Damon's Magia   作:暁の教徒

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第二話:オルター・カニングフォーク

 ──耳鳴りがする。

 頭の奥から熱いものが昇り、脳の中心でじんわりと破裂するような感覚。不愉快な熱が血管を通って胸に留まり、吐き気のようなものが腹の底に溜まる。

 言い知れない不快感。無意識に伸ばした腕が何かに当たり、床に固いものが叩きつけられる音を合図に少年は目を覚ました。

 

「う……こ、こは……」

 

 簡素なベッドから身体を起こすと、解けていた金髪が肩をくすぐる。こそばゆさに目を細めた彼は襟足を掴み、いつものように手首につけていたゴムで、黒の差し色が入った細やかな髪を短く結う。身体を動かすと意識がはっきり浮かんできて、徐々に状況が腑に落ちる。

 

「俺は……たしか学院の試験会場で……」

「──あっ、起きた!」

 

 ドアの開く音に吸い寄せられた先には、銀髪を伸ばした小柄な少女が大きく目を開いていた。あの綺麗な蒼眼と涼やかな雰囲気には覚えがある。

 

「君は確か……アゼリアさん?」

「ええ、そうよ──全く、貴方ってば急に倒れて!驚いたわよ!」

 

 腰に手を当てて綺麗な目を細めるアゼリアに、少年──オルターは背中を丸める。

 記憶は鮮明だ。アラディア・カニングフォークの『入学試験』と称した戯れの中で合成獣(キマイラ)と相対し、必殺の『力閃極光』で難を逃れたが──その反動で気絶してしまった。

 強気な言葉を放ちながらも慮る態度を向けるアゼリアを安心させるために、オルターは袖を捲って腕を見せた。青い魔力線は浮いていない。後遺症は無い。

 

「心配かけて申し訳ない、アゼリアさん。もう大丈夫だよ」

「そう?何も無いならいいけど……アラディア先生にもきちんとお礼を言っておくのよ」

 

 アラディア。合成獣を討伐した直後に二人の前に現れた魔女。オルターがふと床に目を落とすと、割れた小瓶──おそらく手を伸ばした際に落としたもの──には、カニングフォークのサインが記されていた。彼女が処置してくれたのだろう。

 アゼリアは悠然とベッドの近くまで歩み寄ると、備え付けの椅子に腰掛けてオルターと視線を合わせる。

 

「一応、確認したいんだけど──貴方、カニングフォーク姓なのよね?」

「……そうだね、隠すようなことじゃない。俺はオルター・カニングフォークだ」

 

 しかと頷いた彼に、少女は目を見開く。身を乗り出して矢継ぎ早に言葉を発した。

 

「本当に!?あのアラディア・カニングフォークに子供がいるなんて聞いたことないんだけど!」

「ああ、えっと……落ち着いて。せっかくだから順を追って説明するよ」

 

 興奮した様子のアゼリアに、オルターは困ったような微笑みを浮かべながら手で制する。とはいえ、彼女がここまで取り乱すのも無理はなかった。

 

「まず、アラディアさん──俺の母親は、君が知る通りあの『神の扉』を開いたアラディアだよ」

 

『神の扉』──平素に言うならば、それは世界で最も優れた魔道士たちの組織。だがそれは人の手によって作られたものではない。ある種の『高次元の意志』による選別だ。

 天賦の才を持つ魔導士は、ある声を受けることがある。男のような女のような、老婆のような子供のような声。その啓示を受け入れたものは身体のどこかに数字の刻印が入り、『神の扉』を選別する高次元の意志に認められたことを証明する。

 始祖歴3000年の歴史の中で、『神の扉』を開いた人物はわずか49名、そして現在も存命が確実なのは3名のみ。

 帝国の魔導機械宰相、聖国の教皇にして戦乙女──そして、魔法医学の権威にしてクロウリー総合魔法魔術学院の学園長、アラディア・カニングフォーク。まさしく魔導士界の頂点に立つ人物たちだ。

 

「よ、予想以上の大物ね、貴方……」

「そんなことないよ。家族ではあるけれど、アラディアさんは俺の義理の母親──9歳の時に、彼女が俺を養子にしてくれたんだ」

 

