勝ちヒロインを好きになってしまったのですが   作:北極鳥ユキ

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その11 二人の探検

「ここが祐にぃと紗由ねぇが勉強してる教室っすか」

 

 部室を出て最初に向かったのは、俺たちが普段使っている1-C教室だった。

 すぐそこのトイレでは康斗が籠っているので、来た道を戻ってきた形だ。

 

「普通の教室っすね」

「そりゃな」

 

 教室の造りなんて中学とそう大きく変わるものでもない。俺たちにとって、この景色は見栄えのしない日常にすぎなかった。

 ハルは人のいない教室をぐるりと回るが、あまり面白く無さそうだ。

 

「次はどこ行きたい?」 

「そうっすね……。あっ! 体育館! 体育館行きたいっす!」

「なんで体育館? そっちも中学と変わらないぞ?」

「祐にぃ、バスケ部だったっすよね? 祐にぃがバスケしてるとこ見たいっす!」

 

 ハルは瞳をきらりと輝かせて詰め寄って来る。

 

「この時間帯は部活が練習してるから部外者は使えないぞ」

「言われてみれば……。じゃあ、じゃあ。ボールだけ借りるっす!」

「そんなに見たいのか?」

「見たいっす! だってバスケ部だった頃の祐にぃ、すごいかっこよかったっす」

「俺がずっとベンチウォーマーだったの知ってるだろ? 下手くそだったんだよ」

 

 ハルの中では、まだ「バスケ部の俺」が残っているんだろう。

 でも俺からすればバスケ部というのはどうにも息が詰まる話題だった。

 あの頃の記憶はもはや黒歴史だ。

 

「体育館は却下」

「えーっ」

 

 ハルは分かりやすく肩を落とす。

 しばらくの間、黙って考えていたが、またパッと顔が輝いた。

 

「紗由ねぇって、いま部活中っすよね?」

「そりゃな。テニスコートにいるんじゃないか」

「テニスコートに行きたいっす。ハル、紗由ねぇにも会いたいっす」

「……今はやめといたほうがいいと思うぞ。部活中は集中してるからな、顔出すと邪魔すんなって怒られそうだ」

「もしかして怒られたことあるっすか?」

 

 答えるまでもなく図星だった。

 入学してすぐの頃、紗由の入ったテニス部は一体どんなもんかとちょーっと顔を出したら、めちゃくちゃ怒られたのだ。

 今から行ってもたぶん同じように怒られるだろう。

 

「会いたいなら、部活が終わった後だな」

「ハルはテニスしてる紗由ねぇを見たいっす~」 

「わがままだなぁ。もし見に行くなら、バレないようにこっそりしないとダメだぞ……?」

「分かったっす!! スニーキングミッションっすね!!!」

「声がでけぇ!」

 

 はいアウト。ぜってぇコイツは連れて行かない。1000%バレるに決まってる。

 俺たちを見つけるや否や、フェンス越しに鬼の形相で睨む紗由が容易に想像できる。

 しかも紗由はハルに甘いから、怒られるのはどうせ俺一人だ。

 

「テニスコートは無し。体育館も無し」

「テニスコート行きたいっす~!」

「わがまま言うなって」

「テニスコート~!」

 

 俺は駄々をこねるハルを置き去りにして歩き出す。

 どうせテニスコートの場所は知らないだろうし、俺から離れて行動することもないだろうから、強引に引っ張ればそれで解決だ。

 ハルは移動を拒んでいたが、だんだん距離が離れてくると慌てて後を付けてくる。追いつくと、とぼとぼ歩きで俺の隣に着いた。 

 

「テニスが見たいなら本人に直接言ってくれ。それなら怒らないはずだ」

「むーっ。分かったっす」

 

 ハルは頬を少し膨らませて不満を主張していた。

 俺だって申し訳ないとは思ってる。体育館にテニスコートと、ハルの行きたい場所を二か所も拒絶してしまったのだ。怒るのも無理ないだろう。

 でも、紗由の怒りを買うことに比べればマシだ。だってハルは俺に関節技をかけたりしないし。

 ……いや、まてよ。

 そもそも普通の女の子は怒っても関節技なんて使わないよな。やっぱ紗由ってオカシイ──

 

 ポコーン。

 

 と、少し遠くでテニスボールが弾ける軽快な音がした……気がする。

 なんか怖いのでこれ以上は考えるのを止めた。

 

     ◇

 

 しばらく歩き、校舎同士をつなぐ渡り廊下に出た。

 一歩外に出れば静かだった校内とは一変して──運動部の掛け声、吹奏楽部の練習、生徒たちの話声──学校から出る様々な音が一辺に響き合い、少し騒がしかった。

 

