「………どういう、ことだ?」
ナザリックのNPCの名前一覧を眺めるアインズは、頭を抱えて項垂れるしかなかった。
彼は元凶の調査に向かったメンバーの名前を定期的に眺めながら、彼女達の無事を確かめていたが……今浮かんでいるコンソールを見て愕然とする。
そこにはシャルティアを除く全員の、死亡通知が記されていた。
すぐさま状況を確認するべくシャルティアに伝言を繋げようとするが、彼女はこちらからの連絡に一切応答せず、不安がよぎる度に沈静化が働く。
一体何があった?
確かにデミウルゴスがあれほど発狂するくらいならば、プレアデス達には荷が重い相手だったかもしれない。しかしシャルティアが一緒ならば、無傷とはいかなくても連絡ぐらいはよこしてもよさそうなものなのに。
(…………あれ?)
ちょっと待て。
ここでふとアインズは、ある重大なことに気付いた。
(なんで俺、
こんな時、いつもならばNPCの身を案じて、壁役のデスナイトを護衛として何体か与えていたはずだ。
なのに今回、自分はデスナイトどころかスケルトン一体すら用意していない。
(どうして……!?)
普段の自分では考えられない重大なミスに、何故今の今まで気づかなかったのだろうか。
『ーーーー』
「!」
だがここでシャルティアからの伝言が繋がり、浮かんだ疑問を一度置いておくことにする。
「シャルティア、無事なのか!? ユリ達はどうした!?」
つい支配者のロールが不完全になってしまうが、今のアインズはそれどころではない。
「……………」
「シャルティア?」
アインズからの心配の色がこもった呼びかけに、彼女は不気味なくらいの沈黙で返す。
もしや話せる状態ですらないのかと、アインズは固唾を呑んで彼女の答えを待つが……
『……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい』
「!?」
堰を切ったように溢れ出したのは、謝罪の言葉だった。
まるで壊れた人形のように抑揚のない声で同じ言葉を繰り返すシャルティアは、伝言越しでも尋常じゃないと理解できる。
「し、シャルティア? 一体どうしたんだ!?」
シャルティアの言動に困惑する度にアインズの精神は沈静化されていく。
せめてなにがあったのかだけでも説明してくれと懸命に言うが、最終的に伝言が一方的に切られてしまった。
そこへアルベドが、扉を乱暴に開けて玉座の間に入ってきた。
「あ……アインズ様、大変です!」
よほど急いできたのか、いつもならすぐその場で跪くはずの彼女は、息を切らして膝に手を置いて顔を伏せていたが、数秒ほど呼吸を整えてからバッと顔を上げる。
「ナザリックの地表部に、正体不明の何者かが出現しました!」
「!」
報告の内容を聞き、アインズに緊張が走る。
現れた者の正体とやらは、この状況で考えられるのはデミウルゴスを発狂させた元凶だろう。恐らくシャルティア達との交戦を経て、本格的にナザリックに侵攻し始めたか。
「すぐに地表部のアンデッド達に迎撃させろ!」
「そ、それが……」
しかしアインズの指示にアルベドは何やら戸惑った様子で目を反らしている。
やがて意を決して口にした言葉は……
「地表部に配備された下僕達が、突然同士討ちを始めたそうなのです!」
「……………は?」
時は少しだけ遡る。
地上に配備されたアンデッドを含む下僕達は、左右前後の視界を一切見逃さないように監視し続けている。アインズの手で作られた彼らは主の命令のみを忠実に守り、もちろん統率も完璧なまでにとれ。いかな敵が来ようとも逃げずに挑み、例え力及ばず倒せなかったとしても主に情報を渡す策がある。
侵略者め、来るならば来ればいい。
御方の手を煩わせるまでもなく、我らが蹂躙してくれる。
言葉にはならずとも、彼らのそんな気迫が見て取れる。
するとここで墳墓の前に赤黒い転移門が開く。
