勝ちヒロインを好きになってしまったのですが   作:北極鳥ユキ

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その13 百歩前進

 昼休み。五人で昼食をとりながら他愛もない雑談が続いていた。

 

「次は……自分を動物に例えると? だって」

 

 八奈見がスマホの画面を見ながら俺に質問してくる。いわゆる心理クイズってやつらしい。

 信憑性は定かではないし俺も信じてないけど面白い話題だ。

 

「うーん、なんだろう」

「アンタはどう考えても犬でしょ、犬」

 

 箸をくわえながら、ぶっきらぼうに紗由が言う。

 

「はぁ、犬だと?」

「確かに! 北見君って犬っぽいかも! でっかいし!」

 

 なぜか満足げな八奈見が続ける。

 誰が犬だ! 大型犬は八奈見のほうだろ! 俺はあんなにモフモフしてない!

 

「もしかして北見は猫派なのか?」

「別にそういうわけでもないが」

 

 ぬー、と不満げに眉をひそめていると、袴田が爽やかに笑いながら声をかけてくる。

 

「俺も北見は犬っぽいと思うぜ。なんか番犬って感じだ」

「そうかぁ?」

「じゃあ、犬で決定だね」

「おいこら八奈見! 勝手に決めるんじゃない!」

「いーじゃん。みんな犬って言ってるんだよ? これはつまり北見君は犬ってことだよ! これは民意だよ!」

「でもだな……」

「じゃあさ、華恋ちゃんはどう思う? これで犬ならもう北見君=犬説は確定だね」

 

 変な説を提唱しだすんじゃない。

 

 そもそも、傍からどう見えているか知らんが、俺は自分のことを犬とは思えない。

 犬っていうのはちょっとバカっぽいけど、健気でどうにも放っておけず、一緒にいたくなるような可愛気のある動物だ。

 それに飼い犬って主人に従順な生き物。俺は主人なんていない自由な人間だ。

 いったい俺のどこが当てはまっているというのやら──。

 

「私も祐一君は犬だと思うな~」

 

 華恋さんが、俺に女神のような微笑みを向けながら首をかしげる。

 

「犬です」

 

 わんわーん。

 

「ちなみに……犬種はどれなんだ?」

 

「レトリバー」

「シェパード」

「ドーベルマン」

「ハスキー」

 

「全員ちげーのかよ!」

 

     ◇

 

 わが世の春が来た。

 華恋さんとのひと悶着を最高の形で収束させ、俺たちはお互いに仲良くなろうとしている。

 その上、袴田・八奈見という陽キャ組と昼食を一緒に取っている。

 これはもう、実質的に言って俺は陽キャといっても過言ではないはず!

 

 昼休みがもうすぐ終わる。

 それぞれ自分の席に戻る中で、俺は満足げにそんなことを思っていた。

 

「あっ、ペットボトル捨てんの忘れてた」

「もう授業はじまるぜ。ダッシュだ、ダッシュ」

 

 席から立ち上がると、袴田が振り返りながら言う。

 言われんでも分かっとるわい、と俺は速足で廊下に向かった。

 

「ちょうどいいとこに」

 

 ひょいっと視界の端からペットボトルが突き出される。

 通りかかった席に座る紗由が、スマホを見たまま空のボトルを差し出してきたのだ。

 

「ん?」

 

 俺は反射的にそれを受け取ってしまった。

 

「ラベルは剥がして分別してね」

「いやお前なあ」

「急がないとチャイム鳴るけど」

 

 文句を言おうとしたが、授業時間が迫っていることもあり俺は諦めて走り出した。

 ぐぬぬ。貸一だからな!

 

 駆け足でごみ箱まで行って、シュートを決める。

 息を切らして戻ってくるとちょうど教室に入ったタイミングで予鈴が鳴った。

 

「ぎりぎりセーフ」

「北見、やっぱお前って犬だよな」

「?」

 

 席に戻って腰を落ち着かせていると、袴田は俺の顔を見ながら苦笑いしていた。

 どういう意図か分からんが、馬鹿にされてることだけは理解できるぞ!

 

     ◇

 

 放課後になり、クラスメイトたちは一斉に動き出す。

 

「北見、この後って空いてるか?」

「いんや、いつも通り部活だけど」

「なんだ今日も部活なのか」

「今日もっていうか、毎日だし」

「休みとかないのか」

「まあ普段からゆるくやってるからな、決まって休みはない感じだ」

 

 そう答えると、袴田はなんだか考え込んでしまった。

 袴田が俺の部活について聞いてくるなんて珍しいこともあるものだ。

 もしかして漫研に興味あるとか? 