 オルターは情報の洪水に面食らう少女にそう笑いかけた。そっと胸に手を当て、奥で蠢く鼓動を感じる。この胎動が、自分と養母を繋ぐ唯一のモノ。

 

「養子って……一体どうしてそんなことに?」

「それは……」

 

 胸に手を当てたまま目を伏せる。絶えず鼓動する力を感じるたびに、全身が熱く裂けそうになる。苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるオルターを見て、アゼリアは椅子から立ち上がりそっと一歩足を引く。

 

「失礼、配慮に欠けていたわ。答えられないなら大丈夫、わたくしだって言えないことも多いし、気にしないで」

「……申し訳ない、いつか話せる時が来たら……」

「気にしないでってば」

 

 泰然とした態度でアゼリアはオルターの恐縮を跳ね除ける。尊大に腰に手を当てて薄い胸を張る所作は、小柄な体躯ながらもどこか堂に入っていた。

 

「貴方が無事なことが分かっただけでも僥倖よ。それじゃあ、もう遅い時間だしわたくしは帰るわね」

 

 窓の外に目を向けると、四角形はオレンジ色で染まっている。倒れたのは昼過ぎだ、少なくとも4時間少々は経っていることに遅ばせながら気づいた。

 優美な所作で踵を返すアゼリアに心配してくれてありがとう、と声をかけようとした時──彼女のお腹からくぅぅ、という可愛らしい音が鳴いた。

 

「…………っ」

 

 アゼリアの白い綺麗な肌がみるみる赤く染まっていく。もしや、昼から何も食べないまま様子を見てみてくれたのだろうか。

 ベッドから這い出したオルターは、学生服の皺を軽く伸ばしながらそっとアゼリアの横に立つ。

 

「いい時間だね。アラディアさんから、ちょっと気になる店を教えてもらってたんだ。今日のお礼に夕食をご馳走したいんだけど……よければ一緒にどうかな?」

「ほんと!?あっ……く、食い意地張ってる訳じゃないわ。ただ誘いを断るのも悪いから……仕方なく着いてってあげるだけよ?本当だから」

 

 そっぽを向きながら誤魔化すようにそう言う彼女に笑みが溢れる。まだ共に過ごした時間は短いが、アゼリアとはいい友人関係を築けると、オルターはどこか確信していた。

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

「────♪──?どうしたの、オルターも食べなさいよ」

「あ……ああ、いや……見ているだけで満足というか……」

 

二人は学園都市マグヌム=オプスで有名な、幻獣料理店に来ていた。ほとんどの幻獣は食用には向かないが、大鶏(コアトル)角牛(マタドール)など元の動物に近い形を持つものは食用として馴染みがある。このレストランはそう言ったメジャーな幻獣からマイナーなものまで幅広く提供するのだが──今、オルターの前にはこの店の料理全ての皿が広げられていた。

 それらはもうほとんど空だった。それを飲み込んだのはオルターではない。明らかに自分の体積よりも多くの量を食らっているのに未だ億目貝(ムール)のスープを完璧なテーブルマナーを持って口に運ぶ少女──アゼリアの細い身体に、この店の八割が入っていた。

 

「あの身体のどこに消えているんだ……?」

「ん〜♪どれも美味しいわねっ!」

 

 入店時からアゼリアの食事ペースは一切落ちていない。魔術にもエネルギーを使うため、こうして食事を大量に摂れることはある種の才能だろうが──少し限度があるとさえ思えた。先ほど店員がものすごい表情で筒に差した長すぎる伝票を見て戦々恐々とする。

 結局、アゼリアの豪快な食事を見ているだけで満足してしまい、注文した肉料理を半分ほど食べたところでカトラリーを置く。ほとんど食べていないオルターに彼女は不思議そうな視線を向けていた。

 

「少食なのね」

「そうなのかもしれない……」

 

 支払いが怖かったが、数十万を超える金額をアゼリアは軽々と支払う。グロヴルム帝国建国から存在するフロストヴェインの財力を侮っていた。食事を共にして、アゼリアと親睦を深められた気はするが、オルターはなんだかどっと疲れが襲ってくる。

 