地表の下僕達はそれを敵襲と確信し、すぐさま武器を構えて警戒する。
デスナイト達は盾を構えて攻撃に備え、
スケルトン弓兵達は弓に矢を番えて弦を引き、
エルダーリッチ達はいつでも魔法を放てるよう準備する。
至高の御方に仇なす愚か者を鏖殺せんと各々が身構えるが……
「ここが、貴女達のおうち?」
転移門をくぐり、やってきたのは………黒い髪に黒い目、黒い服を着た人間の少女だった。
武器を構えて警戒していたはずの彼らは、彼女を視界に収めた途端にカタカタと震えだす。
目の前の存在は間違いなく人間、アンデッドが最も忌み嫌う生者だ。
殺さない道理などはない。
ないはずなのだ。
なのに………
遠距離攻撃をするために後方に控えていた、エルダーリッチや弓兵のスケルトン達は……ただ震えるだけで攻撃しようとしない。
「あっ………ああ……?」
エルダーリッチは骨の内側が冷えていくような感覚と、自身の身体が震えていることに戸惑いを隠せない。
なんだこれは。
知らない、こんなのは知らない。
それが彼らにとって、生まれて初めて抱いた『恐怖』であると気付けない。
『ヴォオオオオオオオオオオオオ!!』
ここでデスナイトが絶叫し、フランベルジュを大きく振りかぶる。
その刃が娘に振り下ろされる…………ことはなく、隣にいたゾンビ兵を切り裂いてしまった。
グチャリと腐乱した肉の上半身がずり落ち、時間差で下半身も倒れ伏す。
さらには他の下僕達も、錯乱しながら手に持つ武器で隣に立つ仲間を攻撃しだしたではないか。別のスケルトンは自らを傷つけ、或いは無抵抗で仲間からの攻撃を受けていく。
娘の後から、ふらふらした足取りのまま転移門をくぐってきたシャルティアは、その光景を眺めて胸中を恐怖と絶望が占める。
娘は魔法など使えない。
ましてや転移門など開けるわけがない。
つまり、ここに門を繋いだのは……
「あっ………ああ……」
それは精神魔法では説明がつかないレベルの、異常な光景…………地獄絵図としか言い様がなかった。
どうして、自分はこんなことをしているのか。
どうして、この危険人物を自分達の拠点に連れてきたのか。
自分の行動なのに、わからない。
わからないからこそ、絶望しかない。
おもむろにシャルティアは、アインズに伝言を繋げる。
せめて敵がどのような力を持つのかを伝えればいいのに、喋ろうとすれば舌が動かない。結局シャルティアが口に出来たのは、アインズに謝ることだけだった。
一方的に伝言を切り、彼女は震える手でスポイトランスを空に掲げる。
「ああ、どうしてっ………なんでわたし………やだ、やだよお…! ごめんなさい、ペロロンチーノさま…………ごめんなさいっ、アインズさまぁ……!!」
最後まで残ってくれた、最愛の主。
自分を生み出し慈しんでくれた、生みの親。
二人に対する懺悔と謝罪を繰り返し口にしながら、シャルティアはスポイトランスで自らの胸を貫くと糸の切れた人形のように力なく倒れ伏す。
階層守護者最強と謳われた吸血鬼は、下等生物に恐怖した死に顔を晒しながら息絶えたのだった。
娘はシャルティアの死を見届けてから、眼前で殺し合うアンデッド達を眺める。
目の前の乱闘は一見すると滅茶苦茶だが、よくよく見ると墳墓の入り口に向けて真っ直ぐに……彼女を避けるように隙間が出来ている。
その隙間を縫うように娘が悠々と歩けば、発狂する者達の切っ先が彼女の髪の毛一本すら掠ることはなく………そのままナザリックに入っていったのだった。
「シャルティアアアアアアア!! ああ、クソが! クソがあ!! どうしてこんな!!」
とうとう彼女の死亡通知が届き、アインズは膝をついて崩折れて怒りのまま床を殴るもまた沈静化が働く。
全て、自分のせいだ。
かつての洗脳事件で学んだはずの教訓をなぜか忘れ、また同じ過ちを繰り返してしまった。
だが今のアインズには、後悔している暇すらない。
(まだだ………まだ倒せるチャンスはある…!)
