時は平安。陰陽師でもなければ鬼という言葉を使うことがない、平穏だった頃の話。
とある町に有名な男がいた。
その町に住む限り彼のことを知らぬはずがないと言われるほど、誰も彼もがその男のことを知っていた。
男の名は
「よう!飯筒の旦那!今日も面白いモンは見つかったかい?」
「…………!」
「はっはっは!相変わらず体躯の割に声が小さいな!だがわかるぞ。お前さんの機嫌がいいからすぐわかる。いいもん見つけたんだな?」
「…………!」
「そりゃあよかったな!また腹を壊したりしないようにしろよ!」
この頃の平均身長は160cmほど。その中で一人200cmを軽々と超える背丈の男こそが飯筒奈澄であり、後に泥管と名乗る人間だ。
本人の気質なのかそれとも身体の問題か。体躯に見合わぬ小声でしか話せない男だったが、世話を焼きたがる男を邪険にする者はいなかった。
町中で見かければ声をかけ、困っていることがあれば相談をしに行く。変わり者であれども爪弾きにされてはいなかった。
そんな彼の趣味は珍品収集。ふらりとどこかへ行っては大金をはたいて珍妙な物を持ち帰っていた。
ある時は19の大吉と1つの大凶が書かれた20面の賽子を。
ある時はフグのようなクジラのようなどちらともとれる毒を持った魚を。
ある時は片田舎の貴族に投げつければいい事がありそうな金の卵を。
ある時は脳を溶かしてガチャガチャと叫びたくなるような虹色の星型八面体を。
そうしたものを集めて眺め、口にできそうならば粉末にして漢方のように飲んでいたりと一風どころか百風くらい変わった趣味の持ち主だった。
この日持ち帰ってきたのは青い彼岸花。普通は赤いはずの彼岸花が彩やかな青に変じた奇妙な代物。
普段と違って何も知らぬ者から見ても分かりやすい珍品にすれ違う人々もおもわず目を向けてしまう。
どこか人の領域にあってはならないような不気味さと、理解不能の美しさが共存している歪な雰囲気。これは男のお気に入りになりそうだ。
2m越えの体躯に読者なら見覚えのあるお奉行様の顔が乗っかった男はニコニコと笑いながら軽い足取りで自分の屋敷へと帰った。絵面が不審者過ぎる。
早速花瓶に挿して眺めよう……と思っていたのだが、ふと悪い好奇心が顔を覗かせた。
──これを薬にしたらどんな効果があるんだろう。
これが男の悪い癖。自分で自分に試すなら誰にも怒られないだろうから、と何が起こるかも分からない薬を作っては平気で服用する。一種の人体実験のような癖だ。
元々知識欲が強かったこともあり、男は青い彼岸花を飾ることを取りやめて別の部屋に移動。薬研*1や土瓶、いくつもの秤が並んだ部屋に移動した。
彼のやり方は単純明快。とにかく粉末にして水で飲む。それだけ。
石のように固ければヤスリで削るか小さく砕いてから乳鉢で磨り潰し、草や花であれば薬研や石臼で挽いてから煎じて茶のように啜る。
青い彼岸花は後者。鬼舞辻無惨がいれば『ちょっと待てい!』と止めに来るくらい貴重なソレを一切の躊躇なく加工。ゴリゴリ、ズリズリと重い音を立てて薬っぽい何かへと変えていく。
加工すること数十分。青い彼岸花は湯のみの中で極彩色に輝く奇妙な液体へと変じた。これ本当に大丈夫なやつ?
匂いは最悪。腐敗した魚とドギツイお香を足して全部台無しにしたような匂い。口にするのを躊躇うくらいには酷い匂いだ。
しかしその程度で踏みとどまるはずもなく。男は鼻をつまみながら湯のみいっぱいのヤバそうな液体を一息に飲み干した。
口に広がったのは強烈な苦味。次いで血のような鉄の味を感じ、その後はイガグリでも押し込まれたように口内が痛む。やっぱヤバかったのでは?
