がいく。
「……………………つまり?」
「
なんてこった。コイツ元々人間やめてんじゃねえか。無惨に謝れ。いややっぱ謝らなくていいや。
ここにきて鬼舞辻無惨よりもよっぽどヤバそうな真実を知った珠世達三人は名状し難い恐怖を感じたのでSANチェック*1です。1d10*2で振ってください。
「……泥管さんって凄いんですね!」
「現実逃避はよせ!?いやそもそもこれはどうにかなるのかっ……!?」
「わたしチンアナゴ!」
「珠世様ァァアアアア!!?」
ダメみたいですね。
最後の最後。なんなら最後を通り越してエンドロールの向こう側。
なんか知っちゃいけないことを知ってしまったような気がしなくもないけれど、これで鬼殺隊と泥管の話はお終い。
生まれてくることができて幸福でした。
どうか笑顔を忘れないでください。どうせ泣く暇もないのでせめて笑っていましょう。
後ろめたいなんてそんなことを思わないで。アレに比べれば全てが些事です。
私達がいたということを憶えていて……忘れられるわけないわな。うん、なんでもないや。
目を逸らさないでください、アレと出会したことが何よりも幸運で不運で、そしてどうしようもなかった。
アレの存在がすべてをとち狂わせ、なんもかんもトンチキ理論で蹴散らした。
アレの事を考えるだけで腹のあたりから酸っぱいものが上がってくるのです。
叶うことなら知らずに生きていたかった。皆そう。ホントにそう。
でも逃げられませんでした。忘れるか見なかったことにするか知らんぷりをするか全てを諦めるか。
けれど選べるだけまだ幸せです。いやマジで。
本当にヤバいことは雪崩のように一瞬で押し寄せ、腹を括る余裕も与えてはくれない。
ただただ分からなかった。アレが何なのか最後まで分からなかった。
まあアレは敵ではない。見て欲しいアレが作ったこの野菜の大きさを。
彼の存在がなんだったのかなんて頭を悩ますことはもうない。
諦めたし見なかったことにしたし忘れたい。
いつだってアレは理解できないことばかりやりました。
山ほどの奇行がいつの間にか無惨を追いつめ、滅ぼした。
皆の力です。誰一人欠けても勝てなかった。多分。
生きていることは奇跡。誰もが尊い人です。大切な人です。
精一杯生きてください。
でも誰かアレを何とかしてください。
「あは、あはははは……どうしよコレ」
「珠世様ぁああああ!?気を!気を確かに!?」
「……珠世さーん、深く考えない方がいいと思いますよー?」
「────?」
「いやお芋はいいです。赤茄子ください」
「お前もか!?お前もなのか!!?」
まあ、お疲れさん……?
【大正コソコソ話】
泥管は人間だった頃、珍しいものを片っ端から試すタイプの人間だった。身体にいいと聞いて様々な物を漢方のようにして摂取していた結果、人間の時から本編泥管よりちょい柔いぐらいの強度と身体能力を持っていた。
うっかり無惨が血を注入できるくらいには柔らかかったせいでクソデカフィジカルモンスターが生まれてしまった。なんもかんも無惨が悪い。
本編のストーリーはこれで完結となります。まだ泥管の人間時代についてと現代編という蛇足を書く予定なのでよろしければ最後までお付き合いください。
ほぼ原作沿い部分は大幅カットしてもいい?
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ええんやで
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駄目、全部書け