ナザリックの通路にはいくつものトラップが仕掛けられている。
侵入者がトラップを踏めば即死は無理でもある程度のダメージを与えられるはずだし、途中には五大最悪も待ち構えている。
(せいぜい、恐怖公の眷属の餌にでもなるがいい……!)
娘は物珍しそうに壁や天井を眺めながら、薄暗い通路を歩いていく。
道中、彼女を知覚したアンデッド達やドアイミテーター達はガタガタと震えあがって唸り声を上げたかと思えば、自らの持ち場から離れて
そのうちトラップに触ってしまった者達は、転移したりダメージを受けたりしてその部分が空白になる。
まるで罠の場所を教えるように床に倒れる彼らを眺めながら、娘は彼らを足場にしてそれらを避けながら歩くだけだった。
同時刻、恐怖公が控える『黒棺』では拠点の真ん中に待機する主の周囲を、眷属達が忙しなく駆け回っていた。
「これは、一体………?」
先ほどから転移のトラップが発動しているのだが、なぜか敵ではなく自軍のアンデッド達が転送されてくる。
それを異様に思いながらもデミウルゴスを狂わせたという未知の敵への警戒を強くする恐怖公だったが、鋭敏な触覚の先がぶわりと何かを感知する。
近づいてきている、敵が。
ナザリックを侵そうとする、愚かな存在が………。
主の気迫を察してか、眷属達の動きがより激しくなっていく。
早く、殺さなければ。
殺さなければ
ころさなければ
ころサなケれバ
コろサナけレば
「あ………ああ………」
杖を持つ脚が震えている。
恐ろしい。
恐ろしい……恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい恐ろしい。
どういうことだ。
幾人もの侵入者に恐怖を与えてきたはずの自身が、姿すら見ていない敵に恐怖していた。
なぜ………と疑問に思っていると、ガリリと何かが削れるような硬い音が聞こえる。
「え………?」
聞こえていたのは自身の脚が齧られる音で、恐る恐る見下ろしてみれば………
自らの眷属達が、下半身に齧り付いていた。
「ぎゃああああああああああああああああ!!!?」
眷属達からの思わぬ反逆に恐怖公は必死に振り払おうとするも、彼らは鋭い顎で喰らいついて離れない。
「な、なにをっ、なにをして!? 止めなさい! 離れっ……誰かあああ!!」
眷属達は主の命令が聞こえないのか暴食を止めず、耐えきれず恐怖公は外に助けを求めるが、彼の声が聞こえないのか誰も来ない。
バリバリと齧られる片脚が千切れて立っていられなくなり、床に倒れてジタバタと必死に藻掻く彼に他の眷属達も次々と群がり、身体に纏わりついて甲殻から内蔵に至るまで貪り尽くそうとする。
「あがっ………やめ……いやだ、こわい! こわいいぃいイいいいィぃィ!!」
苦痛に泣き叫ぶその姿は、奇しくも彼らが今までに食い散らしてきた犠牲者と同じ有様で、悲鳴は徐々にか細くなっていきやがて聞こえなくなっていく。
眷属達は主の身体を残さず食べきると、今度は互いに共食いし始めた。
喰らいあい、殺し合うその様は正に蠱毒としか形容できない悍ましいもので、眷属達の数もどんどん減っていく。
最後に残ったのは仲間と主を食って肥え太り、変異した蟲がただ一匹だけだったが………ついにはその蟲も何かに怯えるような金切り声を上げたかと思えば、自ら命を絶ってしまったのだった。
第一・第二・第三階層、陥落。
このために先遣部隊にシャルティアを同行させました。