「ふう……満足ね。初めての外国だから少し緊張してたけど、食事も口に合うし気に入ったわ」

「そうか……嬉しいよ。俺の故郷をそう言ってもらえて」

 

 上機嫌に周囲を見渡すアゼリアに頬が緩む。貴族という立場故に、彼女との会話には少し力が入っていた自覚があるが、話してみればなんてことはない。少しお転婆で世間知らずな普通の少女だ。ぱたぱたと走り回る妹が出来たような感覚だった。

 学院に入学する海外の生徒は、そのほとんどが学院が用意したマグヌム=オプスの寮に入る。治安はいい地域だが、少女一人で帰らせるのも気が引けたために、オルターはその帰路を共に歩く。寮も見えてきた道の半ば、角を曲がったところでオルターは顔を顰めた。

 

『皆さん、お聞きください、神の言葉を!世界の壊滅の予言を!』

「……なんでこんな時に、ここでやるかな」

 

 オルターが見たのは、拡声魔法を用いて声を張る、翼族(アンヘル)の老紳士。カソックを纏ったその胸に逆十字のネックレスが見えて、ため息をつく。立ち止まった彼に不思議そうに振り返ったアゼリアが、老人とその人だかりを細い手で指さした。

 

「あれは何?その様子だと、あまり好ましいことじゃないでしょうけど」

「始祖教のカルト談合だよ。逆十字のネックレスをつけた信徒たちは教内でも悪名高い一派、『聖流教会(オルソドクシア)』で──いや、そんなことより離れようアゼリアさん。特に君は見つかったら面倒だから」

 

 興味深そうにカルティストたちを観察するアゼリアの手を取り、足早に踵を返す。だが、遅かった。

 

『──!亜人!ご覧ください皆さん!忌々しき亜人の姿を!始祖の愛を受けずしてのうのうと世に蔓延る幻獣の身を!』

「っ、はあっ!?何よその言い草!」

「落ち着いて、低俗な挑発に乗らないで!」

 

 激昂するアゼリアを羽交締めにして止めながら、オルターは歯噛みした。こうなることがわかっていたからこそ、始祖教信者と彼女を合わせたくなかったのだ。

 始祖教──その総本山であるセント・ドミニ聖国は極端な排他主義で有名だ。聖国の住民である翼族たちは特に差別意識が顕著で、先のような選民意識が根強い。無論全ての翼族がそうではないが──あの老人は当然例外ではなかった。

 オルターに抑えられて、アゼリアが反撃しないのを良いことに、老人の周りに集まっていたカルティストの翼族が数名近づいてくる。羽ばたき舞い上がった彼らは、すぐさま二人を取り囲んだ。

 

「嘆かわしい、亜人に魅入られたヒューマンとは……君はその穢れた血の歴史を知らないのですね」

「『聖典』に予言された世界の終わり……神の愛を向けられなかった亜人が嫉妬を糧に始祖に反逆し、世を血に染める忌々しき逸話……君も『神霊』として始祖が創生する新世界に再誕したくば、そんなトカゲの小娘など庇い立てるのはやめなさい」

 

 冷淡で、アゼリアを人間とも思っていない言葉。謂われない罵倒にアゼリアは怒りを溜めていく。胸の中で暴れる彼女の身体から、冷気が漏れてオルターのシャツが薄く凍りついていた。オルターも気持ちはわかるが、手を出すのはまずいと頭の冷静な部分が警鐘を鳴らす。このペナンダンティ大陸でも、始祖教は幅を効かせる一大勢力だ。敵対するのは避けたい。例え、アゼリアを不条理な差別に晒すのだとしても──その考えが頭をよぎった時、オルターは強く奥歯を噛む。

 必死にアゼリアを抑えるオルターに、何を思ったのか翼族の男が一人にこやかに近づいてきた。張り付けた笑みで、救いの糸のように手を差し出してくる。

 

「君もその小娘に脅されて庇っているのでしょう?敬虔なヒューマンよ、私の手を取るのです。正しい道はなんなのか、知恵ある君なら分かるはず」

「正しい道……」

「オルター、あんたっ……!」

 

 その言葉に、オルターはアゼリアを抑え込んでいた手から力を抜いていく。まさか、この翼族の言葉と、教会の圧力に屈するのかと、アゼリアは怒りを孕んだ目をオルターに向ける。

