勝ちヒロインを好きになってしまったのですが   作:北極鳥ユキ

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その14 再遭遇!惑わせ少女

(あね)さん~、きましたよ~」

「ん、重浦か」

 

 三人で中庭にいくと、タンクトップ姿の女性が待っていた。長い金髪に黒いキャップを被る少々ヤンキー味のあるお姉さん。

 いつも庭で掃き掃除していることでおなじみの用務員さんだ。

 

 俺たちは本名を知らないので親しみを込めて「姐さん」と呼んでいる。

 

「今日って手伝いの日だったか? 学校からは何も言われてないが」

「自主的に来ました。漫研が学校に貢献しているところをアピールしたくて」

 

 重浦先輩は俺からモップをひったくると、姐さんに見せつける。

 その顔は褒めてほしい時の子供そのもの。これじゃあアピールする相手が学校じゃなくて姐さんになっている。

 

「お前が自主的とは珍しい。まあ、手伝ってくれるんなら歓迎するけど」

「はい! 不肖ながらこの重浦、姐さんのお手伝いをさせて頂きます!」

 

 先輩は満足そうな顔で宣言する。

 

 ……先輩は姐さんにぞっこんなんだよなぁ。一切相手にされてないけど。

 

 俺と康斗は呆れ顔を見合わせると、お互いに肩をすくめた。

 

「でも今日は拭き掃除ないぞ」

「じゃあ何をすれば?」

「箒を出すから掃き掃除を手伝え。風が強いせいで落ち葉が多いんだ」

 

 ぶわっと中庭に風が吹き込んで、俺たちの髪を揺らす。

 それと共に、まだ青い木々の葉が空からひらひら落ちてくるのが見えた。

 

「この通り」

 

 姐さんはため息をついて肩を落とすと、箒を使って集め出す。

 その足元に集められていた葉っぱも、風ですっかりぐしゃぐしゃになっていた。

 

 清掃の用務員さんはこういう作業を毎日やっている。単純そうに見えてすごく大変な仕事なんだろうとしみじみ思う。

 ……それはそれとして、生徒がやる仕事ではない気がするが。

 

 姐さんは一通り集め終わった葉っぱを袋に詰めると、俺たちを清掃用具の入っている倉庫まで連れて行った。

 

 倉庫に着き、姐さんが中に入っていく。続けて入ろうとすると重浦先輩は急に足を止めて、俺たちの方を振り返った。その目は真剣そのものだ。

 

「北見、蘆吹。ここからはチームプレイだ」

「チームプレイ?」

「なんの?」

「私は姐さんと一緒に中庭の掃除を担当する。なぜならあの辺は木が多くて人手がいるからだ」

「だったら俺たちも手伝いますね」

「このバカ野郎!」

 

 先輩は小声で叫ぶと、足りない身長を必死に伸ばして俺の頭にげんこつしてくる。

 拳はぎりぎり頭頂部まで届いていないし、勢いもないので微塵も痛くない。

 

「お前たちは他所で掃き掃除をしていろ!」

「え? でも人手が必要なんでしょ?」

「僕たちも手伝って四人でやればいいんじゃないですか。それがチームプレイですよね?」

「ちっっがう!」

 

 今度は康斗に向かってげんこつを食らわせようとしたが、あっさり回避されていた。

 先輩は平均どころか康斗以下のフィジカル弱者なのだ。

 

「お前たちがいたら姐さんと私の愛の掃き掃除タイムの邪魔だろうが!」

「愛の掃き掃除タイムってなんですか」

 

 俺の冷静な突っ込みをよそに、先輩は詰め寄ってくる。

 

「い・い・か。お前らは別働隊。どこか別の場所を掃除してこい! これは部長命令だ!」

 

 邪魔者は消えろってことですね、わかります。

 

 先輩は俺に使わないモップを押し付けると、姐さんと一緒に倉庫の中に入っていく。

 その背中を見送る俺たちは、また顔を見合わせて肩をすくめて呆れを表現した。

 

「姐さ~ん。運ぶの手伝いますよ~!」

「はいはい。じゃあそれ持って」

 

     ◇ 

 

 倉庫にモップを置いて、代わりに袋と竹箒を回収。中庭に向かう先輩たちと別れた。

 姐さんから「その辺の落ち葉を集めてこい」なんていうアバウトな指示しかもらわなかった俺たちは、掃除しやすそうな場所を探して、肩に箒を担ぎながら学校外周を適当に歩く。

 

「なあ康斗、いちばん落ち葉が少ない場所ってどこだと思う?」

「さっそくサボろうとしてる」

「だって今日掃除あること聞いてないし。それに腰いてぇし」

「腰は知らないけど、僕だってさっき知ったばかりだよ。掃除は祐一が来るまでの間に、急に決まったんだ」

「なんじゃそりゃ」

「祐一が来るまでの間に仮廃部の話になったんだ。そしたら先輩が『仮廃部を防ぐために生徒会にアピールするー』って言いだして。つまり、遅れてきた君が悪い」

 

