勝ちヒロインを好きになってしまったのですが   作:北極鳥ユキ

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その9 様子がおかしい

 六月が始まってから数日、昼食は五人で取ることが多くなっていた。

 その中で華恋さんとの会話も増えて、少しは距離が縮まって進展する──はずだった。

 

 ……けれど、この前の『催眠ごっこ』以来、華恋さんの様子がどうにもおかしいのだ。

 

 朝、教室に入ったとき。

 いつもなら目が合うと軽く微笑んでくれるのに、今日は少しちがう。

 なぜか最初に俺の言動をじっと観察するみたいに、数秒だけ黙ったまま動きを止めていた。

 

「おはよう。華恋さん?」

「……あっ、おはよう、祐一君」

 

 声をかけても、謎の「間」があった。

 じーっと。無言で。数秒間、動かずに。

 

 朝っぱらから観察されるようなところが、平凡な俺にあるだろうか。いやない!

 つまり何か問題があるってことじゃないか!?

 

 華恋さんが何かを指摘することはなかったが、俺としては気になって仕方ない。

 彼女と別れてすぐにトイレに駆け込んで、髪とか服とか、慌てて弄ってみるけど、変な所は見当たらなかった。

 紗由に聞いても大丈夫らしいので余計に謎である。

 

 変化はそれだけにとどまらなかった。昼休みになるとさらに分かりやすい。

 俺が勇気を出して華恋さんに話しかけると、彼女は言葉を返す前に一瞬、息を整えるような仕草をする。まるで俺に対して使う言葉を考えながら慎重に選んでいるような、そんな感じ。

 

 これだけだとまるで避けられているように思えるが、不思議なことに会話自体は増えていた。

 昨日の放課後なんて二人きりで会話をしたぐらいだ。

 でも、やっぱり華恋さんの態度は不自然だった。

 

 会話の内容も、中身があるんだか無いんだかよくわからないことばかり。

 

「祐一君って、紗由ちゃんと話す時はすごく楽しそうだよね」

「そうかな」

「そうだよ。肩の力が抜けてるっていうか、そういう感じ」

「あいつとは腐れ縁だから、遠慮がないだけだよ。雑に扱ってるだけ」

「ねえ祐一君。紗由ちゃんと私の違いって、なんだと思う?」

「幼馴染?」

「確かにそうだけど……。それは変えられないなあ」

「変えるって何を?」

「うぇっ、いや、なんでもないよ! うん、なんでもない!」

 

 華恋さんの態度は変わった。どう変わったかとは、まだちゃんと言語化はできないけど、明らかに前までとは色々な部分が異なっている。

 

 話しかけてくれるのは嬉しいけど、会話はいつも探り探りで──それが怖い。

 

     ◇

 

 金曜日。そんなことがありつつ、今週の授業が全て終わろうとしていた。

 

 モヤモヤを抱えたまま、土日を挟むのは嫌だった。

 もし、俺の行動の何か不快にさせてしまったのなら、謝りたい。

 それで、前の華恋さんに戻ってほしい。

 それで、それで、また”普通に”話したい。

 

 騒がしい甘夏先生のHRが終わり、放課後を迎える。

 俺は意を決すると、勇気を振り絞って華恋さんの席に向かった。

 

 華恋さんは授業終わりの解放感からか、大きく伸びをしているところだった。

 声をかけると、その細い肩がふっと小さく跳ねる。

 

「あ、祐一君……?」

 

 その一瞬の驚き方すら、以前より敏感になっている気がする。

 俺が困っているのを見ると、華恋さんは机の前で手を止めた。

 

「どうしたの?」

「いや、その……ごめんなさい」

「祐一君? 何について謝ってるのかな……?」

 

 華恋さんは首をかしげて困惑していた。

 その仕草はいつも通りだけど、ほんの少しだけ、視線が俺の表情を探っているような……そんな気がする。

 

「と、とりあえずいったん場所を移さない?」

 

 周囲からの視線を感じて、華恋さんはそう提案してきた。特に紗由と八奈見が訝しげにこちらを見つめている。

 俺たちは教室のざわめきを背に廊下を進み、人気のない一角に着いた。

 

「最近の華恋さん、なんだか話しにくそうというか、そういう感じがして……。それで、何かしたかもって。色々考えたんだけど、やっぱり分からなくて」

「あっ、あーっ。なるほど」

 

 勇気を振り絞って言うと、華恋さんは一瞬、きょとんとしていた。

 しかし、すぐ何かに気が付いたようで、うんうんと頷いて見せる。

 

「えっとね……祐一君は何も悪くないよ。ただ最近、考えごとが多くて」

「考えごと?」

「うん。祐一君のことを──えっと……少し観察してみたくなったというか」

 

 やっぱり観察されてたのか。

 何度も言うようだが、平凡な俺を観察したところで面白みなんてない。

 

 つまりオブラートに包んでいるが、その真意は……品定めってことか? 

 

 もしかして俺、友人として切られかけてるってことなのか!?