 オルターは目を閉じて、大きく息を吐く。ゆっくり手を伸ばして男の手を握り──魔力を全力で込めて、その無粋な手を握り潰した。

 

「ぐぅあっ!?きっ、貴様!?」

「正しい道か……そうだね、よく分かる」

 

 驚いて後ずさる周囲の翼族たちに、オルターは一歩前に出た。アゼリアを背中に隠し、魔力を全身に張り巡らせて、指先まで力を込め気を吐く。

 

「お前たちのような、3000年前の本に書かれた世迷言を吐くレイシストから無垢な人を守る──それが唯一の正しい道だ」

「くっ、貴様……我ら聖流教会(オルソドクシア)を愚弄するか!」

 

 翼族の男たちは脅すように杖をオルターに構える。だが彼は一切怯まず、大地を蹴って目の前の天使の顔面を蹴り抜いた。鼻血を噴き出して吹き飛ぶ仲間の姿に、慄いたような羽音がばさりと響く。

 

「なっ……わ、分かっているのか、我らと敵対することの意味を……!」

「もちろん……初めは恐れていたよ。でももう怖くはない。これ以上この場所でふざけた演説をするなら──このオルター・カニングフォークが相手になる」

 

 カニングフォーク、という言葉に天使たちは大きく動揺する。一歩、二歩と下がり──悔しそうに顔を歪めて、全員が大きな翼をはためかせて空に去っていった。

 翼族が逃げ去った方向を見つめるオルターの背中に、軽い足音が近づいてくる。アゼリアのものだ。

 

「オルター!大丈夫!?」

「アゼリアさん……俺は全く問題ないよ」

 

 オルターはその言葉と共にゆっくり振り返り──アゼリアに深く頭を下げた。

 

「申し訳ない、アゼリアさん。俺が臆病だったせいで、君を謂れのない差別に晒してしまった……」

「はぁ?なんで貴方が謝ってるのよ。悪いのはどう考えてもあのよくぞたちでしょ」

「でも……」

 

 状況を丸く収めようと、アゼリアの心を犠牲にしようとしたのは事実だ。それが深く心に刺さっていたオルターはあくまで顔を上げなかったが、アゼリアは首根っこを掴んで無理やり顔を上げさせる。そして、目を合わせて言い切った。

 

「でもじゃないわよ!オルター、貴方があいつらに立ち向かってくれて、すごく心強かったわ!次あいつらに会ったら、わたくしたち二人で制裁してやりましょう!そんなにわたくしに悪いと思ってるなら、この約束を果たすわよ!」

「……はは、分かった。そうだね……不条理や運命に屈してはならない……」

 

 アゼリアの輝く金色の視線に射抜かれて、オルターは決意を固める。震えていたオルターの瞳が止まったのを見て、彼女は覚悟を感じ取ったのか満足そうに頷く。

 

「忘れるんじゃないわよ?」

「もちろんだよ、アゼリアさん。君の友人として、あのいけすかない翼族を殴り飛ばそう」

 

 その言葉に、アゼリアはいたずらっ子のように無邪気に笑った。そして、少し考えるように視線を空中に彷徨わせる。

 

「友人……なら、わたくしのことはリアって呼びなさい。親しい人はそう呼ぶの。私も貴方のこと、オルって呼ぶから」

「リア……うん、分かったよ。改めてよろしく、リア」

「ええ、オル!」

 

 そう言って、アゼリアの細い手と固く握手をした。

 今日会ったばかりの少女だが、合成獣との戦闘、そしてこと騒動で、数年付き合ったような深い友人になれた気がする。良いことばかりではなかったが、学院生活が楽しみになる良い一日だったと、胸を張って総括した。

 

 

 

 

 

──────────

 

 

 

 

 

 ──ペナンダンティ大陸の外れ、誰からも忘れられた村。

 かつて麦の実っていた金色の大地は赤黒く染まり、死が染み付いた土壌からは草木は一本も生えていない。

 人と野を潤していた透明な小川は腐り、濁った水が地面を切り裂いている。人の営みの権化である家は、そこかしこに建っていたはずなのに、今は見渡す限りの壊れた平原しか視界に映らなかった。