 別に俺は悪くねぇじゃん。

 そもそも俺は紗由からのドロップキックを受けて腰を痛めてたんだぞ。起き上がるのだって一苦労だったのに。

 

「だいたい、この学校ってどこでも木が生えてるから、多いも少ないもないと思うけどね」

 

 康斗の言う通り、ツワブキ高校は住宅地の中にあるとは思えないほどに自然豊かな高校。あちこち木々が生い茂っていて、間違えて森の中に迷い込んだのではと錯覚するほどだ。

 

「でもさ、相対的にマシな場所はあるだろ?」

「だったらグラウンドの辺りじゃないかな。サッカーコートとか西館の方は中庭より木が少ない」

「あっちはヤダ。テニスコートでアイツと遭遇する可能性がある」

「別にいいじゃん」

 

 康斗はあっけらかんと言って、足をグラウンドの方に向ける。

 

「ダメだダメだ。なんか今日は機嫌が悪いんだ。さっきドロップキック食らったばかりだし」

「何したら幼馴染からドロップキック食らうの?」

「なんもしてねぇよ。まあ、可能性があるなら女の子の日とか……」

「それ紗由ちゃんの前で言ったらドロップキックじゃ済まないよ。お墓はどこに建てる?」

「まだ死にたくない」

 

 歩いていると、ポコーン、シュポーン、パコーン、と硬式ボールの弾ける音が聞こえてきた。

 やべ、そうこうしてる内にテニスコートに近づきすぎた。

 

「お前はテニス部でも見学してきたらどうだ? 最近アイツと会ってないだろ?」

 

 俺はくるりと背を向けると、速足でテニスコートとは逆方向に歩きだす。

 

「あっ、ちょっと祐一! そっちに行っても木は少なくならないよ!」

 

 声を背中に受けながら、校内を適当に進み続けた。

 康斗はついてこなかった。本当に紗由を見に行ったのか掃除を始めたのかは定かじゃない。

 まあ、一人の方が気楽でいいや。

 

 たどり着いたのは、テニスコートから校舎を二つ挟んで反対側にある体育館だった。

 ここまでくれば紗由と出くわすこともないだろう。

 

 見上げると、茂るような木々の間から木漏れ日が差し込んでいる。風が吹くたび葉が舞い散っていた。辺りの舗装路は青々とした葉っぱにより豊かな緑色に染められている。

 これを全部片付けるのは骨が折れそうだ。

 まあ、ドロップキック食らって本当に骨が折れるよりはマシか。

 

 これ以上行く当てもないので、あきらめて体育館周辺の掃除を始めることにした。

 

     ◇

 

 ……ダメだ。賽の河原だこれ。

 

 掃いても掃いても無限に葉っぱが湧いてきやがる。

 落ち葉を一か所に集めて袋に入れる作業を何度か繰り返していたが、こうも風が強い中だと永遠に終わる気がしない。たまに集めた葉が風に飛ばされることもあるし……。

 

 これ、今日やんないとだめ? 風が止むまで別の掃除しない?

 

 とにかく無心で箒を動かす。

 さっさっさっ、と葉っぱを山になるぐらい集め──ぶわっ、と風が吹いて全部散った。

 

「……よし、決めた。サボろう」

 

 決意すると箒を肩に担いだ。しばらく人気のない場所に隠れてスマホでもみていよう。

 そういえば体育館から少し行ったところに古びた資材置き場があるったはずだ。あそこならそうそう見つからないはず。

 

 体育館の壁沿いに進んで資材置き場を目指す。そんな時だった。

 

 キュッ、キュッ、キュッ。 ダム、ダム、ダム……。

 

 聞き覚えのある音が俺の足を止めた。シューズがフロアを擦る摩擦音。ボールが床を叩く弾むようなドリブル音。つられるように、俺の足はその方向に向かっていた。

 

 体育館の壁に空いた重厚な両開きの鉄扉は大きく開け放たれていた。どうやら換気のために扉を解放しているらしい。中をのぞくと、オレンジ色のライトが照らす体育館では片面でバスケ部、もう片面でバレー部が練習を続けていた。

 

「ナイスレシーブ!」

「いくよー!」

 

 軽快な少女たちの声が聞こえてくる。甲高い声と共にバレーのボールが宙を舞っている。

 

「いけ!」

「決めろ!」

 

 反対側ではバスケ部員が3on3をしていた。

 バスケ部はそれなりの人数がいて、コートに出ていない部員が外周からヤジを飛ばしている。

 

 一人の選手がディフェンスの間を縫うようにドライブを仕掛け、鋭いクロスオーバーで相手を抜き去った。そのままパスが渡り、背番号10番が受け取る。彼はしなやかなフォームでシュートを放った。まもなく、ボールはきれいな弾道を経てネットを揺らす。

 

 ──瞬間、俺の右手がピクリと反応して、竹帚を強く握っていた。

 