 まさか会話が増えたのも、俺を見極めるためか!?

 

 確かに華恋さんは人気者だ。学校には俺なんかよりも華やかな人はごまんといる。

 俺と関わる時間とか労力とかを別の人に向けたいと思うのは、至極当然だ。

 

「最近ね、私、ちょっと違うんじゃないかなって思い始めたの」

「ち、違う?」

「私と話す時……すごく頑張ってくれてるでしょ? 言葉を選んだり、気を使ったり……」

 

 華恋さんはそこまで言うと、とん、と一歩俺に近づいた。

 

「そういう、負担はかけたくないかなって。だから、これからの為にも、しっかり時間をかけた方がいいかなって、最近思い始めたの」

「そ、そうなんだ」

「だから無理に踏み込まずに、ちょっと立ち止まってみたの」

 

 俺には華恋さんの言葉がどれも「距離を置きたい」の延長線にしか聞こえなかった。

 

「それにね、祐一君のことを……その、ちょっとよく見てみたいなって思ったというか。今の距離感は、一回おしまいにしたいなって」

 

 おしまい……おしまい!?

 

 彼女はぎこちなく笑う。

 

「とにかく、無理に気を遣わせちゃったならごめんね。でも……私は、前よりいろいろ考えてるだけだから。謝るようなことは何もないからね!」

「…………そ、そうなんだ」

 

 どこか遠い返事しかできなかった。

 色々考えている……か。

  

 華恋さんは俺の不安に気づいたのか気づいてないのか、やや強引に話題を変えた。

 

「祐一君は今日はこのあと部活?」

「あ、うん。漫研に行くよ」

「じゃあ、また来週だね。私このあと用事があるから……今度また、ゆっくり話そうね?」

「あぁ……うん。また来週……」

 

 華恋さんは笑みを浮かべた後、俺に背を向けて教室に戻って行く。

 

 その背中には、俺を避けているような雰囲気はなかった。

 なかったはずなのに、会話の内容を整理すると、やっぱり嫌われたのかもしれない──そういう結論しか出なかった。

 

 一人になった俺は、混乱と焦りが渦巻く頭を必死に使って、華恋さんの言葉を必死に整理する。

 つまり──転校してすぐは焦っていたから、俺なんかとも友達になったけど、安定期を迎えて冷静になると俺との交友関係なんていらないことに気が付いた──って、ことか!?

 

 やっぱり俺との交友関係を切るべきかどうか検討してるんだ……。きっと今頃、華恋さんの中では俺についてのリストラ会議が開かれているに違いない。

 

 確かに華恋さんは高嶺の”華”過ぎる相手だとは思っていたけど、まさかこんな形でソレを突き付けられるなんて思ってなかった。

 

 ……思い返せば、昔からこうだ。

 小学生のときは、友達(だと思ってた)グループのお泊まり会に俺だけ呼ばれず。

 中学のときも校外学習の班決めで俺だけハブられてた。

 

 どれも、俺がいても面白くないから──みたいな理由だった。

 北見祐一の歴史は、落選の歴史でもあるのだ。

 うっ、不意に過去のトラウマがよみがえってくる!

 

 せっかく華恋さんとの距離が縮まってきたと思ってたのに、どうしてこうなった……。

 

     ◇

 

 やっぱり俺なんかじゃだめなのか。ずしんと肩が重くなる。

 

 ……い、いや! 落ち込んでいる暇なんてない!

 今の俺は過去の俺とは違う! 俺と華恋さんの間にある細い線が絶やしてたまるか!

 

 よし、こういう時は紗由を頼ろう。

 きっとアイツならアドバイスをくれるはずだ。

 

 そういう訳で、さっそく部活に向かう前の紗由を廊下に連れ出した。

 

 ……カクカクシカジカ、ヤマサノチクワ。

 

「……?」

「な、大変だろ?」

「……??」

「この後時間あるか? 少しでいいから対策を考えたいんだ。協力してくれ!」

「……???」

 

 事情を説明すると、紗由の眉間がみるみる八の字に寄っていく。

 ついには顎に手を当てて、首をかしげたまま固まってしまった。

 

「あの……何の心配をしてるのか、ほんっっっとうに分かんないんだけど」

「なっ!? ちゃんと説明しただろ! 聞いてたのか!?」

 

 俺が必死に説明したというのに、紗由はこめかみを抑えると、呆れてものも言えないという感じで「はぁー」と声に出るぐらい大きなため息をつく。

 

「部活で忙しいから。もう行く」

 

 そのままラケットケースを肩にかけると、くるりっと背を向けてしまった。

 

「……もっと自分のこと疑った方がいいよ。クソボケ野郎」

「なぜ急に罵倒する!?」

 

     ◇

 

 考えれば考えるほど沼にハマりそうだったので、いったん思考を脇に置いて、漫研へ向かうことにした。こういう時は集合知だ。一人で考えるよりも、他の人と一緒にいた方がいい。

 

「先輩……お疲れ様です」

「おう北見か。お前なんかテンション低くないか?」

「気のせいですよ、気のせい」

 