鼻から指を外してみれば、人によっては嘔吐するだろうと思えるほどの匂いが抜けていく。男も軽くえずいた。クッサ。
しかし彼の肉体に分かりやすい変化は見られない。ただただ大金を払って死ぬほど臭くて死ぬほど不味い液体を飲んだだけの大バカ野郎が生まれただけである。
まあいつもの事だ。男は何一つ気にとめず口直しを探しに行った。
尚、この時点で彼の肉体は粗悪な
「貴様が飯筒奈澄だな?」
「…………?」
青い彼岸花で味覚が死んだ日の夜。彼の元に一人の客が訪れた。
彼は鬼舞辻無惨、と名乗っていた。
はて、鬼舞辻と言えば少し前にまるごと消えてしまったという名家ではなかったか。血の跡を残して忽然と消えたものだから神隠しだとか妖怪に喰われたとか憶測が飛び交っていたような。
あの家ではとても病弱な子が生まれてしまい、いつも医者がいたと聞いていた。その医者すらも消えたというのだからよく覚えている。
で、目の前の男はそんな鬼舞辻を名乗っている。もしや死んでも死にきれなかった者が化けて出たのか?それとも事情を知らぬ賊が名を騙っているのか。
どちらにせよそのような不気味な者に関わる気になれない。物言わぬ珍品になって出直せ。
しかし鬼舞辻無惨は男の話に耳を貸さず、それどころかズカズカと無遠慮に上がり込んできた。
いやちょっと待たんかい。流石にそれは見過ごせない。男は無惨の肩に手をかけて引き留めようとした。
「触るな」
「っ…………!?」
そこにいたのはおよそ人とは思えぬ威圧感を撒き散らす怪物。蛇のように縦長の瞳孔を赤く輝かせ、苛立ちを滲ませた声で拒絶するナニカだった。
まあ知ったこっちゃないが。
「ん……?おい何をし─────」
バキバキィッ!!!
男は基本的には誰にでも優しかった。だが一度怒らせると怖かった。
他人の家に勝手に入んな。男は顔を顰めて無惨を窓から投げ飛ばした。しかも片手で。
当然急にそんなことをされて反応できるはずもなく。無惨は何の抵抗もできずに屋敷の外へと投げ出された。
「がっ……!?な、何が起こったっ……!?」
「…………」
「貴様ァ!私に何をした!?」
投げただけやで。
これは無惨からすれば信じられない出来事だ。何せ無惨は人を辞めて鬼となった身。身体能力は人間の比にならないほどに強くなっているはずなのだ。
それがなんの抵抗もできずに物凄い勢いで外に放り出された。明らかに自分と同じかそれ以上の力で。アイツなんなんマジで。
とはいえそこは鬼の始祖。頑丈な体には傷一つついておらず、放り出された先で土に塗れようともダメージらしいダメージはない。
穏便に済ませる……というつもりは更々なかったとはいえ、これは想定外にも程がある。男の肉体が常人のそれとは一線を画しているとしてもだ。
動揺を隠せない無惨に対し、男は至って冷静。棘がついたクソデカ金棒を引きずりながら屋敷から出てきた。
「…………!」
「っ、死ね!化け物!」
恐怖を誤魔化すように無惨が飛びかかる。まだ鬼になって日の浅い無惨には身体能力に任せて切り裂く以外の攻撃手段が思いつかない。
無防備な腹を晒して飛びかかれば男がやることなぞ一つしかなく。クソデカ金棒を軽々と振り回して無惨を天高く殴り飛ばした。
「ぼえーっ!!?」
「…………」
ドカァンッ!!とおよそ生身の人間からは聞こえないような轟音。あまりの威力に腹を守ろうとした無惨の腕がちぎれてしまっている。
血を撒き散らしながら夜空目掛けてかち上げられた無惨。落下死、なんてくだらない死に方はしないだろうが落下した後にあの男に殺されるかもしれない。顔をさあっと青ざめさせるが、ここからできることは何も無い。
ようやく手放せたはずの死への恐怖が再び顔を出し、背筋が凍りつくような感覚に陥る。嘘だろ?あんなよく分からない変人に殺されて終わるのか?
しかし何もできぬまま落下。グシャリ、と水っぽい音を立てて地に伏せた無惨は次の瞬間に来るかもしれない死の影に怯えるしかなかった。
……が、どれだけ経っても何も来ない。それどころか足音さえ聞こえない。これはどういうことか。
恐る恐る顔を上げてみると、そこに立っていたのはぼんやりと虚空を見つめるような顔の男。撒き散らした無惨の血を頭に被ったまま、何をするでもなく突っ立っている。
「……な、何だ?」
「…………」
「まさか……私の血に何かあるのか?」
運がいいのか悪いのか。ちぎれた腕から噴き出した血を浴び、その時に幾分か無惨の血を口にしてしまったらしい。そのせいなのか男には動く気配が見られない。
おっかなびっくりといった様子で近づく無惨。目の前まで辿り着いても特に反応はなく、そもそもこちらに目を向けることさえしていない。
このとき無惨はあることを思いついた。思いついてしまった。
──もっと血を飲ませたらどうなる……?