 

「俺になんか用でもあったのか?」

「たまには五人で放課後にでも遊びにでも行きたいと思ったんだが」

 

 ……ん?  あれ? 五人?  袴田、八奈見、紗由、俺。あと一人は……華恋さん!?  

 脳内の電卓が弾き出した答えに、俺は戦慄した。

 もしかして俺、とんでもないプラチナチケットをドブに捨てたのではないか!?

 

「ま、それなら仕方ない。紗由ちゃんもテニス部で忙しいだろうし、また今度だな!」

「いやまて──」

 

 慌てて立ち上がった袴田を引き留めようとしたが、奴の行動は早かった。伸ばした腕はするっと空を切ったのだ。気が付くと彼はすでに扉の前まで進んでいた。

 い、いつのまに!?

 

「杏菜、華恋、そろそろ帰ろうぜ」

 

 振り返った袴田は教室に残っていた二人に呼びかける。

 こ、こいつッ! 当たり前のようにクラスの美少女二人組と一緒に帰ろうとしてやがる!

 いや知ってるよ? いつも三人で帰ってるの。

 でもさ、わざわざ呼んで連れて行こうとするのはさ、なんか違うじゃん。

 

「いまいくー!」

 

 と八奈見が反応する。

 モフモフ少女は一緒にいた女子たちに手を振ると、小走りで袴田の下に向かった。

 

 同じように、華恋さんも一緒にいた子たちとの会話を切り上げると、席から立ち上がる。

 

 この二人を当たり前のように呼んで、当たり前のように一緒に帰れる袴田はマジで何なんだよ。

 これが主人公補正ってやつか? 今すぐ俺にもよこしやがれ!

 

 ぐぬぬ……と、嫉妬やら羨望やらの混じった視線を袴田に向ける。俺だけでなく、クラス男子の大半は同じように思っているに違いない。

 しかし、誰一人として袴田に勝てる気がしないので、声を上げることはないのだ。

 

 扉の下で会話続ける袴田と八奈見を眺めていると、ちょんちょん、とこそばゆいような感覚が俺の右肩に触れた。

 

「ん?」

「ねえ、祐一君」

「!?」

 

 肩に触れて注意を引いたのは、華恋さんだった。 

 ふわりと桃のような香りが広がる。

 ち、近い。

 

「ど、どうしたの、華恋さん」

 

 驚きながら言うと、華恋さんは少しむすっとした顔になる。

 ……が、次の瞬間には口角が戻って、俺に微笑みかけた。

 

「ちょいちょい祐一君。今の口調かたくない? 約束したよね?」

 

 あっそうでした。お互いに仲良くなりたいことを打ち明けた後、俺は華恋さんにできるだけ自然に話すことを約束したのだった。

 

 昼休み中なんかは意識していたけど、不意な状況だとまだ固くなってしまいがちだ。

 

「えーっと。どうしたの、華恋さん。俺になんか用か?」

 

 俺はさっき袴田にしたのと同じように、ラフな口調で言い直す。

 すると華恋さんはうんうん、と満足そうに頷いてから口を開いた。

 

「用事って程でもないんだけどね。そういえば私、祐一君の連絡先知らないなーって思って」

「そういや交換してなかったな」

「だから交換しよ?」

「もちろん。ええとLINEとインスタがあるけど──」

 

 言いかけて、俺の思考は停止した。

 ……待て。

 自然な口調を意識しすぎて流してしまったけど、この美少女はいま俺になんて言った?

 

「私も両方もってるよ。どっちも交換しちゃおっか」

 

 女神がスマホを取り出しながら微笑んでいる。これは夢か? それとも新手のドッキリか?  

 いや、現実に華恋さんがQRコードを表示している! しかも開いているのはLINEの方! インスタよりも親密度が一段階高い連絡先だ!

 

 心の中でぴょんぴょん跳ねながら、俺もスマホを取り出す。

 やったやった! 華恋さんの連絡先ゲットだ! 超うれしい!

 

 キモイにやけ顔が出ないように頑張りつつ、震える手で連絡先の交換を済ませる。

 スマホの画面をまじまじと見る。すぐにLINEのメッセージ欄には『姫宮 華恋』からスタンプが送られてきた。続けて、インスタのDMにも『karen』からメッセージが届く。

 

 こ、これはいつかファミレスで紗由から見せてもらったアカウントたち……。

 あの頃はずっと遠くで輝く財宝のような存在だったが、それが今俺の手の中にあるのだ。

 信じられない。なんということだ。

 

「これでいつでも連絡とれるね」

「あ、ああ。そうだな」

 

 いつでも。

 

 その甘美な響きに、俺の脳内で出ちゃいけないタイプの物質が分泌されている。つまりそれは、夜寝る前とか、朝起きた時とか、休日とかに華恋さんと繋がれるということで──。

 

「祐一君って返信はマメなタイプ?」

 

 華恋さんは上目遣いでこてんと首を傾げた。

 

 これはつまり「メッセージ送るからちゃんと返信してね」ってことじゃないか!? 