 なんだよ、今更。

 

 俺は自分の中に生まれた「何か」を振り払うために首を振った。ここにいたら変な影響を受けてしまう気がする。今の俺は漫研の北見だ。俺はこれから掃除をサボるのだ。

 

 未練を断ち切るように、一歩下がって体育館から距離をとる。

 

 さっさと資材置き場にいこう。そこで静かに、華恋さんのアカウントのアイコンでも眺めてニヤニヤしていよう。あっそうだ、インスタに何を投稿してるのか確認しなくちゃ……。

 

 目の前に広がる景色と決別するため、馴染みのある音の中で俺は深く目を閉じる。

 

「さ、行くか」

 

 目を開いてそう呟いた瞬間──背中につん、と固い爪先が当たった。

 誰かに背後をとられている。い、いったい誰だ。

 康斗? パイセン? それとも姐さん? サボってるのがバレたか?

 

「だーれだ」

 

 次いで、細い指先が背中をすうっとなぞってくる。途中でわざと止まり、ゆっくり小さな円を描いて──また、すっと離れた。

 くすぐったい……俺の周りでこういうイタズラをする奴は一人しか知らない。

 

「亜希。くすぐったいんだけど」

「せーかーい」

 

 振り返ると、やはりそこにいたのは亜希だった。

 

 今日の亜希はツワブキ高校指定の赤ジャージ姿。サイズは大きめで、袖口から華奢な指先がちょこんと覗いている。髪型も前と違っていて、ウェーブのかかった髪を高い位置でポニーテールにしていた。激しく動いた直後なのか、うなじには数本の後れ毛が張り付いている。

 

 ジャージ+スパッツ履きスカートは紗由がテニス部でしている格好と同じだ。たぶん、テニス部で共通なのだろう。

  

 テニス部にいるときの亜希ってこんな感じなのか。

 ぼーっと見つめていると、亜希はさらに近づいてきて背伸びしながら俺の頭をなでる。

 

「よくできました~。ちゃんと答えられて偉いじゃんね~」

 

 距離が近づく共に鼻を突いたのは、制汗剤のシトラスに混じった汗の匂いだった。 臭いわけじゃない。むしろ逆。生温かい湿った匂いは、健全な男子高校生にはやや刺激が強い。

 

 もしや、テニス部から抜け出してきた直後なのか?

 

「部活はどうしたんだ?」

「そっちこそ漫研はどうしたの? もしかしてサボり中ですか~?」

 

 亜希は目を細めて口角だけを持ち上げる。フェミニンな甘さがあるのに、獲物を絶対に逃がさない鋭さのある表情で、どこか不健全な雰囲気の笑みだった。

 

 うまく直視できず、視線を亜希の顔から逸らす。

 

「サボってるのはお前の方だろ。俺は……ほら、掃除中だ」

 

 言い訳がましく竹箒を見せつける。が、亜希は俺が箒を握る手の上に、自分の手を重ねてきた。不意打ちに動揺していると、細く滑らかな指先で俺の指を上からなぞりだす。

 

「ふーん。そっか」

 

 亜希は短く言って、手ごと箒を押しやる。

 

「女子バレー部をのぞき見しながらするお掃除は、さぞ捗るんでしょうね」

「見てたのはそっちじゃねぇ!」

「じゃあバスケ部を見てたんだ」

 

 しまった。余計なことを……。

 

「べ、別にいいだろ。俺は元バスケ部なんだから」

 

 ごまかすように言うと、俺は竹帚を握りしめて体育館から離れた。振り返らずに資材置き場に向かって一直線に進むが、スニーカーの足音が後ろから付いてきている。

 

「掃除するからお前はテニス部に戻れよ」

「うっわ、ひどい! それが健気に後を追ってくる女の子に言うセリフ?」

「どこが健気なんだ。辞書引き直してこい」

 

 亜希はむーっとほほを膨らませて不満そうにしながら俺の横に陣取る。

 いつまで付いてくるんだろうと思っていると、裏にある資材置き場についた。

 そこはまるで森の中にぽつんと置かれた山小屋のようで、木漏れ日の中で簡素な屋根が静かに佇んでいる。学校の中とは思えないほど孤立した隠れスポットだ。

 

「なにここ。雰囲気あるじゃん」

 

 亜希はそう言いながら資材置き場に駆け寄る。

 辺りを観察したり屋根の下を確認した後、亜希は急に俺に視線を向け、自分の肩を抱いて身をよじらせた。そのまま上目遣いを向け、わざとらしい口調で続ける。

 

「女の子をこんなトコに連れ込むなんて~。もう、そういうことは学校の外で……ね?」

「連れてきたんじゃなくて、勝手に付いてきたんですが??」

「あーあー。あたしこの後、人気のない小屋の中でナニされちゃうんだろうな~!」

 

 なんもしねぇよ! 俺はサボりに来たんだよ!!!

 

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