 漫研の部室。その扉を開くと、中ではいつも通り重浦先輩が待っていた。

 だらしなく着崩したブレザーをぱたぱたさせながら、椅子にもたれかかっている。

 正面にある机の上には、黒くて四角い塊──なんか古臭いゲーム機──がドンと置いてあった。

 

「なにこれ?」

「知らんのか……。まあ、世代的に仕方ないか。コイツはプレーステーションだ」

「プレイステーションですよね」

「あぁ? プレーステーションだ」

「……ええと、プレステって、こんなにデカかったですか?」

 

 我が家にもPS4はあるが、こんなにデカくない。どうやらもっと古い機種みたいだ。

 

「こいつはPS2。そこのハードオフで中古を買ってきたんだ」

 

 そういえば学校の近くにハードオフあったな。

 

 重浦先輩は自慢げに解説を続ける。

 

「まあ、例のごとく我が家にはこういうのは置けんからな。しかたなく部室に持ち込んだのさ。お前らにも貸してやってもいいぞ」

 

 先輩は家が太いので小遣い(名目は昼食代や交遊費だが)をたんまりもらっている一方で、親が厳しい人なので漫画やゲームの類に使うことは許されていない。そんなわけで先輩は、欲しいものをこっそり買ってきては、次から次へと部室に持ち込んでいる。

 

 どのぐらい持ち込んでいるかと言えば、実は部室にある漫画の半分以上は先輩の私物だったりする。イリーガル漫研には予算がないので、先輩の財布は実質的にその代わりと言う訳だ。

 

「はえー。PS2とか初めて見た。……で、モニターはどこです?」

「それが問題なんだ。今月もいろいろ買ったから、流石に予算が無くなってな……。北見よ、少し財布を出してくれんか──」

「いやです」

「そこを何とか! 家でゲームができない哀れな先輩の顔を立てると思って!」

「最初から何も立ってないでしょうが!」

 

 脚に縋りついて来たので、慌てて引きはがす。

 嫌に決まってるだろ。そんなにゲームがしたけりゃ自費でだせ、自費で。

 

「くっ、この先輩不幸者め! しまいにゃ泣くぞ!」

「初めて聞きましたよその言葉。あとそれでよく顔が立つと思いましたね!?」

 

 呆れながら本棚に向かい、適当に漫画を取る。

 いつも通り漫画を読み始めようとしたのだが、そこでふと違和感に気が付いた。

 

 ……あれ、何か足りないような?

 

 部室をぐるりと見渡してみる。

 

 正面には自分の財布を確認してしょぼしょぼしている重浦先輩。部屋の真ん中には机とその上に置かれたPS2。壁際には棚にぎっしりと詰まった漫画とロッカー、すみっこに置かれた冷蔵庫と、先輩がこの前買ってきたコーヒーミル(未使用)。

 

 確認する限りでは特段変化はないようだけど……。

 

 って、あっ! 康斗がいねぇ!

 

 そこでようやく気が付く。

 我らが漫画研究会同好会部の部員、蘆吹康斗が来ていないのだ。

 康斗は俺たち以外にはこれといって友人がいないので、放課後にはいつも最速で部室に来ている。そんな康斗がまだ来ていないのだ。これは異常事態と言わざるを得ない。

 

 というか華恋さんの件で康斗を頼ろうと思っていたのだ。こういう時に限っていないなんて。康斗め、まったく間の悪い奴。

 

「パイセン、康斗はどうしたんですか?」

「まだ来てないな。珍しいこともあるもんだ」

 

 先輩は興味なさげに言って、手元の電卓で何やら計算を始めている。

 

「あのコーヒーミルを売ったらいくらになるかな」

 

 先輩は余程モニターが欲しいらしい。

 後輩よりも物が大事なんて、まったく見損なったぞ。

 

 スマホで連絡を取ってみるが既読は付かない。

 おかしい、アイツにLINEするのなんて俺ぐらいだから、いつも秒で既読が付くのに。

 

 これがもし紗由だったら、あと二、三十分ぐらいは待ってみようとなる。しかし、康斗ではそうもいかない。だってアイツは紗由よりも弱いのだ。どこかで不良にカツアゲにでもあっているのではなかろうか……。

 

 電話をかけてみてもやっぱり反応がないので、探しに行ってやろうと腰を上げた。

 ここで恩を売っておけば、華恋さんの件でも何かアドバイスをくれるに違いない。

 

「パイセンもちょっとは心配したらどうですか?」

「うむ。このままだとせっかく買ったアマガミがプレイできない……これはまずいぞ」

「もういいですよ。俺、ちょっと探しに行ってきます」

 

 そうと決まれば、のんびりしている時間はない。

 財布の中身を出して札を数え始めた先輩を置き去りにした。

 

 廊下に出ると、ぶーぶー、とポッケの中でバイブレーション。スマホに目をむければ、LINE通話がかかってきている。

 康斗かと思いきや、画面にデカデカと表示されているのは『ハル』の文字だった。

 

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