Damon's Magia   作:暁の教徒

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第一話:クロウリー総合魔法魔術学院

「がっ……はっ……」

 

 夜の帳が下りる町の中。新月が昇る暗闇の世界で、少年は血を吐き木の床で身をよじらせる。

 全身が冷たくなっていく感覚に、気づかないように荒く呼吸をする。そうでなければ、意識がなくなりそうだった。

 

「母……さんっ……」

 

 震える腕で地面を這う。血の轍を引きながら、重い身体を引きずる少年の眼前に、何がしかが立った。

 いや、立ったというのは不適切であろう──その存在は、闇夜の中でも存在感を放つ純白の翼を広げ、悠々と空間に漂う。絶対的な霊気が肌を突き刺す。産毛が逆立つような恐怖と共に顔を上げた少年の目に映ったのは、彫刻のように美しい、翼を生やした裸体の男。そして──

 

「──貴様の探し物は()()か?」

「……あっ、あああ……!」

 

 その手の中には、女性の生首。少年はそれを認識した途端、男になりふり構わず飛びかかった。

 

「……我を護れ」

「あああっ!」

 

 だが、その拳は男には届かない。不可視の壁が二人の間を断絶し、虚しく固いものを殴りつけた拳が潰れる音が響くだけ。それでも狂乱して腕を振り上げる少年に、男は暗闇の中で輝く羽をはためかせ、疾風が少年の身体を切りつけた。血反吐を吐いて倒れ伏してなお、憎悪の目で睨みつけてくる子供を睥睨する。

 

「はぁっ……ぐ、がぼっ……お、お前だけは……」

「ふむ……やはり、器は貴様であるべきか」

「がっ、ふ……」

 

 血の池に沈み、身体の奥から熱が引いていく少年の側に、男が膝をついた。女の首を投げ捨て、自らの胸に腕を捻じ込み──胸元から抉り出したのは、胎動する真っ赤なコア。

 少年の肩を抱き上げ、男は脈動する真紅の核を掲げる。仮面のような無表情で死の淵にある少年の胸へ、握り込んだ臓器を近づけていく。

 

「我が被造物……『魔核』を受け入れよ」

「がっ……ぐうっ、ああああッ──!?」

 

 少年の細い身体の中に、鳴動する臓物がズルズルと埋まっていく。血管が胸の奥へと張り巡らされ、魔核から溢れる力の奔流が少年の全身を焼き尽くしていく。絶叫しのたうち回る身体を押さえつけ、さらに奥へ、奥へとねじ込む。

 

「成長せよ。数多の魔力を喰らい、憎悪と共に歩むのだ」

「ぐ──!ぐぃっ、あああ──!?」

「そして我が元に帰って来い──神の器よ」

 

 魔核が少年の心臓を押しつぶし、魔力回路を血管に繋ぐ。体を大きく跳ねさせて、凄絶に目を見開いた少年は、それを最後に全身から力が抜けて糸の切れた人形のように地面に身体を投げ出した。

 男は闇夜の中に飛び立つ。血に沈んだ村を睥睨し、月の光すらもない暗闇に消えていった。

 

 始祖歴3084年、ペナンダンティ大陸から小集落セイラムが地図から姿を消した際の出来事である。

 

 

 

 

 

────────────

 

 

 

 

 

始祖歴3090年 3月2日 ペナンダンティ大陸──魔術枢アルスマグナ・学園都市マグヌム=オプス

 

「──おい、兄ちゃん!おい!」

「……ん……」

 

 小刻みに揺れる魔導タクシーの後部座席で、少年が薄く瞼を開く。春の訪れを感じさせる柔らかい陽光が徐々に網膜に染みていって、あくびを噛み殺す彼を覚醒へと誘う。

 眠たさの残る頭を振って窓から外を見ると──目の前には、白亜で彩られた美しい建物が見えた。四角形が多数積み重なったような、機能的な本棟が中心に聳え立ち、そこから蜘蛛の巣状に伸びた廊下が多くの別棟と繋がっている八角形(オクタゴン)型の建造物──あれこそがこの大陸の、ひいては世界最大の魔法研究機関にして学徒の集う魔導士の中心──クロウリー総合魔法魔術学院。

 白亜の城に目を奪われる少年へ、運転手は呵呵大笑をあげる。

 