 ここはセイラム、かつての集落。この世界に蔓延る闇とは無縁だった、のどかな村のその末路。オルターは村の外れに質素に建てられた墓石を磨いた後、この腐った大地に唯一残っている、目新しい小屋の扉を開いた。

 

「はーい、おかえり愛息。入学試験の日から遅いね」

「戻りました、アラディアさん」

 

 小屋の中にいたのは、大きな魔女帽子を被った若々しい見た目の、薄紫の髪を伸ばした細身の魔女──アラディア・カニングフォーク、彼の養母が何かしらの資料を見つめて、短いスカートも気にせず足を組んで座っていた。

 彼女は読み終わった資料を手の中で燃やし、机の上に置いていた小瓶をオルターに投げ渡す。彼は迷うことなく、瓶に口をつけた。

 

「『魔核』の調子はどう?」

「いつも通りです──ただ、何もしていなくても痛みが出るようになっていて……」

「オーケー、少し薬を強くしようか。君は可愛い息子なんだから、助けるためにお母さん頑張っちゃうぞー」

 

 おどけたようにそう言って、アラディアは立ち上がり蒸留機や数多のビーカー、試験管が設置された作業スペースに向かい合う。優れた薬学者である彼女はこうして、拾った息子(オルター)のために日夜薬を作り続けている。

『神の扉』を開いたアラディアが、ここまでリソースを割いてオルターの面倒を見るのには理由があった。調合に集中したまま、オルターに声をかける。

 

「それにしても、合成獣相手に無茶したね。それのせいで、君の寿命が二日くらい縮んじゃったよ」

「『魔核』……活性化が止まらないですね」

 

 ──魔核。オルターの身体に埋め込まれた魔道具。

 かつてここセイラムはのどかな村だった──だがオルターが9歳のある時、死がこの地を飲み込んだ。

 羽を生やした男が村の人間を血祭りにあげ、唯一の生き残りであるオルターの胸に、心臓と魔力充填器官である臓器、魔臓を押し潰して、『魔核』を埋め込んだ。無尽蔵な魔力を生み出すそれは、まさしく夢の道具。だが、オルターはそんなものを望んでいなかった。

 村が焼き尽くされる、苦い怒りの記憶が湧いてきて、オルターはわずかに拳を握る。

 

「うん。このまま手を打たなかったらどうなるか、覚えてるよね?」

 

 オルターは神妙に頷く。胸の奥で蠢く忌々しい核の鼓動を感じて答えた。

 

「俺は一年以内に……死にます」

「そう。ただ死ぬだけじゃない。耐え難い苦しみ、そしてきっと君の身体は魔力に飲まれて幻獣になる。ただでは死ねない、まさしく呪いだね」

 

 棚から一枚の紙を取り出し、アラディアは興味深そうに目を細める。それは魔核のデータだ。今現在もオルターの中で鼓動するそれはとても現代の技術では再現不可能な緻密な魔道具で、研究には慎重にならざるを得ない。

 無尽蔵の魔力で人の身を侵食する呪い。無論、対抗策はすでにアラディアが用意している。そのために、オルターはクロウリー総合魔法魔術学院に入ったのだから。

 

「改めて教えておこうか、オルター。君が生き残るためには、魔核を成長させて魔力を制御出来るようになるしかない。そしてそれは、強大な幻獣を倒すことで達成される」

 

 故に、オルターは強力な幻獣と出会える環境にいなくてはならない。その点で学院は非常に優秀だ。常に魔導士が切磋琢磨し、強力な魔導士あるところには常に事件と波乱が潜んでいる。

 オルターは拳を握る。確かに、魔核を成長させることは命を長らえさせるためにも重要だ。

 だが、オルターの悲願はもう一つある。かつて村を襲った、純白の羽を持つ、絵画の中から飛び出したような腹の立つ美貌を持った男──オルターの人生を狂わせた、最悪の仇敵。

 

「──ルシファーを殺す」

 

 

 

 

 

 これは、運命の暗闇に振り回される少年少女の物語。

 死と滅び、避けられない絶望を前に歩み続ける、オルター・カニングフォークの、儚い最期の一年の綴り。

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