「この音、学校だって感じがするよな」

「っすね」

 

 ハルはまだ不満そう。そろそろ機嫌を直してやらないとな。

 このまま進んでいくと自販機に着くから、そこで何か奢ってやるか。

 

「ハル、のど乾いてないか?」

「へ? なんすか、急に」

「いやほら、ここまで走って来たんだろ? ポカリも康斗に上げちゃったわけだし」

 

 そういったタイミングで、ちょうど角の向こう側から赤い自販機が姿を現す。

 ハルはそれを見つけるなり興奮した様子で駆け寄った。

 

「うわっ、祐にぃ! 自販機! 自販機が校内にあるっすよ!」

「知ってる知ってる」

 

 中学校には自販機が置かれていないので、これは中高の間にある大きな違いだ。

 かくいう俺も、入学してすぐはハルみたいに騒いでた。購買部とか自販機とか、そういうお金を使える設備がある事が目新しかったのだ。

 

「なんか飲むか?」

「これ現金しか使えないっす。財布持ってきてないっす……」

「このぐらい奢るぞ。ほら、どれがいいんだ?」

 

 財布を出すとぱぁっと顔が明るくなる。

 ご所望のお茶を渡すと、ハルはペットボトルをぎゅっと握ってはにかんだ。

 

「えへへ。ありがとうっす。うれしいっす」

 

 いつもより丁寧に言うと小さく頭を下げる。

 ハルにしては妙にしおらしいが、そんなに喉が渇いていたのだろうか。

 

 ともかく、これで機嫌は直ったはずだ。本当に分かりやすい奴で助かる。

 

 俺も何か買おうと思ってラインナップを眺める。ふと、視線が『贅沢ピーチティー』で止まった。前に華恋さんが教室で飲んでいたやつだ。

 ピーチティーの淡い桃色は、どことなく華恋さんを思わせて、そのチョイスが彼女のイメージに合っていたことを憶えている。

 

 気が付けば、俺の指はピーチティーのボタンを押していた。

 

「あれ、祐にぃって、そういうの飲むんすか? コーヒーはブラック派っすよね」

「たまには甘いものが飲みたいんだ」

 

 ピーチティーなんて普段飲まないので、珍しいチョイスを指摘されてしまう。まさか華恋さんに影響を受けたことなど言えるわけもなく適当にはぐらかす。

 

 キャップを開けると、紅茶の爽やかな香りをベースに、甘い桃の匂いがほのかに立ちのぼった。

 そういえば華恋さんの匂いも、こんな風にすこし甘かったような──。

 

 そんなことを思っていると、ハルがジト目でこちらを見上げてくる。

 

「祐にぃ、ピーチティーに対する目線がなんかキモイっす……」

「な、なにが?!」

 

 俺は慌ててピーチティーを飲み干す。

 すごい甘かった。

 

「そういや、財布が無いならポカリとか薬はどうやって買ったんだ?」

「スマホ決済っす」

 

 電話してきたんだし、スマホを持ってるのは当然か。

 いやでも、それだとおかしい。うちの中学はスマホの持ち込みが禁止だったはずだ。

 ハルは中学から直接来たと言っていたが……。

 

「あんなルール、守ってるのは一部だけっす。みんな持ってきてるっすよ」

 

 えっそうなの? 俺も康斗も律儀守ってたよ? だってルールだし……。

 

「校則じゃないっすからね。破ってもおとがめなしっす。紗由ねぇだって、スマホ持ってきてたじゃないっすか」

「いやそんな当然みたいに言われても知らなかったが……」

 

 紗由の奴、俺にはスマホ持ってきてるなんて言ってなかったぞ!

 

 そうなら早く言ってくれよ──と、そこですっっっごく嫌なことに気が付いてしまった。

 

 もしや、中学にもクラスラインって存在してたのでは? 

 俺、高校でクラスのグループラインに参加できて嬉しかったんだけど、みんなは中学時代から普通に入ってた感じ?

 ハブられてたの俺だけ?