「ははっ!学院に驚いたか!無理もねぇな、魔導写真で見るより何倍もデカいだろ!」

「……ええ、ペナンダンティに住んでるから地理には慣れていると思っていましたが……予想以上です」

 

 魔導タクシーが門扉の前で止まる。少年が財布に手をつけようとした時、運転手の上機嫌そうな声が遮った。

 

「あぁ、お代はいらねぇよ!入学試験、もうすぐだろ?」

「え?しかし……」

「俺がいいって言ってんだからいいんだよ!出世払いな!」

 

 運転手がそう言うと、いつの間にか空いていたドアは背中を押されて叩き出されてしまう。少年は手を伸ばしてタクシーを止めようとしたが、車は颯爽とUターンして走り去ってしまった。

 財布を握りしめたまま納得のいかない表情でしばらくタクシーが去った方向を見つめていた少年だが、やがて仕方なさそうにため息をついた。この狭いペナンダンティ大陸の中、住んでいればまた会えるだろう。その時に彼が言ったように、出世払いをすればいい。

 そうして、少年は振り返り校門に足を進めた、その瞬間──

 

「ちょっ、ちょっとこら!返しなさーい!」

『〜♪』

 

 青い空を、白い小さな光のような何かが飛んでいく。その光に吸い付くように、華麗な装飾を施された(ワンド)が捕まっており、小柄な銀髪の少女がそれを追っていた。

 

「あれは……矮小妖精のイタズラにかかったのか。災難な子だ」

 

 魔法生物──その身体を魔力で構成した生物のこと──の一種である妖精。その中でも自我のない特に矮小な存在が目の前を飛ぶ光だが、困ったことにああ言うイタズラをする知能はあるらしい。今も、少女の低い身長ではギリギリ届かない高さで杖を振り、翻弄して弄んでいた。

 これも何かの縁だろう。少年は足に力を込める。胸の奥から熱いものを下半身に集中させるイメージを固める。血管とはまた違う管を、熱く青い魔力が通る。

 

「ふぅ──はぁ!」

「きゃっ!?」

 

 そして解放。大きく踏み込んだ少年の身体は、数メートル先にいた矮小妖精を右手で引っ掴み、身体を捻って杖を左手で確保。握り込んだ手をそっと開き、光を解放してから驚いて尻もちをついた少女に手を差し伸べた。

 

「ごめん、驚かせたかな。この杖、君のだよね」

「えっ、ええ……ありがとう」

 

 自分で立ち上がった少女は差し出された杖をそっと手に取る。高級そうなシャツ、白い肌、綺麗な銀髪、整った顔。彼女が上流階級の人間であると気づくのに、対して時間はかからなかった。

 数秒茫然と矮小妖精が飛び立った方向を見ていた少女だったが、ハッと息を呑むと仕切り直すように咳払いをしてこちらを向き直る。

 

「こほん……褒めて遣わすわ、貴方。手を煩わせたわね」

「ペナンダンティは魔力に富んだ地だから、ああいう魔法生物が生活に密着してる。田舎から出てきて、ギャップに驚いていたけど……いつもの風景を垣間見れて、安心したくらいだ。手を煩ったなんて思ってないよ」

「貴方、この大陸に住んでるの?珍しい、学生と研究者しかいないと思ってたわ」

 

 彼女の言葉に苦笑する。事実、このペナンダンティ大陸はクロウリー総合魔術魔法学院を始めとした魔法研究機関が多く、この都市、マグヌム=オプスも寮に住む学生のために発展した土地であり、その他の住民というのはごく少数だ。特殊な生まれの人間を除いては。

 

「……ところで、君も新入生?なら急いだほうがいい、入学試験の受付が終わってしまうよ」

「あっ、そうね。もうっ、観光ついでに街を歩いてたら迷っちゃったせいでこんな時間に……ほら、貴方も行きましょ」

 

 話を逸らした少年を気にすることもなく、少女はたったっと学園の門に駆け出し──思い出したように止まって勢いよく振り返る。元気で少しお転婆な様子だ。

 

「自己紹介してないわ!わたくしとしたことが無礼を働いてしまったわね」

 

 少女は足を交差させ、右の指先で短いスカートの裾をつまんで左手を胸に当てる。シャツに隠れていた、ステンドグラスのように美しい蝙蝠型の小さな羽が、陽光を透かして腰からぱさっとはためいた。絵に描いたように洗練された、帝国式カーテシーと共に少女は軽く頭を下げて名乗る。