 そうなんだろう華恋さん!?

 

 俺は食い気味に頷く。

 

「既読無視とかしたことない」

「それは頼もしいな~」

 

 華恋さんは満足げに目を細める。 ヤバい。かわいい。天使。女神!

 

「華恋ちゃん~! いくよー!」

 

 廊下の向こうから、八奈見の声が響く。くっ、いいところを邪魔をするんじゃない八奈見ッ!

 しかし、これ以上引き留めたら、俺がクラスの男子に刺されかねない。

 

「そろそろ行かなきゃ。じゃ、また明日ね」

「うん。また明日」

 

 華恋さんはひらひらと小さく手を振ると、軽やかな足取りで教室を出ていった。

 廊下で待っていた袴田と八奈見と合流し、三人の声が遠ざかっていく。

 

 いつもなら、その背中を見て嫉妬の炎を燃やすところだ。だが、今の俺は違う。  

 だって、俺のスマホには華恋さんの連絡先が入っているのだ!

 

 しかも「またあとでLINEするね」とさえ言ってくれた(気がする)のだ。これはもう、実質デートの約束を取り付けたも同然ではないだろうか! 俺と華恋さんの関係は一歩二歩どころの進展ではない。この一瞬で、数百歩分は進展したといってよいだろう!

 

 俺はうなだれ、机に顔を寄せてニヤケ顔を周囲から隠す。

 が、嬉しすぎてだんだん隠し切れなくなってきたので、鞄を掴むと廊下に飛び出した。その足で、たびたび使っている人気のない一角まで行って、ガッツポーズを決める。

 

「いっっっっっっ──よっしゃあああ!」

 

 このまま部活へ行って、漫研の連中に自慢してやる。

 俺はついに陽キャの階段を登り始めたのだと!

 

 そう心の中で誓った瞬間──ドゴォッ!──と凄まじい衝撃が背中から響いた。

 衝撃に負けた俺は、顔面から前のめりに勢いよく倒れて廊下に突っ伏す。

 

「なに連絡先交換したぐらいで浮かれてんのよ」

 

 びたーん、と廊下の真ん中で伸びていると、聞こえてきたのは紗由の声だった。

 俺の背中にドロップキックしやがったなコイツ。

 

 背中をさすりながら顔を上げると、紗由はゴミを見るような目で俺を見下ろしている。

 

「なんか言いたいことある?」

「な、なにしやがる……」

「連絡先を交換できて調子乗ってるんじゃないかと思ってね。追いかけてみれば大当たりだったから、調子に乗らせないために折檻したのよ」

 

 紗由が腕を振り上げたその時、無機質な予鈴が校内に鳴り響いた。部活の始まる時間だ。

 すぐに「ちっ」と舌打ちが聞こえる。

 えっ、怖い。こいつ冗談とかじゃなくて、ガチで俺を折檻しに来たの?

 

「ったく。私は部活行くから。あんたもとっとと行きなさいよ」

「お、おう。テニス頑張れよ……」

 

 俺は背中をさすりながら立ち上がると、廊下を進む紗由の背中を見送った。

 

 ま、まあいい。あんなのは可愛いもんだ。

 だって俺は華恋さんと連絡先を交換したんだから! 

 これに勝ることがあるだろうか、いやない!

 

 今の俺は最強だ。早く漫研に行って、康斗と先輩にこの大偉業を自慢しなければ。

 

     ◇

 

「康斗! パイセン! 聞いてくれっ、俺──」

 

 がらがらっと勢いよく扉を開く。

 

「ようやく来た! まったく遅いよ祐一!」

「そうだ! 遅すぎるぞ北見!」

 

 意気揚々と部室に乗り込んだのに、早々に怒られてしまった。

 

「北見、お前はデカいんだから、これとこれを持ってくれ」

 

 重浦先輩が俺に突き出してきたのはバケツとモップだった。

 

「あ、あとこれもね」

 

 康斗がバケツの中にひょいひょいと雑巾が投げ入れる。

 

 え? ま、まさかこれって……。

 

「お前ら荷物は持ったな。では憩いの漫研部室を守るため、校内清掃の手伝いに行くぞ」

「そんなぁ!?」

 

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