 

 ……妙なことに気が付いてしまった。

 

 い、いやクラスラインの件は別にいいんだよ? もう卒業したし、今更だし、中学のことだし。

 でもそういう過去の積み重ねが今の華恋さんの件にまで繋がっていると思うと……。

 

 あっやばい。

 小学生のお泊まり会とか、中学の班決めとか、華恋さんのリストラ会議とか、その辺の嫌な記憶が勝手に脳内再生され始めてる。

 

「祐にぃ、なんか顔色悪いっすよ」

「気のせいだ……。気のせい……」

「何か……あったっすか? 今日の祐にぃ、いつもとちょっとちがうっす」

 

 無意識のうちに神妙な面持ちにでもなっていたのだろう。心配そうな表情を浮かべたハルが覗き込んでくる。

 

「まあ、な。ちょっと悩み事があって」

「その悩み、ハルに相談してもいいっすよ?」

「いいよ。気にすんなって」

 

 ハルは俺の袖を引っ張って注意を引き、「祐にぃの悩み事なら、いつでも協力するっす」と訴えかけてくる。

 だが、紗由や康斗と違って、華恋さんのことを相談するつもりはない。可愛い後輩であり妹分でもあるハルには、そういう俺の悩み事とは一歩離れたところにいて欲しいのだ。

 

「ありがとな、ハル」

 

 頭を撫でてやると、ハルは照れくさそうにえへへと笑みを浮かべた。

 

     ◇

 

 校舎に入って廊下を歩いていると、がららっ、という扉の音が不意に加わった。

 静かな廊下では、音がやけに響いて聞こえる。どうやら角を曲がった先にある教室から誰か出てきたらしい。

 

「放課後までごめんね、草介君」

「気にすんなって。華恋の相談ならいつでも乗るぜ」

 

 そして、聞こえてきた『声』もまた、同じように響いて、鮮明に聞こえてきた。

 

 ……華恋さんと袴田の声!?

 

 え、え、え、なんで? なんで華恋さんがまだ学校にいるんだ?

 用事があるんじゃなかったのか? なんで教室から袴田と二人で出てきたんだ?

 

 頭の中が疑問符だらけだが、このまま歩けば真正面から遭遇することだけは理解できる。

 

「急にどうしたっすか? ゆうに──んぐっ?!」

 

 反射的に足を止めると、ハルが首をかしげながら名前を呼びそうになったので、とっさに手を伸ばして口をふさぐ。 

 二人の声が聞こえてくるということは、俺たちの声だって向こうに聞こえちゃうのだ。

 

「んっー!?」

 

 二人に気取られぬよう壁を背にして身を隠し、ハルの体も引き寄せる。

 急に抱きかかえられたハルは事態が分からず、腕の中でもごもご動いている。

 すまんハル! 少しだけ耐えてくれ!

 

(しーっ。たのむ、少しでいいから静かにしてくれ……)

 

 耳元で小さく囁くとハルの体からは力が抜け、大人しくなってくれた。

 角の先では、まだ華恋さんと袴田が会話を続けている。

 どうやら俺たちの存在はバレていないらしい。

 

 しかし、どうするこの状況。

 

 このまま廊下をこっち側に進んでこられると角でばったり遭遇してしまう。来た道を戻ろうにも、足音で存在がバレてしまうかもしれない。万が一にも二人が追ってきて、俺の無駄にデカい背中なんぞ見られようものなら、会話を盗み聞きしていたと思われるに違いない。

 

 頼む、向こう側に進んで行ってくれ……!

 

 気配を消していると、会話と共に足音が聞こえ始める。

 音はだんだん遠ざかっている……とりあえず一安心みたいだ。

 

 一瞬だけ顔を出して様子を伺うと、袴田と並んで歩く華恋さんの背中が廊下を進んでいた。

 顔が動いて、華恋さんの楽しそうな横顔が見える。手で口元を隠しながら、頬を緩ませている。袴田の冗談か何かに笑っているようだ。

 

 二人は校舎を出て、渡り廊下の方に消えた。そのまま昇降口まで行って一緒に帰るのだろうか。

 

「んー! んー!」

 

 腕の中から声が聞こえる。やば、ハルのこと忘れてた。しかも、ずっと口を塞いだままだった。

 

「す、すまん。大丈夫だったか?」

 

 手を離すと、ハルは一歩下がって俺から距離を取る。ジャージの裾をきゅっと握りながら、赤らんだ顔でむーっと口を固く結び、俺の顔を見上げている。

 これは怒ってるな……。

 

「びっくりしたっす! 心臓止まるかと思ったっす! いきなり口ふさぐの反則っす!」

「苦しかったよな、ほんとすまん」

「別に……苦しくは……なかったっすけど……。と、とにかく! 事情を説明するっす!」

 

 目を逸らしながら言い淀んだかと思うと、ばっと顔を上げて俺に詰め寄って来た。

 

 事情……事情と言われても、一体何をどう説明しろと言うんだ。

 一通り迷った後、とりあえず口を開く。

 