 

「わたくしはアゼリア・フロストヴェイン──グロヴルム帝国の武、凍てつく竜の青い血を引くフロストヴェイン家の末裔──誇り高き竜人(ドラゴニュート)よ!親しみを込めて、貴方にアゼリア様と呼ぶことを許可してあげる」

 

 フロストヴェイン家──ペナンダンティ大陸から離れた大地、その大国の一つであるグロヴルム帝国の建国以来継がれてきた、竜の血を引く貴族の名。想像以上のビッグネームに、目を見開いた。

 アゼリアは目で「貴方も」と合図をしてくる。帝国の作法は分からないが、失礼のないように深く頭を下げた。

 

「俺はオルター。生まれはペナンダンティ大陸──その……詳しい出身とファミリーネームは事情があってあまり名乗りたくないんだ、ごめん。とりあえずよろしく、アゼリアさん」

「そうなの?まあいいわ。よろしくね、オルター──よし、これで何も憂いはないわね!さあ行くわよ!」

 

 小さな羽を動かして、アゼリアはオルターに手招きしてを小走りで校門に駆けていく。

 とにかく、急がなくてはならないだろう。オルターも走り出して、その小さな背中を追って学院へと一歩踏み出した。

 

 

 

 

──

 

 

 

 

 

「わぁっ……!広いわね!」

「流石は世界最大の魔法学院だね……」

 

 クロウリー総合魔術魔法学院の正面エントランス──数多くの第一次試験生が集まっているその空間は、床まで白亜の石材が敷かれ、整えられた緑がコントラストとなって優しく美しい景色を造形していた。放射状に伸びる影が校舎の壮大さを感じさせ、思わず立ち止まって見上げてしまう。

 帝国から出てきたばかりのアゼリアと田舎生まれのオルター。物珍しい風景に物見遊山と化した二人が興味深そうに辺りを見渡していると、アゼリアが彼の袖を引っ張って柱の影を指差した。

 

「オルター、見なさい!あそこ、幻獣が集まってるわよ!」

「本当だ……檻に入れられてるから、研究モルモットなのかな」

 

 そこにいたのは、幻獣。元は単なる動物が、魔力に晒されたことによって身体が魔力に適応した魔法生物、あるいは魔力溜まりで生まれた生命体だ。コボルト、ゴブリン、トロール──多種多様な幻獣が、狭い檻の中に押し込められていた。

 その中でも特に目を引いた存在がいる。獅子の頭と前足、山羊の胴体と後ろ足、そして蛇の尾と鷹の羽。凶悪な上級幻獣──

 

合成獣(キマイラ)まで!やっぱり大きな研究機関はすごいわね!」

「本物を初めて見たよ……でもあいつ、暴れてるね」

「まあ、ただ捕まってるわけないわよね。でも檻も魔力で保護されてて固いし、脱走は無理でしょう」

 

 アゼリアの言う通り、合成獣が尾や爪を振り回しても檻が壊れる気配はない。心配せずとも、あの凶暴な生命体が放たれることはないだろう──そう思って目を離した途端、オルターの耳に小さな声が届いた。

 

烈火よ、爆ぜろ(ウェメンズ・フランマ)

 

 

「……?」

 

 怪訝そうにオルターが振り向いた瞬間──合成獣の檻から、大爆発が起こった。

 

「っ!?」

「なっ、何!?」

 

 周囲が大混乱に陥る中、二人は警戒して檻の方を睨む。爆風が舞い、奥の様子は分からない──煙の中から、何か激しく空を切る音が聞こえた途端、オルターは戦闘用グローブをはめ、拳を突き出した。

 砂塵の奥からアゼリアに襲い掛かろうとしていた蛇を、強かに殴りつける。驚いて腰を抜かした彼女を背にして守り、舞い上がる爆炎を手で切り裂いた先──睨みを効かせる獅子の頭が、鋭く光っていた。

 

「……き、合成獣が脱走したぁー!」

 

 どこかから声が上がると同時に、あたりの人々は一目散に校門へと走り逃げていく。女子生徒が足をもつれさせて倒れるのに誰も手を差し伸べず、挙句人々を押し除けて我先にと走る地獄絵図。オルターはそんな中で、油断せず合成獣と対峙していた。