元々陽光を克服する手段の手がかりなんてあってないようなもの。青い彼岸花以外の手段も模索しておいた方がいいのでは?試せるうちに試しておいた方がいいんじゃないか?
考えれば考えるほど動かない理由が減っていく。おいバカやめとけ。未来で死ぬほど後悔すんぞ。
しかし無惨は止まらない。憧れは止められないのかノロノロとした動きで男に近づき、腕の断面から血を口の中へと注ぎ込んだ。
体格差故に苦労しながらも、口の中に垂らした血は無意識でも嚥下されていく。加減を知らぬ無惨が阿呆みたいな量を注ぎ、意識が薄くなっている男は注がれた分だけ飲んでいく。
もうどれだけの血を飲ませただろうか。腕が疲れた無惨が血を飲ませるのを止め、ゆっくりと距離をとる。
このまま死ぬのか、それとも何か爆発したりするのか。不安と好奇心が綯い交ぜとなった心境で男を見守っていると。
「………………!!!?」
「な、何だ!?何が起こった!?」
急に男が全身を震わせながら苦しみ始めた。何かを吐き出そうとしているのかそれとも酸素を求めているのか、喉元を掻きむしりながら口をパクパクとさせて悶え苦しんでいる。
やはり死ぬか?と思った次の瞬間。無惨の耳にも聞こえるほどに強く心臓が脈を打った。
「─────!」
「おお……お……おお…………?」
ミシミシと軋む肉体と、奇天烈に膨らむ頭。一体何が起ころうとしているのか。
数分ほど苦しんだ末に男の悲鳴がピタリとやむ。そこに立っていたのは最早変わり者の人間などではなく、無惨と同じ異形と化した人ならざる怪物。
頭部だけが左右で白黒に分かれたクマのような見た目に変化した。
「…………私の血はどうなっているんだ?」
「────」
無惨は怖くなった。そうはならんやろ。なっとるやろがい。
え?私の血を飲ませると皆こうなるのか?それともコイツだけ?というか何その見た目。論破が飛び交う世界で裁判長でもやってそうな見た目してんだけど。
ちょっと度し難いというか受け入れ難いというか、理解不能な結果を目の当たりにした無惨は呆然とするしか無かった。こんな事になるとは思わんやろ普通。
せめて意思疎通くらいはできたりしないだろうか、と一縷の望みに縋るように声をかけてみる。
「……喋れるか?」
「───」
「お、おお……そうか…………」
何か頭の中に直接声が響いているような気がしなくもないが気のせいだろう。とりあえずコミュニケーションは取れるからヨシ!
「─────!」
「ん?どうしへぶっ!!?」
が、ダメッ……!!人をやめても先程までの怒りが消えるはずもなく。落ちていた金棒を拾ってフルスイング。どこを見てヨシって言ったんですか?
先程とは違いどこかコミカルな一撃。カートゥーンアニメで死人が出ないように、死ぬほど痛いけど血が出たり腸をぶちまけたりはしなかった。
けれど痛いものは痛い。よくわからないが敵対したままなのは確からしいので、無惨は慌てて逃げ出した。あの男が肉体の変化に慣れていないうちに、と転がるように逃げていった。
これが1000年後に死ぬ鬼舞辻無惨の始まりである。お前絶対許さんからな。
【平安コソコソ話】
泥管から逃げた無惨は『いやそんなはずはない』と仮説を否定する為に鬼を増やしまくった。運良く早めに鳴女を生み出せたお陰で死なずにすんだが、下手をすると最初の戦闘で死んでいた。
前回と今回の珍品答え合わせ
・仙人の豆
↳仙豆(ドラゴンボール)
・M痣の赤茄子
↳マキシムトマト(星のカービィシリーズ)
・有名な怨霊の指
↳両面宿儺の指(呪術廻戦)
・毒々しい赤キノコ
↳スーパーキノコ(マリオシリーズ)
・渦巻き模様の不味い果実
↳悪魔の実(ONEPIECE)
・大吉と大凶の20面賽子
↳リスキーダイス(HUNTER × HUNTER)
・フグっぽいクジラっぽい魚
↳フグ鯨(トリコ)
・片田舎貴族に投げたい金の卵
↳金の卵(バイオハザード4)
・虹色の星型八面体
↳聖晶石(Fate/GrandOrder)
ここに書かれているものだとリスキーダイス以外は一通り食ってる。宿儺は消化されたのでいません。
ほぼ原作沿い部分は大幅カットしてもいい?
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ええんやで
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駄目、全部書け