「廊下にクラスメイトがいてな」

「仲が悪い相手っすか?」

「いや、むしろ仲はいい方なんだが、ちょっと事情がな……」

「だ・か・ら、その『事情』って奴を話すっす!」

 

 ハルは抗議の意思を込めて、俺の胴を軽い力でぽこぽこ叩き始める。

 こうなったら、素直に華恋さんのことを話すべきだろうか。

 

 この辺りに人がいないことを確認すると、廊下の窓から外に目をやる。

 予想通り、そこには出たばかりであろう華恋さんと袴田の姿があって、正門の方に向かっているようだった。

 俺の視線に気が付いて、ハルも同じように外を眺める。

 

「あれが俺のクラスメイト、袴田草介と、姫宮華恋だ」

「へぇ、あれが祐にぃのクラスメイト……すごい可愛いっすね。隣の人もイケメンっす」

「まあ、な」

「ははーん。ハル、分かっちゃったっす!」

「なんだと?」

「あの二人はカップルで、祐にぃはそれを邪魔しないようにしたっすね。祐にぃ偉いっす!」

 

 どやーっ、とハルは自信満々に言ってのける。

 正解した確信があるらしく、すでに褒めてもらうべく俺に頭を向け、撫でられ待ちしていた。

 

 だがハルの回答は不正解。大・不正解だ。

 俺は頭を撫でる代わりに、額にデコピンを食らわせた。

 

「いでっ! なにするんすか!」

「あの二人は付き合ってない」

 

 強めの口調で言うと、ハルはびっくりしたように目を丸くしている。

 

「あの二人は……ただちょっと、仲がいいだけの友達だ。俺だって華恋さんと仲いいし……。袴田に負けてねぇし……」

 

 二人の関係性を否定すべく、ぐちぐち呟く。

 

「じゃあなんで隠れたりしたっすか」

「華恋さんとは最近ちょっと色々あってな。それで話づらいんだよ」

 

 色々って? 何があったんすか? とハルはやけに食いついてくる。

 俺はハルを突き放すように窓から離れた。

 

「何でもいいだろ。さ、次の場所に行くぞ」

 

 俺はさっさとその場を離れたかったのに、ハルは窓際に留まっていた。

 振り返ると、ハルは真っ直ぐ俺のことを見つめてくる。

 

「また置いてくぞ」

 

 ハル、分かったっす──またもそう呟く声が聞こえた。

 その声音は先ほどと比べると一段低く、どことなく慎重な感じだった。

 

「祐にぃ、あの子のことが……華恋さんのことが、好き、なんすね?」

 

 ハルは核心を突いてきた。

 別に隠している訳でもないが、指摘されると動揺してしまう。

 

「あの男の人はかっこいいっす。うかうかしてたら取られちゃうっす」

 

 ハルは緊張しているのかジャージの裾を握っている。

 けれど、その瞳も、声音も、やけに強気。

 俺が華恋さんに惚れていることを、確信しているようだ。

 

「べつに、うかうかしてねーよ。一応、俺だって頑張ってるんだ」

 

 華恋さんと仲良くなろうとしたのに、空回りして今やリストラの危機だ。

 ここで下手に話しかけに行ったら、状況が更に悪化するかもしれないじゃないか。

 

「でも、今はだめだ。袴田もいるし、華恋さんとの会話も、ちょっと気まずくてな」

「何かあったんすか? 喧嘩とか?」

「そういう訳じゃない。ただ、距離感が変になったというか、なんというか」

「祐にぃのことだから、きっと何かを誤解してるだけっす。ちゃんと確認するべきっす!」

「誤解じゃなかったらどうするんだよ」

 

 すこし溜めてから、ハルが口を開く。

 

「男なら当たって砕けろっす!!」

「砕けちゃダメだろ!」

 

 押し問答を繰り返した末に、俺たちはそれ以上の手札を失って廊下に立ち尽くした。

 

「早くしないと行っちゃうっす」

 

 俺たちは窓の先、さっきまで華恋さんと袴田が歩いていた方に目を向ける。

 そこに人影はなかった。あの二人はもう帰ったのだろう。

 

「二人は帰ったみたいだ。話すのはまた今度だな」

「いくじなし!」

 

 そんなやり取りをしてると、足音とともに渡り廊下の方に気配が現れた。

 

「あれ──」

 

 廊下に短い驚きの声が響き渡る。

 

 声だけで、分かった。

 心臓が高く跳ねる。

 俺たちは首をぎこちなく声の主へと向ける。

 

「祐一君?」

 

 そこには華恋さんがいた。

 

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