 アレを倒す切り札はある。だが、周囲への影響を考えるととてもではないが使えない。故に、武器は拳のみ。半身で構えるオルターに、尻もちをついているアゼリアが叫ぶ。

「貴方も逃げなさい!無茶よ、魔法使い見習いが合成獣に立ち向かうなんて!ここはわたくしが……!」

 

 アゼリアが言い終わる前に、合成獣は獅子の爪を振り上げてオルターへ襲いかかる。奥歯を噛んだ彼女は落とした杖を引っ掴み、合成獣へと向ける。

 だが、オルターは冷静だった。迫る死の鋭さに手を伸ばし、口の中で詠唱する。

──我を守れ(デフェンド)

 瞬間、けたたましい金属音に似た音と共に合成獣の爪が止まる。オルターの手の中には、半透明の盾が精錬されていた。隙だらけの身体に、オルターの突きが入る。多少怯んだ獣に間髪入れず、さらに詠唱。

──吹き飛べ(アベオ)

 魔力の奔流が合成獣を押し返す。一瞬生まれた時間でアゼリアに手を差し伸べ、立ち上がらせた。

 

「貴方、魔導士なの!?こんな高度な魔闘術(アーツ)……独学で!?」

「説明は後!とにかく、俺も戦える!」

 

 合成獣はオルターの魔術で一瞬距離を取ったが、再び襲いかかってくる。舌打ちして、再び防護基礎魔術で対抗しようと手を伸ばしたオルターは、背後の冷気に気づいて真横に転がった。

──凍てつけ(グラキエス)

 アゼリアの杖から氷の槍が合成獣に放たれる。羽を貫いたそれは確かにダメージを与えたようで、獅子の咆哮が怪物の受けた傷の深さを物語る。

 

「アゼリアさん!君こそただものじゃないな、素晴らしい魔術だ!」

「誰に口聞いてるわけ?わたくしはフロストヴェイン家の子女なのよ!」

 

 アゼリアの火力があればいける──そう思った矢先ら山羊の胴体からモコモコと白い体毛が伸び始める。それは傷口を覆い隠したかと思うと、流れていた血がピッタリ止まった。二人は瞠目する。

 

「こいつっ、自己再生するの!?」

 

 驚く暇もなく、合成獣は魔力のこもった咆哮を二人に放ってくる。足に魔力を込めてアゼリアに飛びつき、彼女を抱えて緊急回避。先ほどまでオルターがいた地面は音波に砕かれ瓦礫が舞った。

 オルターに抱えられながら、アゼリアは悔しそうに歯噛みする。

 

「再生するなら、一発で吹き飛ばさないと……でもっ……わたくしじゃ……」

「……いや、方法ならある。アゼリアさん、あいつの足止めをして欲しい!」

「……分かった、貴方を信じるわ!凍らせて動きを止める!あいつの再生能力と魔法抵抗力から見て、10秒くらいしか止められないけど……!」

「十分!」

 

 すでに中庭には二人以外の影はない。逃げたのか、他の脱走した幻獣を捕えに行ったのか──なんにせよ、これならオルターも気兼ねなく切り札を切ることができる。

 合成獣は翼を広げて滑空し、上空で二人を見下ろしている。一度大きく飛び立ったかと思うと、鋭く角度をつけて二人に急降下攻撃を行う。

 アゼリアは杖を空に向けて、強い集中力を持って怪物を睨む。鋭い冷気が開き、合成獣を包み込んだ。

──凍りつき、留まれ(グラキエス・プロイベーレ)

 その言葉と共に、合成獣は氷像となって勢いよく墜落する。二人が背後に飛び去った地面へ、氷像が叩きつけられた。就学前の魔導士でありながら、高度な魔術を扱うアゼリアに思わず舌を巻く。

 

「早く!余裕がないわ!」

 

 合成獣を凍てつかせる氷の膜にはビシビシと亀裂が入っている。破られるのは時間の問題だが──オルターは焦ることなく、胸に手を当てて、周囲の魔力へ耳を澄ませた。

 

 冷気。青い魔力。鼻から吸った冷たい気が胸に落ち、心臓部に流れる。身体から凍てつき、魔力が青く染まる。胸の内から、熱い冷気の奔流が、渦巻くように暴れ出す。

 大きく飛び上がって、胸の中に手をねじ込む。オルターの胸の内は青く染まり、心臓の代わりに、何か脈動する『核』が蠢いていた。その『核』から、凍てつく魔力が弾けだす。見たことのない魔力に、アゼリアは大きく目を見開いた。

 

「何、あれ……」

「──力閃──」

 

 アゼリアの疑問に答えることもなく、空中で身体を捻って合成獣を睨む。獅子の頭を解放され、口をこちらに向けて咆哮攻撃を充填しているのがわかった。

 だが、もう遅い。単なる魔術を超えた、魔導士の必殺技──オルターは『魔技』はすでに完成している。溶け込んだ氷の魔力と、胸の内から溢れる無限大の魔力を混ぜ合わせ、熱く焼き切れそうな全身を奮い、魔力音波に青い閃光を叩きつけた。

 

「──極光!」

 

 溢れ出した魔力の奔流は、容易く音波を掻き消し──合成獣の巨大な体躯を包み込んだ。魔力が激しく発光して、思わずアゼリアは目を瞑った。

 すぐに光が晴れる。チカチカと明点する目を開き、グラつく頭でオルターが降り立った方向を見ると──中庭の一部が果てしない魔力に飲み込まれ、緑と白が削られている。そして、合成獣の痕跡は、跡形もなく消え去っていた。

 

「……なっ……!」

「……はぁっ……はぁっ……」

 

 オルターが膝をつく。それにすら反応できず、驚愕に目を見開いて先ほどの異常な魔力の塊を脳裏で反響させるアゼリアは、目の前で息を荒らげる少年が、恐ろしい武力を持った怪物だと認識せざるを得なかった。

 茫然と見つめ合う二人の上空に、演技らしいぱち、ぱちと言う乾いた音が響く。心のこもっていない拍手に目を向けると──大きな魔女帽子を被り、空飛ぶ箒に腰掛けたローブを羽織った女性が妖しく笑っていた。

 

「あらら。合成獣を倒すなんて。流石オルター、そしてフロストヴェインの娘だね」

「あ、貴方は……?」

 

 鈴を鳴らすような声は、オルターの耳に風に乗って聞こえてきた爆炎魔術の詠唱と同じ声。詰まるところ、これはこの女性──オルターと縁の深いこの人物が起こした単なる茶番。

 女性はクスリと笑い、指をそっと虚空に伸ばす。指先から爽やかな星色のミストが舞い散り、足を組み直して空から彼女は尊大にこちらを睥睨した。

 

「私はアラディア。アラディア・カニングフォーク。ここの教師──ここに来たのは勇敢なお二人さんに、試験合格を伝えるためだよ。おめでとう」

「ま、待って!状況が飲み込めない!試験合格!?試験は筆記もあるんじゃ……!それに、カニングフォークって……『神の扉』の!?」

 

 慌てた様子でまくしたてるアゼリアを、アラディアはクスクス笑う。箒に腰掛けたままゆっくりと高度を落とし、二人の前まで降り立った。

 

「合成獣の暴走はわたしが仕組んだ茶番──もとい、『特別試験』。立ち向かった子は無条件で合格させてあげるつもりだったよ。だって、画一的な試験だけじゃつまらないでしょう?怪我人は出なかったんだからいいよね」

「そ、そんな無茶苦茶な……」

 

 二人が言葉を交わす間、オルターは口を開かない──否、開けなかった。

 胸を抑え、脂汗が額を伝う。その金色の瞳が揺れる様子を見て、アラディアは懐から透明な液体の入った瓶を差し出した。

 

「無茶するからだよ。ほら」

「……ありがとう、アラディアさん……」

 

 青色の魔力線が浮いた右腕で、オルターがそっと瓶を摘む。液体をそっと口に含み、焼けるような熱さを感じながら嚥下した。瞬間、彼の身体を張り巡っていた魔力回路が溶けるように消えていき、オルターが気を失って前のめりに倒れる。

 

「あっ、オルター!?」

「クス、そう深刻そうな顔しないで。とにかく、私の名において君たちは合格。フロストヴェインの娘アゼリア。そして──」

 

 倒れかけたオルターの身体を、アラディアが細腕でしっかりと抱き止める。規則的に息をする彼の髪をくしゃりと撫でて笑った。

 

「私の愛息、オルター・カニングフォークくん?」

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